たいやき
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「みてみて祐一君。あの雲」

「ん?あの雲がどうかしたのか?」

「たい焼きみたいだね♪」

 あゆは夕焼け空の中にぽっかりと浮かぶ雲を指差して嬉しそうに微笑んだ。

 もちろん、片手には戦利品とも言うべきたい焼きが入った紙袋を大事そうに抱えている。

「あゆ、お前いつも同じこと考えてて飽きないか?」

 俺はたまらずため息をついて、あゆにそう尋ねた。

「うぐぅ?同じことって?」

 言ってる意味がわからないといった表情であゆが聞きかえす。

「ほら、あゆっていっつもたい焼きのことしか考えてないだろ?よく飽きないなぁって思って」

「うぐぅ!ひどいよ祐一君!ボク、たい焼き以外のことも考えてるもん!!」

「いやぁ、わりいわりい。そうだよな、やっぱり」

 俺はポンポンとあゆの頭を叩きながら謝った。

「いつもどんな方法で食い逃げしようか考えてるんだもんな。流石あゆあゆだ」

「うぐぅ!!ボクあゆあゆじゃないもん!!それに食い逃げなんてしないもん!!」

 あゆは途端に目に大粒の涙を浮かべて泣き顔になった。

「いいもん。祐一君意地悪だからコレあげないもん!」

「それ食ったら俺まで食い逃げの共犯になっちまうだろうが。頼まれても食わん」

「うぐぅ〜〜〜!!」

 これを聞いたあゆは、案の定と言うか、とうとう暴れ出した。

 流石にかわいそうになってきたので、とりあえず謝っておくことにする。

「ほら、暴れるな。俺が悪かったから」

「……本当に反省してる?」

「ああ」

「……じゃあ、許してあげる」

 俺がなだめると、あゆは再び笑顔になった。

 そして袋の中からホカホカ焼き立てのたい焼きをひとつ俺に差し出す。

「はい、仲直りの印♪」

「仲直りってなぁ……それ、かっぱらってきた奴だろ?」

「うぐぅ……かっぱらってきてなんかないもん。たまたまお金がなかっただけだもん」

「それを世間一般では食い逃げと言うのだ」

「違うもん!後でちゃんとお金払うもん。それに今日は、たい焼き屋さんのおじさんのサービスだから」

「サービス?」

「そうだよ。ボクが『たい焼きください』って注文したら、おじさんが『今日はサービスだ』っていつもより多めに入れてくれたの」

「ほ〜」

 物好きなオヤジもいるもんだ。いつもいつも食い逃げされてる相手にサービスだなんて、な。ひょっとしてこいつ、実はものすごいヤツなんじゃないか?

 などと思いながらあゆを見ていたら、突然あゆの表情が変わった。

「どうした?」

「うぐぅ……これ、中身おもちだよぉ〜」

「はぁ?」

 俺の言葉にあゆは泣き声になりながら食べかけのたい焼きを割って見せた。

 確かにそこには、小豆色のあんこの代わりに白いお餅がはいっている。

「なるほど。よかったじゃないかあゆあゆ。サービスしてもらえて」

「うぐぅ……ボク、あんこのほうがいいよ」

「贅沢いうな。無銭飲食の分際で」

「ボク、違うの食べる」

 あゆはそれを袋の中に戻すと、違うたい焼きを手にとった。

 そしてそれを大きな口を開けてパクつくと、再び表情が曇る。

「うぐぅ……今度はカスタードクリームだぁ……」

 涙目のあゆが見せたそれには、確かに黄色い色をしたカスタードクリームがぎっしりと詰まっている。

「うぐぅ!!」

 意地になったあゆは、三度違うたい焼きを取り出して今度こそはとたい焼きにパクついた。そしてまたもや表情を歪ませる。

「今度はチョコレートだよぉ……」

「ははは。あゆは日ごろの行いがいいからなぁ」

「うぐぅ!!」

 すると俺の笑い方がよほど気に入らなかったのか、あゆは俺に紙袋を渡すと、俺に背を向けて歩き始めた。

「お、おい、あゆ、どこにいくんだ?」

「……たい焼き屋さん」

「はぁ?」

「ボク、アンコのたい焼きが食べたいんだもん!」

 あゆはそう言って駆けて行ってしまった。

「なに考えてるんだあいつは……」

 俺はあゆの後姿を見守りながら、そう感じずにはいられなかった。

 

 そして数十分後……

 そこには必死の形相で、たい焼き屋のオヤジの魔の手から逃げるあゆの姿があった。

説明
Kanonの月宮あゆの物語。彼女のキーアイテムである「たいやき」に着目して書いてみました。
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Kanon 月宮あゆ たいやき 食い逃げ 

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