ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第11話 |
―――その木の下で告白すれば、必ず恋が成就する
こういった色恋にまつわる伝説というのは、学校七不思議の定番の一つかもしれない。
何処で、何時流れ出したのかはわからないけど、いつの間にか生徒たちの間でまことしやかに囁かれてたりするものだ。
一昔前の恋愛物語ではありがちな伝説で、もはや使い古された感があるものだ。
それが桜の木だったり、一本杉だったり、昔からある大木だったりと種類は様々だけど、そのどれにも共通しているのは、その木が他の木と違って噂が立てやすい特徴を持っているということ。
かくいうこの音ノ木坂にも、中庭に少し特徴的な木があったりする。
それは校門のところと同じ桜の木なのだけど、他の木よりも一際大きく、この学校が始まった時からそこにあり続ける古木だ。
中庭にはいくつか木製のベンチが置かれてるが、その木の外構もコンクリートとレンガで作られたベンチになっている。
夏の暑い日には木陰で風通りもいいそこで読書をしたり、近くの自販機でジュースを買った生徒たちが集まってお喋りしてたりと、ちょっとした憩いの場にもなっている。
まさしく特徴的で、いかにも伝説が作られそうな木なのだけど……。
「そういった伝説って、聞いたことないな」
「それはまぁ、そうでしょうね。だって、ここ女子校ですし」
「……そだねぇ」
ある昼休みの時間。
中庭の落ち葉がちょっと気になって掃き掃除をしていた時、ちょうど暇だからと手伝ってくれていた絢瀬さんが苦笑で返してくる。
しかし確かにそれもそうだ。
女子高でそんな“恋愛が成就する木”の伝説なんてあっても仕方がないだろう。
そもそもの話、恋愛相手となる異性が入学してくることがないのだから。
いたとしても俺みたいに教職員としてで、まず恋愛対象にはならない相手だ。
……まぁ、恋愛において、必ずしも相手が異性だけとは限らなかったりする訳だけど。
「絢瀬さんもさ、結構モテるそうだよね」
「え? な、なんですか唐突に?」
「聞いたよ? なんか下級生に人気があって、ラブレターも貰ったことがあるって」
そんなことを東條さんが話していたと言うと、「希の奴〜!」と渋い顔をして、空いてる方の手で顔を覆う。
まぁ、人気があるのはいいことだ。
実際、絢瀬さんは俺から見ても綺麗だし、手足がすらっと長くてスタイルも良い。
今回みたいに掃除なんていう、面倒事の手伝いをわざわざ申し出てくれるほどに気遣いもできる子だ。
生徒会長という、人が憧れる定番の役職を押さえているところもポイントが高い。
部活で毎日のようにダンスの練習や体力トレーニングをしているから運動神経も抜群だし、生徒会長の仕事で忙しいというのに部活と両立させて妥協はしないし、真剣に取り組んでいる時の凛々しい表情なんて男の俺から見てもかっこいいと思える。
勉強だって毎回テストで上位にランクインしているという、正しく文武両道で品行方正。
そんな絢瀬さんだからこそ、同性にモテるという話を聞いた時も「なるほど」とあっさりと納得してしまった。
しかし絢瀬さんは、どこか不満気だ。
「えっと、慕ってもらえるのは素直にうれしいんですけどね? 流石に同性にモテても、その、なんというか……」
なるほど、絢瀬さんは普通に異性が好きなのか……いや、当たり前か。
普段から東條さんと仲がいいし、聞くところによると東條さんと一緒にいることも多いそうだから「二人ってそういう仲なんじゃ!?」という噂もあるのだけど、それは言わないでおいた方がいいか。
なお俺がそれを聞いたのは、μ’sファンクラブの子達からである。
女の子は恋愛話が好きだというのは本当らしく、同性同士だというのにすごくはしゃいでいた。
やはり女子高だからなのだろうか……。
「それにしても、この木も学校ができた当初からあるんだよな。こんなあからさまに特徴的で、伝説とかもつけやすそうな木なのに本当に何の話もないの?
