ヘキサギアSS:思想のもと |
ー戦闘中に訪れる静寂。
息が詰まり、心臓の音がバクバクとヘーゲルの鼓膜を叩いた。それに対し自分の駆る紫色の第二世代ヘキサギア 、通称《ジャンク》の駆動音だけが、いつもと変わらず響き、精神の命綱となっている。
廃墟と化したオフィスビルの1階、エントランス。かつては名の知れた企業が入っていたのだろう。その広さは相応にあり、また高い天井はそのままに、散乱した瓦礫が窓からの陽を所々で遮っている。この中心に、ヘーゲルとジャンクはいた。
ある程度の高さがあるとはいえ、このような閉鎖空間に入れたのは、大型機体が多いとされる第二世代のヘキサギアにあって、全高3mあるかというサイズの、特段に小型なジャンクの特徴ゆえである。
だがそれは同時に、ジャンクの機体構成ではこのような環境利用こそが重要であり、それなくして生存率を上げることは極めて困難だと言うことの表れでもあった。
現在の高脅威目標。単機で追撃を仕掛けてくる《ボルトレックス》。戦線は失われ、LA、VF双方が既に撤退行動を取りきっている現況において、突出したこの行動は異常と言わざるを得なかった。しかし、これと単機で相対さざるを得ないヘーゲルもまた、異常事態の最中にあった。
ーーー
……VF支配下にある結晶炉。この奪取が今回LAから下されたオーダーだ。汚染が進み廃棄された市街地。まるで墓場のような場所で機能しつづける結晶炉の姿に、ヘーゲルは毎回ながら、無機物特有の美しさと、恐しさを感じていた。
そしてこの作戦は痛み分け……と言いたいところだが、大方LAの敗北と評して差し支えない結果となっていた。敵勢力の規模は偵察情報の範囲内であったが、その練度は想定を超えており、的確な防衛行動にLAは苦戦。徐々に戦力は削がれ、撤退を余儀なくされていた。
いわゆる機甲師団の形で作戦に従事したヘーゲルの所属する《Company》社。これの被害もLAのそれに比例した。戦闘用ヘキサギアを展開した《灰の二番隊》において、通常稼働可能な機体は隊長機すら破損した現状では、ヘーゲルのジャンクを残して他に無い。また歩兵部隊である《赤の一番隊》も、幸い死者は無いにせよ、負傷者を多く出す事態となってしまっていた。
ーそんな中である。一機のボルトレックスが、単機で突出。撤退するヘーゲル達に襲いかかってきたのだ。
即応し得る戦力はヘーゲルとジャンクのみ。そもそも、このように単機で突出することは斯様な状況にあっても「自殺行為」なのだが、事実、迎撃可能な戦力は無く、結果的にヘーゲルとジャンクがこれを引き付け、その間に部隊を撤収させるという苦渋の選択を強いられた。
……かくして、ヘーゲルは孤立し、シミュレーション以外では経験することなどないであろうと考えていた、敵性第三世代ヘキサギアとの単機戦を繰り広げる結果となったのだ。
ーーー
《アンカー》とスラスターを駆使して立体的な動きを交え、一旦は距離を取ることに成功した。そうして廃墟と化したオフィスビルの一階エントランスに逃げ込んだのが、今だ。
致命的な事にセンサー類の大方がイカれて、細かな索敵が望めない。スモークディスチャージャーも残り1発、装甲も所々が融解していた。リチャージ時間と「照準の意思」を読み、寸でで避けてきたプラズマキャノンだが、掠めただけでこの威力である。それにー
ー注意喚起。関節の熱蓄積、摩耗、共に危険域に到達しつつありますー
〔ヤバィィイ! オトチャァァン! 身体中ボロボロ ォオ!〕
ーヘルメット内のスクリーンとスピーカー、文章表記と音声出力が全く一致しないジャンクのKARMA《Ja-chan》が、文字通りの悲鳴をあげていた。しかし状況表現としては大差ない。つまり、もう長くは持たない、という事だ。
そんなJα-chanの声に続き、今度は自社の通信ラインから連絡が入る。撤退を指揮していた歩兵部隊の隊長からだ。
