紙の月12話 |
「よく無事に帰ってきてくれた。君たちが持ってきた食料のおかげで、少しの間は安心だ」
太陽都市の外へ戻ってきたデーキスはホラ貝塔へと行き、フライシュハッカーに食料を渡した。ヴァリスたちの事はぼかしつつ、中の出来事も話した。
「運悪く治安維持部隊の連中がいたけど、何とかやり過ごしつつ集めてこれたよ」
「フライシュハッカーの言っていた通り、工場エリアのロボットは俺達には無害だったぜ」
「ああ、やっぱりそうだったか……実はこちらも確信がなくてね。でも君たちが無事でよかったよ。食料がなくなったら、次からは他の仲間に行かせてみるよ」
それから報酬として手に入れた食料からいくつか余分に分けてもらったが、正直あまりいい気分ではなかった。
「けっ、あいつ俺たちを捨て駒にする気だったみたいだな。同じ超能力者の仲間だなんだ言っているけど、所詮はこんなものさ」
外に出た後、ウォルター苦々しく呟いた。
「いいかデーキス、俺たちは俺たちで力をつけないといけねえ。あんな奴の下でビクビクしなきゃいけないなんてまっぴらごめんだからな。ハーリィの所に行こうぜ」
そう言って先に行くウォルターの後を、デーキスは二人分の食料をもってついていく。その間に太陽都市の工場で出会ったヴァリスの言葉を思い出していた。紛い者は人間と違い魂が穢れている。だが、その魂を誰か見た事ある人間がいるのだろうか?
ヴァリスにとって紛い者も太陽都市にいれば他の人間と同じと言っていた。じゃあ何故、太陽都市では紛い者は悪者にされているんだろうか? 市長は何故そんな事を考えたのだろうか。
デーキスは考える。いずれ太陽都市に戻りたい、両親に会いたい。でもどうやって? 未だその疑問に対する答えは見つかっていない。
***
ホースラバーから受けた報告に目を通し、太陽都市の市長ゴウマは激しく中指と親指を打ち付ける。先日、生産エリアの見回りを強化したにも関わらず、紛い者の発見には至らなかった。
つまり何も起こらなかった。治安維持部隊が魂の穢れた紛い者と交戦し、命がけで太陽都市の平和を守ったわけでもなく、紛い者の凶悪な超能力で壊滅されたわけでもない。ただ無意味に時間を使っただけだと。
いずれ次の市長選が始まる。その前にやらなければならない事がある。正直に言って、この手を使うのはあまり好きではない。たまたま目についた始末書の名前を見る。
ゴウマは通信機を起動し、ホースラバーに繋ぐ。今は悠長に問題を先延ばしに出来ない。今すぐ対処する必要がある。
「私だ」
治安維持部隊の中でゴウマの息のかかった者に連絡を入れる。表向きは一隊員だが、太陽都市の治安を守る為ではなく、ゴウマの為に独自に動く彼の手足だ。時として法を犯すような汚れ仕事すら引き受ける。
「ロイド・ベッティという隊員がアンチに命を狙われてる可能性がある。至急調査せよ。お前一人でだ」
了解という言葉の後、通信はすぐに切られた。これだけのやりとりでゴウマの下した本当の命令を理解した。ホースラバーと違い、彼らは命令に疑問など持たず淡々と遂行してくれる。太陽都市の人間すべてがこれほど利口であればいいのだがとゴウマは思った。
ちらりと部屋の隅にある監視カメラに目を送る。太陽都市内のあらゆる情報は逐一ヴァリスに送られている。先ほどの通話も既にヴァリスに把握されているだろう。あれがこちらの行動を妨害することはないが、弱みを握られたままでは迂闊に排除することもできない。フェリオ・カーボンの暗殺事件以降、ヴァリスを都市の内政からは遠ざけ、生産エリアの管理に追いやることは出来たが、緊急の時に備え居住エリアにはヴァリスがコントロールする警備ロボットが配備されていたりと、まだその影響力は大きい。自我を持ったシステムなどフェリオ・カーボンはとんだ物を作ってくれた。ヴァリスをどうにかしない限り、太陽都市を完全に支配下に置いた事にはできない。
そしてまだやらなけばならないことが残っている。紛い者の研究施設から研究員が一人逃走した。早く市民やアンチたちに知られる前に見つけなければ……。
太陽都市の中で見つからないという事は、すでに外に出ているのかもしれない。その方が好都合だ。太陽都市の外ならば何が起こってもおかしくない。
ゴウマはさらに他の密偵に通信を入れる。
「私だ。行方不明になったセーヴァ研究所の研究員の探索だが……」
新たな命令を下した後、ゴウマは席を立って太陽都市を見下ろした。
***
「また来たの? あんたも物好きね」
デーキスは再びブルメに会っていた。
「うん、君に見せたいものがあるんだ」
そう言って、デーキスはブルメにペンダントを差し出した。ハーリィ・Tから食料と交換した月の鉱石のメダル。ハーリィ・Tに頼んだら、特別に無償でペンダントに加工してくれた。
「へえ、キレイじゃない。あんたもようやく分かってきたようね。見たことないけど、これは何で出来てるの?」
「うん。これは月にあった鉱石で出来てるんだ。君に伝えたい事があってこれを……」
「伝えたい事?」
