ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」02
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「こうして面と合わせるのは初めてですわね。エディ・カプリコット」

 疲れと痛みで動けぬエディに、白い女魔法使いは清々しい笑みを零した。どうやら、エディに手痛い一撃を加えたことで、なかなかしとめられなかった苛つきが一気に晴れたのだろう。嬉しいでも満足でもない、異常が平常となったという安楽の笑み。それが逆にエディの反抗心を削ぐ。敵わないのはわかっていたが、ジェルの方が数段上手であると、完全に突き付けられてしまった。

「あなた、まったく馬鹿なことをしたものです」

「馬鹿なことって言われても……」

 確かに序列二位と比べれば、序列外のエディは見下されても当然かもしれないが、そう言われればエディであっても不満を覚える。しかし悪態を吐こうにも、これほどまでに凛々しい瞳を向けられて、エディは蛇に睨まれた何とやらだ。

 何もかもが恨みがましく思える。こうして襲われるのもそうだが、魔法が使えて、強くて、綺麗。エディはボロ雑巾のように痛めつけられているというのに、ジェル・レインの純白の魔道衣は汚れ一つない。夜の闇が落ちた林の中でも輝き浮かぶ金髪の髪も、同性のエディにしてみれば羨望の思いに囚われる。

 ああ、この人は私にないものを全て持っている。そう感じてしまうエディの心中は穏やかではない。

「しかし、あなた本当に序列に入っていないのですの? わたくしがここまで手こずるなんて、『九星(ナインズ)』でも稀ですのに。妙に頑丈というか、逃げ足が速いというか。変な人ですね」

 誉められたの? とエディは怪訝な顔をした。

 いや、多分誉められたのだ。一体どの程度逃げ延びたのか正確な時間はわからないが、それでもバストロ魔法学園の序列二位を相手にここまで粘ったのだ。

 しかしだ、エディはただの一度もジェルに攻撃出来ていない。本当にただ逃げ回っただけなのだ。それは今回に限ったことではない。模擬戦であってもそうだ、まともな攻撃魔法を使えないエディが勝てる相手など、この学園には皆無に等しい。そのエディを、学徒の身にしてあらゆる系統の魔法を修め『統べる女(オール・コマンド)』とまで称されるジェル・レインが誉めたのだ。

「ははは、私は落ちこぼれだよ。本当に落ちこぼれ。何にも出来ない魔法使いモドキ……」

 エディは悔しかった。目の前にジェルがいなければ本当に泣いていた。魔法さえ使えれば、目の前の女に相打ち覚悟で一撃、もぶち込みたいのに、それは叶わない。果敢に魔法施行に挑んで魔法暴走に巻き込んでやろうかとさえ思うのに、そんな不確実な反撃を試みる勇気が既に湧いてこない。エディの心が、この白き女魔法使いを前に負けを認めていた。

「しかし、本当に馬鹿なことをしでかしましたね。学園長の縁者とはいえ、今回の件は許されるものではありません」

「そんなこと言われても……」

「言い訳は『連盟』の監査官にでもするんですね。ブリテンのスパイに手を貸すなど、本当に度し難いことです」

「は?」

 エディが素っ頓狂な声を出す。

「は、じゃありません。連行する前に、あのスパイと落ち合う場所を教えてもらいましょうか」

「だから、何言ってるの?」

「エディ・カプリコット! しらばくれてもわかっているのですよ! 観念なさい!」

 ジェルはその秀麗な顔立ちを真っ赤にして声を荒立てる。しかし、いくら強く言われたところで、エディには彼女の言葉の意味がわからない。エディは首を傾げるばかり。あまりにエディの子供っぽい仕草に、ジェルの眉間に皺がよる。

「……、もしや、本当に何も知らずに行動していた、と言うつもりですか?」

 ジェルの捻り出したような問い。しばらく考えこんだエディは、やがて従順な顔で首を縦に振った。それも全力で。

 エディの馬鹿馬鹿しい答えに頭痛いのだろう。ジェルが額に手を当てて、息を零した。その短息は恨みがましい音色を奏でる。

「えと、あのぅ。少しぐらい事情を説明して欲しいなぁ、みたいな?」

「あなたがそれを言いますか! 事情も何も。ブリテンのスパイと内通して、あなたが学園の地下封印を破る算段をしていたとばかり。それで事情を問いただそうとしていたクランさんを襲って、あなた達は逃げ出したんじゃなかったのですか?」

