恋姫†夢想 李?伝 14
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『それぞれの日常』

 

 

 

 

 人は、自己紹介の際に前口上として自分が誰に師事したかを相手に伝えることがある。

 例を挙げるとすれば劉備。

 彼女は盧植という師に教えを賜ったので

 

『盧植門下の劉玄徳です』

 

 というような具合に。

 特にこういった事は文官達の間ではよく行われていた。

 李?は全く気にもしていなかったが、そんなやり取りをもしも彼が聞けば、学歴のマウント合戦か、とぼやくことだろう。

 その考えは遠からずも当たっていた。

 高名な師に教わると言うのは一種の社会的地位なのである。頭が悪い愚か者は師事することも叶わないし、さらに門下生同士の深い繋がりを得る事にもなる。

 ある種それは血統書とも言い変えられる。高名な師が、教えを施す出来た人物ですよ、という保証書のようなもの。

 そのため文官達は特に気にするきらいがあり、彼らの昇進にも重要な関りがある。盧植は清廉潔白な人で、その行為を嫌うが、例えば盧植門下の高位の文官に、盧植が劉備という門下生を取り立ててくれと便宜を図ったら、瞬く間に昇進する。

 そういう意味でも師事をするというのはとても重要な事であった。

 しかしケ艾は誰からも教えを受けていなかった。

 それは吃音だからという理由で断られたというのもあるし、本人が既に諦めていたというのもある。そのため彼女は独学で学んだため、社会的地位は大変低かった。

 が、多忙を極める雍州の政務という魔境において、そのような綺麗事は全く通用しなかった。

 この地における文官達は、筆によって戦う兵士と言っても過言ではない。一人は皆の為に。優秀な人物が一つでも多く仕事を処理すればそれだけ周りが楽になるのだ。実力主義を地で行くこの地において、ケ艾と杜預は師事の有無にかかわらず瞬く間に昇進し、今や馬岱の一つ下までの案件を処理する高官にまでなっていた。

 雍州の文官達を取り纏める政務の鬼―――馬岱は、使える者ならば墓を掘って死者おも再び働かせると人々に言われている程である。そのため優秀な能力を持ったケ艾と杜預が昇進したのは必然的な事であった。

 そして文官達も、ケ艾や杜預が処理する仕事が多い事を知っており、二人を大変尊敬し感謝をもしていた。ケ艾の吃音という些細な身体的特徴は、もはや気にもされていない。

 ケ艾にとってこの地は、彼女が心から望んでいた場所であった。

 

「肩が……かちこちなのです……」

 

「二人が拙者の下から離れて行ってしまって、また竹簡とにらめっこの日々でござる……」

 

 昼の休憩に入り、ケ艾は杜預と陳泰の二人と食堂へと向かっていた。

 もういい年をした女性であるケ艾であるが、今までに全く友達というものが居なかった。

 そんな彼女にとって、杜預と陳泰はケ艾との間に大きな年齢差があるが、初めての友達ともいえた。

 杜預は同じ文官で、同じ高官。仕事柄会う機会も会話をする機会も多い。

 武官である陳泰とは、職種が違うため接点が無くなってしまったのように思えたが、ケ艾が屯田の責任者となったことで、武官との関りが多くあった。特に陳泰は雍州の武官達の中でも抜きんでた実力を持ち、文武両道で名高く、将として抜擢されており、武官の代表でもあったため、屯田の打ち合わせ等で会う機会が多いのだ。

 三人はそれぞれ真名を交換し合っていた。

 ケ艾は莉莉(リーリー)

 杜預は笋(スン)

 陳泰は石蒜(シースァン)

 ケ艾にとって人生初の真名の交換であり、その喜びは計り知れない。そうして今でも二人との交流は続けられていた。

 日々の仕事は目まぐるしくとても忙しい。杜預の献策によりあらかじめ仕事が仕分けされた状態で割り振られるようになったのである程度効率化されたものの、その量は膨大。加えてケ艾は屯田に関する仕事を抱えており、川から新たな流れを曳く一大工事も控えている状態。

 悍ましい量の仕事を日々こなす彼女は、今までにない程大変生き生きしていた。能力があるから仕事を任される。献策を行えばそれを取り入れてもらえる。ケ艾は今の仕事が少しでも楽になれば次の献策を用意しており、その時を待ち続けている。

 

―――私、今人生で最高の時を過ごしているかも。

 

 仕事環境。職場や友人関係。決して手に入らないと思っていたものが、今ここにはある。

 

