痕 渾然 混戦 温泉旅行 |
「ねぇ、柏木クン、駅前で何か買うもの無い?」
その日の講義が全て終わり、帰り支度をしているときに唐突に由美子さんが話しかけてきた。
「福引きの補助券があと二枚足りないのよ」
俺が何も答えないでいると、由美子さんが話を続ける。俺は突然の事で言葉が出なかっただけなのだが。
由美子さんの手には無数の福引き券と福引き補助券が握られている。歳末セールとして駅前の商店街で行われている福引きの券だ。商店街で買い物すると福引き券が貰えるというもので、五百円の買い物で補助券が、三千円で福引き券がもらえる。補助券は六枚で福引き券として使えるので、由美子さんの手元には四枚の補助券が余っているということだろう。
「すごい量…ですね……」
俺は、由美子さんの持っている福引き券の束を見て唖然としていた。一人で集めたにしてはかなりの量の福引き券だ。だがここ数日、由美子さんが知り合いから福引き券をもらい歩いていたのを何度か目撃していたのを思い出す。
「がんばって集めたんだから。それよりも何か買うもの無いの?」
急かすように訊いてくる由美子さん。
「急に買うものって言われても……」
俺は財布の中身と、今欲しいものを思い浮かべる。
「今日が最終日だったっけ?」
欲しいものを考えながらも、俺は由美子さんに質問していた。これだけ急かすんだから、今日で福引ききが終わるのだろうか。俺の記憶が確かなら、まだ後一週間は福引きは出来たと思うのだが。
「違うわよ、でも今日福引きをすれば何か当たりそうな気がするのよ」
由美子さんはきっぱりと言い切る。根拠の無い自信だろうが、俺にも由美子さんが何か当てるのではという思いが浮かんできていた。
「シングルCDぐらいなら……」
財布の中身と相談して、千円程度の物なら別に買ってもかまわない事がわかった。そして、その値段で欲しいものと言ったらシングルCDぐらいしか思いつかなかった。
「あるのね、じゃ、一緒に行くわよ」
由美子さんはそれだけ言うと俺の腕を取って移動を始めてしまった。
「でも、そのシングルCDは千円しないかも……ちょっと足りないような気が」
そのCDの値段は確か九百円強だった記憶がある。千円にいかないと補助券が二枚手に入らない。
「CD屋なら多少足りないだけなら頼めば大丈夫だから。何度も実践で試したし」
由美子さんの言葉に心強いものを感じながらも、何か違うのではと考えてしまう俺であった。
「当たったら分けてあげるからね」
結局、福引き所まで付き合う事になってしまっていた。
CDはやはり千円しなかったのだが、店員が由美子さんの熱意に負けて補助券を二枚くれたのだ。そう、由美子さんの熱意という名の脅迫に負けて。そういえば、店に入った瞬間から店員の顔に何か恐怖の表情が浮かんでいたような気がしないでもない。実践で試したという由美子さんの言葉に嘘偽りは無かったという事だろう。
「はいはい、期待しないでおきますよ」
俺は由美子さんと一緒に福引きの列に並ぶ。
景品の欄を見るといくつかの景品は無くなっていて名前が貼られている。当たったのしまったのだろう。それでもまだかなりの量の景品が残っている。
ここの福引きは、昔ながらのガラガラと回すガラポン抽選器を使っているようだ。前のほうからガラガラと福引きをする音と、一喜一憂する声が聞こえてくる。
「あっ、一等の温泉旅行がいいわね。あれに決めた」
景品の目録を見ながら由美子さんが言う。断言している。
「決めたって……」
俺は言うが、由美子さんの耳には届いていないようだ。一等の温泉旅行を見据えて意識を集中させている。
「さて、やるわよ」
とうとう由美子さんの番になる。由美子さんは袖を捲り上げると気合十分といった感じで福引き券を担当しているおっちゃんに渡す。
「おっ、結構あるねぇ」
受け取った福引き券を、おっちゃんは丁寧に数え始める。
