潮騒と鐘の音 |
「プリムロゼ、俺と結婚してくれないか」
小箱に入った指輪を見せながら、オルベリクはそう言った。そこが砂浜であるにも関わらず跪き、プリムロゼを真っ直ぐに見つめていた。
彼らがいるのはコーストランド地方のゴールドショア。時間は人通りの少なくなる夕方。
夕日に赤く染められた海は美しく、求婚するに相応しい風景だった。
「まあ」
真っ直ぐに自分を見つめる彼を見て、プリムロゼは感嘆の声をあげた。
「・・・凄くロマンチックね。まさかここまでのことをしてくれるなんて思ってなかったわ」
柔らかい笑みを浮かべる彼女から称賛されると、オルベリクは照れくさそうに目を反らした。
「今日を大事な日に出来るよう、俺なりに考えたんだ・・・。落胆させるわけにはいかなかったからな」
「落胆だなんて!・・・私が言ってたこと、覚えててくれたのね」
「・・・ああ」
彼女の言葉にオルベリクは頷いた。
─海の見える場所でプロポーズだなんて、素敵ね。
以前、彼女は何気ない会話の中で、そう言っていたのだった。彼はその言葉を参考にして、今日という日をこの場所で、と決めたのだった。
「・・・ほんと、貴方っていい男ね」
プリムロゼはそう言った。
自分でも度々称しているように、オルベリクは剣をふるうことしか出来ない武骨な男だ。けれどもそれに甘んじることなく向かい合い、自分なりに最善を尽くそうとする。彼はそういう男だった。
「ありがとう、オルベリク。貴方のそういうところ好きよ」
「・・・そうか」
短く返した彼の頬が赤いのは、夕日だけのせいではないだろう。彼のその様子に、プリムロゼはくすり、と笑った。
「こういうこと、得意じゃないでしょうに。こんなに素敵にしてくれるなんてね。らしくないことを頑張ってくれて、嬉しいわ」
海から流れてくる潮風が、彼女の遺品を栗色の髪を揺らしていく。引いては返す波の音は穏やかで、優しい空間を作り上げていた。その空間の中で、彼女は言葉を繋ぎ─
「私ね、貴方が相手で本当によかったと思ってるの。だって、あなた、は─」
そして、ぽろぽろと涙を流しはじめてしまった。
「・・・!ど、どうしたんだ」
突然のことにうろたえながらも、オルベリクは小箱をしまって彼女のもとに駆け寄った。心配そうに寄り添う彼に、ごめんなさい、と返すも、プリムロゼの涙は止まらなかった。
(ああもう、なんでこんなに泣いてしまうのかしら)
流れる涙をぬぐいながら、彼女は心の中で呟いた。
(分かってたのに、彼がこうしてくれること─)
あれは、半年は前のことだった。プリムロゼはオルベリクの様子がどこかおかしいことに気付いた。
大木のような、どっしりとした落ち着きを持つ彼が妙にそわそわしているように感じたのだ。それに、こっそりと酒場に向かったり、隠れて本を読んだりと、らしくない行動が目立っていた。本人にそれとなく聞いても「なんでもない」と言う。
どうもおかしいと感じた彼女はある日、彼が読んでいた本を偶然見つけた。
その本には「地域の文化─求婚について─」という題名が書かれていた。
色事に疎いオルベリクの、涙ぐましい努力であった。後に分かったことだが、酒場に訪れる既婚者達に「どのように結婚を切り出したのか」と実際の体験を尋ねてもいたらしい。
(オルベリクらしいわね)
あまりに不器用な誠実さに、プリムロゼは思わず笑ってしまいそうになったが、彼の努力を嬉しくも感じていた。けれども、
(─いいのかしら、本当に)
彼女の影に、暗い影を落とすものがあるのも、事実だった。それはきっととても幸せなことだ。けれど不安になってしまう。
お父様がいたあの時も、幸せだったから。
あの時の幸せがなくなったのは突然だった。それを思うと、前向きになれない自分がいることを、彼女は感じていたのだった。
複雑な心境のまま日がしばらく経ち、彼女はある日の夜を向かえた。
「─見つかったか?」
ベッドの上で、脱ぎ捨てた服を着直しながら、オルベリクは問いかけていた。
「何のこと?」
