二章二節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 楚々たる((皓白|こうはく))がただ覆う情景も、こうも積雪の程合いが過ぎたとなれば((蹂躙|じゅうりん))を物語るだけの脅威が満ちている。

 入ってみれば二階建てであることが確認出来た点々と存在する丸太小屋の数々は、外観からはかろうじて天窓付きの急傾斜な屋根が雪上に見えるまでに埋もれてしまっていた。

 寒空を隠す針葉樹のまばらな群れは異様な幹の長さが幸いし、この場が少なくとも"森林"であることを一見では過不足なく告げてはいたが……樹齢数百年を軽く超えそうな((樅|もみ))のようでいてその実地球の如何なる木々にも該当しない巨木もさることながら――((根開|ねひら))きの類か。数多の六花が作り出した地表に、穿たれたかのごとく樹幹を中心に空いた穴は不気味な危うさを漂わせ、ひとたび覗けば克明に根元までの距離を表しこの白の異様な威圧を引き立てさえしていた。

 細枝が重みに耐え切れず雪裂けの音を響かせる。されど続いて轟くのはより大きくさらに荒々しい、大樹が破砕された時の断末魔だ。

 同じ白色でも寂静ながら暴力を漂わす光景とは異なった、遥かに直接的で分かり易い獰猛さが"影"を追い森林をかき分け降り積もった雪を煙さながらに舞わせながら進む。

 "それ"自体の姿形は潰れた((玉屑|ぎょくせつ))製のうさぎ二羽が足の代わりに備わっている以外は文字通り張り付いた笑顔を浮かべた単なる『雪だるま』でしかない。だが"一○数メートルの巨体"が進路上にあることごとくを破壊し小さな獲物を求めて猛然と生物の躍動さえ感じさせながら移動する様は、その愛嬌に反して狂暴な恐竜や怪獣の狩りさえ連想させる。

 雪上に突き出た周囲の樹高とほぼ同程度の巨体はまさに白魔の権化。仰ぎ見るが故か、"眼の芋"や"鼻の人参"といった野菜の作る表情は不動ながら嗜虐への歓喜さえ漂わせていた。あるいは一端でも知る者にとっては、『魔女』とこの雪だるまの正体を単に表すことこそが、最もその冷酷さに理解が及ぶだろうか。

 ただでさえ成長著しいそこらの木より一回りも太い角材の腕がゴム同然にしなり襲い掛かってきた。

"遅い――"

 だとしても、何も勝負を決定づけるのは大きさだけではない。追われる小動物には黙って捕食されるのを待ちはしない、肉食の牙から容易く逃れられるだけの俊敏さがあった。独特な轟音と共に天高く弾け飛ぶ木片交じりの雪を背に、表層に線形を描き残しながら森林の隙間を抜けて続けていく((軽捷|けいしょう))流麗な影。

 手玉に取るその者の正体は、華やかな衣装を身にまとった少女――『魔法少女』、巴マミだ。

 パウダースノーがこれほどまでに積層を成していれば、無暗矢鱈にその上に立つのさえ危険と言える。人間の幼子といえど自重でたちまちに足が没しさながら底なし沼に((嵌|はま))るかのごとく身動きが取れなくなるであろう。単純にすぐ後ろにいる雪だるまが見た目と質量が噛み合っていないだけなのだ。

 ましてやこの雪は舞い上がれば"綿毛"としても差し支えのないほどにゆったりと落ちてくる柔らかさ。ひやりとした氷の冷たさがある羽毛の大地は、現実の粉雪のそれよりも微々だが確かに、上を行く"愚か者"の存在がないかを待ち続けている。

 されど人の身で情理を覆すのが魔法少女ならば、それを気付かせるのが人の身に備わる"感情"と"知恵"であった。

 足裏に固定された魔法の板は、変形させた張本人であるマミの期待に応え形通りの役割を行っている。過去に一度もそれに似た状況など経験は無かったが、ほんの少し魔法の力を借りれば重心移動も完璧だ。体重自体の減軽も((抜重|ばつじゅう))へ貢献している。

 さながらスノーボード。それでいて扱いの軽快さは、森林を滑り抜けるだけでもこの空間の粉雪に沈み込むこともなければ大穴に勢い余って落ちるようなこともないだろうという安心さえ感じさせる。

