英雄伝説〜灰の騎士の成り上がり〜
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〜メンフィル帝国軍・ヴァリアント・フォルデ大尉とクルト特尉の部屋〜

 

「…………ですから、何度も言っているように貴方の槍術は”ヴァンダール流”の技と似ているんです。僕はそれを知りたいんです。」

「しつこい奴だな〜。俺も何度も返しているように確か”ヴァンダール流は剣術の流派の一つ”なんだろう?槍が得物の俺が槍で剣術を使うとかおかしな話だろうが。」

「…………二人ともどうしたんですか?」

クルトの問いかけに対して疲れた表情で答えたフォルデの様子を見たリィンは二人に近づいて声をかけた。

「お疲れ様です、リィン少佐。」

「おい、リィン。何で俺と同室の相手をこんなクソ真面目な奴にしたんだよ…………これじゃあ、気軽に娼婦を部屋に呼べねぇじゃねえか。」

「…………クルトは事情が事情ですから、事情を知らされている軍位持ちと同室にするべきですし、俺達の隊は先輩も知っての通り、男性の軍位持ちは俺と先輩だけなんですから、消去法で二人部屋を一人で使っている先輩と同室にせざるを得ない事は先輩も理解しているはずです…………というかそもそも、軍に同行している娼婦に関しては”そういった行為をする為の部屋”が用意されているんですから、本来はそちらを利用すべきなのですが…………――――――それで一体何をもめていたんですか?」

フォルデの文句に対して静かな表情で答えたリィンは呆れた表情で溜息を吐いて指摘して、二人に問いかけた。

 

「クルトの奴がさっきから、俺の槍術はクルトの剣術と似ている部分があるから、それについて教えてくれの一点張りなんだよ…………」

「いや、似ているもなにも、先輩の槍術は”ヴァンダール流槍術”なんですから”ヴァンダール流”の使い手の一人であるクルトの剣術と似ている部分があって当然じゃないですか…………」

フォルデの答えに対してリィンが呆れた表情で答えたその時

「あ、バカ!」

「フォルデ大尉の槍術が”ヴァンダール流槍術”…………!?確かにヴァンダール流にはかつて槍術も存在していたと聞いていますが、”ヴァンダール流槍術”は使い手が少なく、当時の唯一の伝承者であったロラン卿の戦死を機に途絶えたはずです。なのに何故フォルデ大尉が”ヴァンダール流槍術”を…………………!?」

リィンの答えを聞いたフォルデが表情を引き攣らせて声を上げたその時、驚きの声を上げたクルトは真剣な表情でフォルデを見つめて問いかけた。

「ったく…………こういうめんどくさい展開になるのは目に見えていたから、誤魔化していたってのに、お前のせいで台無しじゃねぇか…………」

「いや、俺が答えなくても、ステラ達も知っていますから、クルトはいずれ先輩の事を知る事になると思うのですが。――――――それよりもクルトが知りたいと思っている先輩の槍術について、俺が代わりに説明するよ――――――」

疲れた表情で溜息を吐いた後自分に対して恨めしそうに見つめるフォルデに困った表情で答えたリィンはクルトにフォルデの事について説明した。

 

「フォルデ大尉の先祖が”ヴァンダール流槍術”の使い手の一人であるロラン卿の妹君…………なるほど。途絶えたはずの”ヴァンダール流槍術”を先祖代々伝えられていたお陰でフォルデ大尉は現代で唯一の”ヴァンダール流槍術”の使い手なのですか…………という事はフォルデ大尉は僕にとって遠い親戚にも当たる方なのですね。」

「ま、250年前以上の話で血は相当薄まっているだろうから、親戚って言ってもほとんど他人と変わんねぇと思うぞ。」

リィンから事情を聞いて驚きの表情で呟いた後興味ありげな様子で自分を見るクルトに対してフォルデは興味なさげな様子で答えた。

「…………フォルデ大尉、僕と手合わせをしてください。」

「うげ…………一応聞いておくが今の話を聞いて、何でそんな展開になるんだ?」

クルトの要望を聞いたフォルデは嫌そうな表情をした後クルトに訊ね

「伝承者がいなくなった事で途絶えたはずの”ヴァンダール流槍術”…………”中伝”までしか認められていない未熟者とはいえ、”ヴァンダール流”の使い手としてどのような武術なのか実際得物をぶつけ合って知りたいんです。」

