異能あふれるこの世界で 第八話
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【阿知賀女子麻雀部部室―赤土晴絵退室後】

 

 

恭子「別にそこまでせんでも……ああ、行ってもうた。しくったなあ。別にイラつかせたかったわけやないのに」

 

やえ「すまんが少し言わせてくれ。今のは教えを請う方への態度ではないだろう。母校への気持ちが強いのはわかるが、先にそこを曲げてもらっているのはこちらなのだからな」

 

恭子「ちゅうてもなあ。新子を鍛えるいうんは流石に抵抗あるで。直に当たったわけやないけど、阿知賀はインハイの時に敵として認識してもうてるし。いきなり分析して対策練った相手に麻雀を教えろ言われても、対応できるわけないやん……」

 

やえ「気持ちはわからんでもないが――」

 

恭子「まあ、新子ならまだましな方か。これが高鴨なら絶対無理や」

 

憧「しずだと何か違うんですか?」

 

恭子「直に戦うかもしれんかった相手やで。まだ気持ちが抜けきらんから、敵として接してしまいそうでな。互いのためにならんと思うわ」

 

やえ「ふむ」

 

恭子「新子なら、当たり前のことだけやってさっと済ませたからまだ接しやすいな。洋榎に任せとけば勝てるとわかった時点で他に時間回したし」

 

憧「愛宕洋榎さん、ね。やれば負けるつもりはないけど……うん、悔しいけど勝てる気も全然しないなあ。和のとこの部長も厄介だったけど、愛宕さんには純粋な実力で圧倒されそうなカンジ」

 

恭子「実力でもそれ以外でも、勝てる要素全く無いで。洋榎はただのエースとちゃうからな」

 

憧「ひどい言われようねえ……あっ!そういえばちょっと聞きたいんですけど、姫松が中堅にエースを置くのってどういう理屈なんですか?身近に知ってる人がいなかったから、インハイの時から気になっちゃって」

 

恭子「うちもようわからん。すまんが伝統としか言えん」

 

憧「うわ。姫松のレギュラーでもよくわかってないんですね」

 

恭子「監督もよーわからん言うてたなあ。”これで勝てばええだけの話や”とか言いながらオーダー組んどったわ。その風潮ができた当時の人らに聞いたらわかるかもしれんけど」

 

憧「そんなんでいいんですか?」

 

恭子「ちゅうてお前、他の高校と同じことやって勝てるとでも思うとるんか?私らかて全国の一番を目指しとったんや。白糸台対策を考えるなら、宮永照にエースをぶつけるリスクのデカさをがっつり検討しとかなあかん。そもそもな、先鋒がエースみたいな風潮かて、ちょい前に出てきた怪しい理屈でしかないわけで――」

 

やえ「とはいえ、やはり先鋒でしっかりと有利な状況を作っておくことこそ、団体戦の肝と言えるのではないか?」

 

恭子「外した時が痛すぎるわ。三箇牧の荒川とまではいかんでも、名も知らんような高校からスーパーエースが出てくることはそこそこある。万が一、そんなんと自分とこのエースが潰し合いになってみい。オーダーの意図が狂わされる上に、他の選手がいらんプレッシャーを背負う展開にもなりかねん。下手したら実力を出し切らんまま敗退とかいう最低のパターンにご案内や」

 

やえ「なるほどな。お説ごもっともだ。何を隠そう、奈良県の予選でその展開をやらかしたのが我ら晩成高校。エースの私が阿知賀の松実玄に稼ぎ負けて敗退……言われて納得というやつか」

 

恭子「あんたらの場合、ただただ運が悪かったとしか思えんけどな。松実妹の情報、なかったんやろ?なら、先鋒であっさりボロ負けが確定しててもおかしない。情報有りの園城寺とか宮永照とか、そういうレベルでもないとあの化けモンは叩けんのちゃうかな。情報皆無で初見殺しだらけの阿知賀とまともに戦えたんなら、全国クラスの実力はあると思うで」

 

憧「玄とは長い付き合いだけど、初見で稼げる人とかほとんど見たことないんです。あったとしても不発だった時くらいで。私らの間では、玄がちゃんと稼いでるのに隙を突いて大きくプラスにするとか、やっぱ晩成のエースはすごいなあって話してましたよ」