 無論すぐ後方の雪だるまの魔女は((安穏|あんのん))とした進みを許しはしない。加えて攻撃の度に巻き起こされる衝撃で木々が揺さぶられ、頭上から行く手を塞ぐかのように幾度とない((垂|しず))りが起こる。雪崩のごとくこうも尋常ではない量がほぼ塊として落ちてくるとなれば、軽さからくる雪の奇怪な浮き上がりも全く意味をなさず味方もしていない。

 速度を得るに必要な傾斜も無いとなればまだ足の板だけでは役不足と言えた。

 ――裏切るのは、"発想"に積み上がるこれまでの巴マミの経験だ。

 両腕にそれぞれと腰回りにあらかじめ結びつけたリボン。魔法としての下知を与えられるや結び残しの末端が"伸長"しながら勢いよく"射出"され、一直線に虚空を横断し先行するや瞬く間にぶつかった大木に絡みつく。

 手繰り寄せるも同然に高速で帯を収縮させれば、ウェイクボードよろしく得られる加速――のみならず変則的な動きを組み込む余裕さえ生まれた。

 立ちはだかる木の壁も埋没した小屋も、時折生き埋めにしようと襲い来る大量の落雪さえも、目に映る樹海の全てを活用しながら縦横無尽に滑走する今となれば何ら脅威ではない。依然として追い打ちを止めない敵との距離は五メートル以下まで縮まることはないでいた。

 申し分ない速度と周囲の状態への判断が付くや目ざとく反撃の機会も織り込む。身を捻り後方を向いた僅かな間の内に、空いた手に召喚されたマスケット銃が撃ち放つ閃光の銃火。小さな光弾の((細|ささ))やか抵抗に見えて、魔女が掘り起し巻き起こした雪煙に飛来したソレが衝撃波で開けた穴の大きさは秘めた破壊力を物語る。

 だが翻弄させ切らせてはくれないのもまたこの異質な空間の持ち主である魔女故か。

"ダメか……" 

 立ち上る雪が数秒でも晴れたからこそよく分かる。ましてや反撃はこの場だけに非ず。これまでと同様に、先の発砲による攻撃は『雪だるま』の身体に吸い込まれ埋まるだけであった。

 鉛の弾とは別の法則にある魔女にとっては毒となるマミの魔力が込められた光弾。魔女が絶望を担うなら魔法少女は希望を司る――純粋な討伐の魔法になるほど、反発の度合いは深まり起こる破砕や爆発とはまた違う苦痛が魔女を焼くことになるのだ。

 とはいえ通例に追撃者は当てはまってはいない様子だった。単に威力も足りていなければ、如何に毒といえどあれだけの巨体を急速に蝕むには込められた魔力もたかだか知れている。撃たれた痕もすぐに塞がり、見た目に現れるものとは別のダメージを受けている気配すらない。

 そう分かってなお攻撃を逃げの機会に変えようとはしないマミにどのような思考が巡ったのか。魔女の攻撃は一歩あたりの幅を最大限に使う((猛打|ラッシュ))に突入。舐めるように腕である角材を振り回したかと思えば、容易く折った巨木を蹴り上げ破壊の余波を広げていく。

 さらなる激しさの中に身を置くことになったが、応じるマミもここに魔法少女としての力量を示す。猛攻の只中にあってなお((木の間|このま))での軽やかな滑りは損なわれることは無く、むしろ冴え渡る。

 かろうじて埋もれずにいる屋根の傾斜を"台"として活用し小さく跳ね上がれば、マミにしてみればたった数十○センチ浮くだけでも自由度が格段に違った。矢継ぎ早に打ち出された帯の張力に引かれるやほんの一瞬の滞空中に急激に進路を変え、新たな飛び台の近く、もしくはその場限りの安全圏へと退避する。

 失神してもおかしくはない横殴りの超加速の連打による影響も魔法により相殺することを忘れはしない。

 だとしても、回避の範囲は着実に狭められていた。

 そこに隙を見つけたか。雪だるまの鼻の"人参"が突如急速に肥大し"伸びた"。隠し玉として使わずにいたのか――がマスケット銃の銃弾をも凌駕する勢いと除雪列車ほどもあるサイズは、素早さがあろうとほぼ雪面上しか移動していない小動物には酷である。肉薄する人参はかすっただけでも容易く人体を粉砕するのはまず間違いない。