「……ダスク1、こちらテイマーだ。撤退は完了した。そちらはどうだ。撤退は可能なのか」
ヘーゲルのコードネームを呼ぶその声は、場数を感じさせる落ち着きを放っていた。しかし同時に、ヘーゲルの状況を踏まえて、務めての平静さでもあった。そしてその配慮は功を奏し、ヘーゲルの心拍数が若干抑えられる。
「テイマー、こちらダスク1。わかりませんね……最悪、KARMAを担いで機体は放棄します。だいぶやり合いましたが、潰しきれてないっていうか……次の一手でしくったら、詰みです」
「ダスク1、無理はするな。所定の場所に《緊急脱出パック》を設置した。ポイントまで移動可能ならば活用しろ。それと、KARMA筐体は置いていけ。毎日バックアップを取ってるだろ」
「断ります。連続性を持ったJa-chanはこの子だけです」
「……そうか。なら死ぬなよ。……本来、我々がお前たちを支援するところを、このような形になってしまった……すまない……」
「お互い様です! じゃあ、切りますよ!」
「幸運を祈る……!」
緊張感を吹き飛ばすように声を張り上げ、勢いのままにヘーゲルは通信を切った。もちろん、ボルトレックス側はこちらの位置を捕捉しているはずだ。今更声如きでは、大勢に影響などでるはずもない。
「Ja-chan、ごめんな、もう少しやれるか?」
ー危険域ではありますが、可能ですー
〔ウィ! ボク マダ ガンバルヨ!〕
ヘーゲルはよし、と一言呟き、いつでも動き出せるようにと、操縦桿を握る手を軽く動かし続け、足先でフットペダルをリズミカルに叩いた。ー決着は、一瞬だ。
……程なくして、ボルトレックスの足音が聞こえてきた。ヘーゲルは先程まで動かし続けていた手足に力をいれ、今度はギュッと固定した。アーマータイプの中の筋肉がそれに応じ、圧迫感を感じる。
出入り口は大通りに面した正面玄関のみだ。ガラス張りだったのであろう壁面は、柱のみを残し尽くが割れ、歯抜けの口のように大きく開いていた。風が、微かに埃を宙に流す。
第三世代ヘキサギアであるものの、二脚爬虫類を模倣したボルトレックスは、第二世代ヘキサギアにも似た歩行音を響かせる。しかし、無機質、理路整然とした第二世代ヘキサギアのそれと大きく異なり、その歩みには力強さをはらんでいた。一歩一歩に意思を感じさせる、歩み。
ーそれは、獲物を蹂躙する捕食者のものだった。
凄まじい震動と共に、突如、背面の壁面を砕き、ボルトレックスが突進!!
正面玄関に構えていたジャンクの、完全背後っ!
ー敵性反応。6時方向ー
〔敵ィッッ! 後ロッッ!!〕
「Ja-chanッ!!」
ペダルを踏み込み操縦桿を一気に操作する!
突進を避け正面にステップしながら右片方のスラスターのみ作動させ、大きくスライディングするように旋回!
その間、呼びかけられたJa-chanは首のサーボアームを展開し真後ろを捕捉、腕を逆関節に曲げマシンガンをばら撒いた!!
ボルトレックスは身動きを取らない!……当たらないことがわかっていて、無駄な動きを避けたのだ。
一気に巻き上がった砂埃が、然程たたず、晴れていく……。
そこには、ずんぐりとした姿の第二世代ヘキサギア 、マシンガンを構えたジャンクと、首を下げ、獣然とした独特の構えを取る第三世代ヘキサギア 、ボルトレックスが相対していた。
こうしてまざまざと姿を見て、改めて気づく。ボルトレックスはグレーの装甲色をたたえ、独特の改造が施されていた。そしてその背中には、ボルトレックスと同様の色に染まった、パラポーンの姿が確認できた。その視線、カメラ部分が赤く光り、ボルトレックスとは異なる力強さを、ヘーゲルに印象づける。
第三世代ヘキサギアとの至近距離戦。第二世代ヘキサギアにとって最も忌避すべき状況に、まさに陥っていた。……しかし、この閉鎖環境に入ったのはヘーゲル自身である。無策という訳ではない。
トリガーを引き、先に仕掛けたのはジャンク!