「ハァ…………やっぱりそういう類の理由かよ…………だが、断る!せっかくの休みなんだから、そんなめんどくさくて疲れる事はゴメンだ。ましてや今は戦争中なんだから、休める時は休むもんだぜ?」

クルトが自分と手合わせをしたい理由を知ると疲れた表情で溜息を吐いた後クルトの要望を断った。

 

「確かにフォルデ大尉の仰っている事は正論ですが、腕を鈍らせない為にも毎日の稽古は欠かせません!その稽古に僕も混ぜて頂く事は問題ないはずです!」

「ハァ…………だから、それが疲れるし、めんどくさいから、嫌だっていっているだろ…………」

「……………………」

真剣な表情で要求するクルトに対してフォルデは疲れた表情で溜息を吐いて軽く流そうとし、その様子を見ていたリィンはふとかつて微妙な関係だったラウラとフィーの様子を思い浮かべた、

「…………フォルデ先輩、今からクルトと模擬戦をしてあげてください。これは”上官命令”です。」

「え…………」

「ハァ!?マジで何を考えているんだ、リィン!?」

リィンの突然の命令にクルトが呆けている中、驚きの声を上げたフォルデは困惑の表情でリィンに訊ねたが

「理由は後で話しますので、まずは”模擬戦”です。――――――いいですね?」

「へいへい…………」

反論を許さないかのように威圧を纏ったリィンの笑顔に圧されて頷かざるをえなかった。

 

その後リィン達は訓練場に向かい、フォルデとクルトがそれぞれの得物を持って向かい合っている中、審判役のリィンが二人の間の中央に立っていた。

 

 

〜訓練場〜

 

「――――――それでは今から模擬戦を始めますけど…………フォルデ先輩、わかっているとは思いますけどこの模擬戦は”実戦”の経験が不足しているクルトを鍛える意味もありますから、模擬戦をさっさと終わらせる為に最初から”本気”で戦わないでくださいよ。」

「チッ…………読まれていたか。こういう時に限って、俺の性格を把握している奴は厄介だねぇ。」

リィンの念押しに舌打ちをしたフォルデは苦笑し

「――――――待ってください!確かに僕はリィン少佐の言う通り、リィン少佐達と比べると”実戦”の経験が足りませんがヴァンダール流の”中伝”を授かっています!ですから、手加減は不要です!僕はフォルデ先輩の”本気”――――――フォルデ先輩が修めている”ヴァンダール流槍術”の”全て”が知りたいんです!」

クルトは真剣な表情でリィンを見つめて反論した。

 

「――――――それは無理だな。クルトとフォルデ先輩の実力の差は”あまりにも離れすぎている。”…………先に教えておくが、フォルデ先輩は普段はいい加減な態度で、サボり癖があるにも関わらず”軍人”を続けられている事に疑問を抱くかもしれないが、戦闘能力に関しては先輩の同期生の中では先輩は文句なしのトップの実力だったとの事だし、先輩は”ヴァンダール流槍術”の奥義皆伝者でもある。――――――それこそ、フォルデ先輩が”本気”を出せば、君の母親――――――オリエさんとは最低でも互角…………もしかしたら、君の父親――――――”雷神”やかの”光の剣匠”にも届くかもしれない。」

「な…………っ!?」

「おーい、褒めているように見せて何気に俺をディスっていないか、後輩隊長さんよ〜。」

しかしリィンの説明を聞くとクルトは驚きの声を上げてフォルデを見つめ、フォルデは苦笑しながらリィンに指摘した。

「俺は事実を言ったまでです。――――――双方、構え。」

フォルデの指摘に対して静かな表情で答えたリィンは号令をかけ、リィンの号令によって二人はそれぞれの武装を構え

「――――――始め!」

リィンの合図によって模擬戦を開始した。

 

