二章四節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜 |
同じ日の夜、暁美ほむら宅。マミが眠りを妨げられた時刻よりしばし遡る。
理由は異なるも、マンションの一室でマミが一人であったように、ほむらもまた独りでこの家での何度目かの夜を迎えていた。時間の使い方が違うだけの……他に住まう者が音を立てることも無く、どころか初めから気配さえもない、そんな似た夜を。
時折机の上で行われる作業が立てる微かな音がほむらの耳にする全てであった。そしてそれは今や心血を注いでも惜しくはないと思える何もかもの一端でもある。
目線に苦にならない高さで机に設置されたパソコンの画面に映し出されているのは――たとえばさやかや仁美、まどかといった同じ年頃の子女がこうして夜中まで閲覧するような内容であるかと問われたならば、疑問を持つ者も少なからずいるかもしれない。
表示されているのは見滝原市の地下街を造り出すのに貢献した重機会社のホームページ。案内画面から進んだ現ページには、幾つかの紹介画像と共に国内のトンネル工事も事業の一環として担当しているとある。
また机の一角にはプリントアウトされた資料がまとめられていた。だが取扱い危険物の一覧や薬品メーカーの保管所等、どこか物騒とも取れる文字列が並ぶ。
それらを横に、椅子に腰かけたほむらは目の前に置かれた機器に手をかけていた。必要な調べ物が一段落付いたので取り掛かった次の作業だが……とはいえ、ソレは資料群よりもなお分かり易く"如何わしいモノ"であった。
少々型の古い四角い箱の正体は疑いようも無く"盗聴専用の受信機"である。警察の押収物から失敬してきた。
当然装置だけを入手して満足するほどほむらには機械自体に対する関心など露ほども無い。あるのは保管している他の機器同様にそれが行う動作そのものだ。
発信元である盗聴器はすでに屋内にセットしてある。もちろん自分の家ではない。何度やっても慣れない作業だが、気後れしていては何も成せない――何も、成せなかったのをほむらはよく知っていた。いずれは((鞄|かばん))などの持ち物にGPSや小型盗聴器を仕込むことさえ視野に入れなければならないのかもしれないのだ。
到底自分のものとは認めたくない考えをひとまず隅に追いやったところで、淡々と作業を進めていた受信機からじわじわと漏れ出したノイズは次第に明瞭な音となって響き始めた。
『ママ……そろそろ帰って来るかな?』
聞き覚えのある声。今回も成功したようだ。
盗聴器を仕掛けた先は鹿目家――声の主であるあの同級生"鹿目まどか"の住居、その居間のコンセント内部である。たとえ清掃に気を使う人間がいたとして、発覚する心配とはほとんど無縁の場所だ。本来の手順に沿わない単純に張り付けただけではあるが、電源を必要とすること無く魔法による機能拡張はうまく働いているらしい。声に曇りは感じられない。
どっと押し寄せてきた急な疲れを自らの行為とその葛藤によるものだと"今回も"あまり感じたくはなかったほむらは、受信機を起動した状態で机の端に置き直し中断していたパソコンでの検索を再開した。
『連絡してきた時間までそういえばもうちょっとか』
矢先に聞こえてきたのは――まどかとは違う落ち着いた、記憶にある語調。
『でも初めの連絡から三時間遅れの最長記録出したこともあったしね。うーん……もしタツヤが起きても今日の用事は終わってるし後は一人で大丈夫だろうから、まどかだって気にせず先に寝ても良いんだよ』
声のトーンは女性のものでは無い。ほむらには断言できた。鹿目まどかの父、知久のものだ。
"暁美ほむら"が直接目にしたことは過去に何度かあった。深い付き合いというわけでもなくそのほとんどがこうした情報収集からではあったが、声の調子から想像できるような知性と柔和さを感じる男性だったのはよく覚えている。母の詢子が外で仕事をしている分、まどかからして幼い弟に当たるタツヤの面倒を含めた鹿目家の家事全般を一挙に引き受けていたはずだ。
