グレーオブグレー 灰色捜査 |
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灰色の雨、土色の死
退屈な毎日、というのを忘れてどれほどになるだろう。
あの日々が懐かしい。
今は、この日々で、もう忙しいを通り越し、息をつく暇もない。
梅雨空というより、まだ冬の空のような寒空のもと、小田佐雅美(おだ・さがみ)巡査部長は、雨合羽姿で、崩れた遺体を覆うビニールのブルーシートを持ち上げ、その無念の死に顔を見つめていた。
「こりゃ変死で監察医行きだな。目立った外傷なし、この擦過傷は倒れたときに付いたんだろう」
佐雅美は強行犯係の大先輩、及川一郎(おいかわ・いちろう)警部の言葉に我に返った。
「第一発見者は印旛未来(いんば・みくる)、35歳男。川重への派遣会社員。ご遺体の身柄は名古屋航空宇宙システム製作所飛鳥工場・第13事業部の主幹、篠崎光(しのざき・ひかる)。33歳男。
これは第13事業部の上司と同僚が確認している」
わざと不自然なほど滑舌よく声にする。
「事業部のある飛鳥工場からコンビニに弁当を買いに行って、戻らなくて心配していたところ警察から連絡を受けて確認。
亡くなった篠崎さんはマイカーでこの名古屋港に繋がる梅之郷まで片道2キロ近くを車で移動し、名古屋環状2号線でこのコンビニ・エイトトゥエルブ名港梅之郷店の駐車場に入って、降りたところ突然倒れた。
第一発見者はその様子を目の当たりにしてすぐに携帯を使って通報、119番受理台が警察と救急を出動させ、その間に昼飯に来たトラック運転手たちが心臓マッサージをするものの、本日13時25分、救急隊員によって死亡が確認された、と」
佐雅美は今期から導入された捜査端末の音声認識機能で録音する。録音は署に戻ったらそのままテキストに変換されて捜査書類となる。また鑑識が撮影した現場写真も同じくデータとなり、署の愛知県警統合情報システムに入力される。
これはもちろん裁判員制度導入に伴う捜査の可視化のためである。
■
その署、名港湾岸署の情報システムオペレーションセンター、オペセンのオペレーターが、端末のカメラ機能で状況写真を撮る現場の巡査に撮影の画角を指示している。
オペレーターは巡査部長級の配置とはいえ、巡査部長は一般に知られているよりも遙かに優秀で、現場に回っている佐雅美たちは、彼らが正社員で、自分たちは現場のアルバイトのように思えてくるとぼやくしかない。
「もう搬送していいですか」と救急隊員から声がかかる。
この雨で、しかもまだ5月の連休の後で、冷たい海風に手の甲がきりきりと痛い。
「昼食に何で飛鳥工場の場内社員食堂を使わなかったんでしょうね。あそこといえば防衛庁や宇宙関連の装備品をあつかっているから、社員は丸抱えなのに」
そう聞きながらも及川警部は答えず、救急隊員を向いてうなずいた。
「まったく、こういうのもオペセンにお伺いを立ててか。平成の警察はまるでファーストフード店だな。オペセンがセントラルキッチンで、現場の俺たちはレンジでチンしてってか」
及川は全く佐雅美の声を聞いていないようにぼやく。
「それに工場のIDはあさられていないということは物取り、それもID関連をねらった線はないですね」
「ごちゃごちゃうるせえな」
なおも意気込む佐雅美の話を及川は遮った。
「おい、2時間推理ドラマじゃねえんだぞ。俺たちは物証の捜索と事情聴取のデータ収集が仕事だろ。推理は事件性を判断したオペセンの管理官が『なさる』んだ。
ああ寒い。速く見取り写真を撮って、引き上げるぞ。ほら、トラック運転手のみんなが封鎖で食事できずに困ってるだろ」
及川の視線の先のトラックの車列に佐雅美はうなずき、ほかの巡査たちと一緒にさらに現場写真を撮った。
■
「あと、オペセン様が一帯の監視カメラ、警備システムの状況を聞き出せと。くそ寒みーよ。何か俺が因業な事をしたわけでもねえだろ。イヤになるほど寒いな」
遺体を乗せたストレッチャーが収容され、救急車が出発する。
「死ぬんだったら、もうちょっといい季節まで待ってからでよかったのに」
警官たちは、及川警部の念仏混じりのその不謹慎な冗談には何も言わなかった。
何か言うよりも、あまりにも海風に乗った刺さるような雨が冷たく、こらえるのでいっぱいだった。
十分に現場を撮影し、立ち入り禁止がマークになった黄色いテープ、現場保存テープで作った封鎖線を解いた。
「湾岸11、周辺の捜索を続けます」
パトカーの中に入った及川が報告をしている。
「湾岸オペセン了解。続いての所要のデータ収集について送信する」
「湾岸11、受信した」
捜査端末はスマートフォンを警察無線機周波数にも対応させたもので、警察手帳の代わりにもなる。
裁判員制度時代の捜査の道具として鳴り物入りで導入されたモノだ。
その端末のマイク穴をふさいで、及川警部はぼやいた。
「現場をもっと歩けだとさ」
佐雅美もため息をつきながら、及川がパトカー車内に置いてあった肉まんを黙礼して受け取り、かぶりついた。
佐雅美はもう女であることを強行犯係に配備されたところで捨てる気分だった。たしかに署内では合気道では一番をとっているだけあって、どうしても付いてしまった筋肉が体重になって女心に滅入ることがある。
故郷の岐阜の両親を心配させまいと婚活と思って男とつきあっても、裸を見せれば『ガンダムみたいな身体だね』と笑われ、不愉快をこらえるのにとても苦労する。
確かに胸も腹部も足も筋肉だ。高い背も彼らにとっては不自然だろう。
それだったら、今の彼氏に競泳水着を着せられて一緒に市民プールで泳ぐ仲がずっと幸せだ。
それすらも今は忙しくてさぼり気味だが。
雨がパトカーの窓ガラスをびたびたと叩く。降雨はさらに強まる一方だ。
「くそ、物証が洗い流されちまうな」
佐雅美もうなずく。
雨はいつも捜査の邪魔だ。
「湾岸11、昼食休憩」
『ごくろうさまです』
オペセン、オペレーションセンターの管理員がねぎらい、これで端末のLINKランプがグリーンからレッドに変わった。
数少ないプライベートな休憩時間だ。
■
「で、婚活の進捗状況は? 市民プールで競泳水着でエクセサイズか。マニアだな」
「セクハラですよ。そんなんじゃないんです。あくまでもスポーツとしての水泳だったんですから」
「彼氏は図書館職員か、まさか推理マニアじゃないだろうな」
「彼は推理は嫌いって言っていました。でもトラベルミステリで少年時代を」
「じゃあ推理マニアじゃないか」
「あれは電車が好きだったから」
「じゃ、テツか」
「そうかもしれません」
二人はパトカーに持ち込んだ温蔵庫の中からそれぞれ缶コーヒーを取り出し、こごえた指を缶で暖めた。だが指の皮膚はやけどしそうなのに、骨が冷え切っていて痛いほどだ。
「女子の先輩は県警本部とかのキャリアと結婚しろっていってたろ」
「ええ。みんなそうやって出世レースのサラブレッドに乗りたがるんです。でも私はそんなのどうでもいいんです」
「ほー。お前さんが惚れたんだな」
及川がようやく顔をゆるめた。
「いい奴なんだろうな。それもとびきり」
「車出しますよ」
佐雅美は照れ隠しに車のスタートボタンを押した。新しいパトカーのハイブリッドシステムが起動する。
■
「お前さんは人に恵まれているよ。縁は大事だぞ。犯人だろうが、被害者だろうが」
佐雅美は深く頷いた。この先輩は何気ないこういう一言一言に裏付けがあるベテランだ。
「監察医務院にご遺体がついた。これから司法解剖になる。まあ、事件性は無しだろう」
及川先輩はそう言った後、ぼそっとつけくわえた。
「ボンクラだったら、これでケリをつけるだろうが、これですむはずがない」
「すまないのなら、やはり事件性は」
「運転。車出して。午後の渋滞に巻き込まれるぞ」
及川はこうやって、いつも佐雅美をはぐらかす。
だがそれも、定年が近づいた及川が、着任して間のない佐雅美に強行犯係としてのさまざまな技術と眼を少しでも教えようとしてのことなのだ。
今も、少しでも監察医にいい状態で遺体を見てもらうためなのだ。
佐雅美、と呼ばれて、はいと気を入れて答えると、こんな答えが返ってきた。
「今度の開署祭のレースクイーン役、頼むな。衣装は買ってあるから。グッドリッチ2007年の衣装。お前さんには似合うぞ」
こんな具合でいいんだろうか。
佐雅美は、こうして時折、不安になってしまう。
■
監察医の所見も、ほかの捜査情報とともに県警情報システムにアップロードされた。
システムにはすでに遺体となった篠崎の上司と同僚への聴取内容がアップされている。
このシステムのため、捜査本部を作らずとも情報を共有できる。
上司と同僚の話す社内での位置づけは、航空機用新材料開発の開発スタッフだという。
サンプルにと渡された彼の開発した合金の資料は、米ボーニング社のドリームライナーと呼ばれる新型機を軽量化・強化するには欠かせなかったと言うが、開発がちょうど終わり、次の開発まで社内待機に近かったという。
監察医の所見では、死因は心臓麻痺という。
取り寄せたかかりつけの病院のカルテには胸痛を訴えての通院で、一度は肋間神経痛ということで大事にはならなかったらしいのだが、最後の診察では精密検査を受けている。
その結果、監察医は心臓発作の疑いが大きいとしている。
「これ、遺留品情報に身辺整理のあとがあるな」
佐雅美はそれにもかかわらずの及川の言葉にびっくりした。
死は予期されたものなのだ。
「まあ、俺の見立てだが、県警上層部は事件性なしで終わらせるつもりだ。まあ、そういうことだ」
昔から事件性の疑われる変死がこうして処理されることは多かった。
特に今回は監察医の所見にも、少なくとも不審はない。
だが、及川は何かを感じている。
なんだろうと運転しながら思う佐雅美の隣で、捜査端末の呼び出し音が鳴った。
「なんか、名古屋に東京からエライ人が来るらしい。迎えに行けって」
「なんでしょう、えらい人って」
及川は息を吐いて、うなって、コキ呼気と肩をならしてから、ぽつりと言った。
「この事案は特命係扱いになる」
