二章三節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜 |
ごとごと。席が揺れる。
腰を預ける場所がしっくりきているせいもあるのかマミには小気味良いリズムにも思えた。それは目の前で、座席越しに背を向ける人物への信頼がいくらかの余裕を生ませているのも関係していたかもしれない。
握るハンドルはいつだって危なげなく窓の外の景色を動かしてきた。
ごとっごとっと。時々揺れる後部座席でマミは一人だった。だけれど、退屈はない。小さな手足を動かしては、何かとてもうれしい話をしていた気がした。その話を微笑んで聞いてくれる人物が、前の席には二人いたから。
どこかに行こうとしていた。その話だったかもしれない。
喋りかけながらもマミには自分の声がよく分からなかった。だけれど嬉しかったのだ。こうしていればちょっとでも早く目的の場所に付くような気さえした。
がくりと。マミの座席は大きく揺れ動く。そうして、付けているのを忘れていたシートベルトが前のめりに倒れそうになる身体を支えきるまでも無く――見える景色は一変し――
フロントガラスに映る別の車がどんどん迫って来る。もしかしたらこちらから寄っていたのかもしれない。
マミには何が起きているのか分からなかった。目に飛び込んでくる事態が危険であるということを知ってはいても、そのような時に思い付くような準備もない。急にゆったりと進み続けるようになった時間の只中で、心の底から、分からなかった。
目と鼻の先まで迫る別の車が――ぐにゃぐにゃと形を変え大きな"口"をぽっかりと開く。びっしりと奥まで生えた鋭い歯が降り始め、こちらを今にも呑み込み押し潰そうとしてくる。
訳も分からずにいたマミの前に"一閃"が輝いたのはその直後だった。目に映る景色を二分割する煌めきの線はただ一瞬だけだったが……無数の歯並びは鋭い何かに切られたかのように裂けると、たちまちマミの左右に崩れていく。マミ達を呑み込もうとしたソレの全容は、真っ二つにされた大きなタコの死骸であり、もはや残骸だ。
マミはその一部始終を何の遮りも無いのと同じく見終えた。
車が止まる。シートベルトに席へと押し戻される。
まだ何が起こったのかマミには分からなかった。ただ怪物の歯が迫る中でずっと見ていた光景が目に焼き付いている。雷かと思ったあの"長く伸びた"光が、赤い斬りつけであったことを。
マミの前。車のほんの少し前の位置。今そこに佇んでいる、揺らめいた炎のような影が振るった刃であったことを――
"――!"
巴マミは瞑っていた目を開けるやいなや布団から跳ね起きた。
用心を整えながら近辺を見渡す。暗所でも薄明りがあるならば夜目への慣れも早い。ずっと中身の同じ写真立て、棚でそっぽを向かせた熊のぬいぐるみ、役に立ったか分からない窓際の((装飾品|ドリームキャッチャー))……そこから先は細々とした情報でしか無くなっていた。
配置は何も変わりようはなく、いつもの静かなベッド周りだ。
落ち着きを取り戻したところで、喉の渇きに比例してかようやく全身が汗だらけなことに気付いた。時計の示す針は本来目覚めるべき時間からは程遠い。
"むかしの夢か――"
否、正確には少し異なっていた。あの出来事の結末は違う。紛れも無く"事故"があったのは、他ならない自分がよく知っている。
形は違うとはいえ今更先のような夢を見るとは思わなかった。生き残った後にあったのは人間としても魔法少女としても激動の日々。暗さが常に寄り添う現実に、あるいは疲れが良かったのか、物語性のある夢を見たのは久々だ。
ならばこそ眠りの中の夢はマミにとって煩わしさから解放される聖域でもあった。であれば就寝時に見た光景は変わらず幸福なのでは?