『ううん。まだ眠くないよ。どうせお酒が入ってるから人手がいるでしょ?』
『違いない』
"……"
己が知っているよりも物言いにほんの微かに遠慮のないまどか。長く知っているせいかもしれないが、ほむらにもこの家庭が金銭以外でも恵まれているのはよく分かった。
そうした豊かさが様々な要因の一つとなり巡り巡って今の鹿目まどかという人物を育んだのだろう。家族関係はもちろん付き合いの長さを考慮すれば、さやかや仁美との関係も別の大きな割合として入ってくるのかもしれないのは容易に想像がつく。
ならばこそまどかの中にすでに組み上がっている価値基準は、時にほむらの志に障害として立ちはだかる恐れもある。
たとえ順当に友好を深めあるいは巴マミと同じ魔法少女であったという事実がまどかにとって衝撃的であったとしても、ほむらという要素がこの短い段階で作れるのは小さな染みに過ぎないのだ。
こういう時こそ"魔法"という人類を超えた能力の出番なのかもしれないが……間に合わせの変化ではいくら重ねても大きなものは望めず、かといって相手の心の内にあるそれらを根本から変えてしまうほどの力は初めから持ってもいなかった。
だがそちらの方面で魔法の才があったとしても、それでたとえ何かを成せたとしても、勝利の最たる条件として求めているのは皮肉かなその今の価値観で作られた人格そのものだ。原型がないほどに変えてしまえば、あとでいくらそっくりに戻すことが叶っても少なくとも暁美ほむらには何の価値も無くなってしまうのを、ほむら自身が何より良く分かっていた。
元より人道に反する所業で対象の精神を崩壊させ隔離してみたところで、まずテレパシーまで持ち"人間の精神"への知識だけは遥かに膨大な存在が相手となれば、高所から飛び降り地に激突するまでのようなたった数秒の内にさえ距離や障壁を超え害は成され、どのような言いがかりでそれが意思の尊重だともしかねない。こういうところだけは考えるのさえ無駄だと割り切れさせてくれていた。
なによりただ臓器が動き生きてさえいれば良しとするそうして手に入った結果を愛でても虚しくなり絶望に片足を突っ込むだけだ。あとはその手段に踏み切ったのが楽になりたい己であるという約束破りの十字架の重さにじわじわと蝕まれていく他ない。頭に浮かぶだけでしかないそのことにさえ胸が痛み怖れもあるくらいには、空想の才能は乏しくはなかった。
ただ災厄をやり過ごすだけではダメなのだ。それだけは譲ることは出来ない。譲ってはならないのである。
どうあってもあの価値観を失わせずに他の問題を消化していくのを成り立たせるしかない。本当に負けを認めるのはそれが成立しないと悟った時だ。その胸の誓いが崩れぬ限りは『暁美ほむら』は終わりはしない。まだいくらだって戦ってみせよう。
そんな思いを抱きながら検索結果をスクロールしていると、まどかが少し困ったような声音を出した。
『そうそう。一つ質問があるの』
『なんだい?』
『……たとえばパパは、もし願い事が一つだけ叶うなら、何が欲しい……のかなーって』
おずおずと聞いた声にほむらは手を休めて耳をそばだてた。
『心理テストか何かかい?』
『う、ううん違うの。……最近漫画でそんなのがあってなんでか流行っててね。さやかちゃんや仁美ちゃんとかとも話してるんだけれど、なんとなくパパっていうか男の人ならどう答えるのか気になって……な、なんだっていぃんだよ。たとえば億万長者とか不老不死とか』
『あぁなるほどね』
どことなく慌てて取り繕った様子のまどか。だが知久は本当に理解したかは分からないがとにかく納得したらしく短くも((鷹揚|おうよう))に応えた。よくある何気ない質問ということにしたのだろう。
そこからしばらく低い唸り声が幾つか流れた。どうやら本気で考えているようである。
