世界を支配したい私の、ままならない日常 |
うぐぐぐぐ・・・。
魔女の頭部背面、そこにある球体を私はぎゅっと握った。
さっきまで私を見下していたそいつは、うつろな目で宙を見つめている。
私は球体――私がアイボールと呼んでいるそれを手前に引っ張ってちぎった。
魔女が意識をうしなって倒れる。意図せずこちら側に倒れてきたので、あわてて避ける。支えのない人間は意外と重い。
『仲間、知っていること、喋る』
ナイフでアイボールに文字を刻んで、魔女の頭部背面へと戻した。
魔女が立ち上がり、喋りだす。
「仲間・・・。アーガス。魔女。たぶん男。上司。
あんたが怪しいから疑っている。魔法でない力が使えるかもって。そんなことありえないと俺は言ったけど。」
あまりにも言葉が長ったらしい。能力の使い道を間違えた。
アイボールに『聞いたこと、答える』と書き直す。
「アーガスは、いまどこで何してるの?」
「おれを先に行かせて、上から見てる。厳しい人だから。おれは部下だから、逆らえなくて。」
私は空を見た。小高い木々のどこかに魔女の仲間がいるはずだが、生い茂った葉に隠れて見つからない。
もう既にアイボールを見られていて、攻撃の準備をされているはずで、かなりまずい状況だった。
ありえないような強風が、空から私を押すように流れてくる。
私はアイボールに『アーガスを攻撃する』と急いで書き足す。
激しい炎が空から降ってくる。風に乗ったそれがわたしと魔女を燃やす前に、魔女が突風を吹かせる。
風がぶつかって、炎は横にそれていった。
かなり熱い。
アーガスのそれと比べると魔女の突風は弱かった。
勝ち目がないことを悟って、私は全力で村のほうへと逃げた。
この世界は魔女に支配された世界だ。
といっても、そんなに悪いことが起きているわけではない。
単に風や水の勢いや量を、増やしたり変えたりできる魔法を使える人が、人々を導いているだけだ。
どこもかしこも森ばかり。孤島のように小さな村が点在しているだけのこの世界で、魔女は大切な存在だ。
私も12歳のとき風邪を治してもらったことがあるし、たいていの魔女は親切で優しい。
いや、人によるとは思うけど、私の村に住んでいる魔女はそんな感じだ。
魔女といってはいるけれど、男の魔女もいたりする。ただ、女性のほうが圧倒的に多い。
答えは簡単で、とあるタイプの女性が魔女になる方法が確立されているからだ。
それ以外の人は、いろいろとしているうちに、ぐうぜん魔女になる。
私はそんな世界で、ぐうぜん魔法でない特別な力を手に入れた。
村々をめぐる行商人や吟遊詩人、果ては魔女にもそれとなく聞いてみたけど、似たような話は一度も聞かない。
たぶん世界初の異能力者だ。
私だけに見える、人の背後にある謎の球体。それを掴んでいろいろすると、私は人を操れるのだ。
この力を使って、私は人に干渉されずに読書を楽しめる素敵な生活を手に入れた。
でも、どうやら、私はやりすぎてしまった。
いつものように村にやってきた魔女を操作しようとしたら、このざま。私のしたことはバレていて、魔女たちは私を始末しようとしている。
どうやって知ったんだろう?確かに人々を操ってはいるけれど、表面上は平穏無事に見えるように気を配っていたのに。
やっぱり、少しも親しくなさそうな他人が食料とか趣向品をいち村人の家に毎回届けているのが怪しかったのかもしれない。
怪しまれてから操ればいい、そんな考えは甘かったみたいだ。
なんとか村まで戻れた私は、用意させておいた行商人の馬車に乗り込んだ。
荷台を見てぎょっとする。
そこには今まで見たこともない人と、雷でできた狼のような魔物がいた。
黒い短髪で。狼とおそろいの犬耳パーカーに、スカートとズボンをいっしょに履いている。
「こんにちは・・・。」
私は挨拶をしてみた。それとなく近づいてみる。アイボールを掴めればなんとかなる。
狼が体をバチバチ言わせながら吠えてきて、私は動きを止めた。