■
「やっぱり名航、名古屋航空センターの社員の事案として捜査するんですか」
「そんなに噛むように話すなよ。とはいえ、まあそれか、あるいは例のパターンだろう」
「公安捜査ですか。今流行の」
二人ともぐっと思いをこらえた。
最近の公安部は、もう日本の警察行政のなかでは、秘密警察に等しい。
「国策捜査でもある。これまでも何人もの世の中で目立つ人物が捜査を受け、地検特捜で起訴されている。
まあ、地検特捜も質が下がったがな。特捜が立件したのに執行猶予がつくなんて地検の恥もいいところだ。
とりあえず署に戻って風呂入って着替えるぞ。こう寒くちゃ、俺、余裕が無くてそのエライお方にケンカ売るかもしれない」
本当ですかと聞きかけた佐雅美にかまわず、及川は叫んだ。
「あー、くそ寒い。もう初夏になってもいい頃なのによ。寒みーのは苦手なんだ」
二人を乗せたハイブリッドパトカーは名港湾岸署の地下ガレージに入った。途中の監視は自動化され、いま立哨の制服警官がいるのは署の玄関だけだ。
だが、それでもガレージの入り口には、警備システムと連動し、自動的に持ち上がって段差のバリケードを作り、自動車爆弾がつっこんでの自爆テロを防ぐ仕組みが作られている。
対テロの時代が、この新しい警察署にはすでに組み込まれているのだ。
■
警察署の風呂は当然男女別である。警察署は独身者寮と繋がっていて利用するかわりだけで無く、いつも遅番明け番日勤の警官が、帰宅前に仕事の汗を流すのに風呂は重宝する。
それだけ仕事の汗でどろどろになるのだ。
この名港湾岸署は、とくに「東京の例のものすごく有名な湾岸署」を視察した当時の県知事が興奮して作ったと揶揄される「空き地署」だが、向こうは今はお台場に汐留と観光スポットの署なのに対し、こっちは名古屋水上警察署から分離独立化されたとはいえ、管内は徹底的に埋め立て地、コンテナヤードの殺風景な風景が広がる、愛知県警でもっとも辺鄙な、真の「空き地署」だ。名港トリトン、ポートメッセなごやと作ったが、メッセのほうは結局は箱モノ以上ではない。水族館や海洋博物館、ボートパークもあるが、どうにも殺風景な港の水面の色のせいか、いまいち海を満喫する気になれないのが正直である。
一時それも「愛・地球博」でもりあげようとしたが、この名古屋港の埋め立て地、金城埠頭にはなにも影響がなかった。
■
管内には河崎重工・八橋自動車・八橋重工航空センターと大きな工場があるものの、彼らはみな自衛消防隊と警備会社の高度な警備を受けている。
この署の創設をブチあげた当時の愛知県知事は、例の二大政党制とやらの醜いネガティブキャンペーンで選挙に負け、次の現知事は財政改革を旗印にこの名港湾岸署の合理化、早い話が閉鎖の方向の検討を始めているらしい。
期待はJR東海の鉄道博物館ができるという噂だが、しかしそれもまた隣の所轄署の敷地内だと皆は落胆している。
しかし、こんなところでも、佐雅美の彼にとっては愛すべき街らしい。
確かにようやく第2東名・名神道路ができたり、あおなみ線が開業したりというトピックはある。
当然出張で来る「エライ人」は新幹線だろうと思い、スーツに着替え、名古屋駅に行く前にオペセンをのぞいていく。
事件はこのオペセンでも起きる。オペセンは例のドラマにあった会議室ではないのだ。
視線をさっと走らせると、オペセンのオペレーターがかるく目礼する。
同じ巡査部長、いずれ経験を積めば佐雅美もあの席に座るかもしれない。
ただ、そこまで何足のスニーカーを履きつぶすことになるのかわからないが。
そのとき、署内が騒がしくなった。
佐雅美が耳を向けると、なんとそのエライ人、警察庁警視・大倉瑚珠が署に自前の車で乗り付けてやってきたのだった。
■
署内は混乱に陥った。
警察庁といえば各県警の連絡調整機関だったはずが、今では国家警察と上位にあることになったのだ。官邸への機能集中の一環であるらしく、警察庁と聞くだけで皆、正直な話、雲の上だなと思うのだ。
あわてて署長以下各課長が挨拶にエレベーターホールに走っていくのが見えた。
「ここまであわててどうするんだよ」
及川警部はあきれていた。
警視の出迎えと言うことで、エントランスに課長たちが並ぶ。
その車寄せでは彼女の乗ってきたのだろう黄色のRX-7FDが、担当の警官によって駐車場に回送されていく。
警視の出迎えに並ぶ列に加わった佐雅美と及川の前に、言葉通りに颯爽(さっそう)と現れたのは、同じ人間とは思えない女性だった。
黒のスーツにブリーフケース、高いヒールに高い背丈、そして、これを凛々しいと呼ばずに何をそう呼ぶというような顔つき。
まるで宝塚を引退して女優になった女性のような、男というには優しすぎ、女というには眼力が強すぎる、あらゆる面で器の違いを見せられるような女性だった。
「警察庁広域捜査企画課の大倉瑚珠(おおくら・こだま)です。特命係の設置を警察庁長官の発令で受け、出頭しました」
存外に優しい声で、瑚珠は付け加えた。
「なにかとわからない名古屋の所轄事情ですが、私には長官からの特命権限があります。あなたたちの捜査を理解するには時間がかかりますが、あなたたちのやりたいことはできるだけ上層部に上げて協力します」
は、と佐雅美は理解できなかった。
「わからないかな。要するに、私は『葵の印籠』だから、使えるだけ使って、ってことです。その覚悟でここに来ました」
及川は大きくうなずいた。
佐雅美も遅れて気づくとともに、こんなすごい人がまだ警察にいることが、すこしずつこみ上げるように嬉しかった。
「県警本部は事件性を否定しているし、名港湾岸署刑事課長は捜査終了の書類を書かされています。これではもう捜査は無理です」
佐雅美は名航湾岸署のなかで、婦警の案内した会議室に瑚珠と及川とともに入った。
「大丈夫。警察庁は広域捜査を研究する上で、所轄の捜査員を一本釣りして特命任務に就ける法律改正をやっている」
瑚珠の美しい声が響く。
「それはちょっと、初耳なんですが」
「例によって改革との抱き合わせで通したんです」
瑚珠はそういいながらコーヒーを入れようとするが、佐雅美がすぐに代わって給仕を始める。
えらく低姿勢の警視だな、と佐雅美が思うと、瑚珠はプロジェクタパネルとモバイルPCを接続しながら、歌うように答えた。
「だって、私だってあなたと同じ、所轄出身のノンキャリ刑事だったんだもの」
それはありえないことだった。キャリア、国家公務員1種試験をパスして入庁した有資格者の外がこの年齢で警視になるのはほぼあり得ない。
「まあいろいろあったけど、それは追々話すとして」
瑚珠はちょっとディスプレイの見え方を調整している。その間に及川は捜査端末からのデータをまとめている。
「なかなかいいチームになれそうね。これだったら公安経由の圧力を跳ね返せる」
瑚珠は息を吐き、ほほえみかける。
「すごい圧力ですものね」
佐雅美が同意するのを受けて、瑚珠はプレゼンソフトを使った。
「今は電子化・可視化捜査の時代だから、昔みたいなホワイトボードは使わなくても情報共有と言うことになっている。
まず事案を整理したのがこれ」
マウスポインタが、プロジェクタ上の一つの情報ブロックの上をくるくると回る。
「所轄と機捜、機動捜査隊の初動捜査はぬかりなかった。
容疑者の目撃情報はなく、突然倒れたとの第一発見者証言を裏付けるように、コンビニの防犯カメラ3台に記録が残っている。
1台はコンビニATM用、
2台目はレジ監視用、
3台目は店内監視1号。万引き用ね。
4台目はコンビニの向かいのオートロックマンションのオートロック監視カメラにも画像が残っている。これはマンションの管理組合から協力してもらっている」
「でも、マンション側から異論は出なかったんですね」
「名航の技術者の不審な死亡、と言ったらあっさりくれたとあるわ。さすが企業城下町ね。名古屋航空宇宙システム製作所というだけで、無言で」
「やっぱり防衛宇宙関連ですか」
「それについては聴取の資料があるわ。元に戻って、カメラはあともう2台ある。
5台目は国道の自動検問システム・Tシステムの監視画像。
6台目はスーパー防犯灯という、街灯に仕掛けられたパノラマカメラ。これでカメラは6台。すべてに彼が写っている」
再生された画像は、警備システム標準の自動認識撮影システムで、がくっと胸を押さえて倒れる彼と、それに気づいた発見者の駆け寄る姿が映っている。
そしてそこからが愛知県警の情報処理システムのすごいところで、倒れる方向の位置関係を解析し、組み合わせて分析しても破綻がないことをコンピュータグラフィックスで提示する。
「いつもながらすごいよなあ。時代が進みすぎだ」
及川警部が行きとともにはき出す。
「裁判員にわかりやすくするための投資です。でもそれはいい方向に働いていると思います」
「あとは事情聴取のテキスト化したデータ」
これで一つ、証言に気になるところがあるんです」
瑚珠の言葉に、及川も佐雅美もくっと頭を向けた。
「証言がまちまちなんです。人間の記憶が思いこみによってゆがめられるにしても、はっきりと倒れる瞬間を目撃したのは第一発見者だけ。
それが、よく調べて、同時に流れているこの名古屋のテレビの放送内容から逆算すると、その倒れた20秒後からは目撃関係者の証言は一致しています」
テレビ放送に遅延はないうえに、民放もNHKも、すべて放送内容を記録保存しているため、何の内容が流れたときかを並べれば、正確な時系列に証言を整理できる。大昔からの方法だ。
「ニュースでは」
録画を再生する。
『インド洋での海賊対策の艦艇への給油とその支援に出動した海上自衛隊の護衛艦と哨戒機が、海面での原因不明の爆発を目撃しました。
気象庁がその爆発によると思われる地震波を検出していますが、詳細は不明です。官邸では情報収集とともに、インド周辺の各国にその爆発への関与を照会しています』
「この放送の「インド洋での」のところで彼は倒れ、「その爆発への関与」のときに目撃証言が集中しています」
「まさか、その20秒のうちに?」
「ええ」