手にしたマシンガンをフルオートで放つ!!
が、射線の先、既にボルトレックスの姿は無かった!オフィスの壁、ギリギリを円を描くように駆け、ジャンクの側面を取ろうとする!
ジャンクは足場をそのままに、固定砲台のように腰部のみ旋回させ、その姿を追う!そしてボルトレックスの移動ポイントを予測し、次の一手を打つ!
ギィン! と高速で投射される鉄杭!!ジャンクの脇に搭載されたアンカーが、ボルトレックスの脚部を貫かんと放たれた! 空気を裂き、一瞬のうちに目標に到達する!!
だがアンカーが砕いたのは柱のコンクリート! ボルトレックスは片足で踏ん張り、次の脚を出す前にそのままバネを効かせて反対側へ跳躍! アンカーを回避したのだ!!
その跳躍をジャンクの単眼カメラがとらえ続ける! すかさず二発目のアンカーを射出!! ギィン! という音が響き、ワイヤーが一閃、空間を貫く!
しかし、またしてもこれがボルトレックスを貫くことは無かった! 不安定な姿勢のまま、片足で立ち、首を下げ、尾を上げ、生物めいたしなやかさでこれを避けたのだ!!
「ああぁあああッ!? それ避けるかぁああッ!!」
ガンッ!と、パージされたアンカーユニットが地面を叩く。戦闘中にセリフじみた事が言えるはずもない。口をついて出るのは、嘆き、抗議、感嘆。感情的な叫びの形で出力される、独り言だけだ。
ーだが同時にヘーゲルは見逃さなかった。ボルトレックスの視線と、パラポーンの視線、更に《プラズマキャノン》の銃口が、全て一致していることを。ヘーゲルは全力で操縦桿を引き、ペダルをコントロールする!!
「ッッ!!」
ボウッという音と共に気休めのスモークディスチャージャーが射出される! 同時に、スラスターを正面に向け、強引に後方へ飛ぶように噴射!! すぐさま壁に激突するが、お構い無しにスラスターを噴射しつづけ、ズガガガッ!!とコンクリートを砕きながら壁沿いに移動する!!
最中、展開された煙幕を穿ち、プラズマキャノンの閃光がジャンクを捉え放たれた! 一際眩い光が視界を遮り、独特の音が周囲に炸裂する!!
……薄暗いオフィスの中が一気に光に包まれ、すぐさま収まった。放たれたプラズマキャノンの先……
状況を確認したボルトレックスのパラポーンは、顎を引き、すぐさま構え直す。ーそこには、破壊されることなく先程と同様の姿をした、第二世代機がいたのだ。
壁に埋まるようにして、左腕を頭部付近に構えるジャンク。そして、その左腕に装備された兵装が、バチバチと破裂音を響かせていた。
《ICS(インベーションカウンターシールド)》。赤みがかった不安定なプラズマを放ち、扇状に展開されたそれが、避けきれなかったプラズマキャノンを弾いたのだ。
しかしそのICSも、バスッという不自然な音をあげ、光を失った。
ー警告。ICS電装系に異常発生。再使用できませんー
〔あ゛あ゛あ゛あ! オドヂャァン! 《左腕ノヤツ》壊レタ゛あ゛あ゛!!〕
Ja-chanの声はまるで大事にしていたオモチャを壊された子どものようであった。しかしながらKARMA:Ja-chanの本来の出力である文字表示では、重篤な現実を示す。現状において唯一の対プラズマキャノン兵装であるICSの使用不可は、即ち、目の前でリチャージが完了しつつあるボルトレックスのプラズマキャノン次弾を、防げない事を表していた。
ーこのような危機的状況にあって、ヘーゲルは胸の高鳴り、?の緩みをアーマータイプの下に隠していた。決して、気が触れた訳ではない。操縦桿の脇にあるボタンに指をかけ、その時を待つー。
片やボルトレックスは、追い続けた獲物を、ついに追い詰め、今まさに、狩ろうという様だった。息遣いを感じさせるゆったりとした上下運動に、輝きを集約するプラズマキャノン。再び、三つの視線が揃い、ボルトレックスの歩みが一歩前に出た、その時である。
ピッ カチッ
ドンッッッ!!
