連載小説56?60 |
風邪で休んだ翌日。
おとなしく摂生してたおかげか、朝起きた時の体調は万全だった。
「よっしゃぁ! 今日も一日頑張るぜぃ!」
部屋で一人叫ぶと、そのままのテンションで支度をした。
「おはよー」
いつものように駅に到着すると、いつものように楓が待っていてくれた。
「昨日はごめんね〜」
「いいって。でも、風邪なんて珍しいね」
楓は私が滅多に病気しないのを知っている。だからこその「珍しいね」だ。
やはり、ここは説明せねばなるまい。私は、理由なく病気にはならないのだ。
て、それはどこの誰も同じか。
「いや〜、昨日雨だったでしょ? んで、傘持ってなかったから歩いて帰っちゃって」
「えぇ? ちょっと! えりか…バカ?」
ぐさっ!
「な、なんでバカなのさ。私はバカではありませんが?」
「でも、あの雨の中、傘もささずに帰ったんでしょ? 私はちゃーんと傘を買ったぞ?」
はぁ、やっぱりそれが普通なんだろうなぁ…
「うん、そうだよね、やっぱそうだよね。実は、一昨日もそれでバトルしちゃって」
「は? バトル? 取っ組み合いでもしたの?」
取っ組み合いか。気持ちの上ではそんなもんだったなぁ。
「いや、言い合いなんだけど…深い理由もなく、なんとなく濡れて帰りたかったから、 それが通じなくて」
「うん、そんなの通じないね。私だって傘さしなよ、て言うもん」
孤軍奮闘。そんな言葉が私の脳裏を掠めた。
「いいよもぅ。私だって悟ったし」
「何を悟ったか知らないけど、傘をさすのは当たり前です。さ、電車来たぞ」
私は、納得しつつも釈然としない気持ちを抱えつつ、電車に乗った。
〜つづく〜
電車の中では、いつものように他愛もない話をしていた。
テレビの話、部活見学の話、雪君の話、そんな感じだ。
クラスは違うから、学校の話はそんなにしない。
結局、話題が噛み合ないんだよね。
唯一してくれたのは、私を心配する木谷さんの様子くらい。
とにかく、いつも通りの通学風景だった。
「っ! 倉橋さん!」
私が教室に入るなり、木谷さんは駆け寄って来た。
どうやら、今日は私より先に来ていたらしい。
「今日はもう大丈夫なの?」
「木谷さん、大げさだよー。ただの風邪だし、もう大丈夫っ!」
心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと心配し過ぎ?
「だから、心配しないでOKだよっ!」
「本当?」
う、疑われてる?
「本当に決まってるじゃん。じゃなきゃ、今日も休んでるよー」
とりあえず、心配されすぎてる状況をなんとかしなきゃ。
「あ、そうだ、昨日休んだ分の諸々、教えてもらっていい?」
「私のノートでよければ」
よし。
「ありがとー」
さて、そろそろ着席したいし、ちょうど良く話題を移せたかな。
「あ、これ、昨日のノート」
「どれどれ?」
何、これ。
私は木谷さんのノートを見て、凍り付いた。
なんでしょう、このチンプンカンプンのノート。
書いてある事が、高度すぎる…
「あ、あれ? 私達、こんな高度な授業受けてたっけ」
「え、高度? 普通だけど…」
がびーん。
そうだった、木谷さんは部活目当てでこの学校に進んだんだった。
学力レベルは、もっと上なのかもしれないんだ…
私は、とりあえずこのノートと格闘する事に決めた。
〜つづく〜
「それじゃあホームルームを終ります。みんな、一時間目の用意をして待ってるように」
先生の号令があって、ホームルームが終った。
私はと言えば、先生の話そっちのけで、ノートと格闘してた。
はぁ、私って、バカだったのかな。
「木谷さん、コレありがとう…」
とりあえず、昨日のノート四科目分は写し終えた。
もはや、写すというよりは翻訳ってレベルだけど。
そのまま写しても、今度はテスト勉強の時に困るからね。
自分なりに読みやすい形式でないと。
「そいえば、先生、今何か言ってた?」
「え、連絡事項聞いてなかったの? 明日、身体測定があるって」
ふぅん。
「て! なんですとーーーーーーーーっ!」
よりによって明日だって? なんでこんな急に言うんだ!
「あれ、その驚き方、まさか把握してなかったの?」
「え? 把握って、何?」
木谷さんは一体何が言いたいんだろうう。
「最初に、年間スケジュールもらったじゃない」
「そんなの、お母さんに渡したっきり、見てないし…」
うぅぅ…弱ったなぁ。今晩、走るか…?
「それにしても、なんでそんなに驚く必要があるの?」
「だって、身体測定と言えば、禁忌の数値すら計測してしまう、それはもう、 悪魔の儀式…」
考えただけで、恐ろしい…
「あぁ、体重ね」
「後、ウェストも測るかも。ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
恐ろしい恐ろしい…
「何しろ、昨日は食っちゃ寝食っちゃ寝のダラックマライフ、
体重が増えてないわけない! お腹回りが太くなってないわけない!」
「だって、風邪引いてて寝てたんだから、仕方ないじゃない」
仕方ないで済むなら、ダイエットという言葉は要らないんだ!