佐雅美は及川と目を合わせた。
「空白の20秒」
佐雅美は口にした。
「短いといえば短い、長いといえば長い」
「でも、そのカメラのデータは物証で、ほかはすべて証言ですね」
「ええ。普通だったら私が東京からここまで来るには動機が不足します」
「何事も動機だ。動機のない行動は結果をうまない」
「その通りです。で、私が上司、広域捜査企画課長と話し合ったことです」
別の情報ブロックがプロジェクタに現れる。
それを見た佐雅美と及川は、あまりのことに目を疑った。
「ちょっとドライブに行きましょう」
その情報ブロックの上に、テロップでこう表示された。
−盗聴の可能性があるので場所を変えます−
前章<雨>
瑚珠の私物の車、黄色のRX-7FDに3人は乗った。
FDはなめらかな瑚珠のドライブワークで名航湾岸署のガレージを出て、そのまま南下、伊勢湾岸道に乗った。
「この車のなかは盗聴できないように電波遮蔽材を組み込んである」
及川と佐雅美は息を吐いた。
雨は上がっていて、路面も徐々に乾きつつある。
それを、FDのタイヤが噛み、3人を乗せてスピードを上げていく。
「しかしウチの署のなかで盗聴があるなんて。署の仲間がそんなことするとは思えません」
「取り調べの可視化よりも前に、公安がコントロールできるように『所轄の可視化』をはかった痕跡がある」
「ひどい話だ」
「ひどい事件が続きましたからね。踏み字にしろ」
車内のみんなの顔がゆがむのがFDのミラーに映った。
「ひどい世の中、ひどい警察。かといって代わりになる存在もない。
耐えるしかないと言いつつ、これが公安部の筋書きです。
ドアポケットのなかのファイル、ちょっと読んでみてください」
及川は読むうちに表情を変えた。
「Nexzip、ねっくすじっぷ」
瑚珠はうなずいた。
「そう。世界ですべての粒子に割り振られた超弦のアドレスです」
「全ての粒子、全ての原子、全ての分子に何者かによって割り当てられたアドレスで、そのアドレスを指定して値を与えれば、性質を変えることが出来る」
「途方も無い話ですね」
「でも、現実にヨーロッパの山中の『LHC』という物理研究施設ではその理論のヒントが見つかる。
「ブラックホールができるかもしれないと言われた施設ですね」
「そう。その実験で、超弦が、特定の値を与えられることによって、重力が発生することが、後数年で確認される。
それは今から2200年後に時空共有システムに応用され、はるか昔の時間を共有することを可能にする。
タイムマシンはそれで形を変えて実現し、時間を破壊するような時間移動は規制され、時間の順序は守られながら、様々な概念が整理される。
まさに万物理論」
「SFですね」
「今の段階ではそうだけど、その時間を規制する組織の末端は現代にもいて、自衛隊情報本部の特殊班と公安の特務課と接触し、時空移動による問題の係争を解決している。
これは非常に難しい問題で、私達には理解できない。
でも、理解できる人間がいたら」
「火がつきますね」
「そう。そこで、今公安部の首脳が考えているのが、今回の突然死がそのNexzipアドレスを利用した遠隔殺人であり、隠蔽せねばならないと思っていること」
「遠隔殺人!」
「要するに『暗殺ノート』ね。あるいは『どくさいスイッチ』みたいな」
しばらくの静寂があった。
FDのロータリーサウンドだけが響いていた。
「それを、真に受けるんですか」
佐雅実が口を開いた。
「受けたくないわね、普通は」
「まあ、一応真に受けよう。
でも、そんな危なっかしい暗殺法があるのに、なぜ世界はこのままでいるんだ?」
及川が少し考えた結果をぶつける。
「それがこれです」
瑚珠は運転する片手でペンダントを見せた。
「ジェネレーターと呼ばれる睡眠夢を制御していい夢が見られるというペンダントです」
「あのマンガ雑誌に広告が載っているようなパワーストーンの類ですか」
「そう思っていいわ。まさに玉石混交のあの中で、このペンダントだけは玉なの」
及川と佐雅実はそのペンダントを手に取り、透かして見たり、振ってみたりした。
カットされたクリスタルの中の緑色の回路状に輝く構造の中を、蛍のような光がさまよっている。
「実際使ってみれば驚くわ。
昔ロボット工学の理論研究の中で、デカルト劇場とかの認識科学をやっていた人たちがこのジェネレーターを作った。
人間の常に放つ雰囲気や免疫の境界で作用し、人に睡眠夢だけでなく、人工の夢としてのAR、アーギュメントリアリティさえ実現する」
「よくわからないんですが……アブナイですね」
「そう。その危険なNexzipは存在している。意識の問題はすでにこのペンダントを使うことで、実感として体験できる。
警察庁刑事局生活安全課としても対策しようという動きが厚生労働省とのプロジェクトチームとして行われるはずだったけど、これも圧力がかかって」
「圧力だらけですね」
「そうよ。
今の世の中はみな、あのツインタワーが崩されて以来、正義も悪も当価値になってしまった。
警察はヤクザと北朝鮮関係の団体を取り締まるといいながら、彼らの利権で潤おうとしている強欲なものどももいる。
知っての通り」
あまりの率直な瑚珠の物言いに、及川も佐雅実も感覚が超越して、打ちひしがれるしかなかった。
「結局、この日本という国の本質だけでなく、宗教や世界観に至るまで、まったくあのツインタワーの跡地のように破壊しつくされてしまった」
瑚珠は息を吐いた。
「でも警視、そんな演説をするために私達をこうして乗せているわけではありませんね」
「その通り。
このままではそういった公安警察の特にクリティカルな部分に係わるから」
「なるほど」
及川は理解したようだ。
「このまま捜査終了のほうがありがたい、というわけで圧力をかけているわけだ」
「そのとおり。時間管理機構と呼ばれるその組織の秘密を公開するのは、まさにパンドラの箱。
それだったら、秘密を守ったほうがいい」
「でもそれはいやだというわけだ」
瑚珠はうなずいた。
「でも、遠隔殺人はそのままで仕方が無いこととされ」
と及川がいいかけたとき、佐雅実が割って入った。
「殺人事件に、そのままも仕方が無いもないじゃないですか」
思いのほかの強い口調に、及川も瑚珠も気おされたように震えた。
「仕方がない殺人なんて、ありえない」
「そうよね」
瑚珠は深くうなずいた。
「警視もそう思ったんですね」
うなずきを繰り返した瑚珠は、ウインカーを上げて車線を変更し、名古屋南ジャンクションで方向を変えた。
「どこへ向かいます?」
「そりゃもう」
瑚珠は口の端に笑みを浮かべた。
「その圧力の渦巻く、本丸に乗り込むわ」
「瑚珠、いいかげんにしろ」
FDでのりつけた愛知県警本部では、本部長の谷山與一(たにやま・こういち)が激怒していた。
「お前には組織の事が何もわかっていない」
それに瑚珠が言い返す。
「組織。あなたにそれを論じる力があったかしら。
まあ、こういう、いいお部屋を用意されているから、そういう錯覚も起きるわね」
「錯覚だと」
本部長はなおも罵声を浴びせようとする。
だが、瑚珠は冷静に、静かな口調で、彼を追いつめる。
「私に『それ』を言わせたくて、そういって罵声を浴びせるのね」
「なんだと」
その口論に、何事か、と本部の人々が集まる。
「あの、私には理解できないんですけど」
なにが、とその騒ぎのなかの佐雅美が、本部で働いている知り合いの婦警の言葉に目を向けた。
「空白の20秒って、何が空白なんですか」
及川は言葉が出なかったが、佐雅美はまだ希望を持っていた。
「まあ、もうここで言ってしまうのも何だけど」
警部の及川は、佐雅美を止めようとしなかった。
「6台の監視カメラしか倒れる現場を見ていなかった」
「だって、監視カメラを疑うのは無理でしょ。ちゃんと録画されていたんだし、それを書き換えたとでもいうんですか」
「公安はそれぐらい簡単にやるわ。こういう公安との引っ張り合いで証拠能力を疑うのは当然でしょ。
それに、第一発見者の証言だけで、自然死って結論できるほど、警察がぬるくなったとは思いたくない。
発見者には不審な点がなくはないわ。
警察の高度情報システムだって、証言を集めるのも、処理するのも人間。
だから、私たちは捜査をするの」
「死亡判定はお医者さんの仕事じゃない」
婦警はなおも質問する。
「そのまえにトリアージで救急隊員が意識レベルをはかるでしょ。
それで、機能的に死んでいた。
法的な確認と現場としての対応は違っていても、私たちに必要な情報は、ハンコのことよりも、生きてる命がいつついえたかの事。
それとも何、私たちが脳の機能死と器質死まで、捜査の範囲に入れて捜査するとでもいうの。
それこそ医師の領分。私たちは私たちの領分でベストを尽くす」
少しずつ、佐雅美は空しくなり始める。
「でも、テレビになんの関係が。街頭テレビがあった訳じゃないでしょ」
佐雅美はあきれた。
「昭和じゃなくて今は平成でしょ。
トラックをコンビニの長距離トラック用の駐車場に止めて、カーナビを車載の地デジテレビに切り替えて、見ながら名古屋港向けの物品を届ける時間の調整をするのが今の物流。
それに都合がいい大きな駐車場があるから、あのコンビニにはトラック運転手が大勢いた。
しかもニュースには交通渋滞情報も出る。
特に今日は東名高速で大きな交通事故があったから、復旧状況を調べる必要がある。
カーナビに情報を与えるVICSには、そういう大きな事故の処理終了の見込み時間までは、出ないことが多い。
まあ、普通は出ないわね。
だから、テレビニュースを見ているときに、『彼』が立っていて、TVからもう一度ちらっと見たときに、『彼』は倒れていた」
婦警は頭が混乱している。
「でも防衛関連のセキュリティのきつい八橋や河重が昼飯のために外出なんか認める? 基本、社内食堂でしょ」
「だから」
佐雅美はいらだった。
「あなた、こうして全部説明しないとわからないのね」
言われた婦警はぽかんとしている。
「八橋名航システムがそのことを認めたことが、それ自身で不自然でしょ?