一瞬、小さな音の連続の後、突如ボルトレックスの後方、足元で凄まじい爆発がおこった!
爆風はオフィス内にある物を吹き飛ばし、瓦礫を巻き上げ、ボルトレックスを襲う!! 不意の爆発に対応が遅れ、ボルトレックスは脚部を破損、擱座するようによろけた。騎乗するパラポーンは何が起きたのかと周囲をすぐさま確認する。すると、眼前にいたはずの第二世代ヘキサギアの姿が消え失せ、外の大通りにある事を捉えた。
壁に埋まった姿勢のまま再度スラスターを蒸したのだろう。真っ直ぐ直立した姿ではなく、仰向けに、無様に倒れたような状況だった。だが、そのカメラユニットはサーボアームが伸び、確実に、明確に、ボルトレックスとパラポーンをジッと見つめ、真正面に捉え、決して、離していなかった。ーそして
ピッ カチッ
ドンッッッ!!
ガンッッ!!!!!
再びあの音が響き、今度は爆発と共に二階の天井が崩落!! ボルトレックスを真上から押し潰したのだ!!
粉塵が巻き上がり、一気に視界が奪われた。ついで、ドンッパラパラと、何かが崩れ、落ちていく音がしばらく続く。
……視界が取り戻された頃には、静寂も再び辺りを支配し始め、先程までの事が無かったかのような静けさが、広がっていた。
そんな中、口汚い勝利宣言が前置きなく響き渡る。
ヘーゲルだ。ジャンクを直立に立ち直し、狭いコックピット内で意味もなく腕をグングン動かしながら、喚き散らしていた。
「ヤ゛ァアア゛ア゛ッッ!! ザマァッ! ザマァッッ!!《 対ヘキサギア リムペットマイン》だこれッ!! ザマァッッッ!! 油断しただろザマァッッ!」
「なっめんなッ! なっめんなバーカ! こちとらエテ公の頃から道具使ってきてんだぞ! 年季が違ーんだよバーカ!!」
ー敵性対象、沈黙ー
〔ザマァ! ヒャッフィ!〕
普段到底口にしないような発言であり、支離滅裂な内容でもあった。生死を賭けた状況の中、その緊張感から解放された時、残った興奮が思考を麻痺させた結果である。
ーヘーゲルとジャンクは、オフィスのエントランス、瓦礫の中と、天井に、《リムペットマイン(遠隔操作型吸着地雷)》を仕掛けていたのだ。様々な物が散乱する環境で、戦闘中にこれを見つけ出すのは困難極まる。確実に仕留めるため限定された空間の中、アンカーで動きを封じ込めた上で多段階式に炸裂させる予定ではあったが、至近距離でのアンカー射出を二発とも回避されるという、驚異的な動きで万事休すに陥りかけた。最終的に「自分を餌にする」事でポジションを誘導して炸裂させたが、単体の機動力だけでは、やはり到底及ぶものではなかったと言える。
天井程度の質量ではアーマータイプを破壊したり、ましてやヘキサギアを全損させることは叶わないだろう。だがそもそも、その様なことは信条・哲学的に望んでいない。即ち、戦闘継続不能に落とし込めれば、勝利条件は満たされているのだ。
一頻り声を出しきり、肩で息をするヘーゲル。しかし、脱力した身体を瞬時に縛り上げるような状況が発生し、一気に脳が戦闘状態に帰り着く。
ー警告。敵性対象再起動ー
〔オトチャン!! アノ子、マタ動イタヨ!!〕
そのコーションに間を挟むことなく、ボルトレックスが瓦礫を吹き飛ばし立ち上がる。しかし、その姿からは相応の損傷が確認された。爆風を受けた側の脚部装甲は脱落し、その他の箇所も瓦礫に襲われ傷ついている。そして何より、プラズマキャノンがひしゃげているのが確認された。満身創痍の痛々しい状況だ。だが、そのボルトレックスの瞳にも、背に乗るパラポーンの視線からも、闘志は一切削がれていない。ジャンクーその中のヘーゲルを見据えて、貫かんばかりだ。
最中、突如聞きなれない声がヘーゲルのヘルメットのスピーカーから出力される。集音機能が拾った音、目の前の、パラポーンの呼びかけだった。
「我々もここまでが限界だ。この先に出れば《不必要な戦線拡大の意図》と見なされ、《SANAT》の処罰を受ける事になるだろう」
