一章二節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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【あらすじ】

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 深い闇の((帳|とばり))に、点々と均等に並び立った街灯が浮かび上がらせるのは『道』だった。灯火も、ほのかに照らし出された道路もただひたすらに直線のみを示している。

 だが大型車がゆうに四台は並走可能であろうその((大路|たいろ))がかろうじて車道であるかもしれぬことは引かれた中央線からうかがい知れるも、時折ある道路標示と思しきモノはあらぬ場所や向きと重なりで描かれ、ましてや少なくとも地球人類の主に用いる如何なる記号や言語にも属さないものだった。

 加えて、塵一つなく奇怪なまで綺麗に舗装と整備がなされた道路自体もだが……光が当たるそれ以外の部分はまるで吸い込まれるかのように、先に((渺渺|びょうびょう))とした地が続くのかもそり立つ壁や深淵の崖に閉ざされているのかも、詳細は夜の暗さに隠されてしまっている。

 いっそ直線道路のみが存在を許された世界とでもしてしまう方が正しいような空間であった。――そうした在り様に異を唱えるが如く、あるいは当然の権利だと言わんばかりの((憚|はばか))りのなさで、二筋の光が『道』の上を高速で移動しながら互いの主張の激しさを増させていく。

 かたや闇と薄明を断ちて割るのは強烈な白光の一条。

 突き進む光の源は、前面から迫る暗夜を((狭小|きょうしょう))ながらもことごとく暴き立て続けている。

 この怪しげな間においてあたかも単眼の((化生|けしょう))を思わせる簡素にして重厚に曲線が絡むフォルム、さらには((疾駆|しっく))の速度と総体の硬質さを垣間見せていた。だがその光も速さもまぎれもなく人知が生み出し意図あって付与されたものなのだ。

 危険な域にまで回転を高める二輪の魔物の正体はオンロードタイプのモーターバイクだ。が、その速さが決して瞬間的でないこと以外ならば、あるいはこの闇世界においては唯一最も"正当"に近かった。

 当然ながら無人で動く機械ではない。例に漏れず、光を放つヘッドランプで先を射抜きながら走るマシンに((跨|またが))るのは、芳香が感じられそうなほど美しい黒髪を風になびかせ続ける――少女の姿だった。

「…………」

 バイクで走行中の"暁美ほむら"の胸中は、中学生の子女の抱くものとしては((歪|いびつ))にして((縺|もつれ))れ合いがすぎたものだったかもしれない。

 流し目にほむらは並走する"もう一つの光"を睨んだ。

 対するは無数の種類の骨――あらゆる生物の骨の部位をもってして組み上げられた((骸|むくろ))を持つ、ケンタウロスにも似た外見を有する紛れもない怪物だった。

 ((駿馬|しゅんめ))を下半身に、頭の代替に形成されているのは巨大な猿人の上部。その胸の奥底で暗闇に溶けるような赤く淡い輝きを放つ小さな光が、隙間から漏れ出し鮮血のような尾を引き続けている。

 ただ一つ、骨のまとまりが形作ったその手に握りしめる青竜刀のみが、この骨の魔物に鋼の固さと角に代わる攻撃的な鋭さを与えていた。

 空気を踏み付ける前肢と後肢。それらの四足が力強く蹴る様は、生物の躍動を奇妙にもこのケンタウルスにもたらしている。だが重量感を漂わせる刀剣は考慮に入れなかったとしても、明らかにその足の運びでは今のほむらのバイクと速度を等しくすることなど不可能なはずだった。

 飾りのように動く足の骨。それを裏付けるかのように、事実四脚の全てが『道』を捉えてはいなかった。

 魔物は骨格の外形のみならず、魔に相応しい不可思議の力を行使することで浮遊し高速を得ていたのだ。中学生の知る範囲の地球上の法則でさえ、まったく別状なものと言えた。

 街灯と指示標示を何百と置き去りに進む『異形の馬』と『鉄馬を駆る少女』。だとしても、両者が競うのはなにもスピードのみではない。

 猿人の丸太のような腕がやおら振りあがり、青竜刀が重み抗わず落とされる。鈍重ながらも破壊力だけで言えば少女一人潰すことは容易いだろうが――ほむらは見飽きたとばかりに吐き捨てるよう鼻で一笑。