「・・・こんにちは。あの、リチアさんですか?」
その人は物怖じしてる感じで話しかけてきた。人見知りな性格らしい。でも、怖いのはこっちだ。雷狼に脅されてるんだぞ。
「そうですが・・・。」
思わず素直に答えてしまった。その人は顔を隠すようにしてもじもじしているが、狼は相変わらずこっちを見ている。
「あの、リアといいます。私も、たぶん、おなじ感じの人で・・・。」
「おなじ感じって?」
「その、なんというか。狼です。」
「いや、私は狼じゃないけど・・・。」
「あ、魔法じゃないので・・・。」
あっ、と私は声をあげた。この雷の狼もようするに、私がアイボールを見ているようなものらしい。
つまり、異能力なのだ。
リアと名乗った人と私の年齢は、同じぐらいに見えた。私が世界初かどうか、怪しくなってしまった。
でも、アイボールの力ではないのだから、世界初でいいのかもしれない。
「もしかしてこう、仲間的な・・・?」
「そうですそうです。あの、アーガスっていう魔女の人に集められているんですけど・・・。」
私が藁をもつかむ思いで問いかけると、リアは顔の前で両手を合わせて、嬉しそうに肯定した。
アーガス。姿こそ見えなかったが、先ほど炎をぶつけてきた魔女の名前だった。
「大丈夫ですか?私さっき、殺されかけましたよ。」
「乱暴なんですよね。私も、会った時いきなり殴られました。」
私あいては若干正当防衛だった気もするが、他の人にもいきなり殴りかかっているとは驚きだ。
「いっしょに逃げない?アーガスとかいう人やばいと思う。」
「大丈夫ですよ。色々と誤魔化してくれるし、使える魔女ですよ。殺す気はなかったと思います。」
リアがカバンからお菓子をとりだして、そっと床に置いてくれた。
犬の刺繍が入ったおしゃれなカバンに、おしゃれなお菓子。リアという人は、お金持ちなのかもしれない。
「ここで待っていませんか?そしたらその、お話合いができると思うので・・・。」
「わー、ありがとう。ちょっと近寄ってもいい?そのパーカーどうやって手に入れたの?」
「あ、近寄るのはごめんなさい。他人に近づかれるの、苦手で・・・。」
リアの頭部背面で、アイボールが浮いている。そして、私とリアの間には、ばちばちした狼。
もう、話し合いで解決するしかなさそうだ。
私はあきらめて、お菓子を楽しむことにした。
少しでも不幸が増えるのは嫌だ。どうせ死ぬなら、幸せの中で死にたい。
そうして、私は魔女アーガスの私兵団『アギト』の一員になった。
待遇は良い。金回りはいいし、手に入れるのに一苦労するような嗜好品・・・つまり本も楽に手に入る。
魔女連盟に属するアーガス本人と違って、私たちはアーガスの私兵なので締めつけもゆるい。つまり、暇だ。
あてがわれた部屋で食っちゃ寝しながら、大好きな物語を嗜む。
その日、私は物語を読み終えたばかりで疲弊していた。
大好きな主人公が苦難の末死んでしまった、彼女の死は意味があるものだと思うけど、それでも暗い気持ちになる。
もう今日は何もできない。彼女を悼んで眠ろう。そう思っていたのに、アーガスが仕事を持ってきた。
「また新しいアンノウン?どうせ今回も空振りなんじゃないの。」
私は、リアがダイニングテーブルに用意してくれたお茶とお菓子を貪った。
今日はシフォンケーキだ。生クリームもついていてかなり美味しい。私の好きなお菓子だ。食んでいると、悲しみが癒される気がした。
「どんな些細な可能性でも探りは入れる。相手はアンノウン。とにかく『何も予測できない』。放っておけば、世界が滅びかねない。」
私たちのような、魔法でない特別な力を持つ人たちを、アーガスは『アンノウン』と呼んでいる。
ひとりひとりまったく能力が違って、なにもわからないから、らしい。
微妙に気に入らない名前だ。私は自分の能力を完全に解明しているし、魔法のほうがよっぽど個体差があってよくわからないと思う。