 派手な轟音を響かせ勢いの残像を引き連れ突き刺さる先端。威力を物語るのは続けざまに爆心地から起こった魔女の全長以上となる衝撃によって噴き上がった"白柱"の高さだ。

 粉雪自体の不可思議な軽さもありはするも、小さな獲物に対して過剰極まる攻撃だったのは明白――非効率な一撃は、あるいはどこか残忍性という"人格"を片鱗でも確と有しているためであろう。終止この"追いかけっこ"があくまで魔女からしてみれば勝手知る庭に紛れ込んだ異分子への狩猟遊びでしかなかったのだ……とでもすべきだろうか。

 漫然と想いを馳せながら、箱庭の主を眼下に"影"は跳ぶ。

 秘策があることなど単調な攻撃しかないことから見抜いている。リボンを使った移動範囲と速さには限りがあるとみて放ったのであろうが、反射にほぼ近い速断に応じ腰に結び付けていた帯は強襲よりもなお素早い伸縮によって瞬く間にその身体を上空へと弾き飛ばしていた。

 真骨頂を露にした条理を覆す魔法の技。のみならず動きそのものを騙しの札として活かした末に――"巴マミ"は追う者の錯覚と死角を勝ち取ったのだ。

 荒くきめる即席の((捻り回転|ロディオフリップ))。自由落下中に体勢を立て直しながら、マミは足裏の板への魔法を変化させる。

 ただ足を置いているだけといえど実物のボードの((固定器具|バインディング))よりも強い結びつきを魔法による補助はこれまでもたらしていた。いわんや繋がりさえ切ってしまえば縛るものもない。

 振りかぶった黄金の美脚から((膂力|りょりょく))を受けたボードが撃ち出される。((凛冽|りんれつ))を裂きながら一直線に雪だるまの首元目がけて飛ぶや、突如揚力を有したかのように上向くと"狙い通り"その側頭へと衝突した。

 蹴り飛ばされた速さからすれば浅い突き刺さり。その頃までには魔法のボードはそこらでたまたま見つけたブリキの板へと形状を戻していた。だとしてもこの取り立てることのない見た目への表れでさえ、内で膨らみ渦巻く荒々しさへとすでに変換された魔力が功を成すには、事足りている。

 僅かな間もおかず――"板"は超高温の熱源となって眩い光を放った。

 爆発とでもすべき閃火の現出に巨体が大きく揺らぐ。雪だるまの"残す"顔は変わらぬ冷笑ではあるが…一瞬のうちに蒸発し崩れ落とされたかつての側面は余剰に歪む空気越しにさえまざまざとそこが味わった熱波の威力を伝え、不意の光に退いただけではないであろうことが見て取れる。

 体位が傾ぐ雪だるまと跡形もなく消滅していく光源を空中で眺めながら、マミの両手に召喚された銃が魔女の"足元"に銃弾を撃ち込むために撃鉄を打つ。そこから落下までにすでに見定めておいた太枝へと片足で着地し旋転。寒気に晒された熱い吐息が周囲に白い小さな輪を作る中で衝撃を殺すまでが十に満たない秒での一動作――魔法少女として実践と修練を積んだ者故の身の((熟|こな))しである。

 腕を表層へと"突き刺し"何とか転倒を免れる魔女。抉られた箇所から立ち上る湯気は足場で舞い散り((帳|とばり))となって留まる粉雪並に濃さを次第に増してゆく。同じ白ではあるが、上部の光景はとめどない血潮さえ思わせる。

 とはいえやはり地球の理とは異なる魔女だからこそか。如何に巨大といえどこれだけの熱量を浴びてほぼ"その個所"にしか影響が確認出来なければ、当たり所の問題だったかもしれぬとはいえど続く挙動には支障を負っている様子もなかった。ふらつきも、いくら踏ん張りがあるとはいえ衝撃からすればむしろ小さすぎた方だ。