 速さのない斬撃から逃れることなど、この車幅においては減速と曲がり方さえ押さえていればある程度の予想立てを出来る者にしてみれば簡単極まりないことだ。浅い前傾姿勢をさして崩すこともなく"強引"にステアリングを((捌|さば))くことで断頭の間合いからいち早く離脱する。

 少々の遅れを再度の加速によって取り戻しながら、ほむらは((携|たずさ))えたカービン銃をかまえた。

 視線が射とめるのは燃えたぎるように赤い敵の"心臓部"。ただでさえ細身の容姿、それに付け加わる水冷4バルブエンジンの高加速マシン上での片手運転――なのにほむらは、打ち付ける風の勢いでさえ激震する長髪の流れにしか判別が出来ないほどの、絶対的な安定感の中で反撃に転じた。

 トリガーを引くや銃口から上がるマズルフラッシュが猛り狂ったように夜を引き裂く。

 秒にも満たない間に排出された弾丸は、どれもこの僅かばかりの((彼我|ひが))の距離を制するだけの威力を備えて余りあった。一発であったとしても骨の隙間に滑り込み、もしくは粉砕しながら突破すれば、決着をつけるだけの致死をもたらしてくれるはず。

 だが敵が"蠢く"のはさらに早かった。瞬時に骨格の一部が組み変わったかと思えば、待ち構えていたかのように弾丸のことごとくが骨に命中する。

 単なる骨の集まりならば砕いてみせただろう弾丸だったが、叩き付けようとも硬くも虚しい衝突音と一瞬の火花を散らせるばかりに無力化されてしまっていた。如何なる密度か、魔の為せる能力ゆえか、骨自体には攻撃によって穿たれた穴どころか傷一つさえついてはいない。

 もっとも、弾かれた弾道の多くは初めからその射線上に肝心の急所を捉えてはいなかった。

"足りない!"

 断じたほむらは己が細腕に無言のまま命令を下した。人知の及ばぬ魔の力を使えるのは、なにも人類の姿をしていない者に限ったことでは決してない。カービン銃を握る指先から腕全体と肩関節付近に至るまで――見た目には全く表れずとも、ほむらの筋力は今や倍以上の能力を発揮し手中の武器をさらに押さえつける。

 『魔法少女』たるほむらが、"魔法"の力を((実践|じっせん))した瞬間であった。

 発射時の反動の大きさを数段ほど抑圧させながら、ガスインピンジメントシステムの繰り出すさらなる追撃が銃口から解き放たれる。だが、ばら撒かれる範囲こそ狭まりはするも、弱点に命中する飛翔を描く弾頭自体が急激に数を増したとは言い難かった。

 敵対するケンタウロスの攻撃は遅い。が、自己防衛に非常に長けていた――あえて言えばその俊敏さも、むしろ後者のために備えていたのをほむらに見せつける形となった、とするのが最もかもしれない。

 ほむらの微かな苛立ちは、臆病な骨の魔物を超えた先にあった。このケンタウルスを下す方法など幾らでもあれば、自身の"能力"さえ解放すればより確実にこなせるはずだ。予期ではなく確信としてほむらは知っていた。

"まだなの……? いや、もしかして……"

 されど戦う理由こそあっても、決着をもたらす算段は暁美ほむらにはない。

 銃弾の嵐では簡単にこの魔物が屈しないことはすでに戦闘の前から知り得ていた。それでいてなお重要としたのは、傍目から見ていかにこの魔物が正攻法の通用しない相手に思えるか。