「何度も言うが、アンノウンを仲間に引き入れる、それができなければ拘束、場合によっては殺害。それが『アギト』の仕事だ。世界を守る大切な仕事だぞ。」
「滅びるなら滅びるでいいじゃん。まぁ、いいや。説教はいいからさっさと話せよ。」
アーガスが露骨に嫌そうな顔をした。若干ピリピリする空気。リアが私とアーガスの様子を心配して、おろおろする。
私とアーガスは睨み合った。アーガスは目が大きく、美しい。背も髪も長く、体格がいい。にらみつけられると、刃物のような迫力がある。
でも、傷つかないわけじゃない。私の言葉は、じゅうぶんにアーガスを傷つけたはずだ。
今日は気分が悪いので、アーガスを傷つけることが心地良い。
リアは、おそるおそる私とアーガスに新しいお菓子を配り始めた。リアのことは嫌いではないけど、困ったらお菓子で解決しようとするのはやめてほしい。
「ある牧場で飼っている家畜が全滅した。詳しくはわからないが、原因は毒だ。」
「毒?いやまぁ不幸だけど、毒ならアンノウンなしでもありえるんじゃない?」
「現地の魔女が、家畜に残っていた毒を調べた。あらゆる方法を試したが、全く解毒できない。未知の毒だったそうだ。」
こわいな。感染したら死んじゃうじゃん。正直行きたくない。
「・・・危険そうですね。わたしだけで調べに行きましょうか?『リアライト』なら感染しません。」
「雷の狼に調査できるのか?住民全員を殺してくれるならいいが、そうでないなら役立たずだ。不審に思ったアンノウンに逃げられる。」
リアが言葉に詰まる。顔色が悪そうだ。私たちの安全か、全員殺害か、天秤にかけてクラクラしているのだろう。
解毒不可能な毒なんてどう考えてもヤバいアンノウンだし、仲間に引き入れるのは苦労しそうだ。私としては全員殺害してほしい。
とはいえ、リアには無理そうだ。半端に殺して躊躇って、アンノウンに逃げられるに決まってる。一度闇に潜まれてから敵視されるのは、ヤバい。
私たち『アギト』は隠された存在だけど、噂は立っている。アンノウンと、それを狩っているヤツがいることを知っている奴なら、たどり着きかねない。
「なるほどなるほど。私の『アイボール』で調べればいいわけだ。わかったよアーガスくん。でも、魔法しか使えないアーガスくんは何するの?」
「殺すぞ?とうぜん俺も調査に同行する。おまえたちが怪しまれないようにしないといけないからな。」
「怪しまれないようにするの、私のほうが得意だと思うけど?」
「おまえの『アイボール』は能力の範囲内に対しては最強だが、外から見たら不自然すぎる。それで俺にバレたのを忘れたのか?」
話は、わりと満足いく内容だった。アーガスはムカつく奴だが、冷静だ。
自分がどれだけ他人を踏みにじっているか、よくわかっている。私がいつアーガスを殺しても、おかしくないってことも。
話はじゅうぶんまとまったと思った。毒のアンノウンを見つけてコントロール、または始末する。
ほぼ一方的な噛みつき合いですっかり気分の良くなっていた私は、仕事を快諾して現地に向かった。
村では、行商人だと偽ることにした。
行商人が村にやってくるのは、頻度が少ないことではあるが、日常的なことだ。
物を売るついでに、近況を話したり聞いたりするのも、よくあること。
私たちが身分を隠しつつ調査をするのに、行商人という立場は、とても都合が良いのだ。
なにより本やお菓子を好きなだけ持ち込んで、当然のように楽しめる。
物を売る許可を得るという建前で、私とアーガスは村長に会った。
リアは馬車で留守番だ。商品の番をしてもらわないといけないし、万が一のときは、リアが村を始末しないといけない。
村長は、ちぐはぐな印象を感じさせる人だった。
胴体は丸く太っているのだが、手足は細く長い。不均等な体つきの中年。
蜘蛛のような体つきだ。
「助かります。事件が起きたばかりで、行商人があまり通らなくなってしまって。」
声は鈴のように可愛らしい。
私はこのちぐはぐな人間にすっかり興味を惹かれていた。ついつい、いきなりアタリを引いたかもなとも思った。
