ヘキサギアSS『土中の葉のさらに下で』 |
『土中の葉のさらに下で 1 セーラとディーナ』
そこは、薄暗い廃屋だった。
元は倉庫だったようで、だだっ広い。室内に明かりはなく、窓から太陽が差し込んでいるだけだ。
暗闇の中には、ヘテロドックスのガバナーたちが集まっていた。
その中にひとりだけ、軍事複合体MSGの紋章をつけたセンチネルがいる。
「この廃墟群は、我々の敵・・・LAの侵攻ルートと推察されている。諸君らの仕事は、ヤツらを強襲し戦力を削ぐことだ。」
ヘテロドックスのひとりが口を挟む。
「俺たちがここにいる事は、バレてないと?」
「諸君らは隠密を得意とするガバナーと聞いている。各自散開し、それぞれ戦果を挙げてもらいたい。」
VFセンチネルは、質問をはねのけた。しかし、ガバナーたちは・・・質問した者でさえ不満を零さない。
世界を二分する巨大組織と、何の後ろ盾もない個人たち、その関係は酷く不平等なのだった。
会話が終わる。ガバナーたちはヘキサギアへと向かい、戦支度を始めた。
VFセンチネルが、それぞれのヘキサギアを見て回る。時にはガバナーに質問し、得た情報を記録していく。
独自の進化を遂げたヘテロドックスのヘキサギアたちを調査し、SANATへと報告することも今回の仕事だからだ。
記録は次々終わり、残るはモーターパニッシャーの亜種と思われるヘキサギアだけとなった。
そのヘキサギアの全身は、六枚の碑晶質の羽根で覆われている。特に大顎が厳重に覆われており、一切見えない。
さながら、帳で姿を隠す貴人のようだった。
VFセンチネルが近づくと、ヘキサギアはブルッと身を震わせ、後退った。
「失礼、パーツ構成を確認させてもらいたい。」
VFセンチネルが、かがんで羽根の内側を覗こうとする。
途端にヘキサギアが甲高い奇声を発し、ものすごい勢いで地面に座り込んだ。
これでは、下から覗き込むことはできない。
VFセンチネルが再びパーツ確認を呼びかけるが、ヘキサギアはか細い声をあげるばかりで、動かない。
「悪いな。セーラは恥ずかしがり屋なんだ。」
その声は上から聞こえた。VFセンチネルは天井を見上げて、うっとなる。
カマキリのような腕に、鐘のような兜。ヒトというよりも、虫のような姿。
異形のガバナーは、天井から柱をつたい、這うように降りてきた。
「戦力としての情報は、答えられる限り俺が話す。それで承知してくれないか?」
身体を異様な角度で折り曲げ、四足で立ったまま話しかける。
「・・・ジェスターか。」
VFセンチネルがため息をつく。ジェスター、ヒトの姿を捨てることをコンセプトとした欠陥パラポーン。
ヒトをヒトとして扱うSANATにとって、忌まわしいモノだ。
「わかった。諸君らのことは適当にでっちあげておく。モーターパニッシャーと同程度の機能は持っているんだな?」
「ああ、碑晶質の羽根以外、ほぼ純正と思って貰って構わない。碑晶質の特性は各種ステルス・・・本機の隠蔽効果だ。」
頷くと、VFセンチネルは異形たちのもとを去った。
『あ…とう…ございます。』
モーターパニッシャーに搭載されたKARUMA[セーラ]が、か細い声で鳴いた。身じろぎし、態勢を元に戻す。
「すまない。出ていくのに少し、勇気が必要だった。」
『どうして…見逃してくれたんでしょうか?』
「わからない。ジェスターがいることを報告して、事態が混乱することを恐れたのではないか?