たとえば……この木の下で勉強すれば学力が上がるとか、もしくはこの木の下で読書をすればその本の内容が夢に出てくるとか」
アニメや漫画とかでたまにそんな話を見るから、恋愛系じゃなくても何かしらあるんじゃないかとちょっと気になっているのだ。
絢瀬さんは俺の問いに、頬に人差し指を当てて少し考え込む。
「……うーん……無い、ですねぇ」
「……そっかぁ」
ちょっと残念だ。
何も無いと、それはそれで味気ないと感じてしまう。
たとえるなら卵かけ御飯を食べる時に卵をかけて、いざ醤油をかけようと思った時に醤油が無くなってて、仕方なくそのまま食べた時のような味気無さ。
卵かける前に気付けという話だよな。
「……ただ、最近になってなんですけど。こんな噂が流れてるんです」
「噂?」
「色恋のように素敵なものではないんですけどね。それは『3年後にこの学校が廃校になる時、この大木も力尽きて枯れてしまう』。そんな噂が少しだけ」
「ふーん。学校と運命を共にする木、もしくは学校と添い遂げる木かな? いやぁ、なんとも女子高生らしい、ロマンティックな話じゃないか!」
なにやらそれっぽい話が出てきて、少し心がホクホクする。
あまり聞かない類でちょっと珍しく感じるけど、そう言うロマンティックな話も嫌いではない。
「……ロマンティック。そうよね、普通だったらそう思えるのよね」
そんな俺とは反対に絢瀬さんは、どこか複雑そうな表情を浮かべて木を見上げていた。
7月に入り、周りの木々は青々とした葉を茂らせている。
そんな中でこの木の葉は少しだけ色が悪く、元気がないように見えた。
それを見て、俺はどうして絢瀬さんがそんな表情をしているのか気付いた。
(……そっか。噂が流れる切っ掛けが廃校問題だもんな)
しかも何とか廃校を阻止しようと、頑張って活動している最中に流れているということがまた辛いだろう。
その噂に加えてこの木の元気の無さを間近で見て、もしかしたら自分たちの頑張りも無駄に終わってしまうのではないかと、不安に感じているのかもしれない。
「……それじゃ、将来の音ノ木坂でロマンティックな伝説にするためにも、もっと頑張らないとだな」
「え?」
そんな暗い表情を見ていたくなくて、俺は咄嗟に口を開いていた。
「廃校の時が近づくにつれて、日に日に元気をなくしていく中庭の木。このままでは廃校になるのと同じくらいの時期に、この木は枯れてしまうかもしれない。
しかし! そこで立ち上がったのは9人のスクールアイドル、μ’s! 何とか廃校を阻止しようと、μ'sは一生懸命に活動を続けた! そして、ついに念願の廃校を阻止することができたのだ!
すると、どうしたことだろうか? 日に日に元気をなくしていっていた中庭の木が、音ノ木坂の存続が決まった日を境に、少しずつ元気を取り戻していくではないか。まるでその木が、音ノ木坂と運命を共にしているかのようだ。
これは中庭にある桜の木の、それはそれは不思議なお話し……っと。ま、まぁ、本当に元気になるかはわからないけどな」
そこまで一気に言いきって、「ははは」と乾いた笑いが零れる。
何というか咄嗟とはいえ、よくここまでスラスラと口から出てきたものだと、我ながら感心する。
そして遅れて恥ずかしさが込み上げてきて、少し顔が熱い。
だけど、本当にそんなことになったら、間違いなく伝説になるだろうという思いはあった。
見る限り本当に何時枯れてもおかしくないくらい古い木なんだろうし、仮に廃校を阻止できたとしても何も変わらないかもしれない。
変わらないどころか今よりもどんどん元気がなくなっていき、そう遠くないうちに枯れてしまうかもしれない。
それでも、もし本当に廃校を阻止出来て、この木も枯れることがなく、毎年変わらず綺麗な桜を咲かせ続けることができていたとしたら?