とはいえ、アンノウンは見た目ではわからない。能力があっても、分かりやすく異質な人間は少ない。
異質さはすべての人が持っている。能力に結びつけてしまうのは、あまりにも頼りない考え方だ。
能力をどう思うのか、どう扱うのかついてには個人による差が大きく、ひとまとめにできない。
「気の毒だったな。俺ら商人の間ではすっかり噂になってるよ。これを見てもらいたいんだが。」
アーガスと村長が、書類をテーブルに置いて話し始める。
私はさりげなく、村長の背後へと回った。頭部背面にある球体――アイボールを掴んで、ちぎり取る。
『聞かれたことをすべて喋る』
私はアイボールに文字を刻んで、もとに戻した。
毒のアンノウンの名前は、ベノ。今年で三十歳を迎えるおとなだ。
村長が言うには、痩せこけた骨ばった格好をしていて、とても神経質な性格らしい。
両親に虐待された過去から、人と付き合うのが上手でなく、あまり外に出ることはない。
「家畜を全滅させたのは・・・事故だ。たまたま気が立っていたモウが、ベノに突っ込んでいって、おどろいたベノは咄嗟に能力を使ってしまった。」
死んだ家畜はモウ。おとな何人分もの体重がある、角を持った動物だ。突進などされてしまえば、人なら即死だろう。
不幸な事故だが、生きるか死ぬかがかかっている。妥当な判断だと思った。しかし、それで全滅というのはおかしい気がする。
「骸にも毒は残る。始末できないうちに、他のモウが寄っていって、みんな死んだ。」
「やばいな。アーガス、魔女たちはどうやって毒を始末したの?」
「時間とともにだんだんと弱まっていった。わかりやすく言うと、毒自体が寿命を迎えて死んだんだ。」
「うーん。これ、どうするの?」
正直なところ、ベノを仲間に引き入れるのは、危険すぎると思った。それに、殺人能力が高いアンノウンなら、すでにリアがいる。勧誘のうまみは薄い。
「リチア、おまえの『アイボール』なら無力化できるし、味方にもできる。」
「いやいやいや、家に籠ってる警戒心が強いヤツにどうやって『アイボール』するんだよ。少しでもビビられたら、私はモウの二の舞じゃん。」
「むやみに殺したくはない。それに籠っていたいヤツだぞ?こんな村より、『アギト』のほうが楽な暮らしができるとわかれば、すぐ転ぶ。」
「そんな冷静な判断ができる人ならいいよ。そうじゃない可能性もあるだろ。」
アーガスが、厳しいまなざしで私を見つめてきた。
「確かにそうだ。だが、おまえもだろ?俺だって同じだ。危険だ、世界を壊してしまいかねない。」
「・・・・・・。」
私はアイボールに『私の言うことに従え』と刻んで、村長へと戻した。
毒のアンノウン、ベノの家へと向かう。
私は、私のためならば、私以外の人間がどうなろうと構わない。
できることならば、私の気に入らないものすべてを、都合の良いように変えてしまいたい。だが、それは賭けだ。
もし、私の能力が通じない『アンノウン』が現れたら。そうでなくとも、私ではどうすることもできない『何か』が始まったら。
私はきっと、ひとりだけで生き延びることはできない。
不幸になることだけは嫌だ。幸福に生きていたい。幸せの中で死にたい。
アーガスを失うのはまずい。彼女がいなくなれば、私は魔女連盟の恩恵を失う。
ベノの家は、村のはずれにあった。まばらに物置がいくらか立っているだけで、もの静かな場所だ。
私は、玄関の横に隠れた。『リアライト』、雷の狼と一緒だ。
リアとアーガスは、いちばん近い物置小屋に隠れて、私のほうを見ている。
操っている村長にベノを呼ばせて、不意打ちで『アイボール』を決める。説得するのは、毒の能力を使えなくしたあとだ。
不測の事態には、『リアライト』が対処する。雷の狼に毒は効かない、確実に始末できる。
「ベノ。頼みたいことがあるんだ。来てくれないか?」
村長がドアを開けて、家の中へ入っていく。