『そうだなぁ。一つだけなら……やっぱりよくするような願い事と同じようなことを叶えてもらうかな』
誰に言うでもない調子で発した呟き。口にするしないの違いはあるも、疑問が出たのはまどかもほむらも同じだったようだ。
『パパそれどういうこと?』
『どこかの何かにとかにするお祈りというか、うんまぁそういう時とかに意識するようなこと、ってことかな。家の皆がずっと健康でありますようにとか、大きな不幸に出くわしませんようにとか、そういうの』
ますますまどかは分からなくなったようだ。
『どうして? なんでも思い通りになるんだよ? そんなのでいいの?』
『え? あぁ……うーんとねぇ……』
そこまで追及されると思っていなかったのか知久は言葉に詰まる。とはいえただまとまりが出来上がりきっていなかっただけなのか、次に続く話振りには聞こえる限り無暗に新たな意味を追加しようという含みや揺らぎはなかった。
『この歳になるまでにね、いろんな人と付き合ったり、少なくとも目にはしてきたつもりさ。中には今まで欲しかったものがほとんど突然に手に入ったり、こつこつ努力してその結果で自分の物にした人もいたよ。お金が判断の基準にならないような、なんだかそういうのを手にしたかもしれないっていう話も幾つも身近にありはしたことがあった。
だけどね、そうして喜んだ人の中には手に入れる前と後ですっごく変わっちゃった人も……何人かいたんだ。
あくまで主観的にだけれど。突然欲しいものを手にして今までとは別人なくらい、良くなった人もいたけれど悪くなった人はもっといたよ。こつこつ頑張ってきた人も、そこが分岐点だったのかな……変わった人も、何人かいた。
そうなるだけで終わらないのも人と人との関係なのかもね。変わってしまってからが本当に束の間の幸せだったこともあったよ。それが間違いだっていうことばかりじゃなくて、明らかに正しい方向に変わったのに、結果的にその変化のせいで残りの人生が滅茶苦茶になった人も見た。ずっと努力してきて先のことも考えられた人でも、一つ手に入っただけでそんな風に変わったり変えられたりしたこともあったさ』
『ひどいね……間違ってないのに、幸せになれない人もいたなんて』
耳にするほむらにも分からない話でもなかった。行動が必ずしも幸福へと積み上がるとは限らない。そうさせた起点があったとして、その原点が突然であればあるほどに、知らずと下手を打ち後の重大な選択を誤る者が出てきてもおかしくはないであろう。人生のみならずこの世にあふれる物語の展開の一つとしても珍しくは無い事柄だ。
『そういうことを見てきたからかな。大きいものが手に入るっていのは、見えないリスクがあるんじゃないかって思ってしまう。自分でもよく分からないけれど……怖さを感じてるのかもしれないね。
でも他からすれば、僕も充分に怖い所をすでに踏み抜いてるって思われるかもしれない。結婚して、子も授かって。パッと思い付くだけで二つもさ。怖さは心のどこかで分かってたかもしれないのに、欲しいっていう願い事を現実になるようにしたんだよ。大きく変わってないって言う方がおかしいかも。まどかぐらいの若い頃ならきっと、こうして家事を専門にするだなんて選択思いつかなかっただろうし』
『私には家事をしてない方のパパが想像つかないなぁ』
『うん。僕自身昔のことはかなり忘れかけてる。それだけこっちの自分に違和感がなくなってるんだろうね。
だけどさ。変わったなら変わったなりに新しく欲しいものも出来たし……いちおうちょっとは手に入ったかな。ここまでの皆との生活そのものっていうか、なんだか説明しにくいものだけれど。
何にせよもうそれを大事にするのが大前提さ。あとはこれをやれる限りずっと続かせていくことなんだと、今の僕は思うよ。
それを壊すのは怖い。それが僕にとっての見えてはいたけれど……やっぱりあの時にはほとんど見えてなかったリスクさ。