「見ての通り、武装も全損した。戦闘行為自体が望めない。だがそれは、そちらも同じなはずだ」
「……教えてくれ。何故ここまで戦えた。この侵略行為に、何の意味がある」
不意に始まった問いかけに、ヘーゲルは一瞬言葉を詰まらせる。しかし、確かにジャンクの武装は全損に等しく、言うまでもないが「白兵戦」など望むべくもない。現状において尚、あちらが「立った」のであれば、形勢は不利なのだ。思考回路が再び構築され、普段の語り口調が取り戻された結果、会話が開始された。
「……敵性勢力と戦闘中に会話なんて、正気の沙汰ではありませんね……何をお考えですか」
「確かにそうかもしれない。だが頼む、教えてくれ。納得いかないんだ。……何故、このような非道に及ぶ。SANATの思想を理解しようとしない」
「……一つの人工知能に独裁的に支配される方が、よほど、まともじゃないでしょう。生物の意思、尊厳までも捨て去ったのですか。理解できるはずがない」
「それは誤解だ! SANATは決して独裁を認めたりはしていない! 全ての自由意思を尊重し、自主性の元に統治を進めている!」
まるで説得するようなパラポーンの声に、ヘーゲルは言い知れぬ不安を感じた。それを払拭するように、自身も声を張り上げる。
「情報体になってその生殺与奪の権利を委ねることの何処に! ……生物としての自主性があるというのですか……!」
「VFの離反者、はぐれ情報体……様々な方と会ってきましたが! その背後には、常にSANATに対する恐怖が見え隠れするっ!! 私は情報体も《生きている》と考えています……っ! だからこそ、SANATのやりようは認められません……!」
その主張に、嘆息に似た間が挟まる。そして、語気を抑えたパラポーンの言葉が続いた。
「ならば、わかるだろう」
「……妻は間に合わなかった……環境汚染からくる病だった……だが娘は、なんとか救う事が出来た。情報体となって、今も幸せに暮らしている」
「お前達に愛するものはないのか……。どうしても救いたい命は、ないのか……。お前達のしている事は、平和を脅かす行為なんだぞ……」
その切実な主張は、到底、宗教じみた洗脳などではなく、まごう事なき人間の願いからくるものだった。声色、抑揚、その全てがヘーゲルを揺さぶる。しかしそれでもヘーゲルは、自身の経験、思想から、これを拒絶した。
「私の同僚は自らの意思で情報体になりました……だが次に彼にあった時、彼はろくな記憶もなく、自分が誰かすら曖昧になっていた……最期は、VFの離反者として処刑されましたよ……SANAT独裁の下、自分の意思で動いた者の末路なのでしょう」
「……」
おし黙るパラポーン。ヘーゲルは続ける。
「連続性を失って尚、それが自分だと、自分の知る人だと、言い切れますか……!? ただ《恐ろしく似た誰か》でしか、ないじゃないですか!」
「AIにしたって、人にしたって変わらない……そこにあるかけがえのない存在は、バックアップなんてきくものじゃない……。命を、意思を思考を……軽んじるな……ッ!」
操縦桿を握る手に力が入る。
〔オトチャン……〕
KARMA:Ja-chanが、何を判断したのか、音声出力だけでガバナーに呼びかけた。
その主張を最後まで聞き、パラポーンは何を考えたのか、自らの頭に手をかざす。
そして、頭部ー《ヘルメット》を外したのだ。
そこには生身の頭があり、目、鼻、マスクに覆われた口。ヘーゲルと同年代の「人の顔」が現れた
。
「俺はまだ人だ。人の身で、自分の意思で、SANATに仕える。あの子は私の娘で間違いない。俺が信じるんだ。ーあの子が、人々が、幸せに暮らすため、お前達の侵略、破壊行為は許さない……!」
生身の瞳はカメラアイのそれを遥かに上回る意思を放ち、非道なるLAの尖兵を糾弾した。