「僕たち紛い者はお月様が緑色に見えるよね? でも、この月の鉱石で出来たペンダントは緑色じゃないし、普通の人にも同じに見えるんだ」
デーキスは思い出す。生産エリアから戻る直前にヴァリスと紛い者が見る月の色について話した事を。あの時、ヴァリスはこういっていた。
「紛い者が月を緑青色に見えるのは、月の発するクオリアを色として知覚しているに過ぎない。月が突如緑青色に発光したわけではない。君たちが今まで気づかなかっただけで、月は存在した時から何も変わっていない」
「空のお月様は緑色に見えるけど、こうしてちゃんと間近で見れば、普通の人でも紛い者でも同じに見えるんだ。色が変わって見えるなんて些細な問題なんだよ……」
ブルメもきっと理解してくれると思ったが、その話を聞いたブルメは嫌悪の表情を見せた。
「何それ……私があんな奴らと同じ? そんな事、あるわけないじゃない!」
あまりの剣幕にデーキスは驚いた。
「紛い者……超能力者は神によって選ばれた存在よ! フライシュハッカーだってそう言ってたわ! それなのに、あんな臭い連中と同じだなんて冗談もいい所よ!」
「でも、君のお父さんやお母さんだって普通の人のはずだよ? その人たちとも違うなんてあるはずがないじゃないか……」
「私に親なんていないわ」
ブルメはデーキスを睨みつけた。超能力者の持つ七色の虹彩が憎悪に揺らめいている。
「あんたみたいな都市の中でぼーっと生きてきた奴に私たちの事なんて分かるはずがないわ。こんな物だって、なんの意味もないんだから!」
ブルメはデーキスの渡した付きのペンダントを遠くに投げ捨てた。それを目で追っている間にブルメはその場から立ち去っており、デーキスは一人唖然としたまま取り残された。
捨てられたペンダントを探しながらデーキスは考えていた。ブルメのあの態度、過去に一体何があったんだろうか。あの口ぶりからするとブルメは都市国家育ちではなく、政府の統括する土地で育ったのだろう。
昔は政府が様々な都市を支配していたらしいが、今の政府にはそんな力は残っていない。増えすぎた人類を制御できず、その結果様々な都市国家が生まれる事になったのだ。都市国家の外は政府が統治する領域という事になっているが、目の届かないところでは犯罪が横行し、いまだに紛争が続き、都市国家に入れなかった人々は貧困にあえいでるという。
辺りを見渡すと太陽都市から放棄されたごみ山と、荒野だけが延々と続いている。こんな場所で育ったら、そう簡単に他人を信じることもできなくなってしまうのだろうか? 両親にも会いたくなくなってしまうのか?
ようやくペンダントを見つけたが、デーキスの顔は曇ったままだ。
「うん?」
ウォルターの所へ戻ろうと思った矢先、物陰で動く人影を見つけた。気になったデーキスはその陰の正体を確認しようと近づいた。
「うわっ!」
影は突如向こうから現れたデーキスに驚くとバランスを崩して尻もちをついてしまった。
「ごめんなさい。驚かせちゃったみたいで……」
「いや、気にしないでくれ。まさかこんな所に人が……まして子供がいるなんて思わなかったんだ」
その正体は大人の人間であった。ひょろっとした中年男性で白衣を着ているが、すっかり汚れて洗っても取れない程茶色く変色している。それでも、この辺りでみかける人間より上等な格好だ。
「おじさん、もしかして太陽都市から出てきたの?」
「……ああ、色々とあってね。君はどこから来たんだい?」
「ボクも太陽都市にいたんだ」
デーキスの質問に男は一瞬驚いたような表情を見せた。
「という事は、もしかして君は紛い者……セーヴァなのかい?」
デーキスは頷いた。
「詳しくは聞かないが、君も大変だったろう……私も同じようなものさ」
太陽都市では紛い者は危険な存在とされ迫害の対象だ。見つかれば政府の治安維持部隊に何処かへと連行される。最悪の場合、その場で射殺される可能性もある。デーキスが太陽都市の外へ来たのも、その迫害から逃れるためだ。
この男性は紛い者についてハーリィ・Tと同じくらい知識があるようだった。そうでなければ、危険な存在とされる紛い者とこうして普通に会話なんてしないからだ。
デーキスは名前を聞いてみたが、男性は教えてくれなかった。どうして太陽都市から出てきたのかも聞けなかった。一体何者なんだろうか。
汚れた白衣を着ている事から研究者だろうか? きっと紛い者について研究していたのだろう。それだったらもっと何か知ってるかもしれないとデーキスは思った。
デーキスの出会ったこの男性が、ゴウマの言っていたセーヴァ研究所から脱走した研究員であることをデーキスはまだ知らなかった。
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久しぶりの投稿よ 太陽都市の外へ戻ってきたデーキスが同じ超能力者のブルメに会いに行きます |
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