クルトはフォルデに”本気”を出させる為に最初から全力でフォルデに挑んだが、対するフォルデは言葉通りまさに”柳に風”のようにクルトが繰り出す剣技を受け流したり、躱したりしつつ時折カウンターを放ってクルトとまともに相手にしなかった。

 

「ハァハァ…………クッ…………時折反撃をするだけで、自分からは攻撃をしない上肝心の”ヴァンダール流槍術”の技も見せないなんて、そこまで僕は貴方の相手として不足しているんですか!?」

模擬戦による疲労で息を切らせているクルトは唇を噛み締めてフォルデを睨んで問いかけ

「いや、リィンも言ったようにこれは”実戦”を想定した模擬戦でもあるんだから、お互いの技をぶつけ合う道場でやるような”手合わせ”じゃないんだぜ――――――っと!」

「く…………っ!?」

対するフォルデは疲労している様子は一切見せておらず、クルトの問いかけに対して苦笑しながら答えた後懐から取り出した投擲用の短剣をクルト目掛けて投擲し、投擲された短剣をクルトは双剣で防御した。

「そら、お望みの”ヴァンダール流槍術”だ。そらあああぁぁぁっ!」

「しま――――――ぁ…………」

そしてクルトが短剣に気を取られている隙にクルトに一気に詰め寄ったフォルデはクラフト――――――スラストレインを放ち、フォルデが繰り出す目にもとまらぬ刺突の雨を咄嗟に双剣で防御したクルトだったがフォルデが止めに放った渾身の一撃によって双剣は弾き飛ばされ

「チェックメイトだ。」

「――――――そこまで!」

双剣を弾き飛ばしたフォルデがクルトに槍の切っ先を向けるとリィンが終了の合図を出した。

 

「”ヴァンダール流双剣術”の基本技”レインスラッシュ”…………まさかあの技を槍であんな風に放つことができる上、それも双剣よりも遥かに威力や速さもあるなんて…………完敗です。悔しいですけど、リィン少佐の言っていた通り、フォルデ大尉はいつでも僕を無力化できたんですね。」

呆けた表情でフォルデが放った技を分析して呟いたクルトは若干悔しそうな表情でフォルデを見つめた。

「ま、元々武器の相性もそうだが、クルトは俺に”本気”を出させる為に最初から飛ばしてくれたからな。もう少し慎重になっていれば、さっきの技を回避できたかもしれないし、他の技を見る事ができたかもしれないぜ?ああそれと、さっきの技の名は”スラストレイン”だ。」

「…………はい。戦闘開始前にリィン少佐から貴方の伝位が”皆伝”だと知らされたにも関わらず、貴方に”本気”を出させる為にムキになって体力の配分も考えずに全力で剣を振り続けた僕の落ち度です。」

フォルデの指摘に静かな表情で頷いたクルトは先程の模擬戦の自分を思い返して複雑そうな表情をした。

 

「フウ………予想とは違った結果になったようですけど、双方互いに納得がいく模擬戦になって何よりです。」

するとその時審判を務めていたリィンが二人に近づいて二人を見比べて苦笑し

「いや、俺はまだ全然納得していないんだが?――――――リィン、何でわざわざ俺に模擬戦をやらせたんだ?」

フォルデは疲れた表情で溜息を吐いた後リィンに問いかけた。

「ハハ…………実はフォルデ先輩とクルトの様子を見て、Z組にいた時の出来事を思い出したんです。クラスメイトのラウラ――――――”光の剣匠”の娘と”猟兵王”の娘で、自身も元猟兵であるフィーも一時期微妙な関係になっていましたから、先輩もクルトがその時のラウラとフィーのような状況に発展しかねないと思って、それを未然に防ぐ為に模擬戦をしてもらったんです。」

「子爵閣下のご息女――――――”アルゼイド流”の跡継ぎの方が”猟兵王”の娘と…………?一体どのような事があったのでしょうか?」

リィンの説明を聞いて新たな疑問を抱いたクルトは不思議そうな表情でリィンに訊ねた。そしてリィンは二人に一時期微妙な関係になっていたラウラとフィーの事を説明した。

 

