AIにそだてられた子(5)
[全1ページ]

 リーディーとハグして頬を合わせる。

 艶っぽい話ではなくて、寝る前に挨拶をしているだけだ。ルーティーンじゃない。ルーティーンと呼べるほど儀式ではないし、仕事でもない。リーディーも僕もお互いに必要性があるからやっている。はず。

 ハグするのはニュークとリーディーだけで、他のAIたちとハグしたことはない。もしかしたら、物心がつく前に抱っこされていたことはあるかもしれないけれど。

 ニュークとリーディーは温かい。心とか感情の話ではなく、物理的に温かい。そして、柔らかい。例えば、シルフとハグしても冷たいし硬いし、その辺の岩に抱き付くのと同じ効果しか得られない。実は、シルフはまだ良いほうで、ルーリとか、アルコルフなんかとハグしたら、僕は三枚おろしになってしまうかもしれない、というのは言い過ぎだけど、間違いなく服か皮膚が切れてしまうだろう。

 AIたちの体は人間と接するためにできていないのだ。人間は僕しかいないのだから。

 

 「おやすみ」

 「おやすみ」

 

 いつもどおりリーディーと挨拶を交わしてベッドに入る。

 リーディーが『おやすみ』すれば、リーディーの『体』は動かなくなる。だけど、僕がおやすみしても、僕の体は動いている。『眠る』という行為の不合理さをいつも感じながら、僕は眠りにつく。

 

 「君は、眠るようにできているんだよ。悲しいかい?」

 

 眠らずに何時間活動できるのか試してみたことがある。

 AIたちの忠告を聞き入れずに何十時間も起き続けたあと、ニュークに言われた言葉は、僕が人間であることを、僕がAIではないことを、強烈に刻みつけた。

 

 「意、地、か、な」

 

 朦朧とした意識の中、瞬きした瞬間に眠らないように気をつけながら、僕は答えた。全てが夢の中のように不鮮明で、自分が何を話しているのかさえよく分からない。

 

 僕の答えを聞いたニュークは、微笑んで、そっと僕を抱きしめた。

 

 温もり。柔らかさ。

 

 なぜニュークは人間ではないのだろう?

 

 意味不明な疑問を自嘲しながら、ゆりかごの中に崩れ落ちるように、僕は一瞬で気を失った。

 

 

 ※

 

 

 目を覚ますと、だいたい八時間くらい経っている。窓のカーテンが徐々に開き、外光を取り入れるシステムになっているので、アラームがなくても、AIたちが起こしに来なくても、自然と目が覚める。窓の外には、オルブ唯一の木の鮮やかな緑色が揺らめいている。

 

 「おはよう」

 「おはよう」

 

 いつもどおりリーディーと挨拶を交わしてベッドから出る。

 今日したいことが山ほどある。

 まずは、リーディーとハグしよう。

説明
人間に未来を託された十六人のAIが宇宙を進み続け、百六十三万年かけて辿り着いた惑星オルブ。

地球とよく似たその星で、やがてひとりの人間が生まれた。

「人間はね、神様に勝ったんだよ」

優しく笑うAIに、彼はそだてられていた。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
325 325 0
タグ

荒井文法さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com