ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第10話 |
「マっさんは誰推し?」
「……おし?」
真剣な顔で見つめられ、開幕聞かれた問いに俺は疑問の声しか上がらない。
ここは2年生の教室の一角。
丁度放課後でもうみんな帰ったか部活に行ってるかで、俺達の他には誰もいなかった。
机を向き合わせてその周りに座るのは俺を含めて三宅さん、山本さん、原紗さんというμ’sファンクラブの会員、計4人。
「……というか、そもそもさ。なにか大事な話があるからって、ついてきたんだけど?」
あれはそう、俺が放課後の校内の見回りをしていた時の事。
『マっさん!』
『三宅さん? なに、どうかしたの?』
『すごく、すっごく大事な話があるの! ここではちょっと話せないっていうか……だからお願い、ついて来て!』
こんな感じで三宅さんがやってきて、真剣な面持ちでそう言ってきた。
なにか問題があったのか、それは俺に対処できることなのか。
不安はあったけどせっかく頼りにされてるのだから、一先ず行くだけ行ってみようと思いついて行くことにした。
……結果これである。
「え? 大事な話ですよ?」
「そうそう、これ私達ファンクラブにとっては大事な話に他なりません!」
「誰推しかそれぞれが打ち明け、お互いに話し合うことで、さらに深まっていくファンクラブの仲。ひいては彼女達の、μ’sの応援に対するモチベーションの高さにも関わってくるわけです」
「……そういうものか?」
首を傾ける俺に3人してうんうんと頷いているのだから、多分そういうものなのだろう。
よくわからないけど。
「それで、“誰推し”ってどういう意味だ?」
「……あー、そこからかぁ」
「えー? マっさん、そんなこともわかんないの?」
「勉強不足ですよ?」
「え? あぁ、うん……ごめん?」
何が悪いのかよくわからないが、つい謝ってしまった。
3人とも呆れたように、だめだなぁとでも言いたげに首を振っている。
(“誰推し”って、知ってて当たり前の事なのか?)
皆の反応を見るに、どうやらそのようだ。
もしかしたら近ごろの若者特有の言葉かもしれないけど、彼女達が言うからにはスクールアイドル、もしくはμ’sに関わってくることなのは間違いない。
なら確かに俺の勉強不足なのかも……
「ず ば り! マっさんはμ’sの中で誰が一番好きなのかってこと!」
「……は?」
「もしくは誰を一番応援してるのかってことですね」
「……あぁ、そういう」
少しの間、頭の中で彼女達の言葉を吟味し、ようやくその意味を理解した。
別に勉強不足で知らなくても問題なさそうな言葉だということも。
「それで、マっさんは誰推しなの?」
「あ、やっぱり聞くんだ」
「もっちろん!」
「……うーん」
腕を組み考えこむ。
短い時間の中であれこれと頭の中で思考をめぐらす。
そして考えた結果。
「……それじゃあ……俺は仕事があるからそろそろ」
「まあ、待ちましょうか」
そそくさとその場を退散しようと立ち上がる……ことはできなかった。
両端から三宅さんと山本さんにガシッと腕をつかまれて、立つ寸前のところで止められる。
「……離してくれない?」
「仕事も大切だけどー、たまには休まないと体に悪いよー?」
いつの間に後ろに回ったのか、原紗さんが俺の両肩に手を置いて力を籠め、座らせようとしてくる。
「い、いやぁ! そうは、言うけど、ねっ!」
「「「まぁまぁ!」」」
なんとか立ち上がろうとするが、そもそも今の態勢が俺にとって不利だった。
まるで空気椅子をしてるかのような態勢で止められたものだから、バランスも悪く本来の力が出せない。
なんだか太腿がちょっとプルプルしてきた。
まるで運動部がやりそうな負荷トレーニングをしてる気分だ。
結局、足の限界がきた俺はあえなく椅子に座り直されてしまった。
不利な状況であったとはいえ、女の子に力負けしたのが少しだけ悲しい。
「……はぁ」
若干諦め混じりに項垂れる。
どうせまた立ち上がろうとも彼女達の今の連携を見るに、きっと失敗してしまうのだろうということは目に見えていた。
項垂れる俺を見て観念したと思ったのか、3人とも改めて席について俺に注目する。
「それで?」
「さぁさぁ」
「とっとと吐いて楽になっちゃおうよー♪」
「えっと……じゃぁ、皆で」
「そんなの私達も同じだから!」
「仮にも“μ’sを応援し隊”を名乗ってるんだから、当たり前だね」
「えぇ……」
無難に答えてはみたけどダメ出しを受けてしまった。
「皆を応援してるけど、その中でも「この子が!」っていう子がいるのがファンっていうものでしょ? ちなみに私は穂乃果よ」
「私は海未ですね」