「なるほどねぇ…………その”光の剣匠”の娘とやらは周りの連中に合わせて本気を出さずに力をセーブしていたその”猟兵王”の娘って奴の考えが気に食わなくて微妙な関係になっていたから、模擬戦する事を嫌がっていた俺が模擬戦をやりたがっているクルトとその二人みたいになりかねないと思った訳か。」

「他にも理由はありましたけど、さっきの先輩とクルトは当時の二人と重なっている部分もありましたから、そうなる前に念の為に先に手を打たせてもらったんです。」

「…………その、すみません。僕の我儘でお二人にご迷惑をおかけしてしまって…………」

事情を聞いた後のフォルデの指摘にリィンが苦笑しながら答えるとクルトは気まずそうな表情を浮かべた後二人に謝罪した。

「ハハ、そんなに気にしなくてもいい。そもそも、普段から人から誤解されかねない事をしている先輩にも非があるだろうし。」

「おーい、さっきから気になっていたがトールズから戻ってきたお前の俺に対する扱いが酷くなってねぇか?」

クルトの謝罪に対して苦笑しながら流したリィンにフォルデは冷や汗をかいて疲れた表情でリィンに指摘した。

 

「先輩の気のせいでは?――――――それよりもクルトさえよければ、この戦争が終わった後になるけど、”もう一人のヴァンダール流槍術”の使い手を紹介する事はできるけどどうする?」

「え…………他にも”ヴァンダール流槍術”の使い手がいるのですか!?」

リィンの提案に目を丸くしたクルトは驚きの表情で訊ね

「ああ。その人物――――――フランツ・ヴィントは俺やステラの同期生で、先輩の弟で、先輩程の使い手ではないけど”ヴァンダール流槍術”を修めている。」

「ちなみにフランツは俺と違ってクソ真面目な野郎だから、お前とも結構話が合うと思うぜ?…………そういえば確かあいつの所属はエイリーク皇女殿下の親衛隊だから、ひょっとしたらこの戦争で会えるかもしれないんじゃないか?エイリーク皇女殿下とエフラム皇子殿下も”エレボニア征伐”に参加しているらしいしな。」

「ええ。エイリーク皇女殿下達は現在エレボニア帝国と隣接しているメンフィル帝国領の一つであるユミルに駐屯しているとの事ですから、ノルティア方面―――特に”ルーレ”に侵攻する際には行動を共にする事があるかもしれませんね。――――――っと、すまない。エレボニアが故郷であるクルトにとっては正直あまり聞きたくない話を聞かせてしまって。」

フォルデの推測に頷いて答えたリィンだったが、すぐにクルトに謝罪した。

 

「いえ…………”ヴァンダール”の本懐を果たす為…………そしてどのような形であろうとも皇太子殿下をお守りする為にも母共々メンフィル帝国軍に協力すると決めたのですから、どうかお気になさらず。それよりも先程の話に出たフランツさんの紹介、どうかよろしくお願いします。」

「わかった。…………その為にも今回の戦争、絶対に生き残ろうな。」

クルトの頼みに頷いたリィンはクルトに応援の言葉を送り

「はい…………っ!」

リィンの言葉にクルトは力強く頷いた。

「それと先輩、時々で構いませんからクルトの稽古に付き合ってあげてくださいよ。その代わり、朝か昼の俺の都合のいい時間であれば、俺に話を通してもらえれば俺の部屋に娼婦を呼んで先輩が使っても構いませんよ。――――――当然、”行為”の後始末はしてもらいますが。」

「しゃあねぇな…………じゃ、早速お前の部屋を使わせてもらうぜ♪」

更にリィンはフォルデに要求とその対価を伝え、それを聞いたフォルデは疲れた表情で溜息を吐いた後すぐにいつもの調子に戻ってリィンに要求し、フォルデの態度にリィンとクルトは冷や汗をかいて表情を引き攣らせた、

 

その後、訓練場に残って鍛錬を続けるクルトや自分の部屋に戻るフォルデと別れたリィンは見回りを再開し、訓練場の一角で対峙しているセレーネとツーヤの様子が気になり、足を止めた。