同じコンビニのエイトトウェルブも、コーヒーのコメットバックスも、名航の構内にある。
コメットバックスだって市ヶ谷の防衛省の厚生棟にあるぐらいだもの。
それなのに、殺されたと私たちが思う『彼』の行動に、『昼飯のため』というあまりにも下手な嘘で隠すようななにを、名航が意志としてもっていたか、それに興味が沸くというものでしょ。
だから、名航は公安と結託して嘘を付いて、もみ消しにかかっている、と私たちはかみついているのよ」
佐雅美は穏やかながら、これが同期入庁の、警察人生10年の間に付いた差かと思った。
「絶望したくもなるわね」
彼女の言葉を、婦警は理解できないらしく、混乱したまま、なおも聞く。
「防犯ビデオは複数あれば、別々の方向を向けるはずじゃない。同じところばかり撮しては意味がないでしょ」
「あの」
佐雅美はさすがにいらだった。
「じゃあ、強盗がカメラを壊せば、その方向はあっさりノーカバーになるのね。
だから画像圧縮技術と画像認識を使って、一台が壊されても、ほかのカメラがバックアップできるように、あえてカバー範囲が重なるようにハードディスクに録画するでしょ。
頭のいい犯人だったら、先にこっちの眼をつぶす。
その上をいくために、重点警戒することになっている。特に長距離トラックの集まるコンビニのような事業所付近は。
あなた、防犯警備講習のとき何をやっていたの」
婦警はぽかんとしている。
彼女の恥を恥とも思わないその態度に、佐雅美は胸が潰れそうだった。
「それに言うとね」
佐雅美は、『もうこれっきりにしてほしい』という言葉をはき出した。
「公安の機構ルート説で消えかけのこの事件を、警視は公安のもみ消せない筋で、殺人事件として立件しようとしているのよ。
わからないのね、結局」
婦警はなおも眼を白黒させている。
「あなたは、そのまま2時間サスペンスのファンでいいんだから、幸せね」
「そうね」
瑚珠が口にしながら戻ってきた。
婦警は、自分が何を言われたか、理解していないようだ。
瑚珠は、彼女を、露骨に無視した。
「県警本部長は私が刑事から警察庁に行くとき、一緒に捜査管理官講習を受けた同期だった。
悲しいけど、彼のほうが卒業時の席次が下だったのよね」
その意味する悲しみを、佐雅美も及川もわかった。
付ける薬のない人の上には、やぱりその程度の人物がいるものだ。
それでも、恥ずかしくもなく、楷書体フォントの「本部長」の表札のある部屋で、ふんぞり返っていられる。
役所で、そういうつまらないプライドをうっかり傷つけると、そういう人物は気が狂ったようなことを始める。
だから、傷つかないように、天下り先の受け皿ポストを作る。それがこれまでの日本の現実だ。
そして、その結果、こんな日本になったのだ。
「精一杯妨害するつもりだろうけど、残念ながらそうはいかない」
瑚珠たち3人は、県警本部のオペセンで、情報を再確認し、その捜査に介入できないように、がっちり本部長から言質を取ったのだった。
『勝手にしろ』、と追いつめられた本部長はいい、それを捜査端末で録音し、『勝手にします』と終わらせたのだった。
「でも、機構がもつ中立性が曲げられるのなら、彼が生きたままに運命が切り替わる方が、ずっと嬉しい。
こんな推理より、亡くなった人がよみがえった方が、ずっといい。
職業上、多くの死を見てきた。
でも、それをそのままにしたくない。
機構なんてモノがあるなら、それでこんな死を減らして欲しい。
それが許されないほど、機構の中立性は、非常に厳正だもの」
「あ、非情かもしれません。情けのほう」
瑚珠と及川は、それでも笑えなかった。
警察白書に出された捜査力の低下は、ここまで警察を蝕んでいた。
その現実に、3人は思わず暗くなってしまっていた。
「もっと、まともな圧力かと思ってたけど、これはひどすぎる」
「仕事もできないくせにジェンダーなんて野暮なことをいうバカがいない、しゃれの効く俺たちの名港湾岸署のほうが、ずっとまともだ。ホント」
「そうね。仮装パーティーも開けない署でなくてよかったわね」
「だいたいにおいて、レースクイーンがジェンダーの考え方に反する、という発想自身、謝れ、レースクイーンさんたちに謝れ、ってもんだ。
あの人たちはあの人たちで、立派な職業だよ。職業に貴賎はない。
そんなこと言うやつの人間性を疑うよ」
及川は、そういうと缶コーヒーの缶をフリースローし、遙か彼方のゴミ箱に突き刺した。
「高校時代、バスケ部でした」
パチパチと瑚珠は小さな拍手をした。
これで、特命班は、絶望的になりながら、しっかりとまとまった。
3人はそのまま、FDに戻った。
かといって、途方もない量の物証と証言を、どうやって組み直すのか、佐雅美は半分、途方に暮れていた。
「でも、こうなって、何が出てくるんでしょう」
「それは警察庁の上の方でも議論しているでしょう。
それも、有資格者の間で」
「まさか」
瑚珠は、そこでさらに表情を曇らせた。
「やっぱり、刑事って因業ね。筋書きは見えている。
でも、その筋書きというテンプレートに物証と証言を当てはめる捜査は、もうできない。
それが可視化時代の捜査だとわかっている」
佐雅美は、瑚珠のその表情の深い悲しみを見て、つらかった。
それなのに、雨はすっかり上がり、きれいな夕焼けが空にあった。
夕焼けなのに、ともに見るだけの信頼の置ける人々は、あまりにも少ない。
そこにあったのは、希望のない夕焼けだった。
夜になった名航湾岸署では、署長たちがうろたえていた。
一行が署に着いたと聞き、彼らがエントランスに駆け出てくる。
「及川君、佐雅美君」
「大丈夫かね、県警本部長に宣戦布告なんて」
瑚珠警視は、冷静だった。
「私が指示したんです。及川警部と佐雅美巡査部長は私の指揮で動いただけ。
すべての責任は私にある」
「とはいえ私たちにも家族も住宅ローンも」
みな正義の味方も宮仕えであり、家庭もある。そうそう男気ばかり発揮していられないのもよくわかる。
だが、そこでそういうのはマンガではないか。
及川と佐雅美はあきれた。
「責任は及びませんよ」
瑚珠は微笑んだ。
「大丈夫です。それが私、広域捜査企画課、警視大倉瑚珠の権限であり、責任です」
そういいきって、佐雅美に目配せし、一行は会議室に戻った。
佐雅美もいささかのおびえを見せざるを得なかった。
「警視、ずいぶんみんなを敵に回してませんか」
瑚珠はその言葉を受け、少し間をおいて、口を開いた。
「ニューヨークのツインタワーへのテロ、9.11のずっと前、オウム真理教事件があった」
「覚えています。でも、私はまだ小学生だった」
「いいわね、若くて。
でもあのとき、警察のすべてが崩れ去った。
国松長官狙撃、そして捕まった狙撃犯らしき巡査。
あの結末がどうなったか、今誰がわかるかしら」
「そういえば聞かなくなりましたね」
「確かに。考えてみれば、あれは完全に幕が引かれた」
及川警部も頷いた。
「当然北朝鮮関連なのはわかっている。
だからそれをその後の総理が応用した。
日本国内で、公然と自国と自国の支援組織への、オウム真理教ルートのさまざまな不法取引を捜査すべく準備していた警察庁長官を狙撃し、しかもそこに間抜けなことに物証を残した。
そのへまを追及しないことと引き替えに、そのときの総理が北朝鮮に拉致された家族を連れ帰ってきた。
聖域なき改革で郵政省を解体するために、国民の民心を掌握するために利用した」
「そういう図式って」
「私の知る限りでも、外務省チャイナスクールが、中国と北朝鮮と取りひきした事は知っている。
そのときから、まともな警官は、まともであるために、心した。
だからこういえる。
警察官は、警察官を一番信頼しない」
佐雅美は、そこまで警察官僚の世界が蝕まれていることに、苦しくなった。
「そりゃそうよね。
国策捜査も、不当な取り調べも横行していたし、マスコミは松本サリン事件でとんでもない間違いをした。
しかもその松本サリン事件で徹底的に社会的に抹殺されかけた被害者の彼を、馬鹿な文化人上がりの長野県知事が、自分の名声、「改革」の象徴として利用しようとした。
それでも被害者である彼は冷静に、それを断った。公安委員会に入ったものの、知事の意とは異なる働きで、公安委員会と警察のなかでの正義を守り、長野県での正義を守ろうとした。
しかし、長野はそういうことは通用しない県だった。土建屋オリンピックと呼ばれた環境破壊の最たる長野オリンピックの承知のためのお金の流れの資料はどこへ消えたか。
『焼却した』。それで幕引き。
この過程に、どれほどの警察官が心を痛め、警察官としての警察への信頼を失ったか。
すべて、そこから捜査力ががた落ちになった。
そりゃそうだもの。公安だの、政治だのの介入がさんざんある。
そんな警察で、正義が守れるはずもない。
でも、みな、どうしようもなく警官として、プライドを持っている。
警官は、やはりどんなに利用されようとも、だまって見過ごしはできない。
みな、身もだえするように苦しい。
それでも公安調査庁も生き残って、公安部は権限を拡大し、正義を見失った警察官僚は北朝鮮利権を追い出した後のパチンコ利権を手に入れ、利に狂った。