私は息を潜めて、じっと耳をすませていた。少なくとも、村長の足音は大きい。帰ってくるときはわかる。
『アイボール』に失敗すれば、私は死ぬ。それは嫌だ。緊張を殺そうと、歯がぎちぎち噛み合わさる。
・・・しばらくして、おかしいことに気付いた。
村長が帰ってこない。話し声や歩く音も聞こえない。
ベノを連れてこれない場合、時間がきたら帰ってくるように、命令しておいた。しかし、その時間はもう過ぎようとしている。
唐突に、雷の狼が消えた。『リアライト』が解除されたのだ。『リアライト』が解除されるときは、リアが意識を失っているとき以外、ありえない。
私は、作戦が失敗していることを悟った。
脱兎のように逃げ出して、村へ向かう。人気のあるほうへ。
「なぁ、こいつら、どうするんだ?」
俺は、地面に倒れたふたりの部外者をさして、村長に聞いた。
片方は魔女、片方はわけのわからない能力者だ。いまは気絶しているけど、目覚めたらどうなるかわからない。
「ひとまず、違う場所に閉じ込める。いろいろと話を聞く必要があるだろう?」
村長は、ふたりをきっと縄を縛り上げる。鮮やかな手つきだ。
村長の低くも高くもない優しい声は、俺を安心させてくれた。ひとまず殺さなくていいのも、ほっとする。
「どうした?疲れたのか?」
「すこしだけ。あの、村長、すこしだけ、抱きしめてほしい・・・かも。」
村長は、ふたりを縛り上げるのをやめた。俺に近づいて、優しく抱きしめてくれる。
村長は綺麗だ。太っても痩せてもいない整った体つきで、やわらかくて暖かい。
俺の頭をひと撫でして、村長は作業に戻った。
「・・・しかし、一人だと手間取るな。ふたりで出来ればいいのだが。」
「村長、ふたりになれないの?」
「厳しいな。こうして合体しているうちは大丈夫なようだが、分身すれば、片方はリチアとかいうやつの言いなりだ。」
村長は、自分の能力を『ダブル』と呼んでいる。
半分に割ったみたいな見た目の『ふたりになれる能力』。ふたりは、目に見えない何かで常につながっていて、片方が見聞きしたことは、もう片方にもわかる。
でも、真価は別にある。合体して一人になった村長には、能力が半分しか効かないのだ。
俺の毒も、村長には効かない。具合がちょっと悪くなる程度の、弱い毒になる。
村長は、俺を受け止めて愛してくれる、大切な人だ。
「ごめんね。俺、紐をきちんと結べないから。」
俺は、細かい作業が苦手だ。やっているうちに手元も頭もこんがらがってしまう。
「大丈夫だ。そんなつもりで言ったんじゃない。それに、心配しなくてもお前には大切な仕事がある。」
村へ戻った私は、近くの家に転がり込んだ。家には親と子供のふたり。最初にはちょうどいい数だ。
「大変なんです!向こうで人が・・・。」
私は助けを求めながらふたりに近づいた。困惑しているふたりの『アイボール』を握り取って、命令を書き込む。私を守るように。
他の家にも同じように入っていき、人数が増えたら、支配した村人たちに他の者を集めさせた。
取り押さえさせ、集めた村人たちを『アイボール』の支配下に置く。すぐに村中が私の支配する軍団になった。
このままどこかに逃げ延びるか、あるいは敵と対峙するのか。
私は、敵と対峙することを選んだ。
この世界で生き残るには、仲間が必要だ。
既に絶命している可能性はあるが、リアとアーガスのことはなるべく助けたい。
部隊に命じて、リアとアーガスが隠れていた物置小屋を囲わせる。
「敵対するつもりはない!我々は魔女連盟所属アーガスの私兵団。君たちと手を組みたいだけだ。」
一人の村人に命じて、物置小屋に向かって大声で呼びかけさせた。
「安心してくれ。私たちも無駄に争うつもりはないよ。」
小屋から、知らない人間が出てきた。美しい恰好をした黒衣の、おそらくは女性だ。
「良かった。あなたがベノ?」
「私はフェイスだ。さっきまで君が操っていた村長で、魔法でない特殊な能力を持っている。」