 

「あれは…………」

「ヤァァァァ…………っ!」

「足に回す魔力に気を取られていて、腕に回す魔力がさっきより減っているよ!全身に均等に魔力を回す事を意識して!」

「はい…………っ!」

互いの武器で接近戦の稽古をしているセレーネとツーヤの様子を見たリィンは呆けた。その後二人の稽古は続き、稽古が終わるとセレーネは息を切らせていた。

 

「ハァ、ハァ…………やはりお姉様と比べれば私はまだまだですわね…………」

「フフ、これでも”部下”のレーヴェさんと”互角”になる為にも接近戦を重点に鍛錬しているんだから、魔法の方が得意のセレーネにそんな簡単に追いつかれる訳にはいかないよ。――――――それよりも、貴方はセレーネの”パートナー”なのですからそんな離れた場所で見学する必要はないと思いますよ、リィンさん!」

息を切らせて呟いたセレーネに苦笑しながら答えたツーヤは離れた場所で状況を見守っているリィンに視線を向けて声をかけ

「え…………あ…………お兄様…………」

「す、すいません。ルクセンベール卿とセレーネの稽古の邪魔になっていはいけないと思って、つい…………」

ツーヤの視線につられてリィンに視線を向けたセレーネが呆けている中、リィンは苦笑しながら二人に近づいた。

 

「えっと………それよりも、どうして剣術の稽古をルクセンベール卿にしてもらっていたんだ?」

「…………これから戦争が本格的になるのですから、お兄様達の足を引っ張らない為にもわたくしにとって弱点である接近戦を克服する為にお姉様に稽古をして頂いていたのですわ。」

「接近戦が弱点って…………確かに魔法と比べたら劣るかもしれないけど、今でも接近戦の戦闘力も十分過ぎるんだと思うんだが…………第一セレーネの本領は魔法じゃないのか?」

セレーネがツーヤに稽古をしてもらっている理由を知って目を丸くしたリィンは不思議そうな表情で指摘した。

「――――――それは違いますよ、リィンさん。本来”パートナードラゴン”は”パートナー”と肩を並べて戦い、時には”パートナー”を守る事が求められているのですから、その過程で当然接近戦の技術も求められています。ですから本来”パートナードラゴン”の戦闘スタイルは接近戦、魔法の両方を使いこなす”魔法戦士”です。その証拠にセレーネと同じ”パートナードラゴン”であるあたしやミントちゃんは、接近戦と魔法、両方とも”それなりの技術”でしょう?」

「え、え〜っと…………二人の戦闘能力が”それなり”というレベルかどうかの議論はともかく…………もしかして、ルクセンベール卿に頼んでまで接近戦の技術を磨こうと思ったのはエリスが”金の騎神”の”起動者”になった件か?」

ツーヤの説明を聞いて、ツーヤとミント、二人の戦闘能力を思い返して冷や汗をかいて表情を引き攣らせたリィンはすぐに気を取り直し、複雑そうな表情でセレーネに訊ねた。

 

「…………やはりお兄様には隠せませんわね。お兄様がメンフィル帝国軍につくと決められた時からエリスお姉様とエリゼお姉様と共にお兄様を支える事をわたくしは決めましたが、お兄様はベルフェゴール様達、エリスお姉様とエリゼお姉様はそれぞれ”騎神”と”神機”という”新たな力”を手に入れたにも関わらず、わたくしだけが何も変わっていません。エリスお姉様に限らず、お兄様達の足を引っ張らない為にももっと精進する必要があると思い、お姉様に稽古をつけて頂いたのですわ。」

「俺もそうだが、エリゼ達もそれぞれ”特殊な例”だから比較する必要はないと思うんだが…………――――――すまない。セレーネの悩みに気づけなかったなんて、セレーネを含めた仲間達の命を預かる上官として、そしてセレーネの”パートナー”として失格だな。」

複雑そうな表情で語ったセレーネの本音を知ったリィンは困った表情を浮かべた後セレーネに謝罪した。

「そ、そんな!お兄様は何も悪くありませんわ!悪いのはお兄様に相談しなかった私ですし、お兄様はベルフェゴール様と”契約”なさって”性魔術”の”本領”を教えられてから、私やエリスお姉様の為にも頻繁に私に”性魔術”をして頂いていますもの…………」