「いやぁ、今まではお祭りでクジを売ってたんだけど、変な子供に一等を出されてからクジが一等しか出なくなっちゃって職変えしたんだけどさぁ……」
おっちゃんはクジを数えながら世間話を始める。枚数が多いので、数えている間の時間、由美子さんを飽きさせないでおこうという心配りなのだろう。
「気が散るから静かにして」
だが、当の由美子さんにこう言われてしまっては無駄以外の何物でもない。
由美子さんはじっとガラポン抽選器を見つめている。念を送っているのかもしれない。
おっちゃんは無言で福引き券を数えている。なんだか可哀想な気もしないでもない。
「はい、福引券が八枚の補助券が四十二枚だから十五回ね」
おっちゃんはやっとのことで福引き券の枚数を数え終わり、由美子さんはガラポン抽選器の取っ手に手を置く。
枚数を聞いて再認識させられたが、この福引き券の数はすごいの一言である。人からもらったとは言え、よくここまで集めたものだ。
「いくわよぉ」
勢い良く回していく。抽選器からは同じ色の玉がどんどん出てくる。どれも残念賞の色だ。ちなみに、残念賞はありきたりなティッシュが景品だ。
「……五……六……七……」
由美子さんとおっちゃんは、ハモる様に出た玉の数を数えている。
たまに残念賞ではない色も出るが、五等の洗剤だ。違う色が出た時点で一瞬由美子さんの手が止まるが、すぐに回し始める。残念賞と五等の色は覚えているのだろう。
「……十三……おっ」
由美子さんの手が止まる。その玉は神々しいまでの金色であった。
俺と由美子さんは金色の玉が何等かを探す。
「四等……違う。三等……違う」
「一等、温泉旅行カップルツアー招待券大当たりーーー」
何等かを探し出す前に、おっちゃんの大きな声が聞こえてくる。おっちゃんは、カランカランと元気良く手にした鐘を鳴らしている。
どうやら由美子さんは本当に一等を当ててしまったらしい。
「温泉、温泉〜〜」
小躍りする由美子さん。自分の狙った景品が当たってよほど嬉しいいのだろう。
そんな由美子さんを尻目に見ながら、俺は先ほどのおっちゃんの言葉を思い出す。そう、おっちゃんの言葉には一つだけ気になる単語が混じっていた気がしたからだ。
「カップルツアー招待券?」
おっちゃんは、確かにそう言った。俺の心の中に漠然とした不安がよぎる。そして、こういった不安が外れた事は今までに一度としてない。
「旅館が年末に向けて売り出している限定旅行パックで、カップルで新世紀を迎えましょうというコンセプトらしいわね」
俺の不安を知ってか、知らずか、由美子さんは旅行の説明を始めた。
「詳しいね、由美子さん」
「今もらったパンフレットに書いてあった」
由美子さんは、すでにおっちゃんからパンフレットを渡されて読み始めていた。頭の中はすでに温泉旅行でいっぱいなのだろう。
「それで、旅館の予約の関係で宿泊者の名前を知りたいんだけど。出来ればカップル二人の名前を」
「あっ、小出由美子と柏木耕一でお願いします」
おっちゃんの言葉に即答する由美子さん。
俺は、名前が出た時点で慌てて止めようとしたのだが、間に合わなかった。
「ってなわけで、同伴よろしくっ」
クルッと振り向きながら由美子さんが告げる。嫌な予感的中である。
「ど、同伴って言ったって……」
俺はどうにかして断る手段を見つけようとするが、良い理由が出てこない。
「ここ読んでみなさい、カップル限定って書いてあるでしょ」
しどろもどろになっている俺に、由美子さんは追い討ちをかけてくる。パンフレットのある個所を指差しながら、それを俺の目の前に差し出してきたのだ。
俺も確認するが、そこにはしっかりと、カップル以外の方のご利用はご遠慮下さい、と書かれていた。
「でも……」
「でも…じゃない!柏木クンが行かないと私も行けないんだから。登録も終わってるし」
ズイッと由美子さんが顔を近づけてくる。
「いえ、まだ登録しては……」
「と・う・ろ・くも終わってるし!」
由美子さんは、おっちゃんの言葉をさえぎるように念を押す。おっちゃんに口を挟ませない気なのだろう。