突然の問いかけに、同じくベッドの上にいるプリムロゼが聞き返す。するとオルベリクは神妙な面持ちで答えた。
「・・・"信じるものだ"」
「! それは・・・」
プリムロゼは言葉を詰まらせた。
しばらくの間彼女の全てだった「復讐」を終えてから、プリムロゼは「次に信じるべきもの」を探していた。だが、一向に見つかる気配がなかった。埋まらぬ部分を埋める「何か」を見つけようとしてはいるものの、その手掛かりすら掴めずにいた。それを見つけてやっと、あの男の作った舞台から降りられると思っているのに。
彼女の様子に、答えを察したオルベリクが切り出した。
「プリムロゼ、俺は・・・。祖国を失ったあの日から、旅に出るまでの間"自分がなんために剣をふるうのか"を見つけられなかった・・・。ずっとだ。手掛かりすらなかった」
彼の言葉を聞いて、プリムロゼははっとした。彼の過去は知っていたのに、何故気付かなかったのだろう。今の彼女と、似通った部分があることに。
「だがそれは、突然"やってきた"。現れた手掛かりを追って、俺はようやく"人々を守るために剣をふるうのだ"と、目的を見つけることが出来た。今思えば単純なことだが、分かるまで8年もかかった・・・」
その"手掛かり"を追う旅のことはよりよく知っていた。その時の彼と共に、プリムロゼも仇を追う旅をしていたのだから。
どこか違う場所を見るように、目線を下げていたオルベリクは、ここで彼女の目を見てこう続けた。
「だから、焦らなくてもいい。お前の探しているものも、同じように突然やって来るものなのかもしれない。もしかしたら、偶然気付くものかもしれない。それでもと言うのなら、もっと俺を頼ってくれ。そうすれば、もっと見付けやすくなるかもしれない。─あの時の旅と、同じようにな」
「・・・!」
柔らかく笑って伝えられた彼の言葉に、プリムロゼは胸のうちにあるものが軽くなっていくような感覚がした。そして思った。
この人となら、と。
その日からというもの、プリムロゼは彼のプロポーズへの努力を純粋に前向きに受け入れられるようになった。そのついでに、彼が行き詰まったと感じる時、彼の前でわざと"手掛かり"になるようなことについて語ってみたり、彼の行動に気付かないようにしたりと、ひそかに手助けをし続けた。
いつもだったなら 、彼の真っ直ぐすぎる不器用さをからかったかもしれない。けれども、数多くの勝負をこなしてきた彼にとっても、その日は大勝負になるのだから、そんなことはするまい。そう心に決めていた。
そうやってむかえたこの日だったが、彼女は泣いてしまったのであった。前もって知っていたことでも、目の前にすれば嬉しいもので、そしてそれは彼女を泣かせてしまうほどらしい。
一度深呼吸をして、心配そうにプリムロゼを見つめている彼に言葉を返した。
「だって貴方は─いつも私を助けてくれた。救ってくれた。私がそうされてもいいって、教えてくれた・・・。そんな貴方だったからこそ、受け入れてもいいって思えたの・・・」
武骨な男を自称する彼は、何時でも真っ直ぐに自分に向かい合ってくれた。だからこそ信頼できた。そんな彼が見せた"頼もしさ"が、抱えるもののある自分に「それでも大丈夫」だと自信を持たせてくれたのだろう。彼女はそう思っていた。
「・・・プリムロゼ」
「私のことお願いね。騎士様?」
もう溢れなくなった涙を拭いながら、プリムロゼは微笑んでみせた。
「ああ、分かった。任せてくれ」
そんな彼女に、オルベリクは力強く答えた。そして拭いきった彼女の手を優しく取った。
互いの手をとり見つめ合う二人の間を、優しい潮風が抜けていく。すると、遠くで鐘の音がした。どうやら大聖堂のある方角から聞こえるようだ。それはまるで、祝福するかのようだった。
説明 | ||
オルプリが結婚する話 「らしくない求婚をするオルベリク」をテーマに書いたものでした。 |
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