「ちょっ、セレーネ!人前で言う事じゃないし、それもよりにもよってルクセンベール卿の前でその話をするのは…………!」

リィンの言葉に対して真剣な表情で反論したセレーネの答えに焦ったリィンは表情を青ざめさせてツーヤに視線を向け

「あ…………お、お姉様、これはその…………」

リィンの指摘を受けて我に返ったセレーネは頬を赤らめて恥ずかしそうな表情でツーヤに言い訳をしようとした。

 

「ハア…………別に言い訳なんてしなくていいよ。元々あたし達”パートナードラゴン”の魔力の供給方法で一番効率がいいのは”その方法”だし、二人は婚約も結んでいるんだから、あたしは二人の婚前交渉にとやかく言うつもりはないよ。」

一方ツーヤは疲れた表情で溜息を吐いて答え

「え、えっと………”パートナードラゴン”の魔力の供給方法で”性魔術”のような方法が一番効率がいい事は以前セレーネが”成長”した時に知りましたけど、もしかしてルクセンベール卿もプリネ皇女殿下と…………」

ツーヤの話を聞いてある事に気づいたリィンは冷や汗をかいてツーヤに視線を向けた。

「…………リィンさん?確かに同性でも”性魔術”のような方法で魔力を供給できますけど、あたしとマスターは”そんな関係”を一度も結んだ事はありませんから、あたしもそうですけど、マスターの事を誤解しないでくださいね?」

「は、はい!今のは言ってみただけで、決して一度も二人の事を誤解した事はありません!」

顔に青筋を立てて膨大な威圧を纏ったツーヤに微笑まれたリィンは緊張した様子で答えた。

 

「それで稽古の件に話を戻しますけど、せっかくの機会ですし、リィンさんもセレーネと一緒にあたしの稽古を受けてみませんか?”パートナー”との連携力も”パートナー契約”を結んでいる二人に求められる”力”ですから、それを高める為にもちょうどいい機会だと思いますし。」

「…………そうですね。セレーネ、今から少しだけ俺も稽古に加わっていいか?」

「はい!むしろ、私からもお願いしますわ…………!」

その後セレーネと共にツーヤの稽古を受けたリィンは艦内の徘徊を再開したが、セレーネ達とは別の訓練場で起こっている意外な光景に気づくと足を止めてその光景に注目した。

 

 

「な…………っ!?」

意外な光景――――――エリスがデュバリィと手合わせをしている場面を見たリィンは驚きの声を上げた。

「豪炎剣!!」

「あ…………参りました。」

デュバリィとの手合わせで得物である細剣(レイピア)をデュバリィの剣技で弾かれた後剣の切っ先を向けられたエリスは呆けた声を出した後自身の敗北を宣言した。

「…………私の予想以上に”動けた”事には驚きましたが、私のようなある程度の使い手からすればまだまだですわ。――――――失礼を承知で申し上げますが今の貴女は自身の身体能力頼りで俄仕込みの剣技を振るっているだけですわ。――――――それでは”執行者”のような”本物の使い手”達と渡り合う事はかなり厳しいですわ。」

「…………はい。それは自分でもわかっていました。私一人ではルーファス卿や”赤い星座”の隊長クラスの猟兵達とは渡り合えなかったでしょう。」

剣と盾を納めたデュバリィの指摘にエリスは反論することなく静かな表情で答え

「まあ、幸いにも貴女の場合、単独で”執行者”達のような達人(マスター)クラスの使い手と渡り合うような機会は訪れない可能性の方が高いと思いますが、”戦争”は”何が起こるかわからない”のですから今から”備え”をしておく必要があるのも事実ですわ。」

「はい。これからのご指導、お願いします…………!」

「えっと………これは一体どういう事になっているんだ…………?」

デュバリィの言葉に頷いたエリスがデュバリィに頭を下げると困惑の表情のリィンが二人に近づいて問いかけた。

 