そういう怖がりだから、まどかの質問は実は難しかったんだ。何でも叶うとなると、良かれと思ってもそれがどういう形であとに影響してくるか分からなかったりするしね。僕だって、こんなに素晴らしく変えてやったんだぞ、ってまどか達に威張り散らすようになるかもしれないよ?』
『パパが? それこそ想像つかないよ』
『そう言ってもらえて、ちょっとうれしいよ。ありがとう。
でも人っていうのは自分の知らない自分を持ってるものだと思う……それでさ。そういう場合に残ってるのは、もう叶ったか叶わなかったか最後になっても分からないような願い事くらいじゃないかなって思うんだ。気休めみたいな願いで、他のことをやるための気持ちの足しにする。僕くらいが叶えた後で後悔なく進められるのはその程度の範囲が限界なんじゃないかな。
まどかの言った億万長者なんてよくある変わるきっかけだし。不老不死なんてそれこそ手に余りそうさ。
もちろんもっと時間をかければ、万遍なくて自分の手の届かない皆にも何か恩恵があるような事が思いつくかもね。
でもね。たぶん早ければ早いほど、家族とか身の周りの人を優先して、そこだけはわがままな願い事をしちゃうんじゃないかな。現にまどかに質問されて考えてまず思い付いたのは、この家の皆のことだったしね』
『家族家族って言うけど。パパは本当にそれでいいの? わたしたちが邪魔じゃない?』
『確かに結婚前の若い頃だと全然違う願いをしただろうね。怖さを見ても、頭では理解しても心では出来てなかったと思う。
だからその時に比べれば大きな変化をさせる無茶は出来ないし求めれるかもすごく怪しいね。でもこうして変わったことが正しかろうが間違いだろうが、少なくとも僕はまどかが思っている以上に納得しているよ。重荷だと思ったこともないし、後悔だってしてない――うん。これでいいのさ』
『パパ……』
『たぶん僕よりもっとうまく答えを用意するかもしれないけれど。今のママにだって同じ質問をしたら、そりゃあ照れて役員をどうこうしたいとか言うだろうけど、根っこの部分は僕と似たこと想うんじゃないかな。僕とは見てきた世界が違うだけで、まどかやタツヤを思う心は一緒さ』
『……それってのろけじゃない?』
『かもね』
自嘲を含んだ響きのある肯定。そこで流れは途絶えたかに思えたが……思い至ったことがあるらしく、一拍ほど間を置いたところで知久は声をかけた。
『あぁ!まどか。少し撤回。さっきの話はあくまで今急に何か決めたなきゃいけないとしたらってことだからね。家族の誰かにもしものことがあった後とかだったら、さっきの願い事よりもまず、そういうこと自体なかったことにしてもらうから』
『あ、コロコロ変えてずるーい』
『そりゃあ、大人は怖がりだからね。お願い一つだけで座ってる場所をそのままにしておけると思えないのが辛いところさ』
新たな返答にどこか得心がいっていないような様子でまどかは愛想笑いとも取れそうな含み笑いの音を返す。……そうしてほんの数秒置いて再び洩らした短い一笑は、だがほんの少しだけ朗らかであるようにも聞こえた。
『そっか……。そういうのでも……いいのかな?』
『参考になったかい? 身も蓋もないから長いわりにあんまりおもしろい話じゃないなって自分でも思うけれど』
『うん。なんかちょっとスッキリした』
『そうか。それは良かった――あれ? 長々やってたつもりだけれど……時間、そんなに経ってないなぁ。うーん、せっかくだから何か淹れようか。ココアでいいかい?』
『ありがとう。お願いするね』
がたがたと鳴ったのは椅子か何かだろうか。そうして足音が遠ざかっていく。
一つの話題はここに幕を閉じた。
――それに余韻があるかどうかは、当事者によって各々異なることだろう。
「……」
聞き耳を立てるほむらもまた一息つくことにした。
冗長な話であった。わざとぼやかしていたような節さえある。