末端の警官がこれでおかしくならないわけがない。
何人もの警官が、その結果自殺した。
なかには、もう警官であることもいやになって、最悪の拳銃自殺までした。
その自分を撃った拳銃がどうなるかも考える余裕すら奪われて」
「瑚珠さん」
「それを私は知っている。だから、私はこんな幕引きは絶対にさせたくない。
それで、広域捜査企画課に入った。
秘密には二つある。
人々を守るための秘密と、人々に見られるとあまりにも恥ずかしいから黙っている秘密。
しかし、その根本的な恥の感覚まで失う者が多い。
だから、サラ金に抱き込まれた刑事もいる。
弱みを握られ、個人情報を横に流す者もいる。
第一、それをとりしまる監察官が率先して警察官僚として利権に狂っているんだもの。
警察官は、警察官を一番信用できない。
もう、警察が一家であった時代は終わってしまった」
「でも瑚珠さん、俺はまだ信頼している同期はいるぞ」
及川警部が異を唱えた。
「そう。私にも大事な信頼できる上司と、同期と、後輩がいる。
しかし、それを縦割り人事で分断し、各個撃滅されていく」
及川警部はうなった。
「そうかもしれない」
瑚珠は息を吐いて、肩を落とした。
佐雅美は、そのとき、わかった。
瑚珠は、これをいうことで、一番自分が苦しんでいるのだ。
いいながら、自分で自分を痛めつけても、真実と、事実を求めたいのだ。
「物証の洗い直しをする。
あなたたち所轄は顔なじみだろうから、機動捜査隊の初動捜査の物証を洗い直す。
そういう方針で行くわ」
「瑚珠さんは無事なんですか」
「これはね」
瑚珠は、悲しく笑った。
「こっちが全滅するか、向こうが全滅するかの争いになるかもしれない。
そうなるでしょう、きっと。
でも、私はそれでいい」
瑚珠は目を遠くに向けた。
「私の大事な人も、同じ思いで、この警察のなかにいる。
私を警察が捨てても、
私は警察を捨てない。
ここまで知って、絶望していても」
瑚珠は出張の警視らしくホテルに泊まるのかと思ったら、なんと佐雅美と同じ警察女子寮に泊まることにしていた。
これは驚きだった。
警視の地位なのに、巡査たちが過ごす寮の空き部屋に泊まるなんて。
かなり異例で、署長もびっくりしていたが、『私はこういう現場に近い方が好きで』と瑚珠は微笑んでいた。
風呂に入り、佐雅美は考え込んだ。
瑚珠さん。
あんなに情熱的な人は初めて見た。
警察でも、あそこまで言い切る人は初めてだ。
しかも、内幕をあんなに。
自分があれを知っていたら、警察官になっただろうか。
筋肉は身に付いていた。
高校に貼ってあった、愛知県警警察官募集のポスター。
それがきっかけだった。
何気なく好きなバンドのライブを見に行って、繁華街を通りかかったとき。
ものすごい勢いで逃げる白い服の男。
それを、もっとすごい、疾風の名がふさわしいほどの勢いで追う青い影。
足がまるで申し訳程度に地に着くように、低空を行く飛行機のように追いかけていった、俊足のお巡りさん。
後を振り返ると、倒れて、血を流している細身の女性。
すぐにわかった。
ひったくりにあったのだ。
そして、もう一度前を見ると、男を取り押さえ、締め上げている警官の背中が見えた。
そこに蛍光色のレタリングで記された、POLICEの文字。
とまどっているうちに、救急車呼びますよ、と言う声。
もう一人の制服警官が、警察無線を使いながら、倒れた女性を介抱していた。
たったそれだけかもしれない。
でも、自分は、そのお巡りさんたちを見て、素直に感動した。
ほかにもお巡りさんはいろいろと思い出があったが、いつもみなまじめで、それでいて冗談も交えながら、それでいて一本筋が通った、立派な大人だった。
自分もそうなりたい。
だから、自然と警察に入った。
勉強よりも、日々の一般の人々とのつきあいが、とても楽しかった。
だからこそ、みんなをまもるために、体を鍛えた。
体重が減り、そして少しずつ増えた。
でも皆、佐雅美さんって文武両道ですね、と言われた。
高卒で警官になったことについて、思い知らされたのが、上に付いたとある警部補だった。
大卒で、国家公務員1種試験卒のキャリアだからとなっただけの頼りないその物腰に、どうしたものかと思った。
だが、事件が起きたとき、彼は驚くほどの注意で、捜査資料の矛盾を明らかにし、捜査に寄与した。
恐ろしい世界だった。
会議室いっぱいの書類を、一晩ですべて暗記していたのだ。
佐雅美が一言というと、その前後について、10倍以上の情報が、整理されて返ってくる。
自分にはとてもできないことだった。
「お世話になりました」
といった彼は、警察庁と各県警を渡り歩き、同い年なのに警察署の署長になった。
人にはそれぞれの道がある。
そして、人にはそれぞれのあるべき場所がある。
しかも、それは探すものではなく、自分で作るものだ。
そう思い始めたとき、佐雅美君、新しく警察署ができるんだけど、と話が来た。
なんにもないかもしれないけど、君を推薦したよ、と上司は言った。
君に、その署の初代の面子になって欲しい。
上司もまた、警察の現場を知りつつ、それでいて、何もない当直のとき、『実は好きで』、とドラマ「西部警察」のシリーズのDVDを持ち込んでいた。
「スーパーカーで捜査して、威嚇射撃も無しで銃撃戦、最後は犯人全員射殺。すごいよねえ」
上司は笑いながらも、その実、そうやってやりたいほどの悪がこの世にあることを教えてくれた。
殺人犯や組織犯罪をする暴力団。情報収集のために援護で出動したとき、彼らのふざけた振る舞いに、率直に腹が立った。
何が任侠なものか。オレオレ詐欺で老人をだまして金を奪い、必死にがんばっている商店主を脅してみかじめ料を取る。まさに弱者いじめではないかと。
そう思っていると、その上司は言った。
世の中抱き合わせだから、こんな押収する覚醒剤に太ゴシックで「メタンフェタミン」と書いてあるぐらいわかりやすい世界を、ちょっとストレスしのぎに見たくなる。
現実から目を背けたくもなる。そのとき、あの裕次郎の課長や、大門団長のむちゃくちゃな活躍を、見たくなるんだ。
上司はそう笑っていたが、その直後、佐雅美は気づいた。
彼は、数日前の警察の不正事件の新聞記事を、その当直室の机の上に置いていたのだ。
しかし、もっと彼が逃げたくなっていた理由が、わかった。
彼の同期が、借金を作って、その弱みで捜査情報を漏らしていたのだった。
そのとき、監察官とともに、公安警察の存在を知ったのだ。
「西部警察」のDVDに逃げたくなった上司。
無邪気に男の子たちとその西部警察ごっこをしていた、幼い頃の自分。
本当に、自分は子供だったんだ。
佐雅美はそう思った。
まだ20代半ばだった。
その上司に、多くを学び、そして多くの人が知らない密かな難関試験、巡査部長試験に合格し、捜査講習を受けた。
彼のもとで、刑事としての多くを学んだ。
調書の取り方一つにも、警察学校の講習ではカバーしきれない『勘所』を学んだ。
それで、刑事になったと思っていた。
だが。
大倉瑚珠。
あの人は、警視になっても、現場の気持ちも、官僚としての気持ちもわかっている。
すごい。
素直にそう思った。
その警察の寮の共同風呂で、佐雅美がそろそろあがろうと思ったとき、脱衣場で声がした。
「あら、こんな時間までお風呂に人がいるなんて」
瑚珠がやってきたのだった。
「警視、失礼します」
佐雅美が恐縮しようとして出ようとすると、片手にタオルの裸の瑚珠が湯気の中に現れた。
「佐雅美さんね」
湯気がさっとひいた。
「なるほど、いい身体ね」
瑚珠は率直に佐雅美の裸を評した。
「いえ」
といいながら佐雅美は魅入っていた。
瑚珠の鍛えられたアスリートのような、美しく力強い身体に。
「私は失礼します」
佐雅美は遠慮しようとした。
「あら、いいじゃない。もう少し入っていたら。
夜中までいろいろ雑務を処理してるから、いつもお風呂が遅くなっちゃって。
いつも一人のお風呂は、それはそれでつまらないわ。
それとものぼせちゃうかしら」
瑚珠は笑った。
「い、いえ」と恐縮の極みの佐雅美だったが、瑚珠は笑みを絶やさない。
「寮って懐かしくて。それにこれが楽しみだったのよね。あ、あがるとき、フルーツ牛乳おごってあげるわ」
瑚珠はそういうと、身体を洗い始めた。
「きょ、恐縮です」
瑚珠はくっと笑うと、天井を見上げながら、口にした。
「やっぱり、警察を捨てなくてよかった。
あなたみたいな、次の世代がいてくれる。
私の若いときみたいで、ちょっとうれしくなっちゃう」
「警視、そんな」と佐雅美はなおも恐縮する。
瑚珠のうわさは、少しずつ聞こえてきていた。
昔の事件では、まだ公開される前のSATと、命令の行き違いで争い、そして1対多数の戦いですさまじい戦いをしたとも。
「昔の話よ」
と瑚珠はその話をしたがらなかったが、きっとその後の事案が秘密にしなければならない事案だったのだろう。
それは佐雅美にもわかる。
秘密事項なんて、知れば知ったで重たくて苦しいだけだ。
それも、昔の上司に仕込まれた感覚だった。
ショートの髪をすすぐ瑚珠を、佐雅美は直視できなかった。
生きながらに伝説になりかけている、と寮の仲間が教えてくれたのが、そうしたのだった。