「兄様。腕を鈍らせない為にも先程剣の素振りをしていた所にデュバリィさんに声をかけて頂き、話の流れで剣技もそうですが戦い方についてデュバリィさんに教えて頂くことになったのです。」

「デュ、デュバリィさんが…………?一体どうしてデュバリィさんがわざわざエリスを…………」

エリスの話を聞いて驚いたリィンは戸惑いの表情でデュバリィに視線を向け

「マスターに頼まれたからですわ。」

「へ…………どうしてサンドロット卿がデュバリィさんにエリスを…………」

「”騎神”の”起動者”は貴方も含めて生身でも相応の使い手が多いですが、”紅の騎神”と”金の騎神”の起動者――――――つまり、皇太子とエリスだけはそれに当てはまりません。敵勢力に利用されている皇太子はともかく、エリスの身を心配したマスターより機会を見て、万が一敵勢力がエリスを狙ってきた時にエリス自身が身を守れるように鍛えて欲しいと頼まれているのですわ。マスターの推測ですと、恐らく敵勢力にとってエリスが”金”の”起動者”に選ばれる事は想定外(イレギュラー)でしょうから、今後の計画の修正の為にエリスを狙う可能性も考えられなくもないとの事ですので。」

「それは……………………わかりました。そういう事でしたら、俺も協力します。」

デュバリィの話を聞いて真剣な表情を浮かべたリィンはデュバリィに協力を申し出た。

 

「結構です。――――――というか貴方の場合エリスの指導者として絶対に向いていませんから、むしろ迷惑ですわ。」

「ど、どうしてですか?」

しかしあっさり断ったデュバリィの答えを聞くと戸惑い気味に訊ね

「妹を溺愛している貴方ですと、指導の内容が甘くなる事は目に見えていますので。」

「う”っ…………た、確かにエリス達の事は”兄として”大切にしていますけど”溺愛”って程じゃ…………」

ジト目のデュバリィに指摘されたリィンは唸り声を上げた後反論したが

「血が繋がっていないとはいえ、妹達を自分の将来の伴侶にしていながら、”妹を溺愛している”という私の言葉を否定できると本気で思っているのですか?」

「そ、それは……………………」

更なるデュバリィの指摘を受けると反論できなくなった。

 

「兄様。メンフィル帝国軍に入隊してから、戦闘経験が乏しい私が兄様達の足を引っ張らない為にも可能ならば戦闘に関して経験豊富な方にご指導して頂きたいと思っていましたので、デュバリィさんの申し出は私にとってとてもありがたい申し出だったのです。ですから、どうか私の事はお気になさらないでください。」

「エリス……………………わかった。デュバリィさん、エリスの事、よろしくお願いします。」

「言われなくてもそのつもりですわ。ま、せいぜい”守護の剣聖”に続いてエリスにまで剣術が劣って兄の面目が丸つぶれにならないように、貴方も精進する事ですわね。」

エリスの意志を知ったリィンはデュバリィに頭を下げ、頭を下げられたデュバリィは静かな表情で答えた後不敵な笑みを浮かべ、デュバリィの答えに二人は冷や汗をかいて表情を引き攣らせた。その後リィンが二人から離れるとリアンヌがリィンに声をかけた。

 

「フフ、早速鍛えているようですね。」

「サンドロット卿。えっと………エリスの事を気にかけて頂き、デュバリィさんにエリスを指導するように口添えして頂き、本当にありがとうございます。」

エリスに指導をしているデュバリィの様子を微笑ましそうに見守りながら呟いたリアンヌにリィンは感謝の言葉をかけた。

「私に礼は不要です。…………それにデュバリィにエリス嬢を指導するように言った理由は”建前”で、本当の理由はエリス嬢の事を気にかけているデュバリィの為にデュバリィがエリス嬢を指導する”口実”を用意しただけですので。」