「お、ねーやん。良いところで会うたわ」

 

 三人の向かい側から歩いてきて、気軽に年上のケ艾に話しかけてきたのは李典だった。

 

「り、り、李典さん」

 

 ケ艾は李典という人物と、どう接していいかわからなかった。

 彼女は陳泰と同年代くらいであり、ケ艾の一回り年下。しかし彼女は武官でも文官でもなく、技術をかわれて西涼の君主である李?に直接声を掛けられた人物。現在西涼の主力産業である養蚕場や絹織物工場の責任者でもあり、ケ艾が行う屯田にも様々な絡繰の使用を提案してきていた。

 馬岱のように年下でも目上ならば敬語を使うのは当たり前である。しかし李典という人物は目上なのかどうかさっぱりわからない。かといって砕けた口調で喋るのもどうかと思い、ついつい敬語になってしまう。

 

「良い絡繰が出来てん。こう車輪に歯が付いててぐるぐる回る奴でな、土を耕すのにちょうど良え物が出来たんや」

 

 彼女の絡繰は、屯田を行うにあたり大変有用であった。農耕馬や農耕牛の代わりになる動く絡繰や、今こうして報告しているように土を耕す絡繰等種類は様々。かなりの労力を抑えることが出来るため、屯田の土地をより広くすることが出来る。

 しかし、現在のケ艾は馬岱の一つ下までの案件を処理する高官。

 そこには李典が絡繰の開発に使用する、莫大な費用を認可するかどうかの判断があった。

 そもそもにおいて李典は李?からどれだけ費用を使っても良い、という契約を最初にしているらしく、馬岱もそれを知っているとのこと。しかし一人の文官として、さらには雍州の財布を預かる彼女としては見過ごせない程の金額である。それも一回や二回ではない。毎回である。

 だがさきにも述べた通り、ケ艾は李典の絡繰の世話になっていた。そのため激しく悩みはするものの認可を下し、屯田の成果をより良いものにするために李典の絡繰をさらに投入する。

 一度はっきりと費用の削減を提案するべきだと思いつつも、ケ艾は流されている状態であった。

 

「李典さんなのです! いい加減費用を削ってやるのです!」

 

「うちはちゃんと大将から許可もらっとんやで? それにねーやんも認可してくれとる。な? ねーやん」

 

「え、え、えと……」

 

「莉莉さんも断ることを覚えるべきなのです! 確かに李典さんの絡繰が良い物であることは認めるですが、使い物にならない変な物が殆どなのです!」

 

「変な物やあらへん! すごい絡繰の間違いやろ!」

 

 李典の作る物は、杜預が言う様に何にも利用できないような物が殆どであった。しかし彼女という存在は雍州の産業全般―――養蚕場の設備や絹織物工場の設備向上や改善に不可欠なものであり、無暗に費用を抑えるという決断も出来ない。

 

「と、と、とりあえず現状維持で」

 

「さっすがねーやん! わかっとるなぁ」

 

「……」

 

 杜預からの恨みがましい視線を受けながらも、笑顔で去っていく李典をケ艾は見送った。

 しっかり者の杜預の方が、自分よりも年上であるような気がする一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冀州へと向かうことになった馬超は傷の具合も良くなり、動けるようになってはいたものの、兵の調練等の武官としての仕事には復帰していなかった。

 というのも、閻行がやたらと馬超に安静にしているよう言うのである。また、主治医として着いて来てくれることになった張衛も、傷が完全に癒えてから仕事をする方が良いというので、馬超は傷が完全に癒えるまで暇を持て余していた。

 彼女が訓練場へ赴くと、今までは考えられないような光景がそこにはあった。

 閻行が騎兵をまともに率いて訓練しているのである。

 何度も移動しながら陣を組んでは解散を繰り返したり、閻行が出す合図を正しく理解して動いているかを確認したり、そして一人一人の馬上での戦い方の指導をしたり。

 戦が終った後から、彼女は今までとは一転して兵の指揮や勉強に励むようになっていた。そもそも陣形の一つも知らなかった彼女は、時間があれば郭嘉の元へ向かい、軍略や兵法のいろはを教わっているらしい。

 今までの閻行を間近で見ていた馬超にとってみれば、とても感慨深いものだった。

 馬超は華雄の話を聞いて、大人になんてなりたくないと素直に思った。

 北宮伯玉はきっと昔、羌の統一を目指していたのだろうなと馬超は考えていた。そして大きな失敗をし、その夢を託す側に回ったのだ。華雄という若き日の自分に似た人物に。

 治無戴や李?と共に今日の統一を目指す華雄は彼女の遺志を継ぎ、北宮伯玉が示した大人になった。己の武名よりも戦における勝利。己の武名を失う事よりも仲間を失う事への怖れを取る。