「お、女の子は…事情のいかんを問わず気にするんですっ!」
「私だって女の子だから分かるけど、諦めるしかないと思うわ」
ううぅ…
「ほら、気を取り直して!」
「むむむ…」
私は少しだけ、短期集中ダイエットプランを練った。
「さて、一時間目は、うえぇ、化学かぁ…」
私は、化学という科目が苦手だ。元素記号は覚えられないし、
教科書眺めてたら何やら計算式が出て来た。こりゃ、だめだ。
木谷さんほど国語が得意じゃないといっても、文系は文系だし。
「化学? 一時間目は古典よ? 先生が今日都合悪いんだって」
「え、なんですって?」
古典? じゃあ何? 化学はないの? 私、そんなの持って来てない。
「ていうか、聞いてないし!」
「あ、ごめんなさい、連絡してなかった…」
確かに、木谷さんからは何も聞いてない。けど、
「いやいや、いいよいいよ。先生が連絡くれなかったんだから、多分大丈夫」
ドキドキとはいえ、「休んでて聞いてませんでした」で貫き通すぞ!
「っと、そろそろチャイム鳴るね」
「うん、ノート、ホントありがとね」
木谷さんは前を向く、私は小さくお礼を重ねた。
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
「お、チャイムだ」
このクラスは、全員が馴染んでないのか育ちがいいのか、チャイムが鳴ると
ざわつきが消える。中学時代は、先生が来るまではざわついてたのに…
といっても、先生もすぐに来る。この辺はまちまちだけど、
チャイムに合わせて来る先生、少し遅れる先生、少し早めの先生、それぞれだ。
「きりーつ! 例! 着席!」
クラス委員が号令をかける。この辺、きっと何十年先もなんだろうなぁ…
何はともあれ、私は教科書もノートも出さずに、ドキドキタイムを待つ。
「それでは、授業を始めます!」
〜つづく〜
鬼のように気まずい古典の時間。
私は先手必勝とばかりに、授業開始直後に挙手してやった。
「先生ー!」
「えぇと、あなたは倉橋さんですね? どうしました?」
さて、吉と出るか凶と出るか。
「私、昨日休んでたんで、授業入れ替えの連絡聞いてなくて、 一式全部忘れました!」
この告白に、クラスが一瞬ざわめいた。
「えぇ? 連絡聞いてないとかあり得ないでしょ」
「先生、怠けてたんじゃない?」
というような、非難めいた声と、
「全部ないって!」
「ウケる!」
といった、笑いを取ったような声が、入り交じっていた。
「えぇと、全部という事は、教科書もノートも、全部ないのか」
「はい」
呆れたような、困ったような顔で、先生はため息をついた。
「じゃあ、隣に見せてもらえ。ノートは、何かで代用するように」
「は、はい」
なーんか、丸く収まって面白くないけど、それが普通だよなぁ。
あるとすれば、先生の口調が変わったくらいか…
「ごめんね、そういうわけだから、見せてくださいっ!」
事情が事情だ、人見知りとかなんとか言ってられない。私は、
特に勇気を振り絞る事もなく、隣の男子にお願いした。
(申し訳ないが、私は彼の名前をいまだに覚えていない)
「し、仕方ないよ…」
「ありがとうっ!」
優しい人だなぁ。髪はちょっと茶色くて、おとなしい系の見た目じゃないけど、
雰囲気の柔らかい感じか…その分、私の視界からは埋没しやすい気がする。
だからか。
っとと、あんまり話すと先生に怒られるな。この辺でやめておこう。後はノートか。
「えぇと…」
他の科目のノートは、出来れば他の科目だけに使いたいんだけど、仕方ない。
「国語はあるから、そのノートならいいか」
国語こと、現代国語のノートを、古典のノートとして間借り!
どっちも同じ国語だから、精神的にはまだ落ち着く。
さ、授業だ!
〜つづく〜
気まずい雰囲気で始まった古典の時間。
それはまぁ、教科書を借りて、ノートを代用して、なんとか乗り切る事が出来た。
今は、その後の休み時間。
「えっと…」
「佐々木」
え、あぁ、察してくれたのか。
「ありがとう、佐々木君。助かったよ。このお礼は必ずするから!」
「お礼? まぁ、期待しないで待ってるよ」
期待しないで、って…
「ちょっと、それはひどくない?」
「え、何が」
佐々木君は気にしてないようだけど、私は気にする。
「期待しないで待ってるって、その言い方は気になるんだけど」
「え、あぁ、ごめん。深い意味はなかったんだけど…というか…」
というか、なんなんだ?
「期待して待ってたら、浅ましいでしょ?」
「いや、別にそうは思わないけど。大した物は用意できないから、
あんまり期待されると期待外れになるかも、ていうくらいで」
でも、でも…
「期待しないで待つって言われると、ちょっと引っかかる」
「そっか。それは気付かなくてごめん。じゃ、ほどほどに期待するよ」
それも微妙な言い回しだけど…
「まぁいいか。どのみち、お礼の気持ちに変わりはないし」
「先生に言われただけだし、気にしなくてもいいのに…」
さっきの物言いはカチンと来たけど、案外いい奴?
「とにかく、お礼はさせて」
「あ、ああ」
「おーい、佐々木ー!」
ん? 佐々木君を呼ぶ男子の声が。
「あ、渥美に呼ばれたから」
「うん」
渥美君か…データないなぁ。女の子だって、まだ全部名前覚えてないしなぁ。
「お礼、私も期待していいのかしら?」
「え?」
そっか、木谷さん!
「も、もちろんだよ。出来る範囲なら、なんでも」
「やった! じゃ、私のリクエスト、待っててね」
お、恐ろしい契約かもしれないな、こりゃ。
「あくまで、出来る範囲だからね!」
「もちろん。理解してるわよ」
ホントかなぁ。
何はともあれ、一時間目を無事乗り切ったのだった。
〜つづく〜
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