 

やえ「ん?最初のあがりとその後の状況から考えを進めていけば、半荘中にでも対応することくらいはできるだろ。東一局に親倍を引かれたのは確かにキツかったが、100,000点持ちのルールなら単なる32,000点差だ。少々面食らったが、まだなんとかなるとは思っていたよ」

 

恭子「単なる32,000点差。なかなか言えることやないな」

 

やえ「起こってしまったことは受け入れるしかない。それが麻雀というゲームだろう?」

 

憧「良いこと言うわねえ。さっすが晩成の元部長」

 

やえ「茶化すなよ。しかしまあ、付け焼刃で倒せるほど容易くはなかったな。すぐ頭に浮かぶ対策がいくつかあって、そのうちの二・三個は成功した。おかげで私自身はなんとかなったけれど、他の高校の選手は対応が遅れていたから」

 

恭子「レベルが上がれば上がるほど、相手の強さと特性を解析しとかんと太刀打ちできんようになるからな」

 

憧「それって実力不足とは違うの?」

 

恭子「未知の変な能力持ちとか相手にしたら、最悪対局が始まる前に状況が詰んでまうんや。この話かて、かの晩成のエースと松実妹が同卓した他の二校の立場で考えてみい。松実妹に親倍引かれてた後でも、優勝候補筆頭の晩成を警戒し続ける可能性はかなり濃いで。松実妹を止められる力を持った小走の足を他二校が全力で引っ張っり続ける、とかいう残念な展開が見えるようや」

 

やえ「お前、見た目は可愛らしいのに、案外口が悪いんだな……まあ、あの二校のためにも肯定はしないでおこう。あの戦い、私にとって苦しい展開であったことは事実だ。しかし私が警戒されることはわかっていたのだから、名の知れぬ強者と相まみえるケースも考慮していた。つまり、あの敗戦は私の能力不足がもたらした至極当然の結末だよ。責は、私にある」

 

恭子「……エースは辛いな。けど、それとは別に言いたいこともあるやろ。ここはあんたが気取るようなとこでも気張るようなとこでもない。この場はな、私がボロボロに負けてどうにもならんくなって、監督に泣きついたことから始まったんや。新子がしゃべらん限り、外にも漏れん。ぶっちゃけてもええんちゃうか」

 

新子「言っていいことと悪いことの区別くらいはできるつもりよ」

 

やえ「うむ……」

 

恭子「なんもないか?」

 

やえ「まあ、そうだな。やはり情報の有無になるのだろうな。せめて松実玄の情報だけでも事前に得られていれば、もう少し良い戦いになっていただろうよ。インハイ後、晩成で揉めた時には『上は何をやっていたんだ、私らばかりを責めているが情報収集を怠った奴らはお咎め無しか』とは言いもしたが……」

 

憧「情報ねえ。まあ、調べられていたとしても負けるつもりなんてないけどさ」

 

やえ「そうかもしれない。単純な個々の能力では負けていたんだろうさ。だが、私がいい戦いをしていた場合、あれほど伸び伸びと打てていたのかな。インハイが初の大会だったのだろう?」

 

憧「そうだけど」

 

やえ「大きな大会の経験者は何人いる?団体戦の経験が皆無の選手とかいるんじゃないか?晩成を相手にして、僅差の難しい状況にありながらいつも通りに打てるという確証はあるのか?大会の経験値では晩成メンバーの方が圧倒的に上だ。結果から見ても、エースの私がオーダーの意図を壊してしまったのに、先鋒戦を除いた集計では晩成が勝っていたのだ。簡単に言えることではないように思うが」

 

恭子「なら阿知賀の作戦勝ちか。奈良のインハイ常連校敗退の舞台裏にはドラマがあったんやなあ」

 

やえ「出演者にとっては悲劇でしかないがな」

 

恭子「まあ、阿知賀みたいなんがいきなり出てきたら、姫松でも相当キツいわ……うーん、情報抜きで勝てるんかな?気になるな。ちょっとシミュレートしてみよか」

 

憧「シミュレート?」

 