 苦痛を訴える顔も呻きも無い――だが通常ならばありえたであろう付加のそのどれもが巴マミからすれば"必要以上"でしかなく、次の一手に必須の要点は今や余さず押さえきっていた。

「レガーレ・バスタアリア!」

 ((口訣|くけつ))を唱えるやマミの心象が即座に具現化する。

 枝に降り立つまでの銃撃により雪面に穿たれた二つの穴。そこに埋没したままの銃弾それぞれから、事前に仕掛けておいた魔法効果に準じてまるで発芽するかのようにリボンの束が次々と伸長し絡み合いながら溢れ出ると、たちまち周囲の木々と高さを等しくするほどに急成長を遂げた。

 葉や茎はなく平たいが、見た目通り二本の帯とするよりかはどこかその肥大化する様は植物であり巨木を思わせる。

 魔女に向かって蠢きしなるや――あるいはとぐろを巻き鎌首をもたげる蛇の攻撃性さえ漂わせながら――長大な二つの帯は体勢が崩れたままの雪だるまの隙を逃さずにまとわりつき始めた。浸食する((寄生木|やどりぎ))となってその身を瞬く間に包み込んでいく。

 マミが得意とするリボンによる拘束魔法である。何の装備も加護も無い人間が同じ状況に陥ればたちまち肉塊になるであろう圧力を持ってして、幾重にもリボンを巻きつきかせ荒く縛り上げ次第に魔女の自由を奪っていく。

 目論見通りに見失わせはしたが所詮はその場しのぎでしかない。人参の中距離攻撃によって噴き上がった雪の柱が晴れるまでもなく、マミの生存は雪だるまの察知するところとなった可能性は高かった。目に映るものとは別にこの空間そのものがまず魔法少女の敵なのだ。だが、これほどまでの捕縛ともなればそれを活かすことすら叶わせはしない。

 砕けるまでさらに締め付けるのは少々労が必要であった。ならば必殺の魔力を込めた一撃で水分を消し飛ばしてやるのも一策――そして、なにも己で決着をつける必要もないのも戦闘における策である。

「今よ! 暁美さん!」

 言葉を向けるのはマミと魔女がいる地点からおよそ一五○メートルの位置。声音が届くには距離があり、テレパシーや通信機の類も一切使用はしてなかったが――だが、"反応"は素早かった。その地点、雪深いまばらな森林の只中から小爆発が起きたかのように突如として雪が舞い上がる。

 変化は即座だ。瞬きの間でそれは起こった。縛りつけたリボンの隙間、白さを晒す腹部に破砕鉄球でも打ち込まれたのかというほどの大きな陥没が出来たかと思えば、大転倒に傾く最中その総身が割れ裂け弾けたのだ。

 ……ただそれだけである。あまりにも、あっけない結末でしかなかった。

 今やかつて意志ある雪だるまを構成していた各々の塊は、落下の衝突音を断末魔の唸りの代わりに響かせながら小山を積み上げていくのみ。あれほどの巨体があった場所に残ったのは、"時の動きから置き去られたかのように滞空した状態の雪"と半端に型を取って未だ消えずにあるリボンだけであった。

「……」

 『原因』を知っていたとはいえさすがの巴マミも少々驚いた。一五○メートル付近で未だもうもうと立ち込めている雪煙は、粉雪自体の軽さこそあれエアノズルから圧力によって排出された空気が起こしたものだろう。

 それを取り付けられた銃の射手こそ、もう一人の魔法少女――暁美ほむらである。

 半ば雪に埋もれる形で身を潜まさせておき、おとりを買ったマミの"合図"によって微修正を加え拘束で動きを封じられた敵へと長距離からの弾丸を撃ち込む。事前の話し合い通りに事は進み、まんまと魔女は二人の計画にはまりこの位置まで誘き寄せられたのだ。そして成果は見るも明らかである。

 その総仕上げの一撃を可能としたのが先日魔法によって改修を施されたアンチ・マテリアル・ライフルだった。

 元々装甲車でさえ貫通する威力。戦車には有効と成り難くなってきているとはいえどその突破力は凄まじい。

 ましてや今回は銃弾自体にも魔法をかけ強化をしてある。標的へと飛翔しながら自らさらに加速。その雪だるまからすれば小さな弾丸一つの衝突で腹部に巨大なへこみ跡をも作れば、密度の前に内部で砕け散ろうとその断片一つ一つがさらに細かく割れ飛びながら縦横無尽に駆け巡り亀裂を広げ破壊の限りを尽くしたとしても何ら不思議ではない。