無論言い分は理解出来ない類のものでもない。自らの足元を好んで壊すのを是とする人間がどれだけいるか。積み上がり高さのある足場になっているのならば、より強固とすることになおさらこだわる者もいるであろう。
知久が最初に口にした願い事はあくまで本命ではない。足場の高さを少しでも補い続かせ、そしてなるべく影響が少なくて済むようにするものだ。本当に叶えたい願いはそっちなのだろう。あえてそのことに直接関与したものでないのは、その願い事によって自分や周囲が大きく変わってしまうことがあれば、良かれ悪しかれもう足下が崩れていくのを見守るしかないからだ。
それがどちらの兆候か。いずれにせよ望むものでなければ予期も出来ないからこそ変化球な願い事にしたのであろう。
絶賛するような思い付きではない。かといって、そうしたことにほんの僅かでも気が回らなかったばかりに"願い事を叶えた"後にどんどん立ち上がるのが困難になっていった者のことをほむらも知らないわけではなかった。空想の物語の登場人物ばかりではなく、誰か一人というわけでもなく、事実ほむらは見てきたのだ。
その数の中には自身も含まれている。
一つだけ叶う願い事――魔法少女からすれば契約時の対価として現実になる奇跡のことだ。
ほむらにも戦いの定めを受け入れる代わりに当然求め欲したものがある。だがそれは巴マミに語ったモノとはまるで異なるものだ。
秘め隠した思いは、記憶としても根深い。簡単な魔法の力を借りることもなく、指輪として嵌めたソウルジェムに目を向けるだけで、今となっても鮮明に願いへの文句のみならずその時の状況も思い起こすことが出来た。
あの瞬間は確かにほむらにとって希望であったのだ。それがもはや後悔の種でしかなくなったのはいつからだったか。
叶えた願いは、ほむら自身にも明確な意味をもたらすものであった。だがそうでない願い事も無数にあったはずなのだ。災厄の只中にいたならまだしも、あの時はすでに文字通り"嵐"が過ぎ去った後だった。目の前で横たわるほむらにとっての絶望の顕現に再び息を吹き込むことも出来れば、それこそもっと広い範囲を修復する選択もあった。もう二度と出くわすかどうかも怪しい理不尽だったとすれば、なおのこと生き残ったなりに"その時"と"未来"を見ていれば良かったのだ。
"時をかければ"それだけ新たな情報が増え、当時の契約内容があながち間違いではなかったのを肯定出来る部分が見えてくることもあった。だが自信に結びつくことは無い。知らなければ知らないなりに願いようがあったのを――どれだけ絶望の先にさらなる地獄が待っていると理解させられてこようとも――結局は状況を精査すればするほど認める他ないのである。
だからこれはほむらへの罰。奇跡を望む意味も代償も何も解らずに、みすみす可能性を手放した故の目の前の現実にあの時の愚かさを懺悔し、失敗の度に身勝手な願いを欲したあの時の己を叱責することで、足元の変化の無さを再認する。
そして、この机の上。変わっていく『暁美ほむら』の姿を自覚する。
心身を制御しいくら武器の扱いがうまくなろうとも、戦闘に大きく貢献しそうな知識を増やそうとも……たとえそれらを駆使した末に悲願の勝利を収めたとして、そうして変わってしまったほむらに真っ当な人間としての"余生"などありはしない。脅威を防ぎ終わりというならば記憶を消すことでかつて思い描いた日常へと戻ることもあるいは出来たかもしれないが、のみならず逃れようのない次の宿命が待っているとなれば、考えるだけ無駄なのだ。
この生は既に人外化生の領域。もはや引き返すことが不可能となれば――あとは人としてのあらゆるものを絞り尽くしてでも、ほむら自身が願いそのものとなりこの悪夢が一段落付こうとも休みなく叶え続けるしかないのだ。
思うところがないわけではない。だとしてもそれを罪だと割り切らなければいけないと封じれるほどには、ほむらの歩んできた道は中学二年生のそれとは大きくズレていた。