「若いっていいわ。こう歳をとると、ずるく、みにくくなっていく。だから最後には、みなその清算が平等に待っている」
「そんなこと言っちゃだめですよ」
「そうね。そのとおりね」
瑚珠はリンスとトリートメントをすばやく終え、すべてすすいで「失礼」と佐雅美の入っている湯船に入った。
佐雅美は、しばらく沈黙した後、思い切って聞いた。
「警視、よくもちますね、精神的に」
「持たないときもある」
ああ、この人の魅力って、ここなんだと思った。
弱い人ほど、弱みを見せまいと繕う。
本当に強い人は、弱みを見せても大丈夫だという、強い信念を持っている。
「でもね、どうしてもの人がいるから。その人は、きっと、私よりつらいことに直面しているんだもの」
「向上心ですか」
「それともちょっと違うのよね。自分でもどうなのか、まだうまく言葉にならないけど」
瑚珠は微笑を絶やさない。
「じゃあ、上がりましょうか」
案外瑚珠はカラスの行水だった。
だが、瑚珠は上がるとき、口にした。
「世界の、社会の、警察の崩壊と私は言った」
佐雅美はその言葉に、はっとした。
「その結果は、波及して」
言い切る声が、風呂場に響いた。
「捜査の崩壊、そして、
推理の崩壊になる」
「そんな、それじゃあ」
瑚珠は、笑みをとめて、真顔できっちりと宣言した。
「この推理の真髄は、推理の成立し得ない現実世界で、通常ならそれを成立させてくれる味方になるべき警察や警察の資料や情報、さらに高度警察情報システムも頼りにならない状況下において、それでも推理を成立させ、犯人を割り出す、そこにある」
佐雅美はちょっと考えて、「あっ」と思った。
「わかったわね」
わかりたくなかったが、佐雅美もわかってしまった。
「警察の仕事は捜査であって、推理ではない。
それでも推理などというのは、単なるパズルでしかない。
それは官僚や企業が試験で行うような『判断推理』のテストと同じ。
そんなものは公務員試験の参考書で十分足りる。
だから、反推理という立場もありえる。
現実は、推理が成立するほど甘くない。
動機もはっきりしないし、振るまいや状況も、調書を作る中で人間の記憶の限界からあいまいさが出てきて、さらに物証ですら、鑑識員が気づかなかったものは消えていく。
特にあの日は雨だった。
しかも、あっさり現状保全テープを解除してしまい、現場保全は期待できない。
それ以上に多くの推理者がおぼれるのが、人間は間違う以上に、驚くほどずぼらだということ。
それを私たち警察の捜査で追及すると、みな」
「で、でも」と佐雅美はとどめようとした。
「すべては、明日明らかになる。
この捜査の資料を新幹線に乗っているうちに照会して、わかっていた。
崩壊。
ぐずぐず。
これはそういう事件だと思う。
でも、それだからこそ、そこから物証と証言を再構築する必要がある。
私は、実は推理小説が嫌いだった。
いっぱい推理小説を少女時代に読んできて、結果、最終的にそう思った。
あんな几帳面な人ばかりの世の中だったら、困らないことはいくらでもある」
「文学部ですか」
「ちょっと恥ずかしいけどね。卒論はとある推理小説家だった。穴があったら入りたいぐらい」
瑚珠は微笑んだ。
「でも、今は思う。
それだからこそ成立する推理が、あるのだと」
佐雅美が言う前に、瑚珠はすばやくフルーツ牛乳を2本買い、一本を一気に飲んだ。
そのあまりの『男っぽさ』に唖然とする彼女に、瑚珠は言った。
「今日はこれで終わり。しっかり休んで。
明日は、いっぱい、歩き回らなきゃ」
朝、特命班の三人は現場に着いた。
トラックが出入りする朝の大型コンビニは、確かに朝食を駐車したトラックの運転席でほおばっている顔、時間を気にしながら運転室にあるカーナビでテレビやDVD、blu-layを見ている姿があちこちにある。
背の高い車体や、同じく背の高い海洋コンテナのトレーラーで、駐車場はつねに満杯であり、ひっきりなしに車が出入りする。
「ここで、ええと、これは被害者、でしょうか」
「私は被害者と呼ぶ」
瑚珠は宣言した。
「そうですね、被害者はあそこの小型車用駐車スペースに入れた車へ戻る途中、第一発見者の目の前で胸を押さえ、苦しみながら倒れた。
第一発見者はすぐに『どうしたんですか』と声をかけ、そこにトラックドライバーが集まった。
そのなかで究明法を習ったコンビニにAED装置を借りたりしたものの、もう反応はない。
そしてすぐに機動捜査隊の覆面車と救急車が来た。
救急隊員が脈を図ったとき、すでにそれはなく、またAEDも反応しなかった。
AEDは心臓発作、心室細動を取り除くものであるけれど、もし健康な身体に間違えて使われたら心臓を傷めてしまう。
そこでAEDは音声案内で電流パッドを取り付けるように案内した後、センサーで心電図をとるように細動を検出する。
そこでそれが検出できなかった場合は電流の必要なしと判断して停止する。
逆に電流の必要があった場合は、ほかの人間の感電を防ぐための退避を指示し、そののちに電流を流す。
そしてAEDは、設置されたケースに発報装置がついていて、AEDの使用する事態が生じたことを自動的に設置・管理する警備会社と救急に連絡するようになっている。
その日の受理台情報では、先に発見者の119番通報が、その17秒後にAEDケースがあけられたことがあります。
被害者に対して、AEDは反応しなかったことは、AED内の記憶装置に記録された心電図データで確認済みです」
「警視、すべてを疑うとしたら、なにも推理どころか、事実すらも崩壊しますが」
「それはまだ判断すべきことではないわ。被害者については」
「名古屋航空宇宙センターに在籍していましたが、同じ八橋でもかなりいろいろな部署にいたそうです。
採用は大学院での水素給蔵合金の研究で学位を取ってから、八橋電気の電池部門に入りました。
しかしそこから系列や取引先と行き来し、電池専業メーカーや制御系の八橋系列のソフトウェア部門にもいたそうです。
この名航にくる前には特殊金属メーカーなど材料系のメーカーと」
「ずいぶん手広かったんですね」
「ええ。優秀だったらしく、ロシア語の勉強もしていて、ロシアへの渡航歴も確認されています」
瑚珠は聞きながら、コンビニや街灯、そしてトラックを観察している。
「ご両親には相当嫌がられました。
もう話すようなことはない、それよりも息子をやすらかに眠らせてくれと」
「そうでしょうね」
「しかし、所轄のみなは特命班のために動かすわけには行きません。
いくらすべてを疑うと言ったって、3人で何ができるんですか」
及川警部の言葉に、瑚珠は佐雅美と目を合わせた。
「監視カメラの画像について、検証しましょう。
だいたいにおいて、倒れた方向が位置関係的に問題ない、って結論されたのは、考えてみれば不自然じゃないかしら。
そこまで調べずとも、普通の不審死なら、検死で結論が出て、それでそんな検証をせずに終わりでしょ」」
「なんか、はじめから言い訳が用意されていたような」
「その不自然さが気になるのよ」
「瑚珠さん」
及川警部は、言葉を切った。
「もう、事件の構図が見えているんですか」
「ええ。でも、決め打ちにはできない」
「それは教えてもらえないんですね」
「申し訳ないけど、そうなるわ。
だって、私が反推理の立場を取るのも、推理ということで不自然が見過ごされる例があまりにも多いから」
「そうですか」
「まず、あのマンションの監視カメラを検証しましょう」
一行はマンションのエントランスに向かった。
マンションはオートロックシステムが入っていて、[警報装置作動中]とのシールがあるエントランスには自動ドアとインターホンの呼び出し器、そして管理人室のカウンターがある。
瑚珠はインターホンのボタンを押そうとした。
すると、いかにも気のよさそうな日焼けした制服の女性が、『あの、なんでしょう』と聞いてきた。
「警察のものですが」
と言われた瞬間、彼女の表情がさっと変わった。
「なんでしょう、警察に提出するものは提出したんですが」
うろたえながら、さらにつづけた。
「なにか、問題があったんですか」
「いえ、事情を伺いたくて。あなたは管理人さんですか」
はいと答えた彼女は、一歩自然に後ずさった。
「監視カメラの画像はどうやって取っているか、もう一度確認したいのですが」
と言いながら瑚珠は捜査端末を出し、旭日章、警察のマークと、その下の顔写真と印章を見せた。
「もう一度ですか」
「はい。もう一度です」
瑚珠は柔らかな物腰で聞いたが、彼女は緊張して答えた。
「監視カメラの画像はマンション内の駐車場やエントランス、自動車ゲートや駐輪場など6か所分を画像警備機で録画しています。警備機はマンションの管理組合が警備会社と契約したもので、メンテナンスは警備会社が行っています。6画面分を装置のコンピュータで圧縮し、ハードディスクに収めています」
「拝見できますか」
そのとき、後から男がもう一人現れ、不快そうに『なんですか』と聞いた。
説明すると、『いくら警察でもプライバシーの問題があり、マンションの規約で』と抵抗を始めた。
これには瑚珠は平然としていた。
「捜索令状が必要ですか」
