ONE 無くて七癖 出会うは七瀬
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 タッタッタッ

 

 オレはいつもの様に走っていた。この時間にここを走っていれば学校にはギリギリで滑り込める。経験から導き出された結果である。少し後ろを長森が追いかけるように走っている。ほぼ毎日繰り返される状況だ。

「浩平がちゃんと起きてれば走らなくってもいいのにーっ」

 後方から、長森が走りながら非難の声を上げる。

 走りながら話ができるようになったとは、長森も毎朝オレと一緒に走って体力が付いてきたのだろう。以前の長森だったらついてくるのがやっとだったのに、オレはちょっとだけ感心した。だが、もちろんそんなことは口には出さない。

「長森がもっと早く見つけてればなぁ」

 そんな長森に対して、オレは非難の声を返す。そう、これはすべて長森のためなんだ、オレは勝手にそんなことを決めつけていた。

「人間大のテルテル坊主の中に入って外にぶら下がっているなんてわかんないよーっ」

 今日は長森が言うように、オレがテルテル坊主の中に入って寝ているのを長森が見つけることが出来なくって出発時間が遅れてしまった。オレ的にはある意味成功したと言えるだろう。

「あれは無理があった。もう少しで首吊り自殺になるとこだった」 

 長森に見つかるまで睡眠時間が取れたのは良いのだが、そのまま永眠しそうになってしまったのはご愛敬だろう。

 自宅の二階からテルテル坊主の姿をして首吊り自殺をする、そんな情けない死に方をしそうになってしまっていた。長森がもう少し気付くのが遅かったら実際そうなっていたかもしれない。

「ならやめればいいのに……」

 長森が言う。正論である。だが人間は正論通りに行動するとは限らないのである。特にオレは型に当てはまらない人間として有名である。自分で言うのもどうかと思うが、そんな人間が正論通りの行動をするとは思えない。

「でもあれは長森を驚かすためにやったのだから原因は長森にある。なら首吊り他殺か」

 すべての責任を長森に押しつけようとする。我ながらいい手である。もちろん実際に死んでいたらそんなことは出来ないので口にするだけだ。

「わたしのせいなの?」

 長森が尋ねてくる。

「うむ、当然」

 オレはキッパリと答える、それも間髪入れずに。迷いのない、澄み切った答えである。

「そうかなぁ?」

 オレが言い切るものだから、長森も自分が悪いのではという気持ちが出てきたらしい。ちょっと考え込んでいる。

「やっぱり浩平がいけないんだよーっ」

 だが、最終的には元の考えに落ち着いたようだ。

「とりあえず長森が驚いたから良しとしよう」

 オレは一応の納得を見せる。先ほどから走りながら話をしていたので一度休憩を入れたくなったという理由も大きいのだが。

「十分驚いたから今度からベッドで寝ていてね」

 半分呆れながらではあるが、長森が忠告する。長森も息が苦しそうだ。なのにオレとの会話をやめないのは長森らしいといえば長森らしい。

「考えておこう」

 少なくとも、もうテルテル坊主の中に入って寝ることはないだろう。今度は本当に死んでしまうかもしれないから。だがベッド以外の場所で寝ることはやめることはないだろう。明日はどこで寝ようか、ちょっと楽しみである。

「!」

 長森とそんな会話をしていると、不意にオレの脳裏に一瞬何かが走る。

「この感覚、七瀬か」

 まるでニュータイプにでもなったかのような感覚、オレは次の曲がり角から七瀬が現れるのを覚った。

 オレのセリフに長森は首を傾げる。ノーマルとニュータイプの差だろう、オレはそんな意味不明のことを考える。

「そこぉ!」

 オレはタイミングを合わせて膝を突き出す。走っているスピードを乗せた強烈な一撃である。

 以前、完璧に入ったと確信した肘打ちでさえ不発に終わってしまった。今回はその教訓を生かして加速をつけた膝蹴りを出すことにしたのである。

「真空飛び膝蹴りぃぃぃ」

 俺は気合を込めて技を繰り出す。

「なんのぉ!」

 そんな七瀬のセリフが聞こえた。

 

 グルンッ

 