知久の最初に語ったような願いは一つの方法ではあるかもしれない。生き方そのものを願いとするのは広義で今のほむらの行動原理と似てはいる。だが知久のように願いに『自分』という要素を挟み込む気など、もうさらさらなくなっていた。
もはや願いを成就させるためだけに生きていれば良い。あとは"他人"の人生のために果てるのみ。たとえ一つの大きな勝ちを取ったとしても、束の間だろうと自分本位の幸せに浸ることなど許しなどするものか。魔法少女としての末路にも、誰一人巻き込ませる気も無い。
暁美ほむらが最良と描く願いはそうして完結している。『暁美ほむら』の願いはあっても、ほむらという個人はどこにもいる必要などないのだ。単にそういう風に叶えようとするものが他にいない。それだけだ。その孤独がほむらの最後に残った道標であり、生き方である。
だから目的のためには何を壊してもかまわない。誓いにある人物に最後まで認められる必要もないければそれ以外の誰を悲しませ泣かせようとも気にするべからずだ。
諦めを((質種|しちぐさ))にするしか自分というものを買い戻せないならば、望んで捨てよう。((尊|とうと))ぶ価値も無い。己を含めた全てが"事実"を残すための供物にすぎないのだ。
たとえば現状の巴マミとの共闘関係も、所詮は利用しているだけに過ぎない。時々感じる妙な雰囲気は、もしかすれば向こうもこちらを利用しようとしているのかもしれないが……ならば良し。実害がないのならば用心はしようと深く詮索もするつもりはない。
もちろん少しでも長く続かせる努力はすべきだ。巴マミにはまだいてもらう方が都合は良い。
そのための机の上にある資料だ。好感は与えられないかもしれないが、少なくとも役立ちそうな提案をしている限りはただ座して待つよりこの関係も続くだろう。
なによりすでに失敗と呼べる失態をすでにほむらは行っている。あの魔女の空間――迫る危機に思わず『能力』を発現させてしまったまでならば取り返しもついただろうが、念のために用意していた魔法で予め繋がりを作っておいたショットガンがあれほど過敏に反応するとは思いもしなかった。
さも反撃が間に合ったかのように振る舞えはして……それで何も抱かぬと高を括るのは仮にも魔法少女として死線を潜り抜けてきた巴マミという人物を過小評価しすぎだろう。だからこそ、挽回の策がいる。ここで無為にするわけにはいかない。
まどかの中に変化が訪れている兆しは感じ取れた。質問を投げかけたそのこともあれば、知久がぼやかしながら長々と語ったのもどこか親として察するものがあったのかもしれない。ほむらの記憶にある知久は、口上を多くするだけで気持ちが余すことなく伝わると踏んでもいなければ、その時々で言葉の長さを選ぶ術を身に付けている人物だ。
だとしてもまだ"思い"の範囲を超えてはいない。嘆きとは違う。ならばまだほむらには実行に移させない猶予が残っている。だから、不安要素を抱えても、この日々を戦わなくてはならない。
『――――』
耳にする音に変化があった。どうやら待ち人が帰宅したらしい。
まどかや知久とは異なる粗暴で支離滅裂な言葉遣いが聞こえてくる。足がおぼつかないのかどうやら玄関から自力で移動が出来なくなっているようだ。介抱に向かう二人の声は困り気であり――それでもどこか嬉しそうであった。
ほむらにはそうした騒ぎが発信源との距離よりもさらに遠くのものに感じ……だからこそか。まだ願うことが許されるならば、ほんの僅かにでもその明るさを己の何もかもの代わりに残したいのだ。程度の違いはあれ、かつての自分もそう思ったはず。
『ちっくしょう! あーんのすだれ禿げー! バーコード読みとんぞぉあぁ! なーにが――』
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