俺のことを報告・・・始末すれば、かき集めた戦力がひとつ減る。
ジェスターはSANATにとって忌むべきモノ。しかし、あのセンチネルにとっては今回使えるならそれで良し、ということだろう。きっとそうだ。」
「そう…なんですね。」
異形のガバナー・・・ディーナは、自分の言葉に自分で頷いた。セーラも納得したようだった。
「良かったよ、だれも壊れなくて。セーラはココロがキズつく所で、あの人はカラダがバラバラになる所だった。」
『…だって、大顎を見られるの、恥ずかしいから…。』
それがKARUMA[セーラ]の特徴的な性質だった。極度の恥ずかしがり屋であり、特に大顎を見られる事に異様な拒否反応を示す。
そして、大顎を見られたらこの世の終わりとばかりに泣き喚き、大顎を見たモノを徹底的に破壊するのだ。
その際の獣性は極限と言えるほど高く、どんなAIでも行動を予測しきることはできない。
『ねえ…ディーナ…もう配置につこう?他の人に話しかけられるの、怖いよ…。』
「そうだな。ビルの裏にでも張り付こう。一機仕留めて・・・あとは離脱だ。」
ふたつは倉庫を出た。ビルの壁面にツメをひっかけ、昇る。
碑晶質の羽根が一瞬煌めくと、その姿は完全に見えなくなった。
『土中の葉のさらに下で 2 ジェスター誕生』
ディーナは生まれた時のことを鮮明に覚えている。
自分が何をすべきなのか、すぐに理解できた。誰かに教えてもらう必要はない。
脚を起動させ、鋭い爪先を床に立てる。爪先に欠けはなく、刺さりすぎて床にハマってもいない。
続けて左前脚、右後ろ足、左後ろ足と立てる。四足を交互に動かして、歩行した。
細長いカプセルのような部屋だった。天井近くにはカメラがあり、ディーナをずっと捉え続けている。
「さて、D7。キミは生きていたいと思うか?」
室内に、機械的に加工された声が響いた。この部屋を監視している誰かが、ディーナに語りかけてきたのだ。
ディーナは質問の意味を図りかねたが、とりあえず・・・といった気楽さで頷いた。
「そうか。なら処分はしないでおこう。
プロジェクトジェスターは凍結された。もう我々にとって、キミは価値がない。」
部屋の天井が開く。その日は曇り空で、太陽は見えなかった。
ディーナは鋭い四足を壁にくい込ませ、這い上がるように登っていく。
外へ出られるという所まで来て、ふとカメラのことが気になった。
あれから監視者は何も言わない。おそらく、もうカメラの前にはいないのだろうだとディーナは思った。
しかし、害がないとわかっていても・・・その円が自分を見ているという事実が・・・気になる。
気付いた時には、体が動いていた。カマキリのような腕がふるわれる。二つに割れたカメラは床に落ちて、砕けた。
『土中の葉のさらに下で 3 騎士と兵士とチョコレート』
廃墟群のなかに、VFの部隊が潜んでいるであろうことはわかっていた。
鶏型ヘキサギアを駆るLAの騎士ルシアは、背後の味方を一瞥する。
ブロックバスター三機に、レイブレードインパルス二機。
ブロックバスターの狙撃で敵を閉所に釘付けにし、動けなくなった所をレイブレードインパルスが襲う。
シンプルながらも強力な戦法。計画通りにいけば、LAの勝利は間違いない。
「では、行く。あとのことは頼むぞ。」
「・・・なぁ、やっぱり考え直さないか?」
レイブレードインパルスのガバナーが、騎士ルシアを止めた。
「俺たちはいいが、やっぱりあんたが危険すぎる。先に言っておくが、助けられないぜ。」
「構わない。貴公らの道が拓ければ満足だ。」
インパルスのガバナーとルシアに大した面識はなかった。行軍中、暇つぶしにポーカーをしただけだ。
主君ならともかく、知り合ったばかりの他人に戦いを止められる謂れはない。ルシアは即座に提案を蹴った。
「おいおい、そのあたりにしとけよ。どうせいつか、こういう日が来るんだ。」
ブロックバスターのガバナーが会話に割って入る。そのガバナーはキャノピーを開け、ルシアに向かって何かを投げた。
受け取ったルシアは中身を確かめる。銀紙に包まれていたのは、チョコレートだった。
「・・・かたじけない。」
騎士ルシアはチョコレートを口に含んだ。苦くも甘い味が広がる、美味い。
今度は止める者はいなかった。鶏型ヘキサギアはエアフローターを起動し、空高く舞い上がる。
向かうは廃墟群。起動されたレイブレードが、青白い輝きを放つ。
「我こそは鶏の騎士、朝を告げる者!貴公らの命、貰い受けるッ!!」
『コココッ!!コケェーッ!!!!』
『土中の葉のさらに下で 4 軽はずみな決断』
廃墟群上空。高らかに名乗り上げ、光り輝く鶏型ヘキサギア。
「罠だな、狙撃手でも待機させているんだろう。」
『怪しすぎるよ…。ここからなら…挟み倒してそのまま逃げるのは簡単…だけど。』
鶏型ヘキサギアは、廃墟の影をひとつひとつ確認して回っている。
周りには多くの建物。セーラのバイティングシザースで挟み込み、狙撃の届かない遮蔽へと連れ込むことは容易に思えた。