 その話を聞くまで、馬超は考えもしなかった。

 一騎打ちを申し込まれたのなら受ける。日々鍛錬をして、鍛えた己の槍がどれ程世に通じるのかがそこでわかる。そういう単純なものとしてしか、考えていなかった。

 

―――子供、ね。

 

 視野が、一気に広がったような気がした。

 戦場に出て、敵将の元へ行き一騎打ちをする。あるいは突撃をして敵を打ち破り勝利を得る。そんな小さな視界でしか見ていなかった世界が広がる。

 勝利とはなにか。

 戦にはそれぞれ目的がある。城を落とすことであったり、敵将を討ち取ることであったり、あるいは敵を追い払うことであったり。その目的の達成が、最終的な勝利であることは間違いない。

 しかし、戦はたった一度行われるものではない。何回も、何日も、同じ場所で、同じ相手と戦い続けるのだ。そこでいう勝利とは、自軍と敵軍の損害の数だ。

 もっと広い視野。軍師が見るような戦の大局。馬超はそこまで広く見ることは出来ない。しかし、どのように兵を動かせば損害を減らすことかは、何となくわかり始めていた。

 そういうことを、考えなければならないのだ。将として。大人として。

 

―――良いもんじゃないよなぁ、やっぱ。

 

 馬超は戦が好きだった。純粋に戦う事が好きだったのだ。何も考えず、指示されるままに突撃し、敵を倒す。それが楽しかった。

 今はそんな風に楽しむことが出来ない。それではいけないと知ってしまった以上、考えるのが苦手な頭の中で色々と考えて、兵を動かしていかなければならない。

 華雄も、こんな気持ちだったのだろうか。

 初めて出会った頃の華雄はもっと、無邪気な人柄だったような気がした。激情家で、自信家で、打ち合う得物からも、もっと素直な感情が溢れているような気がした。

 いつの頃からか、彼女はまるで大木のように静かに構え、どこか飄々とした雰囲気の人物に変わっていた。北宮伯玉との出会いがあったのはその頃だったのだろうか。

 その頃の華雄は、どんな思いで戦をしていたのだろうか。

 馬超が率いる騎兵隊は、あくまでも仕事の付き合いだ。馬超の命令に彼等は素直に従うし、名前も一人一人覚えている。

 しかし華雄と麾下の騎兵達は共に暮らし、家族同然の者達。そんな者達を一人でも生き残らせるために試行錯誤して戦い、失った者達へ涙を流すことも出来ず、戦い続けてきた。心が折れそうになる事は無かったのだろうか。

 聞かない方が良かったかもしれないと、馬超は思った。

 聞いて、理解してしまったからこそ、自分も子供にはもう戻れない。

 ただ、自身が大人にはなりたくないと思ったが、閻行の姿を見ていると、ちょっとは大人も良いのかもしれないと思った。

 母である馬騰は言っていた。子供が成長し、大人になるのは素敵で嬉しいことなのだ、と。

 その気持ちは、良くわかった。

 結局馬超は閻行の調練が終るまで眺めていた。

 かなり長い時間だったが、色々と考え事をしていたこともあって時間が過ぎるのは速く感じられた。

 いつの間にか訓練場には兵士達の姿はなく、そしていつものように腰元の服の裾が掴まれている感覚があった。

 

「お疲れ。燈」

 

「ん」

 

 あの戦が終って以来、歩けるようになった馬超の背後を、閻行はよく付いてくる。馬超は隣に並び手を繋いでもいいのだが、閻行は何故か馬超の服の裾を片手で掴み、背後を付いてくるのだ。

 別に悪い気はしなかった。

 今までのように、視界に入らないどこか遠くへ一人走って行ってしまうよりは、こうして傍にいてくれた方が安心する。

 とは言え、厠だったり、包帯の取り換えだったり、寝る時であったりもついてくるのはいささか度が過ぎているのではないかと思っていた。

 最近の閻行は余り我儘を言わず、馬超の言葉にも素直に従うのだが、これだけは何度言ってもやめようとはしない。

 

「飯でも食いに行くか」

 

「ん」

 

 馬超は背後に閻行を連れて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ?州の統治へ赴いた程c、馬騰、韓遂。