おっちゃんは完全に沈黙してしまった、触らぬ神になんとやら、が一番良いと判断したのかもしれない。
「だってカップル限定って事は部屋とか……」
どうにかして旅行を踏みとどまらせようと理由を考える。
「ウダウダ言わない。これ以上何か言うと、ゼミで無い事無い事言い触らすわよ!」
だが、すでに頭の中が温泉旅行でいっぱいになっている由美子さんを納得させる理由は思いつかない。いや、矛盾があるかもしれないが、納得させるだけの理由があったとしても由美子さんは納得しなかっただろう。
「無い事無い事って、普通はある事無い事では……」
「当たったら分けてあげるって言ったでしょ。女に二言は無いの」
凄い理屈である。というよりも屁理屈なのだが。
どう言ったところで俺が負けることは確定しているようだ。
「どうしても?」
「どうしても!」
由美子さんははっきり答える。
「はいはい、わかりました……」
まぁ、俺がどうこうしない限り間違いは起きないだろう、とある意味楽観的な考えで旅行の付き添いを承諾してしまった。
「やったぁ」
心底喜ぶ由美子さん。こちらまで楽しくなるような笑顔を浮かべている。少しではあるが、承諾して良かったという気になれる。
「で、なんて言う旅館なの?」
「えっと、隆山温泉の……」
由美子さんのセリフに、俺の体は硬直していた。隆山温泉で一番有名な旅館の名前が頭をよぎったから。
「…鶴来屋ね。前にも行った事あるけど、良い旅館だったわよ」
パンフレットを確認して由美子さんが言う。
「……鶴来屋」
由美子さんの言葉がズシッと響く。
鶴来屋に女性連れで行くのはまずいと身体の細胞全てが告げている。でも、今から旅行を拒否したら由美子さんにゼミでなんと言われるかわかったものではない。俺の心の中で葛藤が始まる。
「そういえば、柏木クンともここで会ったわよね。二人の運命の旅館だったりして」
俺の目の前が真っ暗になっているころ、由美子さんは一人温泉旅行に心馳せていた。どうやら断れる雰囲気ではない。俺は覚悟を決めて旅行に行くことにした。もちろん、何らかの理由で行けなくなったら万事丸く収まるのだが。
俺は旅行の日が来なければいいと願うが、時間が止まるはずもなく、出発日は刻一刻と迫ってくるのであった。
旅行当日。俺は由美子さんと一緒に電車に乗り隆山へ。途中何事もなく到着する。柏木家に行く目的以外で隆山に来るのは初めてではないだろうか。
駅からは旅館への送迎用のバスに乗って鶴来屋に着いた。そのバスはカップルツアー専用のバスらしく、カップルだらけだった。
端から見ると、俺と由美子さんも仲の良いカップルに見えるのだろうか、ふとそんなことを考えてしまう。
「着いた、着いたぁ。じゃ行くわよ」
由美子さんは旅館に着くなり、俺の腕を掴み、一目散に部屋へと移動する。
「由美子さん、そんなに引っ張らなくても部屋は逃げませんよ」
そんな由美子さんに引っ張られながらも俺は付いていく。かなり情けない格好である。
「部屋は逃げなくても、柏木クンは逃げるかもしれないから」
「大丈夫、逃げませんよ」
苦笑しながら俺は言う。
本当は逃げ出したい気分ではあるのだが、ここまで来て逃げたところでどうにかなる事でもないので大人しくしている。
「夏影の間、夏影の間……あった、ここね」
結局、由美子さんに腕を掴まれたまま部屋へと辿り着いてしまった。
こんな状態を四姉妹、特に千鶴さんに見られたらどうなるだろう、そんな恐怖が俺を襲っていた。今の所、四姉妹と遭遇という状況にはなっていないが、いつそうなるとも限らない。覚悟を決めておかないといけないかもしれない。遺書や辞世の句も考えておいた方がいいだろうか。
「へぇ、すごいや」
さきほどの覚悟をもう忘れたかのように俺は感嘆していた。それほどまでに、この部屋は商店街の福引きで当たったにしては豪華過ぎるほどの部屋であったからだ。
「じゃ、始めるわよ」