「まあ、管理組合理事会の了解は必要ですね」
男はそう抵抗する。
「でもその場合、もし犯罪に関わる事項があって、緊急性があって、そのために迅速な捜査が求められても、管理組合の理事会は規約を盾に抵抗できる、そうおっしゃるわけですか」
「なにを言っているんですか」
彼は声を荒げた。
「私は管理組合の理事長として、組合員であるマンション住人のプライバシーを守る責任がありますが」
瑚珠はうなずいたが、彼は沸騰寸前だった。
「では、こうせざるをえませんね。重大な殺人事件の捜査を妨害したマンション理事長、ということで、これは場合によっては」
「なんですか!」
彼は怒鳴った。
「いえ、可能性としては否定できません。私たちは捜査を可視化するように、多くの人権派の法律家に言われています」
「じゃあ、私たちにも同じように人権がありますよ」
「ええ。だから、私も事を荒立てたくないんです」
瑚珠は声のトーンを下げた。
「誰もがやりたがらない管理組合理事長、本当に立場をお察しします。
現在のマンション管理を規定する区分所有法は、管理組合の権限を大きくした。
でも普通に勤めている一般の住人にとって、その権限の管理は大きすぎる上にあまりにも煩瑣で、とてもまともな仕事とともにはやってはいられない。
普段から法律になれている人間にどうしても集中するものの、そういっ他法律家にしても、結局はただ働き。
かといってその管理に報酬を出すことに納得する住人も少ない。
そしてその管理組合の責任は、すべてあなた、理事長に集中する。
法的に問題があった場合、訴えられるのはあなただ。
とても割に合わないでしょう」
彼は、少し考え込んだ。
「悪いようにはしません。正直なことをお願いできないでしょうか。
このことは、場合によってはこのマンションを大きく揺るがすかもしれません」
「まさか、あの突然亡くなった方に、事件性が」
「今はまだ完全なクロではありませんが、重要な証拠としてあなたのマンションの画像が必要になることは十分あり得ます」
管理人と彼は、目を見合わせた。
「それに、そう注意していても、結局当日にやってきた機動捜査隊には見せてしまったわけですよね。それも確か」
「まあ」と男はとどめた。
「ここではなんですから、私の部屋で」
「わかりました」
そして、男は半開きになっていたオートロックの自動扉を手で開け、みなをマンションの中に入れた。
あれ、と及川も思ったようだ。
瑚珠はうなずいていた。
「実は」
理事長はテクニカルライターで、さまざまな工学系の資料が部屋じゅうにあった。奥さんは昼間はパートに出ているらしい。
「おかしいですよね。オートロックマンションのエントランスドアが外から手で開いたら、オートロックじゃないですね」
佐雅美が口にした。
「それに、呼び出しボタンを押してもインターホンは繋がらなかった。呼び出し音もしなかった」
「やはりわかられてしまうんですね」
彼は少し落ち着いて、あきらめたように話し出した。
「このマンション、ごらんになったように、ここら辺で一番高さが高い建物で、よく落雷を受けるんです。
その雷の影響で、オートロックシステムの回路が壊れて、いま、業者に交換を発注しているんです」
「それはいつ頃前から」
彼は言いにくそうだった。
「1ヶ月です」
「では、監視カメラシステムも」
「ええ。はじめは全滅でした。
あの日は雷雲がすごくて、この名港湾岸のあちこちのマンションが影響を受けて、エンジニアが忙殺され、そのときに管理人さんが予備のハードディスクアレイに交換しましたが、日付の調整ができなくて」
「前の管理人さんがやめて、マニュアルがどこかに行ってしまい、日付と時刻の調整ができませんでした」
管理人が継ぐ。
「でもハードディスクは交換したんですよね」
「ええ。でも、それがいつの間にか劣化していて。
そこで理事会でもう一台の交換用ハードディスクの購入を報告しようと思ったんですが、忙しくて」
「ちょっとまってください、ではハードディスクはなかったということですか」
佐雅美に理事長は、うなずいた。
「しまったと思いました。
居住者には緊急連絡でオートロックが効かないから注意するように言っていましたが、監視カメラのことはセキュリティ上秘密で、まさか外にそんなことがあるとは想定していませんでした。
それが機動捜査隊が来たとき、ちょうど業者が来て」
管理人が続けた。
「あの、ハードディスクが無くて、と言ったところ、業者のエンジニアさんが、ああ、このハードディスクは多重化してあって、予備のディスクがあるんですよ、とすっと取り出して」
「それを渡したわけですね」
「はい。でも、あとで、『あっ、しまった』と思いました。
理事会に諮らずに引き渡すのはマンション内の重大な規約違反です」
「大丈夫ですよ、それは」
瑚珠は微笑んだ。
「警察からは絶対にその話が出ないよう、手配しておきます。
もし証拠採用されたら、そのときには日付を調整して、ちゃんと理事会の決定があった後に引き渡したようにみえるようにします」
「すみません」
「いえ、ご苦労様です、ご協力ありがとうございました」
瑚珠は軽く敬礼した。
「でも、その落雷の影響は」
「ええ。向かいのコンビニも停電がありました。
ATMも停止していて、業者が必死に復旧していました」
「その業者はなんという会社ですか」
「東海警備です」
佐雅美はすぐにわかった。
コンビニのエイト・トゥエルブ(8/12)の警備のプライム(第一契約社)はこの地域、8/12名港地域本部の場合、東海警備だ。
しかも、東海警備にエンジニアを派遣しているのは、八橋ビルシステム中部支社の名港営業所だ。
「ありがとうございました。事情がわかればけっこうです。
失礼なことを申し上げ、大変申し訳ありませんでした。
角が立たないよう、我々所轄署内で注意を徹底させておきますので」
そう頭を下げる瑚珠に、管理人と彼はうなずいた。
「では、その八橋ビルシステムの営業所には」
瑚珠たち一行はマンションから出た。
「行かないわ。同じ画像しか出てこないし、うかつにつつきすぎたら、彼らは即座に例の公安の最重要ラインに通報し、丸ごとの隠蔽をはかるでしょう」
「ちょっとまってください、彼らはこういうことを、隠したいんじゃないんですか」
「違うみたいね」
「警視はわかっているんですか」
「ええ。だいたい構図はわかっている。彼らは、こういう不自然な動きを見せることはしても、直接の殺人事件としてあからさまになるのは望んでいない。
しかし、完全に隠蔽することも望んでいない」
「どういうことです」
「出方をうかがっている。こっちをふくめ、さまざまな人々が、この事件にどういう態度で望むか、それを探っているのよ。
だからこんな下手な嘘を作るのよ」
そういいながら、瑚珠は捜査に借りた車の中で、物証として警察情報システムにアップされた画像動画を、自分のノートパソコンのディスプレイで拡大した。
「この動画が下手な嘘だというのは、あなた達にはわからないかもしれない」
「えっ、これだけでもうわかるんですか」
「そうよ。まず、この通常の何も起きていないときの画像。
そして、被害者が入ってくる。
ここに時間のインポーズがなかったのは、ひとつは日付時刻あわせがあのマンションにしろ、このコンビニにしろ、うまくいっていないのを使って難易度を上げたつもりなんでしょう。
でも」
瑚珠は動画再生のスライダを動かした。
「おかしくない?」
瑚珠は聞いたが、佐雅美はわからない。及川も同じようだ。
「見て。ここの車に写っているコンビニの窓。
窓に、この空の雲が映っているでしょ?」
「ええ」
「ところが、それが時々消えているでしょ」
「そうですけど、それは監視カメラなんてそんなものだと思いますけれど。だってこれでもうハイビジョンカメラ並みの画質で」
と言いかけた佐雅美は悟った。
「そういうことですか」
「そう」
瑚珠は県警機動捜査隊が、今から思えば不当に入手した動画のデータサイズの表示を見せた。
「今は普通に大容量ハードディスクがあるけれど、この一台のアレイで6機分のカメラの画像を、圧縮したと言っても、この画質で1ヶ月保存するのはちょっと無理がある。
しかもあの理事長に聞いたら、もともと平常状態で動いていた監視カメラシステムは、多重化・冗長化しているという。
そうなると、容量がとんでもなくなる。
だから監視カメラシステムは必要ない画像を削除するけれど、とはいえそれを機械の判断だけでどんどん削除するのも問題がある。
それにしては、画像が」
「きれいすぎる」
「そう。しかも、それを隠すためノイズを入れてある。そして、ノイズをフィルタで除去すると、ほら」
その通りだった。
「窓の向こうのATMを使っている人間の足が見えない。
つまり、これはCGエンジニアに発注したとき、エンジニアははじめはこういう用途とは知らず、きっちりと偽装するCGを作った。
そして、レンダリングという計算をコンピュータにさせて、きれいな画像を作った。
ところが、それで発注した何者かが怒った。
これではクオリティが高すぎてかえって不自然だ。
そのエンジニアは激怒したでしょう。下手に作れとはなにごとかと。