 三人はまず?州の北側―――朔方、五原、雲中の三つに兵力を集める事にした。

 この三つの郡は、匈奴や鮮卑に隣接している地域で、まずはそこの守りを固める事から着手していた。

 現地でまず最近起こった侵攻や、普段どれくらいの頻度で侵攻してくるのかという情報も集めていた。

 そのうちの一つに、匈奴が全く攻めてこなくなったという話があった。

 これは程cや郭嘉の想定通りであり、匈奴統一へと治無戴が向かった効果が出ているようであった。

 そのため対鮮卑の守りを重視するため、馬騰と韓遂両名は?州の北東側―――雲中側に待機することになった。

 

「なんだかすごく久しぶりな気がするわ。隣が鮮卑だなんて」

 

「だなぁ。姉妹と一緒に、毎年のように鮮卑と戦っていた」

 

 涼州を治めていた馬騰と韓遂。

 二人は羌からの侵攻の他に、鮮卑からの侵攻もたびたび受けていた。二人はその度に討伐へ向かい、退けてきたのだ。

 李?らと行動を共にするようになり、涼州を離れていたため、こうして?州で再び鮮卑が間近になるという状況は、懐かしさすら感じるものだった。

 

「あのやろうはまだ現役だと思うか?」

 

「でしょうね。檀石槐。治無戴も鮮卑へ向かえば必ずぶつかるはず」

 

 羌の勇といえば北宮伯玉。

 そして鮮卑の勇といえば、檀石槐その人である。

 馬騰や韓遂らよりも年上で、もうかなりの年齢だろうに彼女はいつまでも侵攻の最前線に現れていた。

 

「ま、オレ達に今できるのは待つことだけさ。次の戦まで。そして治無戴の事も」

 

「そうね……今は出来ることをしましょうか」

 

 二人は兵士たちの元へ向かい、日々の調練を行う。

 次に当たるは冀州の南―――魏の曹操と聞いていた。そしてその曹操の周辺で、何やら動きがあるということも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽州に赴いた李?一行。

 劉虞はさっそく烏桓の丘力居と接触を図る為、少しばかりの供と土産を持って出立した。

 李?は遊牧民の烏桓という存在をかなり勘違いしていた。

 その地は羌のように草原が広がり、世界を一望できるかのような広い場所であると思っていたのだが、全く違ったらしい。

 劉虞が言うには、烏桓とは烏桓山と呼ばれる地域を縄張りとしている部族で、云わば彼らは草原の民というよりも山の民。山の中で狩猟を行う狩猟の民なのだという。

 森の中に切り立った崖や山壁などが目につく土地で、平地が少なく人口を増やしにくい地であるとも。

 そのため劉虞が丘力居に会い、幽州へと連れてくるにはかなり時間がかかるといっていた。無論、承諾したが。

 劉虞が出立し、残された華雄と李?。

 華雄は幽州の兵と、連れて来た騎兵を合わせて調練をしており、かなり忙しく日々を過ごしている。

 そして李?はというと、しばらく書簡を処理していたものの、突然筆を置き、腕を組んで目を瞑った。

 

―――何で自分はこんなに長い時間政務をしているんだ?

 

 それは悟りに近かった。

 突然彼の頭の中に降り立った疑問。

 

―――雍州でこんなに政務をしていただろうか?

 

 彼は記憶を蘇らせる。日々政務は確かに行っていた。そこに怠慢など無く、しっかり真面目に行っていた。しかし量が圧倒的に少なかった。今との違いはそれだと彼は確信した。

 何故こんなに処理しなければならない案件が多いのか。

 よくよく考えてみれば、今までは郭嘉や程c、手が空けば馬騰や韓遂も政務を手伝ってくれていた。

 つまり人手が足りなかった。

 戦後処理という事もあり、一時的に処理しなければならない事項が増えているのは仕方が無いとして、本来李?が判断するような事柄ではない物も多く混じっているのだ。

 

―――蒲公英に、雍州の文官を手配してもらうよう文を出すか。

 

 彼は軽い気持ちで馬岱へと文をしたためた。

 その手紙は後日、呪いの手紙となって李?の元へ送られてくるのだが、この時の李?は知る由も無かった。

 

説明
短め日常。
華雄さんがお強い小説だけど空気だしもはや概念になってしまう。
オリキャラの真名は出来るだけ原作の特色に沿ってます。
東の出自の人は花とか植物の名前。
涼州、雍州の人は一文字。なお馬岱さんだけ三文字。どういうこと。
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