それはきっと音ノ木坂に通う女の子達にとって、うっとりするような素晴らしい伝説になるのではないだろうか。
そんなことを考えた俺は、なにを年甲斐もないこと考えてるんだと、また恥ずかしくなってきた。
「……そうですね。そうかもしれません」
「ん?」
「そんなロマンティックな伝説、かわいい後輩たちに語り継げないのはもったいないわ」
俺の話を聞いて、絢瀬さんは「ふふっ」と笑みを浮かべる。
見ると、さっきのような暗い表情はもうなくなっていた。
どちらかというと、やる気に満ち溢れた力強さを感じる。
「廃校なんて、させてたまるものですか。だって、私達はそのために活動してるんだから」
「……あぁ、そうだな」
μ’s、それはこの音ノ木坂の廃校を阻止するために、スクールアイドル活動を続けている9人の女の子達。
それぞれの内に抱える想いがまるっきり同じとは言えないかもしれないけど、それでも今彼女達は一つの目標に向かって一丸となって突き進んでいる。
もし音ノ木坂が存続することが決まり、さっき言ったような伝説が生まれるならば、μ‘sの名前もその伝説と一緒に後の世代に語り継がれていくのだろう。
(本当に、そうなればいいんだけどな)
「……そろそろ、休み時間も終わりですね」
「ん? あぁ、もうそんな時間か。絢瀬さん、手伝ってもらってありがとう。箒は俺が片付けておくから、午後の授業も頑張ってな」
いつの間にかそんなに時間が経っていたらしい、時間が経つのは早いものだ。
箒を受け取ると、彼女は軽く会釈をして早足で歩いていった。
「……廃校の阻止、かぁ。少なくとも、一クラス分以上の入学希望者がいないとだよな」
一人になってぽつりと呟く。
当たり前ながら1人や2人の入学希望者がいる程度では、廃校を阻止することは出来ない。
10人でもまだ少ない。20人でもやはり少ない。
一般の高校でも大体100人前後、有名校だと200人以上は入学希望があるくらいだし、せめて50人以上は欲しいところだ。
「とはいっても、ここ女子校だしなぁ」
さっき思い浮かべた数は、あくまでも一般的な共学の高校の話だ。
それが男子校、女子高となるとさらに入学希望者は少なくなってくるだろう。
しかも昨今では少子化が騒がれていて、全体的に入学希望者は減少傾向にあるというのにだ。
有名な男子校、女子校なら話は別なのだろうけど、音ノ木坂は特別有名校というわけでもなく、強みらしい強みといえば長く続いている伝統のある学校というくらいのもの。
「……共学、かぁ」
◇◇◇◇◇
「そこんところ、どうなんでしょ?」
「うーん、そうねぇ」
隣でワイングラス片手に、チビリチビリと味を楽しむように飲んでいる小鳩さんに聞く。
ここは俺が退職した日に、小鳩さんと一緒に酒を飲んだあの居酒屋だ。
結構好みに合った料理も多く、家からそう遠くない場所にあるということで、こうして時々通っていたりする。
小鳩さんとも同じ職場になってからというもの、今日みたいに帰りが同じくらいになった時に、時々一緒に飲んでいくことがある。
(……てか、人妻な小鳩さんが旦那とは違う男と二人きりで酒を飲む状況って)
一瞬、どこかの昼ドラのようだと思ってしまった。
ちなみに俺と飲んでいることは、旦那である空さんやことりちゃんも知っているらしい。
夕食は空さんも作れるから小鳩さんがいなくても大丈夫とはいえど、家族の団欒を邪魔してるようなものなのに、何も言われないのもどうなのだろう。
まぁ、空さんの場合は「飲むなら俺も誘ってくれよ! いや、ことりもいるし流石に居酒屋はあれだな。よし、うちで一緒に飲もう!」とか言って、むしろ率先して誘ってくるんだけど。
小鳩さんの弟のような関係だからって、俺も南家の一員と思われてる気がしてならない。
……それはそれで嫌なわけじゃないけど、なんだか少しだけ複雑な気持ちだ。
「……共学に関しては、考えなかったわけじゃないの」
「そうなんですか?」
「だって、廃校になりそうって時に、なりふり構ってられる状況でもないもの。私だって、思い入れのある場所が無くなるのは悲しいわ。だから何かできることはないかって、私だって色々考えてはいるのよ」
そう言って、小鳩さんはワインに口をつける。
しかし考えなかったわけではないけど、そこまで行かなかったということなのか。
「……女子高、男子校ってわけてるのはね、それなりに理由があるのよ。
それぞれの性別に合わせた取り組みができるっていう点、男子だけ女子だけの方が変に肩肘を張らずにのびのびと生活できるっていう点、異性間でのトラブルを極力避けられる点……他にもいろいろとあるけど、分けられているのはそう言う様々な利点があるからっていうのもあるの」
そういえば異性間でのトラブルは、共学校で起こる問題の中でも最たるものだと何かで聞いた覚えがある。
それに高校入学したての生徒だと、異性に興味がある子も多いだろうし。
恋人として付き合うことも一つの経験になるかもしれないけど、それ故に学生の本分である勉強が疎かになる可能性があるというのも、一つの問題と言えるかもしれない。