 正確な射撃も、魔女の一部を溶かした光球による目印があったとはいえど、そこからの事態の早さも含め銃への魔法が間違いなく機能していた証拠でもある。銃弾の威力を遺憾無く発揮させるための補助として不足はなかった。

 小さな魔法の数々が込められた意味を繋ぎ真価を顕現させる。ついに対物ライフルはあるべき魔法へと至ったのだ。

 残すはあの崩壊でもまだ息があるかどうか。生物であるかどうかも怪しくまただからこそこの状態にしてなおマミには考えが巡るのだが……とはいえたとえ"生きていた"としてもこうもばらばらにされては次の動きすら難しいはず。

 既に死に至り時間差があるだけかもしれないとはいえ、勝利の確信と同義の求めるモノが落とされるまでは警戒を怠らないのが鉄則である。魔女の卵が銃弾の直撃を数度浴びた程度で壊れる代物ではないと知っているマミは、"残骸"の上で絡み合っているリボンの性質を別の魔法へといつでも変化させられるようにと意志を向けようとした。

"さぁグリーフシードは――!?"

 変化はそこで起こった。雪の小山を作っていた魔女だった塊が突然弾けたのだ。しかもただ爆ぜただけではなく、無数の何かが飛び出す。

 手のひらサイズの雪だるま。それが数十、いや百近いであろう数で現れたかと思えば、着地するや瞬時に弾丸のごとく加速する。

"逃げる!?"

 意味を判じるよりも早くマミの魔法は形を成す。巨大雪だるまを拘束していたリボンはたちまち千の銃弾へと変化を遂げ火花の雨を降り注がせた。が役割を果たしたものの射抜いたのは二割に満たない。自動で狙いを付けるマスケット銃召喚まで暇は無しとより単純な魔法で無差別に雪面へと攻撃を加えたがその隙を付かれた格好だ。

 先とは違い撃たれた雪だるま達は容易く四散する。だが速度は段違いだった。群れは低空飛行でもするかのように森林を残像を引いて疾駆し、枝から"落ちながら固まったまま"の雪の暗幕も正面から体当たりで打ち壊して進み続ける。

"しまった! 暁美さんが狙い!?"

 すぐさま知覚を広げる中で敵の進行方向の理由に感づく。全身を割られたことへの((雪辱|せつじょく))か――それとも何らかの効率に基づいた考えがあってのものか。とにかく見やれば未だに薄い雪煙に覆われ射手の居場所を告げている地点には、あと十数秒もあれば先発が到達するであろう。ここにきて軽い雪の特性が仇となった。

 いやそれにしては――あまりに異様に雪は舞い上がり過ぎていないか。この結界内に侵入後まず始めにライフルの試し撃ちも行った。だがあそこまで長く敵の姿が隠されるほどに空間に留まってなどいなかったはず。気付けば射撃地点のみではなく、枝から崩れる雪や巨大だった頃の魔女が蹴った雪も、まるで時から取り残されたような落ち方を……

 一瞬だけ脳裏をよぎる疑問は、だとしても解を導くまでも無く隅へと追いやられた。この空間において心乱されたならば捉われ惑わされるのをマミは知っている。抱いた思いを消し去り、同時に意識せずとも何ら出遅れず魔法への経路を整えたのは今日までの戦いあってこそ。

「ダンサデルマジックブレッド!」

 マミは即決し技名を唱えた。魔法は距離を超え、想像通りに宙に浮く数十丁のマスケット銃が雪だるま群の行く手を塞ぐ形で現出する。

 本来は攻防一体の技として自らを囲むように召喚するのだが、咄嗟に決め定めた心象の一部だけを切り取り、横三列の方陣を組ませた形を急ごしらえし正面からの敵を迎え撃たせた。