ノイズを入れるならノイズらしく、完璧に模擬することもできる。
でも、発注者はそれは『いらない』と言った。
プライドを傷つけられた彼は、写りこみの視線追跡レベルというらしいんだけど、合わせ鏡のような条件の反射のレベルを低くして、レンダリングして納品した。
だから、窓に写る窓は映る。
でもその窓に写るべき窓の、向こうのこのATM利用者の足は、写り込まない」
「えらくマニアックですね」
「私も見落とすところだったけれど、この捜査のきっかけを作ってくれた科捜研のエンジニアがコンピューターグラフィックスのマニアなのよ。それでそういう写りこみの追跡レベル、という概念に気づいた」
3人は息を吐いた。
「変な事件でしょ。下手なうそを付いたかと思えば、変なところで異常に凝ったことをする」
そうですね、と及川警部が答え、昼食をとることにした。
この事案に関係した、例のコンビニに入った。
昼間もまたトラックドライバーがよく使う店だな、と佐雅美は思った。
国道沿い、しかも名古屋港の陸側の入り口に近い店だ。
コンビニはPOS端末、ATM端末をもともと別建てのシステムにしている。
ATMは、それを設置する金融機関がメンテナンスを警備会社に発注している。
店のPOSシステムは、昔はコンビニチェーンの地域統括事務所が複数の警備会社に合い見積もりを取って契約していたが、ATMの導入のときに業者をATMメンテナンス警備会社のパッケージプランを使うことにした。
そして、その警備会社のプランに店舗の根幹であるPOSシステムの店舗端末の保守が入っていて、そのための予備機材はすでに警備会社が持っている。
特に電子マネー導入以降、そのパッケージ化はますます進んでいる。
コンビニの店内にはスマートドームタイプという、警戒範囲の人間が少ないときに、人間の動きにあわせてカメラを向けるタイプも導入されていた。
逆さにしたドームタイプの破壊されにくい形状の外装に、カメラが何を撮っているか見えにくいようなブラッククリアのドームがあり、東海警備のTSSの小さな文字が入っている。昔ながらのカメラカメラ然としたものはなかった。
瑚珠はそれを見上げながら、レジに580円の特盛り幕の内と280円の小のり弁、そして130円のデザートプリンをもっていった。
「それ、一人分ですか」
瑚珠はおちゃらけた。
「おなかすくと、頭が働かなくて」
瑚珠たちは昼食を警察業務用の車輌の中でとった。
「でも、としたら6台のカメラ、全て疑問符がつきますね」
佐雅美が息を吐き、及川は考え込んでいる。
だが、瑚珠はもりもりと食べ始め、食べ終わってから話し出した。
無言の食事の間、三人はそれぞれに考えていたようだ。
「20秒間は、監視カメラと第一発見者しか見ていない、疑惑の存在する時間です」
「結局、第一発見者がそのまま犯人でしょうか」
及川と佐雅実が言うが、及川のほうがさすがベテラン刑事だけあって、図式を組み立てる。
「カメラの偽装を追及したところで例のトンデモの方向でつぶされるし、20秒の間の行動を問い詰める為に発見者を予防にも、手がない」
「新たな目撃者が必要ね。それが見つかったとしても、任意の聴取しか出来ない」
瑚珠は食事のあとのゴミをまとめながら口にする。
「他の目撃者に期待するには、やはり人数をかける必要がありそうです」
「でも、どうやって調べるんですか。
ここにあるのはマンションと戸建が少しで、地域課に照会したところ、目撃者になりそうな人間は昼間にはいません。
視力が衰えた独居高齢者が数人で、あとはみな共働きの夫婦、昼間はいません。
一応夜勤の人間が昼間にいる可能性で調べていますが、ローラー捜査で見ても該当なしです。
みな、夜勤のためにどっぷり眠っていたそうです」
「まあ、その捜査も疑いたいけど、そこからでは手が遠い」
その瑚珠の怜悧とした瞳が、トラックの運転席を見つめた。
「あ、ドライブカム」
佐雅美は気づいた。
「そうか、トラックのフロントガラスにつけられている交通事故記録用のカメラが使えるかもしれない」
及川はそう意気込んだ。
「でも無理ね。ナンバーは青森から鹿児島ナンバーまで分散している。ここには日本全国のトラックが集まり、去っていく。それを全て追跡するには私達の手に余るし、各県警を動員した捜査は私たち特命班にはできない。警察庁を動かすとすれば例の組織の扱いの事件となり、追及は不可能になる」
瑚珠の言葉に二人は頷いた。
「それにしては周りの昼間人口が少ないですね」
佐雅美はこのロードサイド街とよばれる町並みを見渡しながら口にし、瑚珠はそれを受けて話し出した。。
「今は共働きが普通だし、事件発生時にはほとんどの子どもは学校、奥さんはパート、だんなさんは仕事、そして独居を含めた高齢者さんの目撃情報は限られていて、しかもそのどれもがあいまいとなっている」
「行き止まりですね。やはり県警のレベルで広域捜査を」
「私達は県警と喧嘩してるもの。無理よ。
できたとしても、相手はどんな大技でも出すつもりよ。
だから監視カメラの偽装なんてことをやった」
「だからって」
瑚珠は、自分のノートPCを見せた。
「この一見何事も無い閑静な住宅街には、そう見えても、その中には『数には入っていない昼間人口』がいる」
「数に入らない?」
「ああ、家族が隠している人口か!」
及川と佐雅実は、わかった。
「NHK」
「そう。ここにNHKリストというものがある」
瑚珠は見せた。
「個人情報中の個人情報。こんなものを警察が作成しているとばれたら、大問題になる」
佐雅実たちは押し黙るしかなかった。
「自宅警備員ともよばれた、引きこもりたち。日本引きこもり協会という、とある小説に出てきた言葉を隠語にして、NHKと警察の一部ではそう呼んでマークしている。
末端の地域課の警邏(けいら)と、ハイテク情報センターのログで明らかになった引きこもりたちの一部を、そう警戒している。
かれらは今、犯罪予備軍になりつつある。親にとっては大事な子どもでも、かれらはもう既に大人の年齢を超えている。
そしてかれらは昼間出歩くと職質されるため、夜に動く」
「でも彼らが目撃情報をくれるでしょうか」
「目撃したのは彼らじゃない」
瑚珠は言い切った。
「彼らの所有物よ」
その瑚珠のPCの画面には、このコンビニを写しているライブカメラの画像が入っていた。
「画角から割り出した該当の部屋は4階の西方面」
3人はこの前に署に戻って着替えてきたので、日没まで間もない。
例のオートロックが機能していないオートロックマンションに入って、階段を上がった。
及川は非常階段の警戒に向かっている。佐雅美と瑚珠が部屋のインターホンを押す。
このインターホンはマンション共用ではなく、個人もちのものなので、回路的に独立していて落雷の影響を受けなかったようだ。
「こんにちは。お届けものです」
瑚珠がなれたように偽装した。
「なんですか」
出てきたスエット姿の男の表情が、居室の玄関で待っていた瑚珠と佐雅美二人の刑事の提示した警察マークで一瞬で変わる。
「名港湾岸署です。捜査協力をお願いにあがりました」
「れ、令状は」
男がどもりながら口答えをする。
「ですから、協力のお願いです」
男は玄関ドアを閉めようとしたが、瑚珠の靴のほうが先だった。
「おたくから外部を撮影中のライブカメラのデータを拝見させていただきたいのですが」
「ねえよ、そんなもん」
男はあわてたが、佐雅美が一気にこじ開け、瑚珠が突入した。
玄関から一番奥の窓際の部屋だった。
足の踏み場も無いほど散らかった男くさい部屋に入ると、予想通り、ライブカム機能のあるデジカメが三脚の上に取り付けられていた。
「ふ、不当捜査だ、弁護士を呼ぶぞ」
男は言うが、瑚珠は『さあね』と見下ろして息を吐いた。
彼の身柄を佐雅美が威圧し、これから室内の調べを始めようとするそのときだった、
瑚珠はどんと何かに押され、壁に押し付けられた。
「警視!」
瑚珠はその押されている自分のスーツの腰を見つめた。
肺から押し出された息を整えた瑚珠は、自分の腰に銀色のものが突き刺さっていることに気づいた。
そして、瑚珠はゆっくりと、姿勢を崩した。
刺さっているのは、鋭く光る、冷たい刃だった。
<続く>< http://sites.google.com/site/grayofgray/n-h-ktenmatsu >
説明 | ||
八橋重工名古屋航空研究センターの職員が、コンビニで突然死した。 自然死と思われるしかないその死にベテラン警部が疑問を持つ。 しかし愛知県警本部は自然死を主張する。 人は皆いずれ死ぬのだというあきらめが出そうなそのとき、東京の警察庁から特命捜査官・大倉瑚珠警視が送られ、特命捜査班を作って捜査に加わることになる。 警察庁が関心を持つ事案、しかも警視の参加は、この事案が国家的な犯罪の糸口であることを示していると想像させるに十分だった。 異例の捜査は、名古屋航空センターのなかの秘密プロジェクトに迫っていく。 関わるはずではなかった公安部の内情、防衛秘密の壁の厚さに、3人の刑事が立ち向かう。 |
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