 だが目的における手段の中で、ほむらは自身の至らなさに焦燥めいたものを抱き出していた。

 握るカービン銃は軍隊にも制式採用されている代物だ。造兵量産当初こそ幾多の問題に見舞われたが、四十年という歳月を空白にしていたわけではない。数々の仕様変更と改良によって培われた技術は、微々にも確実に新たなる進展をこの火器にもたらしている。

 無論のこと駆るバイクにも同様のことは言えた。二連マフラーが轟かせるエグゾーストノートの咆哮は、人類が組み上げた車体のスペックの深さをほむらに心強い衝撃を伴わせて鮮烈に与えてくれたのだ。

 輸入車は手間が掛かるが速い。という偏見めいた知識"だけ"を持っていたほむらだったが、いざ跨ったマシンが風を切り裂けば、少女の((心内|こころうち))をさらに傾かせるには充足していた。もっとも、手元に置いたのがたまたまそうだったのに気付いたのは、少し後だったが――

 大勢が触れることのできる可能性のある機器においてはどちらも高水準にあるといえた。そしてなにより、中学生の女子がそれを御するだけの『魔法の力』を暁美ほむらは有している。

 明らかに合致していないグリップの大きさやステアリングまでの微妙な距離を変質させ((更改|こうかい))するのはもちろんのこと、それだけに細工は留まらない。

 どれだけ技術により安定感が高まっても当然高速で移動しようものならばバイクには転倒が付きまとう。さらに現在に至っては、急激、強引な回避に出ようものならば振り下ろされても仕方がない速度でもあった。

 だのにほむらは正式な教習を受けた者からすれば無謀とも思える曲がり方や片手での操縦を容易く繰り返す。

 ほむらも乗る上での危険性は理解だけはしている。それらを初めからほぼないものとして扱うのは、手ずから幾重にも施した魔法による加護だ。

 タイヤを硬化させると共に路面への吸着性を数十倍に増加させ、ジャイロ効果やダウンフォースを最大限に利用できるように術式を組み――そうやって思いつく限りの見えない重装備によってカスタマイズをしていた。そこにこの空間自体の特性も加われば、重力下の現実世界とは比べ物にならない性能にさえ至れる。

 魔法はマシンだけでなくほむら自身にも。その"一つ"……どのような体勢になろうと瞬時に身を包む服自体が下方向への引力と反発を生じさせ、安定に加担するように仕向けてある。もはや少女の形をした別の物体が操縦をしていると言っても一切の誇張ではない。

 マシン固有のクセに探りを入れ真の所有物にする過程を、ほむらは座席に跨るや通り越していたのだ。

 そもそもほむら自身、免許を持っているどころか教えと呼べるものさえこれまで受けたことはなかった。事実そのバイクも、元はほむらのものではない。

 ほむらは『魔法少女』であって独りの戦士だった。だが機械を相棒とする"ライダー"では決してない。ほむらにとっては速さを求めることでさえ――割り裂いた風の音に喜びに似たものを感じたとしても、結局それは歪な感情の((礎|いしずえ))あってのものでしかなく、手段の一つにすぎなかった。

 だからこそ、実力が思い描いた通りにしか発揮できない底の浅さにほむらは歯を噛み締めるしかない。物言わぬ既知の魔物相手に、これだけの用意をしておいて、優位に立つための手段がまだ限られている、掌中で踊らせることさえ叶わない、現状。

 遅い連撃を避けながらも、ほむらの心中はますます骨のケンタウロスの向こうを見据えていた。

 この才能のなさで"アレ"に勝てるのか――僅かな((憤|いきどお))りをもたらすのは敵視するモノの強大さもあるが、あるいは華麗に((銃把|じゅうは))を握りもしかすれば己よりもこのバイクを扱って見せるだろう、そんな((天賦|てんぷ))の才を持つ人物を知っていたからか。