しかし、その遮蔽からは出られなくなる。位置がバレている以上、増援のヘキサギアに囲われて、おしまいだろう。
「だれか他のヤツが、痺れを切らして撃ったり突撃してくれれば助かるんだが。」
『難しいよ。みんな…壊れたくないもん。敵の全容が見えて、勝てるってわからないと出てこないと思う。』
「そうだよな。今回のメンツ、VFやSANATへの義理は特になさそうだったからな・・・。」
しばらくしても、騎士の声が響くばかり。
戦果は命の次にもらえればいい。今回集まったヘテロドックスの誰もがそう思っていることは、間違いなさそうだった。
「うーん・・・そうだな、仕掛けちゃうか。」
『…大丈夫?狙撃はたしかに…なんとかなると思うけど、位置がバレちゃう。影から出られなくなるよ。』
「あの鶏型、アイツには今なら一方的に勝てるけど、後続相手はそうじゃない。
鶏型で確実に稼いで、後続は・・・碑晶質のステルスでやり過ごす。
これなら、敵の全容がどれだけ大きくても問題ない、どうかな?」
セーラは、しばしの沈黙のあと首をわずかに上下させて頷いた。
『うん…悪くないかな。…わたし、隠れるのは上手だから…』
ディーナとセーラの横を、鶏型ヘキサギアが通りがかった。
セーラがステルスを解除し、姿を現す。
何にも気づいていない鶏型の横腹を、バイティングシザースが飲み込んだ。
『土中の葉のさらに下で 5 暗殺者と騎士』
騎士ルシアの対応は、早かった。
襲ってきた衝撃をうまくいなし、機上へと留まる。
敵機モーターパニッシャーの座席へとショットガンを発射するが・・・そこには誰もいない。
ディーナは異形の脚を使い、セーラの脚部へ乗っていたのだ。
鶏型へと飛び移ったディーナは、素早くレイブレードの接続軸を切断する。
捕縛に抗おうと鶏型がもがくが、武器を失った身では叶わなかった。
ならばと振るった騎士ルシアの光学ブレードが、前面に展開された碑晶質の羽根に弾かれる。
鶏型を掴んだまま、セーラが建物の影へと勢いよく転がり込んだ。
一連の攻防は瞬く間に終わった。僅かな隙にブロックバスターが放った弾丸が空を切る。
「ここまでか。見事な襲撃だった。」
騎士ルシアが称賛を口にする。ディーナはぞっとした。
騎士の声には、落ち着きがありすぎた。まだ打つ手が残っているのだと、ディーナは直感する。
しかし、残された手がわからない。鶏型の武装はすべて剥いだ。もう、逆転の手段はないはずで。
『ディーナ!ガバナー、ガバナーのほうだよ!』
セーラの悲鳴が響いた。
騎士の鎧が煌めき、中から爆炎が噴きあがる。
炎と衝撃はその場の全員を覆い、中心にいた騎士ルシアは命を喪った。
自爆したのだ。
『土中の葉のさらに下で 6 光刃の決闘』
「う、うぐぐぐぐぐ・・・。」
ディーナは重傷を負い、地面に転がっていた。
異形の手足はひとつを残して千切れ、立ち上がることすら叶わない。
早く隠れなければとセーラのほうを見て・・・ディーナは絶句した。
碑晶質の羽根が、すべて砕けている。もう、起動することはできない。
駆けつけてくる足音は、敵機レイブレードインパルスのものだった。ヘテロドックスは惨状を見て、撤退を決めたらしい。
二機のレイブレードインパルスが、セーラを囲うように現れる。
『やだ・・・見ないで・・・見ないで・・・。』
羽根を失い、大顎を露わにしたセーラが小刻みに震えだす。
それは癇癪を起した子供が暴れだす前の動きと似ていた。
レイブレードを起動した二機がセーラに飛び掛かる。
別々の方向から襲い掛かる二機の攻撃タイミングは、僅かにズレていた。
先行く一機の動きは、セーラの攻撃を釣るためのフェイントなのだ。
攻撃を受ける一機は回避に専念、手間取り隙をさらす敵をもう一機が刺す。そういう戦法だった。
『見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
セーラが奇声とともに大顎を開き、一機のインパルスへと飛翔し、突撃する。
攻撃を予測していたインパルスは即座に回避行動に移り、後ろに跳ねた。
そこにグラップルブレードが直撃した。セーラが体を大きくひねり、自らの脚部ブロックを投げ放ったのだ。
インパルスの動きが止まる。
セーラの大顎がインパルスを掴みあげた。そのままぐるりと回転し、もう一機のほうへとインパルスを放り込む。
既に攻撃を仕掛けていたもう一機のインパルスは、止まれなかった。
起動したままだったレイブレードがお互いを切り裂き、二機のインパルスは機能を停止した。
『土中の葉のさらに下で 7 フォビア』
インパルスとそのガバナーを壊しても、セーラの暴走は止まらなかった。
手当たりしだい体を振り回し、建物を壊し始める。
インパルスを倒したとはいえ、未だに狙撃手は存在する。セーラたちが遮蔽を失うことは、敗北を意味していた。
ディーナが大声で呼びかけるも、まるで意に介さない。
今までは見る者がいなくなれば、セーラの暴走は収まった。建物に当たることなどなかったのに、なぜ?