「へ…………デュバリィさんがエリスを…………?一体何故…………」

「…………デュバリィがかつて”貴族”であった事は貴方も聞き及んでいるでしょうが…………とある国の辺境を収める小貴族の娘であったデュバリィは突如故郷を襲った野盗に家族を、故郷の人々の命を奪われ、デュバリィ自身も野盗に命を奪われようとしたところを私が助太刀し、せめて家族の命を奪った仇である野盗と一対一で戦えるよう、他の野盗達を私が”間引き”し、仇を討ったデュバリィを私が引き取り、鍛えたのです。…………デュバリィがエリス嬢に気にかけたのも、当時の自分――――――自身に”力”がなかったばかりに、”全て”を失ってしまった自分と貴方を含めた親しい人達を守る為の”力”を渇望しているエリス嬢を重ねていたからなのでしょう。」

「デュバリィさんにそのような過去が……………………――――――後でデュバリィさんには改めてお礼を言っておきます。」

リアンヌの話を聞いて、デュバリィの意外な過去を知ったリィンは複雑そうな表情でデュバリィに視線を向けた後気を取り直してリアンヌにある事を伝えた。

「フフ、デュバリィの事ですから貴方の感謝を素直に受け取らないとは思いますが……………………今回の件で、デュバリィも得難い経験をしてより成長する事になるでしょう。貴方もデュバリィに遅れを取らぬよう、そして大切な者達を守れるようにより精進する事を願っています。」

「――――――はい。」

苦笑しながらデュバリィに視線を向けた後自身に視線を向けて助言したリアンヌの言葉にリィンは決意の表情で頷いた。

 

その後――――――シグルーンからの通信による召集を受けたリィンは仲間や部下達と共に集合場所である甲板に出て整列した。

 

〜甲板〜

 

「ここにいる皆も知っての通り、エレボニアの貴族連合軍――――――ヴァイスラント決起軍はメンフィル・クロスベル連合の”盟友”となった。そして”盟友”となったヴァイスラント決起軍は我らメンフィルにとっても新たなる”力”となる”機甲兵”のデータ等を提供してくれた。そのお陰で、メンフィルが更に改良を加えた”機甲兵”が完成した為、早速今回の戦争にも投入する事となった。これよりヴァイスラント決起軍による機甲兵に関しての講習を行うので、講習後各隊、それぞれに配備された機甲兵の操縦の演習を行い、機甲兵の操縦を担当する者達を決めるように!」

「イエス・コマンダー!!」

多くの機甲兵達を背後にしたゼルギウスは説明をした後リィン達を含めたメンフィル軍の軍人達に指示をし、ゼルギウスの言葉にリィン達はそれぞれ敬礼をして答え

(ふふ、改良した機甲兵をもう運用開始(ロールアウト)するなんてさすがはメンフィル帝国ですわね。)

(内戦の際の諜報活動による情報収集も関係しているとは思いますが、それでも貴族連合軍による機甲兵の投入から僅かな期間で改良して今回の戦争に間に合わせるなんて、普通なら考えられませんね。)

(ああ…………ましてや僕達の部隊には機甲兵よりも遥かに優れている”騎神”と”神機”の”起動者”であるリィン少佐達がいるから、少佐達の足を引っ張っらない為にも今の内に可能な限り、機甲兵の操縦を磨いておかないとな。)

ゼルギウスの言葉に敬礼をした後に小声で呟いたミュゼの言葉にアルティナと共に頷いたクルトは真剣な表情で機甲兵達を見つめた。

 

その後機甲兵についての講習を受けたリィン達は早速演習を行い、機甲兵を操縦する担当を決めた結果リィン隊にそれぞれ2機ずつ配備されたシュピーゲルS、ヘクトル弐型、ケストレルβと3機配備されたドラッケンUの内、シュピーゲルの一機はクルトが、ヘクトルの一機はフォルデが、そしてケストレルの一機はステラとミュゼが状況に応じて交代で担当する事になり、残りの機体はそれぞれの機甲兵に適性がある部下達が担当する事になった。

 

そして2日後、メンフィル・クロスベル連合とヴァイスラント決起軍による”エレボニア征伐”がついに始まった――――――

 

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今回の絆イベントでエリスとデュバリィのスキルに師弟の絆が追加されたと思ってください。そしてロイド達に続いてリィン達側も機甲兵ゲットです。

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第44話
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