 だとしてもほむらのその焦りが一時の気休めに燃え上がることはない。

 無意識に育んでいた損得の勘定が、燻りにことごとく蓋をしこの場での無駄を常に教えてくれていたからだ。

 少女は劣等感に((苛|さいな))まれるほど自身が好きでもなければ……冷静さを必要以上失うほど自分のために生きてもいなかった。

"普通だったらこいつは泥仕合になるから丁度良いと思ったのだけど――"

 器用に片手でカービン銃を"しまい込む"や、すでに装填がなされた新たな同型と交換こそするも……ほむらの思案はすでに見限るかどうかという段階だった。

 網を張ったところで間違いならば仕方がない。些細な分岐が微かにも決定的な違いをもたらすことをほむらは痛烈なまでに胸に刻んでいる。同時に、妄信したい最たるものでもあったが。

 無駄弾を消費する因縁はこの場には初めから無い。魔物の骨格には隙間があり弱点を完全に隠蔽しているわけではないがこの調子では跳弾だろうと当たる望みは薄かった。そんな運の良さも端から求めていない。目標の一つと定め想像した者との違和感をどこか覚えてはいるが……移動法が増えただけでも前進と取るべきだろう。

 ひとたび感覚を広域にし探れば、すぐに直線道路の中の"闇に続く下り車線"が手に取るように分かった。追走しているのがほむらである以上、この魔物は容易に見逃してくれるはずだ。もしそうでなくても、方法はある。

"退くか"

 ……見過ごせば臆病とはいえこのケンタウルスがいつかは人を喰らい災いをもたらすのは自明の理だが、"今"のほむらにしてみれば切り捨てられる程度のほんの"目先"の事柄でしかない。

 鈍い青竜刀の生む最後の((文目|あやめ))を抜けるや、思考と共に体勢が傾く。

「……!!」

 魔法で広げていた知覚の先端が、同じ系統の『不純物』を感じとったのはその時だった。

 "何か"が直線上の、ここから一○○○メートル以上はあろう遥か彼方で気配を漂わせている――正確には"そういう気"がする。

 疑念が集中し注意となるや、即座にほむらの感覚はソレがかろうじてあるというのを判断し、魔力によって覆われていることを悟った。零れ落ちるように吐き出されている小さな魔法の残滓を読み取れば、魔力や気配といったものを極限まで遮断しているのがかろうじて知れる。これは――

"――!?"

 隠者の意思は、鼓膜を震わす言葉でなく魔力に乗った静かな((口訣|くけつ))のイメージとして記憶を掘り起こすかのように突如直接ほむらの脳裏に響き届いた。

『ティロ・フィナーレ』

 思わず必要以上に横に避けながらも、ほむらは起こり得た事象を余すことなく目に収めた。

 少女の脇を横切るのは第三の光、((細長|さいちょう))の一閃。

 やおら文字通り光と言うべきほどの速さと輝きを伴って前方から飛来してきた小石大のソレは、秒にも満たない刹那でバイクの傍を通り過ぎ後面の薄闇に消えてもなお、目も((絢|あや))な黄金の綱を余韻としてほむらの目前に残していた。

 もはや見誤りを疑う余地すらなく、((礫|つぶて))が虚空のみならず――骨のケンタウルスの胸部をも通過していることを、引かれた軌跡はまざまざと示している。

 光は、魔物の赤き弱点を"蒸発させながら"的確に貫いていたのだ。

"攻撃!? 銃撃されたの?"