 膝蹴りが決まったと思った瞬間、俺の視界には青空が見えていた。一瞬なにが起こったのかわからない。

 気がつくと七瀬にマウントポジションを取られていた。そう、オレは完全に地面に倒されていたのである。

「フ、フランケンシュタイナーだと……」

 オレは自分のスピードさえも利用されて七瀬にフランケンシュタイナーを決められていた。フランケンシュタイナー、それは向かい合った状態からジャンプし相手の首を両足で挟み、後方に回転して相手を倒す技である。技をかけられた相手は前転する形で倒されることになる。

 それは一瞬の出来事であった。どっかのベルトを持っている覆面レスラーに匹敵するほどの技の切れである。

「くそぉ」

 オレは悔しさのあまり、そんな言葉を口にする。

「日々成長しているのよ。あたしは」

 オレのそんな表情を見て、七瀬はフッと鼻で笑う。

 成長するのはかまわないが乙女からどんどん遠ざかっていくのは気のせいだろうか、オレはそんなツッコミを入れようか悩んだが結局言わないことにした。その方が七瀬らしいと判断したからだ。七瀬がどう思っていようがオレの中ではこれが七瀬というものだと納得している。

「いつまでも同じ手に引っかかる私じゃないわよ」

 高らかに宣言する七瀬。未だにマウントポジションのままである。

「人にいきなりフランケンシュタイナーをかけるなんて非常識な」

 マウントポジションを取られたままの状態でオレは言う。

「気合い入れて、真空飛び膝蹴りなんて技を繰り出すような人間に言われたくないわ!」

 間髪入れずに七瀬が反論する。それもすごい剣幕で。

「まるでオレが悪者みないな言い方じゃないか」

 人聞きの悪い、オレはそう付け加える。

「悪者みたいじゃなくて悪者そのものなの」

 七瀬が言い返す。

 世間一般的に見てもオレが悪者らしい。自分でもそれはわかってはいるのだが七瀬をからかうと楽しいからな、オレは心の中でつぶやく。

「わかっているなら言うなぁ!」

 七瀬は叫ぶ。心で思っていたことが七瀬に伝わっているのである。

「オレの心を読むとは、超能力者にでもなったのか?」

オレはマジマジと七瀬の顔を見る。いつも通りの七瀬の顔に見えるし、偽物でもなさそうだ。正真正銘の七瀬である。いつのまにこんな能力を身につけたのであろうか。オレにも教えて欲しい、そんなことが脳裏をよぎった。

「全部口に出してたわよ!」

 怒った口調でいう七瀬。どうやらオレは、心の中で考えていたことを全て口に出していたらしい。

 七瀬が超能力者になってしまったのではと思ったがネタがわかるとつまらないな、オレは心の中でつぶやく。

「つまらなくてわるかったわね」

「はっ、今度は読心術か」

 結局、思ったことは七瀬に伝わっている。先ほどのは七瀬の言葉は嘘で、やはり人の心を読んでいるのだろうか。

「だから口に出しているんだって」

 呆れた口調で七瀬が言う。

「いいや、七瀬がオレの心を読んだんだ」

 オレはきっぱり決めつける。

「はいはい……」

 七瀬は完全に脱力モードに突入している。少しも信じないのは長森と違うところだ。人の言葉を信じまくる七瀬がいたら、それはそれで偽物だと思うが。

 オレはチラッと周りを見渡す。どうやら通行人の皆様は我関せずを決め込んでいるか、遠巻きに眺めているかしている。オレも当事者でなければ同じような反応をしていただろう。

「ママ、あれはなにをしているのぉ?」

 いや、一組だけ興味深くこちらを見ている親子がいた。ふと視界に入った子供がそんなことを隣にいる母親らしき人物に訊いている。

 確かに、自分でも何をしているのかわからないような状況であるのは認めざるをえない。だからと言って、子供にそんなふうに尋ねられているとなると悲しくなってしまうのはなぜだろうか。

「あれはね、痴話喧嘩っていうのよ」

 オホホホホ、と微笑を浮かべながら子供に説明をする見ず知らずのおばさん。

 子供への教育はきちんとした方が良いと思うな、と当事者であるオレが言えることではないかもしれないが日本の未来を危ぶんでしまった。

 まずい、今の状況は非常にまずい。このままでは明日の町内ニュースの主役になってしまう、オレはふと現実に帰る。そして意識を七瀬に戻す。

「一つだけ言っておく!」

 オレはビシッと七瀬を指差す。はたから見るとすごく情けない格好であろうことは想像に難しくない。女性にマウントポジションを決められて、決められている方が指差すという状態なのだから。