「私、ことりちゃん!」
2年生組の名前が列挙されていく。
同学年でよく知ってる友達だからということもあるのだろう。
というか、これは皆も言ったから今度は俺の番という流れだ。
「「「そ れ で?」」」
「……えーと……そうだなぁ」
顧問的に「あの子が一番!」という考えを持つのは、その子に肩入れしてるみたいであまりいい気はしないのだけど。
別に曖昧に言葉を濁してもいい気はするが、それだと正直に言った皆に悪い気もする。
だから彼女達の問いに対して、俺なりに少しだけ真剣に考えてみることにした。
「……ことりちゃん、かな?」
「ほう」
「ふむふむ」
「おぉ!」
考えてみた結果、俺は一番最初に頭に浮かんだ子の名前を素直に言うことにした。
ことりちゃんは小鳩さんの娘ということもあり、小さい頃から付き合いがある。
一時期は家庭教師の様な事もしていて、最初は避けられ気味だったけどしばらくしたら打ち解けることもできたし、少なくともことりちゃんからも嫌われてはいないはずだ……たぶん。
そんなわけで、本音を言ってしまうと、多少はことりちゃんを贔屓目で見てしまっている所もあるにはある。
だから俺がμ’sの中で誰が一番好き……いや、応援してるのかと言えば、やっぱりことりちゃんになるだろう。
「そっかそっか。マっさんはことりの脳トロボイスにやられちゃったわけね」
「の、脳トロ?」
自分の考えを纏めていると、またよくわからないことを言ってきた。
今度はなんなんだと俺は怪訝な表情を浮かべる。
―――ガシッ
「へ?」
「わかる、わかるよ! ことりちゃんの声聞いてると、なんか幸せな気持ちになってくるよね! なんというかほんわかしてくるというか、もうなにされても許しちゃうっていうか!」
「え? あ、あぁ、そう、だね?」
まるで仲間を見つけたというように、喜んで手を握ってくる原紗さん。
彼女を見ていて、少し前にこれと似たような状況になったことを思い出した。
小泉さんと似てるんだ、この子。
流石に小泉さんほどではないと思うけど、雰囲気がアイドルを語る時の彼女に似ている気がする。
あの時のことを思い出して内心やばいと感じ、やんわりと手を離そうとした……が、その手はがっちり握られていて全然離せなかった。
いや、力を入れれば離せるだろうけど、流石にそれは女の子相手にむきになり過ぎじゃないかと思うし……。
「えっと、あのさ? とりあえず、手を放してくれない? 原紗さん」
「もうっ、苗字呼びなんて水臭いよ! 私たちの仲じゃない! ミカって呼んで!」
「え、いや、それは」
「あー、そういえば前から気になってたんですよね。名前でいいって言ったのに、全然呼んでくれないし」
気になる話題だったらしく、三宅さんが話に入ってきた。
見ると山本さんもうんうんと、三宅さんに同意するように頷いている。
「じゃあ、これを機に苗字呼び禁止ってことにしちゃう? μ'sも先輩禁止令出してるし、わたし達もそれに倣ってさ」
「いいねいいね!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
彼女たちの中だけで話がまとまりそうになっているのを見て、慌てて止めにかかる。
俺の慌てようにきょとんとした顔でこちらを見る3人。
「どうしたんです? そんな慌てて」
「私達、何か変なことでも言いました?」
「あ、わかった! マっさんも、わたし達にあだ名付けたいんだ!」
「あぁ、なるほど」
「それならそうと、言ってくれればいいのに」
「いや、それはないから」
そもそも俺は誰かを呼ぶ時、基本的には「苗字+さん」で呼ぶようにしている。
いつからかは忘れたけど、小さい頃からの友達やある程度親しい人以外だとそう呼ぶようになっている感じだった。
あだ名で呼んだことあるのなんて、それこそ小さい頃の友達で2、3人くらいだろう。
会ったばかりでよく知りもしない人に、いきなり馴れ馴れしく名前呼びだったり呼び捨てだったりするのは、俺としてはどうにも抵抗がある。
……特に深い理由のない、ただの俺の気持ちの問題でしかないのかもしれないけど。
「まぁ、それはともかく。ほら、りぴーとあふたーみー! ミカ!」
「……え、えっと」
「マっさん、ミカだよ? みーかー!」
「……み、ミカ、ちゃん」
「ぐっど!」
ズズイと至近距離に顔を近づけてくる原紗さんに根負けし、とうとう名前で呼んでしまった。
原紗さん、いや、ミカちゃんは名前を呼ばれて満足したらしく、満面の笑みを浮かべて頷いていた
「それじゃ、あたしも名前でお願いします。あ、名前覚えてますよね?」
「……はぁ、覚えてるよ。ヒデコちゃんでしょ? で、そっちがフミコちゃん」