 ――ほむらがその一連を目に収めたのは事前に『不純物』を察知していた偶然が大きかった。

 反して、既に残像が消えゆく過程にあった光の綱をようやく感知したのか、遅れて来た微かな衝撃波に恐れを抱いたのか……ケンタウルスの全身の骨が胸部に集まろうと高速で蠢く。だとしても不可思議の力の根源たる心臓部をもはや失っていた魔物は、その小さな動きに残す全てを使い果たした。

 真っ先に落ちた青竜刀の((鏘然|しょうぜん))とした響きが、断末魔の代わりだったのかもしれない。

 たちまち奇怪なだけの骨のオブジェへと転じるケンタウルス。あとはただ正面から叩きつけてくる、かつて自らが俊足で作り出した風に地面に落ち切るまでもなく打ち壊されていき、紙吹雪が舞うがごとく崩れながら後方に流れていくしかなかった。

"倒した……いやそれはそうとあの小ささにこの威力。間違いない――これはッ"

 怪物が消滅したことに、だが事実を理解することこそあれすでにほむらの胸中はそこにはない。

 数十の銃弾を叩き込もうとも射とめられなかった秘所。堅牢な防衛をすり抜けたのは、単純にもカービン銃の生む弾速とは比べ物にならぬほどの来襲の速度。そして攻撃自体の矮小と、不釣り合いなほどにそこに込められた力の大きさ。

 ほむらの知る上で、そして先の"不純物"から察すればその小ささにそれほどまでの威力を宿すのは『魔法』による攻撃の他なかった。濃厚に集約し凝縮された高純度の魔力は、たかだか縫い針ほどの大きさとして攻撃の形を与えていたとしても、意志一つで大爆発を起こせば無加工のまま亜音速まで自ら加速する。

 だがなにより驚くべきは、胸元の骨の全てに傷が無かったことだ。それはすなわち鋭さのみならず、骨の防御の小さな穴を正確に射抜くことも件の魔法の攻撃は両立させていた、ということ。

 『魔法』という響きは万能のように聞こえるが、実はそうではない。

 特に繊細を要する部分には固有の能力と共にセンスや経験というものが極めて顕著に表れる。

 ならばこそ。飛来してきた魔法は行使した者の実力の深さを告げるに足りていた。

 並走するモノがいなくなって減速することしばし、果たして魔法攻撃の射手は道路中央に姿を現す。期待しながら停車するバイクの前で、抱く存在感の不透明さに対するようにヘッドライトが人影を判然と闇にくりぬく。

「さっきのは……あなたが?」

 華奢な体躯は、若い女性のものだ。

 多く見積もっても高校生高学年といった雰囲気だが、西洋風の衣服の布の向こうにはところどころ肉体の締りの良さやあるいは豊かな面がメリハリをもって窺える。

 無論容姿に気をかけるのは十代の少女といえど珍しいことではない。が、その携えたものがそぐわぬほどあまりにも特別すぎた。這わせた目線が銃床と思しき部分を捉え、手に持つカービンとの近似でようやくほむらにも理解が出来たが――ソレの外形はほぼ持ち主の身長の二倍はあるかという線形の銃身だったからだ。

 さらに気付けば女の足元には円が描かれているかのように、これまでの出鱈目な指示標示とは違う何か薄く細長いものが置いてあった。

 不意に蛇のようにそれが脈動したかと思うと、女の首元目がけて跳ね飛ぶ。締め上げるかのようにまとわりつくも、緩さを残して蝶々結びとなるや活力を失いそれっきり動かなくなった。蛇の正体は、最初からただのリボンでしかない。

 そこで急に、ほむらは己の中で爆発的に目前の女性のプロポーションへの関心が増した感覚に襲われた。だとしてもこれは好感とは勘違いしそうだが異なったもので……どちらかと言えば驚いた方に近い。正しくは、リボンの発していた『力』により薄まっていた存在感が本来の役目を取り戻したのだ。