「それにね? 今まで男女別学でやってきたのに「廃校が近くなりました。だから来年からは生徒数を増やすために共学にします」なんて、そう簡単にできるものではないのよ?」
「あぁ、それもそうですよねぇ」
小鳩さんの言葉に、それもそうだと納得する。
男女別学から共学に変わった高校もあるけど、それだって長く検討してようやくっていう具合だろうし。
廃校になるのは困るだろうけど、だからといって急な仕様変更なんてしたら生徒達だってついて行けないだろう。
そもそも、親御さん方だってそう簡単に納得はしないだろうし。
「……入学希望者を増やすって、大変ですねぇ」
「そうよ〜? それにこれは音ノ木坂だけじゃなくて、全国の学校職員が頭を悩ませている問題だもの。そう簡単に解決する話じゃないわ」
「……少子化、ですか」
「そうなのよねぇ」
はぁ、と二人同時にため息が出る。
やはり、どこの学校でも人集めは大変のようだ。
そのせいで音ノ木坂も廃校問題が浮上してるけど、それはよその少数の学校だって同じだろう。
最近でも、いくつかの学校が統廃合したという話は聞く。
音ノ木坂もその一つになるかもしれないという、それだけの話と言えばそれだけなのかもしれないけど。
「それでも、うちは恵まれてるのよ? ここは都会だから田舎よりも人集めはしやすいし、それに……実を言うとね、前よりもまた入学希望者が増えてきてるのよ」
「えっ? そ、そうなんですか?」
「えぇ。まだ定員に至ってない状況だけど、廃校にするかどうか改めて話し合いが設けられている状況でもあるの。彼女達のおかげね」
「……そうですね」
彼女達、小鳩さんの言うそれが誰のことなのか、俺はすぐにわかった。
少しずつかもしれないけど、彼女達の頑張りはちゃんと成果を出しているようだ。
ほとんど何もしてない俺だけど、彼女達、μ'sの活動が周りにしっかりと評価されているということに、顧問としてうれしく思う。
「このままいけば、もしかしたら廃校を撤回することも夢じゃないかもしれないわね」
「そうなるといいですね」
俺はジョッキに半分になっていたビールをグイッと飲み干し、お代わりを頼む。
(あ、またあの店員さんだ)
この店に来てそこそこ経つが、あの日に来た時から毎度あの店員が働いているのを目にする。
まぁ、毎日来ているわけじゃないからたまたまかもしれないけど。
そういえばこの子の笑顔も、あの子達のように見ていて元気になるように感じる。
案外この子も、スクールアイドルとしての素質があるのかもしれない。
運ばれてきたジョッキに口をつける。
ゴクゴクと喉を鳴らし、半分まで一気にあけてしまう。
「……ぷっはぁ!」
酒がおいしい。
やっぱり気分がいいと、いつもよりおいしく感じるものだ。
「……直くん、いくらお酒を飲みに来てるっていっても、飲みすぎは駄目よ?」
「わ、わかってますって!」
小鳩さんがやれやれといった感じで注意してくる。
確かに最初に来た時に醜態を晒してしまったし、それ以来自制はしているつもりだった。
だけど、小鳩さんから見たら全然出来てないように見えるらしい。
それでも家で飲む時よりは、ペースは落としてるはずだし……でも、最終的にはべろんべろんになるまで飲んでる気がしなくも、ない?
(……俺って外で飲むの、向いてないのかなぁ)
「……ふふっ」
今の会話を聞いていたらしい店員の女の子におかしそうに笑われて、ガクッと肩を落とす。
「もう、若い子に笑われたくらいで、そう落ち込まないの。ほら、せっかくおいしい料理もあるんだし、温かいうちに食べましょ?」
「そ、そうですね、ははは……」
その気遣いがありがたいやら悲しいやら。
きっと小鳩さんからは、相変わらず出来の悪い弟のように思われてるのだろう。
それがまた少し悔しい。
(こうなったら、俺だってちゃんとした大人の男ってところを見せてやる!)
その後、酔っぱらってふらふらした足取りで居酒屋を出る俺は、小鳩さんに気を使われてタクシーでアパートの前まで送ってもらうこととなった。
……意識を失うまで飲んでなかったし、前よりは自制できていたと思いたい。
(あとがき)
今回の話は漫画版に出てきた話のやつです。
あれって、多分アニメとかでも出てきてたμ'sの子達も座ってたあの木のところなのかなぁと思ったり。
調べてみたらそういう何らかの伝説とかって、ちらほら見るんですよね、私の居た学校とかにはありませんでしたけど。
いったい誰が最初に思いついてつけたのやら。
で、今回もかっこ悪く酔っ払いとなってしまった主人公。
ちなみに私も主人公と同じく、酒を飲むときはめいいっぱい飲む方です。
だから基本、外では飲まないようにしてます、何か周りに迷惑かけることになったり問題起こしたりは嫌ですからね。
酒は味とかはよくわからないんで、毎度安酒でいい感じにぐでんぐでんに酔っ払ってます。
質より量な男、それが私です。
……小説は、はい、量より質を目指したい、です(震え声
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