 斉射の銃口炎が雪景色をさらに白く染め上げる。一つと聞き間違うほどの轟音が響くや、一撃の元ほぼ同時に次々と射抜かれ砕ける雪だるま達。マミの意思に従い自動で狙いを正すマスケット銃の殺傷効率は弾こそ同じではあるも降り注がせるだけとは段違いである。一方的な殺戮であったのは疑いようもない。

 そこまでを行使しなお無傷の軍勢が残る。洩らしたのは数にして約三○――猛進するだけならば全て仕留めたであろうが、知恵者や運がある者は銃口に狙いを付けられる僅かの内に森林の陰に隠れるか積雪へと急潜行しやり過ごしたのだ。威力はそれで逃れきれるものではなく撃破した敵も少なくはないが、数自体も照準への幻惑に働いてしまっている。

 標的の多さに単発式の弱点が露見してしまっていた。一体を残し他は偽物か使い魔なのか、もしくは全て本体か――分かるのは健在ということだけ。撃ち尽くしたマスケット銃の陣形の上下を雪だるまが勢いに乗り超えていく。

"ッ――"

 巴マミは次手に詰まった。もはや白煙の立つ地点に雪だるま達が接するまでは僅かな間でしかない。

 ((俄|にわか))作りで覚悟はあったとはいえ思った以上に数が減らせなかったのもあった。何より、この秒読みの段階でさえ猶予に変えるのが魔法であるが、己の近辺ならまだしもあそこまで距離があるとなるといくら広げた知覚で位置関係を完璧に描けようとも新たに防御策を用意するにはほんのあと少しの時が致命的に足りない。

 あるのは共闘相手の窮地に指を噛むだけの時間だ。

「暁美さん!」

 寸前で雪だるま達に鎌や斧の腕が生える。あの速度でなら肉を((抉|えぐ))るのは造作もない。一斉ともなれば――

 結界内の空間が味方でないのはこれまで戦ってきた者ならば当然心得ているだろう。『収納』があるにしても最悪ライフル自体を放棄しまず身の安全を図るのも、この結界内へと踏み込み試し撃ちを行った時に事前に話し合っていた。

 が、如何に素早く雪の噴き上がりが危険に結び付くと判断出来ても、雪煙を脱した時には最高速度に達した雪だるまの群れが肉薄寸前に迫っている。傷を負わないで回避することなど可能だろうか。

 刹那で爆発的に膨れ上がっていく不安。

「え――?」

 打ち消したのは一発……マミには同時に二発放ったと聞こえた銃声だった。

 マミは見た。マスケット銃が撃ち貫いたときのようにそのことごとくが空中で割れ砕ける雪だるま達の姿を。

 奇態に目を丸くするのも束の間、マミは別の気掛かりにすぐさま頭の冴えを取り戻し、辺りを探る。

 何故か、"固まっている"も同然だった雪煙がほんの一瞬前までとは違い掻き分けられ穴が開いたように歪んでいるのにマミは気付いた。そこから数歩の距離を隔てた場所――構えの体勢を解いてゆくのは、はたして求めた魔法少女暁美ほむらその人の姿である。

"……"

 もはや周囲からは満ち満ちていたはずの邪気も敵意も感じはしない。マミは警戒しながらも伸ばしたリボンを他の枝に結び付け振り子の要領で虚空を進みながらほむらのいる方角の地上へと降り始めた。あれだけの攻防があった距離も静寂に戻るだけで((煩|わずら))いも無い長さへと変わる。

「暁美さん大丈夫?」

 微かに躊躇と呼べるものがあったが、雪面へと降り立ちながらマミが声をかけると浮かべた暁美ほむらの表情は"安堵"と受け取って差支えのないものだったかもしれない。

「えぇなんとか。それよりもアレ――」

 ほむらの指差す方向に察しがついたマミは頷くと視線をやる。此処への移動途中も注意を怠らせなかった要因の"一つ"。一斉に撃たれた中でただ一体だけ砕けずに残った小さな雪だるまが倒れ伏しそこにいた。

 がくがくと震えるや"中身"がずるりと這い出す。頭は……頭部ではなく雪ですらなかったのかもしれない。尾部、とするのが正しいであろうか。その隠されていた上部を昆虫として参照するならば。

 大きさ以外は雪虫の類とも受け取れる『ソレ』は、だが何かの行動をとるにはその細い右半身の抉り取られた部分が深刻だった。ほむらの片腕に握られたモノが威力を晒した結果である。