恭子「松実妹相手なら漫ちゃんが爆発する可能性は高いか?火種の塊みたいなん相手とくれば、相性は悪ない気いするな。他の二校はズタボロになるとして……次鋒は松実姉。対策無しなら、ゆーこだと分が悪い。ブレ幅は大きいとしても二人合わせてマイナスと仮定。まあ中堅で勝ちに回るとして」

 

憧「負ける気はないって言ったわよ」

 

恭子「はあ……強気もええけど、全国でも名を知られとるエースを舐めたらあかん。ちっとは頭使こて、どうなるか考えてみい。洋榎の調子がどんなに悪うても2万点以上の差がつくわ。ええ情報集めても、そこできんと全部無駄になんで」

 

憧「ぐっ」

 

恭子「まあそんで、副将は五分、かなあ?あの副将はようわからんけど、強さ自体はそうでもない。で、大将戦。ちょい有利で始められるとして……高鴨なら、たぶんなんとかなるか」

 

憧「はあ?白糸台の大星にも競り勝ったしずに勝てるっての?咲とあのノッポにやられてたあんたが?」

 

恭子「あいつ、たぶん対異能者で力を発揮するタイプちゃうか?始めの方で、ふつーの人ら相手に苦戦しとったのしっかり覚えとるで」

 

憧「えっ?いや、強い人相手にやる気を出す感じではあるけど」

 

恭子「なんや、あんまわかってないんかい。まあどっちでもええわ。私は能力もなければ強うもない、ほんまもんの凡人やからな。なんで私ごときが名門・姫松の大将を任されとったんか、私自身が一番わかってへん。そんなん相手にして、高鴨は大星とやった時みたいなプレッシャーを出せるんかな?劔谷や越谷とやった時みたいに、どっか力抜けたままなんちゃうやろか」

 

憧「……そんなの、やってみないとわかんないし」

 

恭子「んー今は高鴨のことも多少知っとるけど、情報があってもなくてもあんまやること変わらんなあ。終盤の切羽詰まったあたりで早あがり決めるいつものやり方で……いけるんちゃうかな。勝ち切れそうな気いするわ」

 

憧「ちょっとあんた――」

 

赤土「はーい電話繋がったわよ。ちょっと色々調整してたから時間かかったけど……あれ、なんか空気が微妙ね。憧、もしかしてまた喧嘩売ったの?」

 

憧「人を狂犬みたいに言わないでよっ」

 

赤土「まあいいや。そんじゃ恭子ちゃん。どっちに出てもらうか迷ったんだけど、とりあえず名前の大きい方にしといたわ。役に立つ話は聞けないかもだけど、普通の高校生がタダで話せるなんて有り得ない人だから喜んでもいいわよ。それから、話の流れで電話相手じゃない方が今から来ることになったことを伝えとくわ。プライベートだから、紹介は到着してからにするわね。そんじゃ、ほいスマホ」

 

恭子「いや、まあええですけど……別に赤土さんを疑ってるわけちゃうんやってことを」

 

赤土「もう繋がってるから、早く挨拶して」

 

恭子「ああもう……お電話代わりました。姫松高校の末原と申します」

 

赤土「ま、これで恭子は大丈夫か」

 

恭子「……っ!は、はああっ!?」

 

赤土「監督室で話してていいよー。一応、恭子に教える先生候補にも挙がった人だから、話はだいたい通ってるんだ。十分くらいは時間くれるみたいだから、この際色々聞いちゃいな」

 

憧「で、結局その人って誰なの?ハルエよりすごい人?」

 

赤土「そりゃなあ。ネームバリューで牌のおねえさんに勝てる麻雀打ちとか、笑っちゃうくらい少ないぞ」

 

憧「えっ?」

 

やえ「お相手って、もしかして瑞原プロなんですか?」

 

赤土「そうだよ。トラブルは予想していたからね。いざって時は私の講義内容を保証してください、って頼んでたんだ。でも電話かけたらあの人、でっかい仕事の休憩中なのに”今日からやるのっ?はやりも講義受けたいー”とか言いだしてさ。電話の向こうでマネ呼んでスケジュール調整とか始めてんの。なだめるのに苦労したよ……あ、これから来るゲストもプロだから、挨拶だけはきちんとな」

 

 

説明
受講生たちは少しだけ踏み込んだ会話をしているようです
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 麻雀 末原恭子 小走やえ 新子憧 赤土晴絵 

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