そう言って、由美子さんは自分のカバンからいろいろと荷物を取り出す。それもかなりの量の荷物である。道中荷物持ちをさせられていたのだが、これだけ入っていればあの重さは納得できる。由美子さんの荷物は、鬼の力を出さなければここまで無事にたどり着けたかどうかわからないほどの重さがあったのだから。
由美子さんは取り出した荷物をテーブルの上に並べていく。テーブルは瞬く間に地が見えないほどの荷物で覆われていた。
「始めるって何を?」
「もちろん、柏木クンも一緒に……ねっ」
俺に対して微笑みかける由美子さん。俺にはその微笑みが悪魔の微笑みに見えた。
所変わって、鶴来屋の会長室。千鶴と若い男性従業員が仕事をしていた。仕事と言っても、従業員が宿泊客数を報告しているだけなのだが。
「カップルツアー好調のようですね」
報告を終え、従業員が千鶴に話しかける。千鶴は煎れたてのお茶を飲みながら休憩している。
鶴来屋の『温泉旅行カップルツアー 新世紀の夜明けは恋人と共に』は千鶴が考えたツアーである。そのツアーが好評過ぎるおかげで千鶴は年末が休みなしになってしまったのだが。そのため、こういった仕事と仕事の合間の休憩は嬉しいものであった。
「そうね。でも、私はお客として来たかったなぁ」
宿泊客を乗せたバスから降車してくる人を見ながら千鶴はつぶやく。
本当は千鶴も耕一を誘いたかったのだが、旅館がいつにもまして繁盛している状況のため断念したのである。
自分と耕一の姿を宿泊客の中に想像しながら、千鶴はまったりとした時間を過ごしていた。
「あ、あの僕でよければ……その…ご、ご一緒に……」
勇気を振り絞って告白しようとする従業員。しかし、その言葉は千鶴の耳には入っていなかった。バスから降りてくる人の中に見知った顔を見つけたからだ。
「耕一さん……?」
千鶴は、最初は自分の想像した姿が見えただけだと思ったのだが、そうではないらしい。耕一の姿はすぐに人影に隠れてしまったが、千鶴の目にはしっかりと耕一の姿が焼き付いていた。そのバスはカップルツアー専用のバスなのでそれに乗っているということはカップルで来ているということになる。
「別人?でもあれは確かに……」
小声でつぶやくように言う。
「どうしました?」
千鶴の様子がおかしいことに気づき、声をかける従業員。
「ちょっとここ願いね!」
そう言うが早いか、千鶴は部屋から勢い良く飛び出していってしまった。
部屋に一人残された従業員。千鶴が出ていった扉を呆然と眺めるその背中には、これでもかというほど哀愁が漂っていた。
「ここのはずだわ」
宿泊客名簿から、耕一の泊まっている部屋を確認して夏影の間まで来た千鶴。慌てていたのだろう、髪の毛が顔に張り付くほど汗をかいている。宿泊客名簿には『柏木耕一』の名前がきちんと示されていた。少なくとも同姓同名の人間が泊まっているはずである。
「耕一さ……」
千鶴は部屋の外から耕一を呼ぼうとしたが、途中で止める。部屋の中で何やらしゃべっている気配を感じたからだ。
「ほら、言ったとおりでしょう」
耕一の声ではない女性の声。認識したくなかったが、やはり耕一はカップルツアーにカップルで参加していることを認識せざるをえなかった。こうなったら同姓同名の別人であることを祈る千鶴。
「由美子さん、もう酔っぱらっているんですか」
今度は耕一の声。聞き間違いではない、耕一の声だと確信する。同姓同名ではなく、耕一本人だということを嫌でも認識させられた。
「今はお酒のことなんかよりもこっち…」
しかもすでにお酒が入っているらしい。旅館についてすぐに酒を飲み会う相手、耕一とそんな仲の女性が居るなんて、千鶴はかなりの衝撃を受ける。
「やっぱり誘う動作が重要なのよ」
「誘う?」
千鶴は、耕一の部屋から聞こえてきた単語をオウムのように繰り返した。
「指先の微妙な動きを伝えて、相手をその気にさせて……」
「その気にさせる?」