 リボンと気配を操る奇術。もちろんそれも、魔法であることは明晰であった。

 少なくとも人間の形だけはしている。闇に現れた女はほむらと同役――魔法少女と見てまず間違いはない。

「余計なおせわだったかしら?」

 奇銃の銃身をやんわりとした手つきでさする。女は幼さと若さが共存した顔立ちの口元を柔和にほころばせながらも困り気に眉をひそめていた。

「グリーフシードを取りに行く手間が増えちゃったのは謝罪するわ」

「いえ、とんでもない。苦戦してましたし……こちらこそ助力していただかなければ一人で倒せたかどうか」

 事態を想定していた為か思っていたよりもすんなりと用意していた返答と安堵の微笑にほむらは移れた。この空間が狩場、もしくは勢力圏に入っているのならば、住まう魔物と対峙する以上に"言葉が通じるかもしれないぶん"態度には慎重を要すると言える。

 魔法少女同士を取り巻く環境は決して穏便なものではない。グリーフシードという討伐の報酬、個々の契約の事情や生き方、それらの前提だけでも相容れない理由として充足している。――ましてや『この』"相手"は暁美ほむらのことなど知りもしないだろう。

 だとしても、網を張っていたかいもあったというものだ。

 確かに取りに戻る手間は増えたが、むしろ逆にほむらが知り身に付けたかったことを見せつける形で体現してくれたようなものだった。

 骨のケンタウロスが倒されすぐにヘッドライトがこの場の闇に女の輪郭を切り抜いたからといっても、数十秒後の話だ。

 先ほどの魔法攻撃は、女の持つ銃を媒介に放たれたと見てまず間違いない……が停車までの移動速度を考慮すれば、この女はおよそ一五○○メートルの距離から超精密長距離射撃を行ったことになる。

 己に未だないモノをこの女は持っている。それだけでも取り入るために((諂|へつら))う価値はあった。

「えっと、あなたは?」

「あぁ御免なさいね。名乗るのが遅れたわ」

 だが――打算の一方で、ほむらは女に対し言い知れぬ違和感を次第に胸の内から生じさせていた。表情とは異なる部分で、どこか陰りのようなものがある気がするのは、この暗さのせいだろうか……。

 なにより、あの"一撃"。

 視界に収めたわけではなかった。音や気配を極めて正確に感じ取ったわけでもない。ならば誤解かもしれぬが――あの時、生物的にも魔力的にも鋭敏にしていたほむらの感覚は、何かが走行中のバイクに"向けられ放たれようと……否、放たれた"ことを不確かながら告げたのだ。

 思わず大きく避けたのはそのためだった。真っ直ぐに迫っている気がした故に。間を置かず射止められたのが((魔女|ケンタウルス))なのだから、勘違いとし己をまず疑うべきだろう。

 だがそれで疑問を全て投げ出せるのは相手が魔法の銃であり弾を使っていない場合である。

 銃弾の形状を射出後に変化させるなどすれば空力等を制御することにより飛翔中でも移動させるのは容易に可能だ。攻撃自体に目に見えぬほどまで細くした"リボン"でも付いていれば身から遠く離れても目や鼻といった感覚の延長としてさえ機能しながら望み通りの機会に行える。

 微調整を考慮する方がより力を持つなら特に自然であろう。だが先ほどの感覚が現実だとすれば、当てるべき魔女からわざわざ無駄に距離の開きを出す必要性も薄い。子供騙しとはいえ気配を消していたのだから直前まで悟られなくない思いによるものかもしれないが……ならば銃撃よりもまずは罠でも仕掛けていた方が確実そうである。

 いらぬ妄想とも取れた。全てはあまねく暁美ほむらの感覚がおぼろげにそう感知したに過ぎない。事実だとしても、気付いていないと装えているのならばそれで良いはず。

 ……だとしてもほむらは、女が薄く笑った瞬間に心のどこかで、あの"弾"が思い違いでなければ何を狙ったのか、分かっていてもなおひどく気になった。

「私は巴マミ。よろしく」

説明
一章三節 https://www.tinami.com/view/1023182 ← → 一章一節 https://www.tinami.com/view/1023180

この小説を読んでくださった全ての人に感謝を。

あらすじは三章六節までの分があります。【あらすじ】 https://www.tinami.com/view/1023211

一部オリジナルの設定などもあります。
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