これに答えるように、第二世代ヘキサギア、ジャンクの天面ハッチが開く。そこから紫のヘルメットを片手に持ち、もう片方の手で拳銃を構える人間、ヘーゲルの姿が現れた。ヘーゲルもまた、静かに糾弾する。
「人が、生物がありのままに生きて、死ぬ。いい事じゃない。怖い事だ。悲しい事だ……けどッ、代わりなんてないんですよ……ッ。全てを何かに委ねてコントロールされて、誰かになってしまった誰かを信じて、生きてる振りをする……いつか、そんな態勢には無理がでますよ…」
そう言ってすぐさまコックピットの中に戻り、ヘルメットをかぶりなおした。ろくすっぽ使ったことの無い拳銃を嫌そうにしまい、直ちに触り慣れた操縦桿を握りしめる。そして、機体のコントロールを確認し、動き始める。
ボルトレックスもまた、左右の脚を踏みしめるように動くと、再びヘルメットを被ったパラポーンを背に乗せたまま、踵を返した。そしてそれ以上は何も言わず、大型の瓦礫を縫うように、即座に走り出して行った。
ーその場には誰もいなくなった。ただ重ねて破壊された瓦礫達が、再び時を刻み始める。
ーーー
陽が傾きだしていた。Company社の回収部隊との合流ポイントも近づいている。歩みは遅いが、ジャンクは確かに前へ進んでいた。
オートパイロットで天井ハッチから上半身を出すヘーゲル。赤く染まる太陽と、自身の機体、ジャンクの塗装「紫」に近い、昼と夜の狭間の空を見つめている。すると、Ja-chanが声をかけてきた。
〔オトチャン……《ジョーホータイ》ト、僕タチッテ、何ガ違ウノ?〕
ヘーゲルは「んー」としばらく反芻し、答えた。
「大事なものの為に戦って、……傷ついたら悲しい……Ja-chanと、何も変わらないよ」
その答えに、Ja-chanは明るめの声を出力する。
〔ナラ、イツカ仲良クシタイネ……!〕
口に出せない、しかし至極単純な回答に、ヘーゲルは苦笑交じりに「……そうだね」と短く答えた。
「ヴ ァ ア ア゛ア゛ア゛!! せんぱあ゛あ゛い゛! いぎでるッ! いぎでっ! いぎでで良かっだあ あ゛」
そんな落ち着いた空気の中で、突如スピーカーから汚らしい大声が入ってきた。後方で待機していた部下、後輩の声だ。確かに感情的になりやすい部類の奴ではあるが、流石にいい歳をして、かつこの仕事をしているのであれば、些か以上にみっともない。
正面を見やると、Company社の回収部隊が見えてきていた。
「こちらヘヴィ3。ダスク1、ヘーゲル先輩。迎えにきました。流石、また死に損ないましたね。素晴らしい」
別の部下が、対照的に落ち着いた声でヘーゲルを迎えてくれる。ヘーゲルもまた、ヘルメットを通してこれに応えた。
「あぁ、ありがとう……。それと、隣にいるバカに言ってくれる? 音量絞れって」
「だってさ」
「ぜんばあ゛あ゛い゛い゛!」
周りからは他にも笑い声が聞こえてきた。支援部隊や歩兵部隊の面々だろう。やっと、ヘーゲルの力が抜けた。
ー争いで物事を解決しようとする以上、どれだけ譲れない信念、哲学、信条があるかが、重要になってくる。それはどのような陣営においても、どのような時代においても、差のあることではない。ただ生きる為であるなら、仕事など、いくらでもあるのだから。
これからも戦いは続く。正義なんてものはない。ただ、自分達の信じる未来を掴むため。しかし今はしばし休息が必要だった。早急に自機であるジャンク、即ちJa-chanの身体を治したいとヘーゲルは考え、考えながら、疲労により、眠りについていったー。
説明 | ||
ヘキサギアの戦闘。LA、VFの思想、信条。 戦場の中、1対1で戦う事となった第二世代ヘキサギア 《ジャンク》と第三世代ヘキサギア 《ボルトレックス》。LAとVF、異なる思想のもと、その決着はー。 |
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