「……パンツ見えてるぞ」

 スカートのままフランケンシュタイナーなんて技をやるのだから当然と言えば当然の結果である。

「えっ……」

 見る見る顔を赤くする七瀬。すぐに膝を閉じるが、時すでに遅し。十分に堪能させてもらった。

「見、見たわね!」

「あぁ、バッチリとな」

 オレはきっぱりと答える。それが余計に七瀬の感情を逆撫でしたようだ。

「あっ、ちなみに言わせてもらうと白と青のストライプもいいけど、純白もいいと思うぞ」

 オレは素直な感想を言わせてもらう。

 

 プチッ

 

 そんな、なにかが切れる音が聞こえた気がした。

「乙女の秘密をぉ!」

「乙女と認められたかったらスカートでフランケンシュタイナーなんてやめろ…」

 オレは正論を言ったつもりなのだが、逆に「それなら膝蹴りなんて止めなさいよ」と言い返されてしまった。

「きぃぃぃ、殺してやるぅ」

 七瀬はマウントポジションからオレに首に手を伸ばす。完全に押さえられている状態なので避けることが出来なかった。

 先ほど切れたのは七瀬の堪忍袋の緒か、それとも理性か。なんにせよ、このままではオレの命が危ない。

「前に折原が言ったように、電話帳を裂くだけの握力は身につけているわよ」

 不適な笑みを浮かべる七瀬。

 七瀬の言うように、腕にはかなりの力が込められている。体制が悪いとはいえ、振りほどくことが出来ない。これだけの握力があれば、確かに電話帳を裂くことが出来るだろう。

「折原を嘘吐きにしたら悪いと思って握力強化に励んだんだから」

 七瀬の笑みが不気味な笑みへと変化する。

「うぐぐ…」

 先ほどよりも七瀬の腕に込められる力が増す。

 絞めは完璧に入るとほんの数秒で意識を失わせることの出来る技である。それもなんの苦痛も無く。しかし下手な絞めだと意識を失うまでが長くなる。それも苦しみも半端ではない。七瀬の絞めは後者である。

 今朝はテルテル坊主の紐で首を絞めて、今度は七瀬に首を絞められるなんて、今日は厄日としか言いようがない。長森なら、朝のは自業自得だよ、と言うかもしれないが。そういえば先ほどから長森の姿が見えない気がする。でも今は七瀬をどうにかするのが先だ。

「窓から飛び降りても大丈夫なくらいの頑強さも手に入れたし」

 一度そこで口を止める。

「ストリートファイトでは十戦全勝、向かうところ敵無しだし」

 七瀬は完全に自分の世界に逝ってしまっている。

 まさか冗談で言ったことを全てを実践しているとは七瀬恐るべし。

「あとは邪魔者を消・す・だ・け」

 ギラッと七瀬の目に光が宿る。小動物を威圧する肉食獣のようにするどい眼光である。オレは背筋に寒い物を覚えた。

「いや、待て…マジに入って……ぼんどにじぬっで」

 賞賛したいほど完璧な苦しめるための絞めである。いや、技を食らっている身としては賞賛などしている暇は無いのだが。

「折原を殺してあたしも……」

 そこまで言って考え始める、だがオレの首を絞めている腕には相変わらず力を込めたままだ。考えるなら、せめて腕の力を抜いてくれ。そう願うが、願いは天には届かない。

「折原を殺して私は生きるわ、あたしの糧となるために死んで」

 どうやら七瀬はオレと心中するのは嫌らしい。もちろん、オレも死にたいわけではない。

「だ……死……」

 オレは薄れていく意識の中であることを思いつくとすぐに実行に移す。

 

 ポンポンッ

 

 七瀬の腕を軽く二回叩いたのである。ギブアップの仕草、最後の望みをかけた行動である。

 すると七瀬はパッと手を放す。

 七瀬の体から力が抜けたのを感じると、オレは一気にマウントポジションから抜けだす。

「七瀬おまえ、昨日の深夜にやっていたプロレス番組見てただろ……」

「ちょうどTVつけたらやってたから、少し……」

 照れながら言う七瀬。

 

 キーンコーン…

 