千鶴の中で妄想が膨らんでいく。完全に妄想の世界に浸ってしまっていた。ただ、妄想の中で耕一の相手をしている人物は千鶴自身に置き換えられているのだが。
「アクションが大事なのよ。最高のアクションで誘わないと」
「最高のアクションで誘う……」
耕一が誘うシーンを想像する、そして頬を赤らめる自分。千鶴はにへっと嬉しそうな笑いを浮かべていた。
「そうそう、良い感じよ。でもね、相手がその気になっても焦らずにじっくりと……」
「焦らす……」
もう耕一さんったら、と千鶴は恥じらうように壁を指でつついていた。
実はそんな千鶴の姿を他の従業員に見られていたのだが、千鶴は全然気付いていない。その従業員も、見なかったことにして通り過ぎていった。
「もうちょっとでイけそうよ。がんばって」
「はいっ」
耕一の元気な返事。
その言葉で千鶴はハッと現実に戻る。
「なななな、何やってるんですかっ!」
勢い良く扉を開けて千鶴は耕一たちの部屋に飛び込んでいく。
「……千鶴さん」
「何って……釣りのゲームですけど」
耕一の手には、釣りに使うロッドとリールを模したコントローラーが握られていた。
耕一たちは、部屋に備え付けのテレビに持参したゲーム機を接続して釣りゲームをやっていたのだ。千鶴の乱入によって耕一の動きは止まり、釣り上げる寸前だった魚は逃げてしまった。
「ゲ、ゲームだったんですか……」
由美子はピクンと反応する。千鶴が何と間違えたのかを理解したようだ。
「用が済んだのなら出ていってもらえますぅ?私たちこれからお楽しみなんですけどぉ」
もちろんゲームで楽しむつもりなのだが、由美子はわざと千鶴に誤解されるように言う。
「……」
キッと睨むように由美子の方を見る千鶴。由美子自身は完全に酔っぱらっているために平然とその視線を受け止める。普通だったら縮みあがるほどの視線なのだが。
「耕一さん、後で話しがあります」
由美子に何を言っても無駄と悟ったのか、千鶴は耕一にそれだけを告げると部屋から出ていった。
部屋に残された耕一は、酔っぱらいで手の付けられなくなっている由美子の相手と、怒りまくっている千鶴の相手をしなければいけないかと思うと、このまま旅にでも出た方がマシなのではないかという誘惑に駆られていた。
時間は過ぎて、正月明け。大学のゼミである。
「結構楽しかったわよね」
会うなり、そう声をかけてくる由美子さん。
「こっちはくたくただよ」
結局、最後は由美子さんのお土産の荷物持ちまでさせられてかなり疲れていた。それでなくても千鶴さんに由美子さんと二人で旅行に行っているのがばれてしまって精神的に参っていた。しかも、そんな状態でも学校には行かなくてはならないのが辛いところだ。
「へぇ、旅行に行ってたんだ」
ゼミの仲間でよく由美子さんと一緒にいる女性が声をかけてきた。さっきの会話が聞こえていたらしい。いや、由美子さんはわざと聞こえるように言ったのだろう。
「うん、柏木クンと一夜を共にしちゃった」
頬を赤らめながら由美子さんが言う。どう考えても、わざとしているとしか思えない。
「由美子さんが無理矢理にね」
俺は一応の反論をするが、由美子さんがそれが通じる相手ではないと言うことは十分わかっていた。声をかけてきた彼女も由美子さんがどういう性格か知っているのだろう、別に騒ぐようなことはしない。
「柏木クン、見かけによらずうまかったわぁ」
もうどうとでもしてくれ、そう心の中で白旗を揚げる俺であった。
一方その頃、宿泊客名簿を丹念にチェックする千鶴さんの姿が何人もの従業員に目撃されていた。ただ、その目的までわかった者は誰一人としていない。
千鶴さんの手帳には由美子さんの住所と電話番号が書き写されていたという。
説明 | ||
リーフ「痕」の二次創作。 これも2000年に書いた物ですね。前にも書きましたが、リニューアル版はやっていないので設定違うかもしれません。 |
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