ディーナは思考し、ある一つの結論にたどり着いた。
自らの頭部に向かって、勢いよく鎌を突き刺す。
パリン―
と、機械の砕ける音が響いたあと、あたりは静かになった。
『ディーナ!ディーナ!修理、修理しないと・・・!』
セーラの暴走は止まった。
遮蔽となる建物は、傷ついてはいるが健在。狙撃手たるブロックバスターには、もはや打つ手はない。
戦いは、ディーナたちの勝利に終わったのだった。
『土中の葉のさらに下で 8 エピローグ』
「いや、マジでビビったぜ。頭も足もねえのに動くんだもん・・・。」
「助かったよ。本当に感謝してる。」
「いやいやいいって!ちゃんとカネは受け取ったからな。インパルス二機、とんだ大金だぜ。」
ヘテロドックスの盗賊ハギトルが、愛機モアランサーへとレイブレードを取り付ける。
頃合いを見て救難信号を送ったセーラは、建物に身を隠し、駆け付けたハギトルたちと交渉を行った。
得たインパルス二機を修理代とし、ディーナと羽根を復元して貰ったのだ。
「そうそう。廃墟群に落ちてた武器パーツ、これは話からすると、あんたの取り分なんだよな?」
ハギトルが指したのは、鶏型から脱落させた武装だった。
「そうしてもらえると助かるが。」
「了解了解、当然だろ?今後ともハギトル商店よろしく!」
ディーナは取り分を受け取り、ハギトルのもとから去った。
身体を六枚羽で覆ったモーターパニッシャー・・・セーラが外で待っていた。
『…調子の良い人…だったけど、…大丈夫だった?』
「無事パーツを受け取れたよ。VFとの合流場所に急ごうか。」
『うん…。』
ディーナがセーラへと乗り込むが、セーラは動かない。
なにか、言いたい事があるようだった
『ディーナ…ごめんね。私があんな…見られた事を…気にしなければ、ディーナは頭を壊さずに済んだのに。』
その声は、いつも以上に絞り出すようなものだった。
言いたくない事をどうしても言わなければならず、無理やり言っている、そんな雰囲気があった。
「セーラが見られるのダメなのは、もう、どうしようもないんじゃないかな?」
ディーナは、生まれた時のことを思い出していた。自分を見つめるカメラを壊さずにいられなかった、奇妙な感覚。
どうしようもなく有害で危険で、おそらく無いほうが良いが、しかし決して消えることはない感覚。
セーラは・・・いや、自分は、その感覚と一生付き合っていくしかないのだろう。ディーナはそう諦めた。
「隠しておけば何の問題もないんだし、いいじゃん。考えないことにしようよ。」
『うん…。』
セーラが歩き出す。碑晶質の羽根が一瞬煌めくと、その姿は完全に見えなくなった。
説明 | ||
六枚羽を持つモーターパニッシャー『セーラ』と異形のパラポーン『ディーナ』。 他者からの視線を恐怖し隠れ潜むふたりは、しかし日々の糧を得るため他者たちの戦いへと身を投じる。 ※本作は、コトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』の二次創作です。 設定には、独自解釈が含まれています。 |
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