「自分たちから首を突っ込んでおいてなんだけど、運が悪かった。まさかアイボール・・・私の能力が効かない人間に会っちゃうとは。」
「村に来た人間はまず私に会う、そうでなくとも話は伝わるようにしてある。だからどんな能力なのか私でテストできる。村長になれたのは運が良かったよ。」
フェイスは、素直に能力のことを話してきた。嘘か本当かはわからないし、ベノが仕掛けてくるための時間稼ぎかもしれない。
ここは正念場だ。話を続けて、リアとアーガスがどうなっているのか、確認したい。
「ふたりは?そこまで考えてるなら、始末してはいないんでしょ?」
「もちろん。まだ始末していないよ。」
「私たちは・・・、魔女アーガスは能力を持つ人間を私兵として集めてる。実際に私兵になってるのは、ほんの一部で、ほとんどは監督下で保護してる。どう?」
「難しい状況だけど、受け入れるよ。でも、『アイボール』を解除してほしい。さすがに操られるのはごめんだからね。」
「ありがとう。でもふたりを解放するのが先かな。私たちが裏切っても、どうせ毒の能力があれば共倒れにはできるでしょ?」
とんでもなく意外で、たまたまうまくいったという他ないけど、私とフェイスの話し合いは成功した。
ベノが縄で縛られたリアとアーガスを引っ張ってきて、私はフェイスの片割れの『アイボール』の命令を白紙に戻した。
フェイスたちの村をアーガスが経済的に支援する代わりに、フェイスたちは必要に応じてアーガスの呼び出しに従う・・・ということになった。
あれだけ危険をおかしたくせに、ふたりを確保できたわけじゃない。私は憤ったが、アーガスは危惧していたほど危険な人間でないことが分かっただけで満足のようだった。
事が終わってしばらくした夜、私はリアの部屋に向かった。
リアはがさごそと身支度を整えてから、私を迎えた。服を着直したらしい、リアは自分がどう見えるのか、いつも気を使う。
どんな風に生きていたいのか、楽しいと思うことはなにか、私はお茶菓子を食べながら、リアと話し込んだ。
いつものことで、何度もしたような会話だった。だから私は話しながら、片手間に他のことを考えている。
今回は、してやられたような結果だった。正直、苛立つ。
フェイスは、私たちのような存在がいるであろうことを想定していた。
事故で家畜が死んだときから、有利な立場で私たちと共存するための計画を立てていたのだ。
アーガスも同じだ。事件の状況を聞いたときから、ただの事故で、相手が共存しうるアンノウンであるとアタリをつけていたに違いない。
だからあそこまで仲間に加えることにこだわり、綱を渡るようなことをしたのだ。失敗しても殺されないだろうとタカをくくっていたから。
ふと、私はリアの背後に手を伸ばして、『アイボール』を引き抜いた。
リアがだらんとして、動かなくなる。
このまま虐殺の命令を書き込めば、『リアライト』によってこのアジトの人間を全員始末できる。
それどころか、フェイスたちの村や、ひょっとしたら世界中を亡き者にできるかもしれない。
世界を支配しているのは私だ。誰も私を支配することなんてできない。何がこようと、私の『アイボール』は無敵だ。
そう思うと、心がすーっと落ちついてくる。
私はリアの本体をほうったまま、『アイボール』をぎゅっと抱きしめてベッドへと潜り込んだ。
苛立ちはもう、どこにも感じない。
ふわふわとした安堵を覚えたまま、私は眠りへと落ちていった。
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ファンタジー+異能 『魔女』が支配する世界。 魔法でない未知の能力『アンノウン』は、世界を滅ぼすのか、それともギリギリの日常を続けていくだけなのか。 主人公リチアは、他者を支配する能力『アイボール』を手に、魔女アーガスの私兵として、アンノウンを始末・保護する任務へと参加する。 |
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