とある令嬢と奇妙な転機
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――その男は、毎晩私に会いに来た。

向かいのイスに座っては、今日起きた出来事を話していた。

本来なら初めて此処で出会ったあの日、秘密の花園に迷い込んだソイツは、私に首を切り落とされる筈だった。

けど私に対する「人形みたい」という素っ頓狂な呟きと、無邪気な子供のような眼差しで、殺す気が失せてしまった。

仕方がないので話し相手になってもらった。「何か面白い話をして」と振れば、悩む様を見て愉しむ位は出来るだろう。

ソイツは今日の出来事を話し始めた。千夜一夜物語を黙読した方がマシな話し方だったが、暇つぶしにはなった。

迎えが来て寮に戻る際、「またね」と言ってソイツは去って行った……どうせ道が解らないと思い、「来ないで良い」とは言わなかった。

 

その翌日、ソイツは美術部長さんに案内されて、私に会いに来た。後に「何故会わせた」と聞くと、彼は「ちょっとしたお詫び」と答えた。

それから道を覚えたのか、毎晩毎晩会いに来た。「楽しい?」と聞くと「うん」と即答された。

聞けばソイツは、入学する3ヶ月前までの記憶しか無いらしい……道理で邪な感情をロクに感じないわけだ。

ソイツの事は苦手だ……昔のあの子と重なってしまう。愛しいあの子と重なって、胸が痛くなる。

 

偶に美術部長さんが混ざって来る事があった。どうやら彼はソイツに興味を持っているようだ。

何でも「汚染エネルギーとここまで相性の良い人間は初めてだ」とか「もし怒りに我を忘れたら面白い事になるかも」とか……それは確かに興味深い。

ただソイツと出会ったきっかけが、まさか彼の元恋人との因縁だったと聞いて驚いた……彼、元カノ居たんだ。

入学式の翌日、空腹で倒れそうだった女子生徒を奢って有り金無くなった話を以前ソイツから聞いたが、そもそも彼が報酬を支払い忘れた事が原因だったようだ。

 

その後、購買部の店員からサービスでおむすびを貰ったソイツだったが、課題でおむすびが必要だった双子の候補生に盗られてしまい、返してもらおうと追いかけた。

だが偶然通りがかった彼の元カノに取り押さえられ、ソイツが説明をするも彼の元カノは聞く耳を持たず、贔屓目で判断されたソイツは実力行使に移り、そのまま喧嘩となった。

それからしばらくして、騒ぎを聞きつけた教師に取り押さえられ、厳重注意を受けた後に彼と出会ったソイツは、お詫びとして彼に案内されて私に会ったわけだ。

まあ候補生が贔屓されるのは良くあることだ。私が生徒会長になったのも、彼女が高等部一年で副会長になれたのも、ある意味それが原因だったりする。

彼女とソイツが衝突した時、私はソイツに味方する事となる。

 

ソイツに奢られた事をキッカケに、ソイツと一緒に食事をするようになった腹ペコ女子。

その腹ペコ女子が彼女の策略によって濡れ衣を着せられイジメを受けて、最後には事件をでっち上げられて拘束された。

人類の天敵、災厄の化身などと言ったレッテルを貼られたその女子を助ける為にソイツは奔走していたが、彼の元カノが所属してるサークルによって、

その女子の身の潔白を証明するものが残らず隠蔽された。怒りが頂点になったソイツは、彼に生徒会長について訪ねた後、元カノのサークルを一人残らず病院送りにした。

それから生徒会長……つまり私に協力するよう頼み込んだ。毎晩の付き合いもあってか、私が協力したメリットをソイツが説明……するとは思ってなかった。

あそこで断ればソイツはあっさりと諦め、この学園の存在そのものを揺るがす事をしかねないと思っていた。現に非公式とはいえ組織的に大きかったサークルを物理で潰している。

だから今度こそ、私はソイツを殺すべきだった。けど殺せなかった。もっとソイツの話を聞きたくなった。今度は私がソイツに話してみたくなった。

私はソイツに協力するかわりにソイツのモノとなる事で、責任という鎖でソイツを御しつつ、世話を焼かせる事で世話を焼こうと決めた。

 

その翌日、ソイツが集めた証拠を元に、表向きには生徒会長である私が彼女の野望と悪事が暴く形となった。

彼女は自らの影の薄さを活かして逃げるもソイツに捕まり、間接的に指示したあの子と、未来から来た彼女の娘が止めなければ死んでた位には痛めつけられた。

彼女を煽った彼は予想以上の結果とデータを得られて内心はしゃいでいた。私といえば、彼女によって地に落ちた女神のイメージを立ち直らせる為に大忙し。

生徒会長として就任して初の仕事がこんな大業とは誰が予想できたか……とはいえ誰かのモノとなった事で精神的に多少は落ち着けた。

ソイツに私を世話させ困らせ労わせ、四苦八苦するソイツの様子を見て愉しむ時間が私の癒やしとなるからだ。あの子を見て愉しむのも良いがこれも中々……

だがソイツの冒険に連れ回される事となり、毎度命の危機を感じる事となったが、これはこれで新鮮なのかもしれない。

そして話の場はあの花園から屋上に変わった。青い空を眺めながら何気ない事を語り合うのは、私には初めての体験だった。

ソイツのモノとなった事で、心身ともに不安定だった私は幾分か安定した。けどこの時間が長くない事を、私は知っている。

だから学園内に渦巻く陰謀も冒険も楽しもうと、ソイツが私に付けるあだ名を考えている所を眺めながら思った。

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