 そんな時、遠くからそんな鐘の音が聞こえてきた。いつも聞きなれている鐘の音。それは始業を知らせる鐘の音であった。

 オレは七瀬と顔を見合わせる。

「折原のせいで……」

「七瀬が……」

 学校に完全に遅刻したのを確認すると、オレと七瀬はまた不毛な言い争いを再開していた。

「はぁぁぁ」

 言い争いを再開して五分ほど経った頃であろうか、長めのため息をつく七瀬。

 オレも七瀬と言い争うのを止める。

「もういいわ、このまま折原と会話していても疲れるだけ…」

 オレも同感である。お互い制服に付いた土を払う。

「おっ、七瀬こんなところにも土が付いてるぞ」

 

 パッパッ

 

「あっ、ありがと…」

 オレは七瀬の制服に付いた土を払ってやる。なんてジェントルマンな行動なんだろうか。自分で自分を誉めてやりたくなる。

 

 バコッ

 

 七瀬のパンチがオレの顔面にヒットしていた。ひねりの入ったパンチ、コークスクリューパンチというやつである。腰の入った強烈な一撃である。

「ぐっ、人の恩を仇で返すとは……」

 オレはよろめきながらも言う。

「七瀬が自分では見えないところの土を払ってやったというのに」

「だからと言ってお尻に触るな!」

 確かに七瀬の言うように、先ほど土を払ったところには柔らかいお尻があった気がする。でもそれはやましい気持ちがあったわけではなく、やらしい気持ちでやっただけだ。どちらも同じか、自分で自分にツッコミを入れる。

「あぁ、遅刻…か」

 七瀬がつぶやく。

 七瀬に非があるとはいえ遅刻させてしまったのは悪いかな、オレはちょっとだけ後悔する。

「折原が悪いんでしょうが!」

 七瀬に怒鳴られる。落ち込んだり怒ったりと忙しい奴だ。

「また読心術か!」

「だから口に……って、もういいわ」

 疲れきった口調で七瀬が言う。どうやら今回の勝負はオレの完全勝利である。

「遅刻した者同士、一緒に学校行くか」

 そう言って、オレは七瀬に手を差し出す。

「まっ、それも悪くないわね」

 七瀬は差し出されたオレの手を取る。普通ならここで熱い友情の握手となるのだが、相手が七瀬だとそうはいかないらしい。

「ぬぬぬぬっ」

 お互い、なぜか両手を合わして力比べを開始している。

「おいっ!」

 オレは七瀬に呼びかけるが、七瀬は反応を返さない。

「ぬぬぬぬっ」

 相変わらず、腕に力を込める七瀬。

 なぜ力比べになっているのか、それを問いただしたかったのだが。

「ぬがっ!」

 力を抜くとこちらが負ける。いくら相手が七瀬だとはいえ、女性相手に力比べでは負けたくない。オレは出せる限りの力を腕に集める。

 フッと七瀬の力が抜ける。勝った、オレは勝利を確信した。

「甘い!」

 

 ベキョッ

 

 気がつくと、七瀬の強烈な頭突きを顔面に食らっていた。

 七瀬は頭突きの出すために、わざと腕の力を抜いたのである。オレはその罠にはまり、上半身を七瀬側に突き出してしまった。そこに反動をつけた頭突きが来たのだからたまったものではない。頭の周りを星が回るというのはこういう状況なのだろうか。

 オレは力比べをしていた手を離し、地面に倒れこんでいく。

「さてと、学校行こう」

 薄れていく意識の中で、七瀬が遠ざかっていくのがわかった。

「通学途中に立眩みになったって理由なら乙女らしいかしら……」

 七瀬は遅刻の理由を考えながら学校へと向かっていった。

「おっと寝ているわけにもいかないな。オレも学校に行こう」

 オレはパッと起き上がる。自分の頑丈さに自分で呆れながらも、オレは七瀬の後を追った。

 

 

 始業の鐘が鳴る少し前、学校。

「浩平、やっぱり遅刻しちゃったね……」

 浩平と一緒に走っていたはずの長森は学校に到着していた。長森は、浩平が七瀬に膝蹴りを繰り出しそれをフランケンシュタイナーで切り返されるのを横目にそのまま走り続けていたのだ。

 遅刻を免れた長森はそんなことをつぶやくと、一人教室へと足と進めた。

「明日はどうなところで寝ているのかな……」

 つぶやく長森。

 どうやら長森も折原がどこで寝ているのかを見つけるのは嫌いではないらしい。折原がどこに寝ているかを予想しながら教室へと進む長森の姿がそこにはあった。

説明
Tactics「ONE ?輝く季節へ?」の二次創作。
これも2000年の作品。
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ONE?輝く季節へ?

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