 手にあるのはソードオフのショットガン。通常よりも早く弾けた実包が、内包し魔法で強化されていた鉛の弾をばら撒いたのだ。雪だるま達を殲滅し、異形の虫に傷跡を残したのはまさにそれによる穿ちだ。見ればマミ達の周囲の木々には弾丸が抉り貫通した痕跡がそこらかしこにあった。

『――――』

 甲高い声が異形の虫から上がるが……それまで。血の代わりに内から噴きだす極彩色の炎にたちまち全身を包まれ焼かれ、((捩|よじ))れる影を見せたかと思えばもうその姿は鎮火と共に灰と化して崩れ去る。

 残ったのは熱にうっすらとだけ溶けた雪の表面と、鈍く不安を起こす輝きを放つ黒い細工が一つ――グリーフシードが無造作に転がっていた。

 『魔女』との戦いは終わりを告げたのだ。その確信を後押しするかのように、周囲で枝から落ちてゆく状態で固まっていた大量の雪が"時間を取り戻し"一度に地へと叩き付けられる。見ればほむらの射撃地点で留まっていた雪煙も突然渦を巻き先ほどまでが嘘のように早々と霧散した。

 もしかすれば魔女とこの結界とは何か密接な関係にあったのかもしれない。思い起こせば板を媒介に魔力の熱をぶつけ巨大雪だるまの側面を削いだ時に、舞い上がっていた雪が徐々に濃さを増していた気もする。

 本体はあの小さな虫の姿でしかなかったが、偽物にせよ使い魔だったにせよ、たとえばあの魔女が雪だるまとして纏い操っていた総質量は周囲の雪一粒一粒に影響を及ぼすものだったのではないだろうか。

 ライフルにより全体が崩壊するその寸前にはただでさえ舞い上がりやすく、そしてばらばらにすると同時に雪煙は動きがあるのかすら分からないほどに空間に浮遊したのだとすれば……だがマミは考えるのを止めた。結局は推論の域を出るものでもなければ、深く考え続けるものでもないからだ。なにより他に考えるべきことがまだ残っている。

「でもびっくりしちゃったわ。避けれないと思ったもの」

「自分でもよく出来たと思います。無我夢中で撃ってみたんですけど、効果覿面だったみたいですね。たぶん……あらかじめ軽くなる魔法をかけてもらっていたり、気配を薄くしたり、そういうのがちょっと目くらましになったのかもしれないです。マミさんのおかげです」

「止してよ。たまたまよ。たまたま」

 相手の考察に合わせて涼やかに微笑を返すマミだったが……胸中に表情と似た感情はなかった。

 鮮明さを戻した射撃地点には、降り注いだ雪に埋もれたのか砲身だけが地上へと突き出しているライフルが。

 傍には雪を薄く乗せほむらの身体を隠すために使用した魔法で肥大化済みのハンカチも落ちている。保温と何より気配に干渉する魔法も布にはかけてあったが、子供騙しとはいえあの切迫した状況だからこそほむらの言い分通りより能力を発揮したのだろうか。

 ……だがどうにもマミは納得がいかぬ。こうしてこの雪の上に苦労も無く立っていられるどころか、空中での動きに余裕を生ませ枝に止まるのに難がなかったのも事前の魔法行使によるおかげだ。同じ魔法の効果ならば、それこそほむらとて同様の挙措が出来るかもしれない。

 盾の中に"収納"されていくショットガンにもライフルと同じ改修が施されているのも加われば、あの瞬間にあそこまでの反撃をしても何らおかしいことではなかった。

 それが、あくまでマミ自身を基準に考えるならば、の話だが……

「でも頭が真っ白になってて……実を言うと倒した時のことよく覚えてないんです。ちゃんと戦えるって自信はちょっとだけ付きましたけれど……やっぱり私には必殺技を言ってかっこよくするのは向いてないんでしょうね」

 嘘か真か。だがぬけぬけと言うほむらの真意を周囲の状況から判断するには――いつもよりも遅くとも――結界内が跡形もなく解け崩れ消滅していくのはマミにとって早すぎた。

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【あらすじ】
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