とはいえ、どれだけ夢の中で奇跡が起ころうが時間は戻せず、醒めてみればとびっきりの悪夢に変わるのを自覚する他ない。
その事故をきっかけとしてキュゥべえと魔法少女の契約を結ぶことになったのもマミ自身だ。
だが考えてもみれば契約し"己"の"命"はこうして存続が叶ったといっても、結局は魔法で治療できる範囲でしかない。願いはそれっきり……はめた((指輪|ソウルジェム))がマミにもたらしたものこそあれ、契約時の祈りはただその時を限りに意味を無くした。
真っ先にマミの胸の内に後悔と共に空いたのは二つの『人間』の形。それでも不平など抱かず、あるいは一人のみの延命という自分勝手への懺悔も伴って、マミはただ与えられたものだけで満足し使命を全うしてきた。
キュゥべえ達からすればさぞ都合の良い人間だったことだろう。
そうして作り変えられたこの総身は、もはや地球で生きる『人間』の法則とは異なるものだ。
身体だけならまだしも、思い返せば精神でさえ元あったはずの巴マミとは今や別物なのかもしれない。
魔法とは想像や魂の形だが……それを戦いの最中あれほど正確に描くなど、わが身ながら不思議なことではないか。それだけではなく恐怖心や嫌悪感といったものでさえ場合によればすぐさま切り離せる。戦いを繰り返すたびにそれらはどんどん洗練されていった。
そのようなものが人間だと。魔法の一言で済むのならば、呆れを通り越して喜劇だ。つまるところキュゥべえに作り替えられこそしたが、そうやって魂まで人間離れさせたのは魔法少女という煌びやかなモノに憧れた自分自身の経験の蓄積なのだ。救ったのみならず取りこぼしてきた命にさえも想像を巡らせ勝手に背負い込んできた。自分に課した戒めの数だけ、背中を重くしていき、悪夢を形を変えさせながらも続かせ((現|うつつ))に招いたのは、他ならないマミである。
だがそれで絶望するほどもはや今のマミには自身に頓着が無かった。鹿目まどかと初めて出会った日の後に、キュゥべえからソウルジェムの秘密をさらに聞かされても、たいした衝撃さえない。泣きもしなかった。
もっと泣いて訴えれば、無駄でも人間らしかったかもしれない。そうだったとしても冷え切った心――すでに戦うことに使命感を持った魂には、嬉しくも悲しくも泣くという行為がどれだけ意味の無いことか知っている。
"でも、でも……"
だとしても、たとえいつか人形同然になってしまったとしても、今はまだ人間なのだ。それはこの身体を伝う汗の湿りが、抱き寄せた((褥|しとね))の温かさがそれを実感させてくれる。
ならばこそ進まなくてはならない。もう立ち止まれはしないのだ。まずは手の届く場所から。今はあの少女……
"暁美ほむら……"
あの少女の言葉を信じるのならば、その契約内容は魔法少女になりさえすれば解決できる範囲だ。自身の病気に詳しければそれこそ治癒の効率を上げることが出来る。あるいは"無視"してしまうことだって出来たはず。ほむらもまた契約時の"奇跡"をふいにしてしまった一人とも取れた。
何も知らなければ憐れみもしよう。もっと違う出会いと関係があったかもしれない。が今となっては、ほむらの境遇へ同情を寄せようと、ほぼ全て自分に返ってくる……ならば悲しみ立ち止まるほどの話では無いのだ。
必要とあればいつでも切り捨てるまで。現にほむらを前にして"優しい巴先輩"を演じ、あの『雪だるまの魔女』との戦闘でもその行動を信じずソウルジェムには硬化の魔法をかけ秘密裏に事前準備を行っていた。それが決して魔女の攻撃に対する備えだけに止まらないことも、なんら罪悪感の一つも無い。
だがほむらはほむらで何かを考えているのは間違いないはず。魔女を倒すことはあの熱心な具合を見れば目的の一つと感じられるも、本心は見えてこない。会話の違和感の正体も同じくだ。結界内で敵達の不意を突いたあの攻撃も、新たに疑念に加わる。
なにより不審を後押しするのはそれよりも前に行われた倉庫での魔法の講習だ。あの時マミにはほむらと一部とはいえ"繋がった"感覚があった。熱いながらもさらに深入りすれば底冷えする何か。微かに感じたモノが心から離れずにいる。
それでもほむらの所有する武器の数々はなかなかに素晴らしい。元々の魔法の才は乏しいようだが、呑み込みは早い方だ。最初から行うべき機構を有している機器は、その不安を自然と取り除き単純にしかなれない魔法の性質とうまく噛みあっているのかもしれない。
雪だるまの魔女との戦いは、単独ならば大技を何度か駆使しなければいけなかっただろうが、普段の消費よりも少なく済んだ。ほむらの方もそうであったらしく、ジェムを確認しても濁りはごく((僅|わず))かであった。ならば今しばらくは胸にある疑問は外には出さず、この関係を続かせるのが得策であろう。
鍛えたことで((謀反|むほん))する可能性も無きにしも非ずだが……それはそれでマミにも考えがあった。
今は利用するしかない。
"また寝るには……少し時間を置いた方が良いかもね……"
肌のべた付く感覚を取り除けば、今後の展望も少しは明るい形で何か見えてくるかもしれない。
布団を((捲|めく))り抜け出したマミは、ひとまずシャワーでも浴びようと浴室へと歩を進めた。
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