 地下封印と聞いて、エディは冷や汗をかく。はやり、地下に封印された魔女、ユーシーズ絡みの話だったようだ。しかしブリテンのスパイというのは本当に知らない。

「何言ってるのよ。私がクラン会長を襲うわけないでしょ! 私、会長と一緒に襲われ……。あれ? あの攻撃ってジェルさんじゃないの? 私はてっきり……」

「それこそ、どうしてわたくしがクランさんを攻撃しないといけないのです。理由がないではありませんか」

「え〜、私闘による序列略奪の学則条項あるし〜」

「わたくしは彼女より序列が上です。それを言うなら、あなたがクランさんを倒せば確実に序列に入れますが?」

「あっ、そっか」

 考えれ見れば確かにそうだ。『四重星(カルテット)』のジェルが、序列五位のクラン・ラシン・ファシードを襲う理由が思い当たらない。生徒会長という役職に恨みがあったという説も考えられなくもないが、あのクラン会長は人を呪うことはあっても恨まれるような人物ではない。

 戸惑いながらもエディの様子をつぶさに観察していたジェルは、何かの結論に至ったのか、今一度、大きく息を吐いた。

「本当に、クランさんを襲ったのはあなたではないんですね? じゃあどうして逃げたりしたんですの?」

「そっちが問答無用で襲ってきたんじゃない」

 エディがジェルを指差して、嫌みったらしく言う。頬を膨らませると、鼻先のそばかすが零れてしまいそうだ。

「わたしくは何度も止まりなさいと申しました!」

「魔弾の雨降らされて止まれるわけないじゃない!」

「だって、あなたが止まってくれないんですもの……」

 急に弱々しい声になるジェル。自分の行動を思い返して、エディの言い分も否定出来ないと気付いてしまったようだ。

 いつの間にか攻撃的に強張っていたジェルの顔は和らいでいた。改めて見ると、女性特有のふっくらした印象を受ける可愛らしい女性だった。

 ジェル・レインのような美人の緊張に歪んだ顔が、気が抜けてしぼんでいく様子を目の当たりにするのは、なかなか珍しい体験だと、エディはそんな場違いな感想を抱く。先程までは追う者、追われる者と、ただならぬ空気だったが、現金ではあるが、今はもう同じ学園に身を置く者という親近感すら抱き始めていた。

〔くくく、よかったのう。ひとまず身の危険はなさそうじゃの〕

 未だに姿を見せない幽体の魔女がエディに語りかけてきた。

(あんた、知ってたんでしょ! ジェルさんが誤解で襲ってきてるんだって!)

 どうにもおかしいと思っていた。ユーシーズに助言を求めると、投降を勧めてくるのは、どうにも違和感があった。いつもなら「知らん」とか「関係なかろう」とか言って放っておくはずなのに、ユーシーズはエディの知らない裏事情を知っていたとすれば納得がいく。

〔くっくっくっくっ、さあ、どうじゃろうなぁ〕

 明らかに怪しい言葉を返して、ユーシーズの気配がまた遠のいていく。ジェルが敵性でないと知れても、まだ姿を現さない。一体、エディから離れて何をやっているのだろうか。

「それでエディさん。あなたが事情を知らず巻き込まれただけとするなら、ブリテンのスパイの件はどう釈明するのです?」

 気を取り直したのか、凛然とした口調に戻ってジェルが聞く。

「だからブリテンのスパイって何なのよ」

「先程まで一緒に逃げていたじゃありませんか」

「一緒って、ローズのこと? どうしてローズがブリテンのスパイなのよ」

「そう、ローズと仰るの、あのスパイは」

 ローズを知らなかったジェルに、エディは少しカチンときた。

 確かに、魔法学園の全校生徒が顔見知りというわけではない。普段会わない生徒は、顔も名前も知らないことなどざらだ。序列一桁の『九星(ナインズ)』か、それと同程度の実力者なら、名実共に学園の有名人ではあるが、エディと同じく序列にも入っていなかったローズの名前を知らなかったからといって不思議ではない。

 しかしながら、序列上位の者が下位の顔を知らないと言われれば、別の意味にも聞こえてしまう。下の者など眼中にない、とでも言いたげに聞こえる。それが、エディの勝手な感想だったとしても、一度思い抱いてしまうと、その考えが頭から離れてくれない。

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の2
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魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー 

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