一人を名前で呼んで、二人だけ苗字呼びは流石に通らないだろう。
観念した俺は残りの二人の名前を呼んだ。
苗字で呼んでいた時と同じようにさん付けにするか少し迷ったけど、見る限り嫌そうには見えないからこれでよかったのだろう。
「よし! それじゃ、今後はマっさんは名前呼びを意識していくってことで! 改めて我らファンクラブの活動、会員同士の交流会を続行しよう!」
「「おー!」」
「……交流会だったんだ、これ」
そんなことで、ヒデコちゃんの号令で交流会は再開された。
(……というか、いつになったら手を放してくれるんだろう)
ミカちゃんが俺の手を掴んだままヒデコちゃんの号令に応えるものだから、俺と手を繋いで仲良く腕を上げている形になっている。
これ、誰かに見られたら恥ずかしいんだけど……。
その後、彼女たちとの交流会は5時過ぎくらいまで続いた。
仕事が途中だったのを忘れて参加してしまった俺は、慌てて残りを片付けて事務室に戻ると、待っていたのは弦二郎さんの微笑まし気な笑み。
「生徒たちと打ち解けてるようで何よりです」と言われた。
どうやらミカちゃんと一緒に腕を上げているところを見られていたらしい、なんだかすっごい恥ずかしい。
仕事そっちのけでファンクラブに参加してたことを怒られた方が、まだマシな気がした。
◇◇◇◇◇
直樹がファンクラブの交流会に参加している時間帯、場所は変わってアイドル研究部の部室。
今日はみんな用事があるということで早めに練習が終わり、帰る前に部室に荷物を取りに戻ってきていた。
ことりだけは途中でお手洗いに寄るため、皆よりも少し遅れて今部室に戻ってきたところだった。
しかし、戻ってきたことりは何やら機嫌がよさそうにしている。
ともすれば今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらいに。
そんな様子に違和感を感じた穂乃果は、ことりに疑問の声を投げかける。
「あれ? ことりちゃん、来るときに何かあったの?」
「? 別に何もないけど、どうしたの?」
「……うーん、気のせいかなぁ? なんかことりちゃん、すっごく機嫌がいいような気がするんだけどなぁ」
「そうかなぁ? あ、でも……ふふ、やっぱりそうかも」
自分では気づいていなかったのか、穂乃果から聞かされて今初めて分かったようだ。
ことりは穂乃果の言葉に少し考え、笑みを零しつつ肯定する。
「あ、やっぱり何かあったんだ。ねぇ、何があったの?」
「んーと……内緒、かな?」
「えー! もったいぶらないで教えてよぉ!」
「えへへ♪ 内緒だよ〜♪」
他のメンバーもことりの様子に気にはなったようだが、今は穂乃果とことりのじゃれ合いを見ている方が面白いと思ったらしい。
自分たちの片付けの片手間に、二人を微笑まし気に眺めていた。
(……直樹お兄さん、それに皆も。私にも応援してくれる人がいるんだよね。うん、これからもたくさん頑張ろう!)
穂乃果が何とか聞き出そうと頑張っている時、ことりの中に浮かんでくるのはさっき教室を通りかかった時に聞こえてきた直樹たちの話。
今ことりの中にあるのは、皆が応援してくれていることへの感謝、そして喜び。
それはこの場にいる誰もがきっと同様に持ち合わせているだろう、何ら隠す必要のないことのはずだ。
しかしことりは、今だけはこの気持ちを自分の胸の中で大事に仕舞っておきたかった。
それこそ幼馴染で最も仲のいい穂乃果や海未にも内緒にして。
『……ことりちゃん、かな?』
(……ふふ♪)
あの時こっそりと聞いた、自分のことを一番応援しているという直樹の言葉。
それが一際心地良い熱を持って、ことりの中に響いていた。
(あとがき)
神モブ3人組を名前で呼ぶ回でした。
正直この3人は、書いてて私も苗字だと誰が誰だかわからなくなる時がありましたから、どこかで名前呼びに変えたいと思っていました。
まぁ、年が離れてるとはいえ同じファンクラブ同士ですし、名前で呼んでも問題はないかなぁと。
さん付けか、ちゃん付けかは結構悩みましたけど。
個人的に中学生くらいまでならちゃん付けで違和感ないんですけど、高校生くらいになったらさん付けって印象があります。
ことりちゃんみたいに、小さい頃から呼び慣れてるなら別ですけど。
だけど、3人組にしてもμ'sメンバーにしても、ちゃん付けの方がしっくりくる不思議。
凛ちゃんしかり、にこちゃんしかり。
絵里ちゃんなんて役職的に生徒会長だし、みんなの中で大人びた感じがするのに、それでもちゃん付けがしっくりくるとか、ほんとどうしてなんでしょうね。
私だけかもしれませんけど。
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