二章五節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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「ほんじゃあたしはちょっとこっち寄ってくわ。ほむらとも街まわれて楽しかったよ! じゃあーねー」

 学生鞄を振り回しながら快活な声でまどかとほむらに別れを告げる美樹さやか。三人の時ならばほぼ常であるという事前に決めていた予定に沿い、仁美が習い事の刻限が迫ったことで先に帰ったのを契機に全員が解散する形となった。

 ショッピングモールを抜けたところまでは一緒であったが、さやかにも家路へ向かうついでに余裕があれば組み込みたい程度の用事がいちおう考えにはあったらしい。しばし進んだところでさやかはもう一度((顧|かえり))み離れた二人へと腕を大きく振り合図を送る。そして中心街の方面へと、どことなくこれまでとは異なる気がする後姿は消えていった。

「美樹さんいっちゃったわ」

「じゃあわたしたちも帰ろっか。わたしコッチ」

「なら途中まで一緒に帰りましょ」

 まどか達と教室で約束した数日後。美樹さやかの提案通り、彼女達のお((勧|すす))めの場所をほむらは案内されることになった。正直ほむらにとってはどれもこれも知っている場所と"説明内容"ではあったが、話し相手が一人でもいるというだけで随分と違って思えるものだ。最新作だというテンプラアイスなる妙な菓子を買い食いし、頼んだブラックコーヒーを何も入れずに飲んでみたのも、それなりに成功だった。話題は尽きなかったと思いたい。

 『今度あっちに』『次はあそこを見に行こう』――特に張り切った様子であった美樹さやかは、遊び歩きながら新たな案内の下地も作っているようであった。早々に別れたのもさやかの都合でしかなさそうとなれば、ほむらが失敗だと気に掛ける点はないであろう。

 あれだけ騒ぎながら余力を残している雰囲気のさやかにもしやという不安が湧くことはあったが、思い返してみればかなり時間に猶予を持たせた団体行動であった。今回は仁美の予定に合わせたというよりも――最初ということや、もしかすればほむらの体調を考慮した上での、さやかなりの気遣いも含まれていたのかもしれない。

 見送る者もいなくなったところで、ほむらとまどかは帰路へと歩き出した。空はまだ明るいが日差しは弱まってきている。

 繁華街から外れるとすぐに並木道へと入った。歩道自体は舗装されているとはいえ、残りの見回せる範囲からして造林が成された公園というよりも手付かずの森とするほうが正しいかもしれない。((鬱蒼|うっそう))と茂った緑の数々。遠く奥まで絡み合いながら、それでもどこか調和のとれた光景が風に揺れている。

 自然と共存する街。発展の期待される場所として目を付ける者も多ければ、こうした開発方針に関心を示して新たに移り住む者もけっして少なくはない。陰となる部分もそれだけ多くはなっているだろうが、道には明らかなゴミは見受けられず落ち葉の類さえも僅かなのは、人の目がまだまだ行き届いている様の表れとも取れた。

「あっち、てことはさやかちゃんお見舞いに行ったのかな?」

 二人だけで緑に囲まれた道を進むことしばし、まどかが思い出したように口にする。

「お見舞い?」

「うん。足首骨折しちゃった子がいてね。さやかちゃんずっとお見舞いに行ってるの」

"……?"

 ほむらは違和感を覚えた。さやかが入院している同級生の男の子を見舞いに時々通っているのは知っている。だが、今までどれくらいの期間病院にいたか知らないのもあるが……そんなに"軽かった"だろうか。

「あと一、二か月もあれば退院できるんだって。あーあー、仁美ちゃんも昨日貰った三年の先輩からのラブレター見てからなんかそわそわしてたし、みんな青春してるんだねー」

「鹿目さんも、そういうの興味があるの?」

 ますます疑問が深くなりそうだったのをひとまず置き、ほむらはなんとなくこのこの年頃だったら言いそうだなと思うような質問を投げかけてみる。まどかは驚くほど頬を赤らめた。

「え? わたし? ……うーんどうなんだろうね。今はこうやって周りの人が幸せになっていくのを見れる方が……好きかな。ラブレターも告白もされたことないからそういうのが全然いいのかわからないのもあるんだけれどね」

「そう……」

 口にするまどかはどこか憧れているような気がしないでもなかった。出生から徐々に広まっていく男女の付き合いというものが爛熟向かい加速する世代なのだ。その年代が興味を持ちそうな各種メディアがこぞって煽る文句でもある。外見や内面に自信がなくとも、夢見たところでおかしいことではない。

 だがそれを簡単に折るのがまどかであることをほむらはよく知っている。そしてそうした自己犠牲の精神で万人を救う対価に身を滅ぼしても、誰も称えてくれないのもほむらは分かっていた。

「そうだ。ちょっとほむらちゃんに聞きたいことあるんだ」

 ふと思い出した――にしては少しだけ真剣な響きがあるのをほむらは感じ取った。

「あのね。マミさんのことなんだけれども……」

 少々口ごもり、だがまどかは言葉にすることを選んだようであった。

「魔法少女をやってるときのマミさんってどんな感じなの?」

 ほむらは思わず小首を傾げた。

「……? 私が転校してくる前から巴さんのことは知ってるんでしょ?」

 言い方に妙なものを覚えてほむらは問い直す。まどかは顔に迷いの相を浮かべ……そして言葉を探すようにぽつぽつと再び喋り出した。

「なんだけれど。マミさんが魔法少女なのを見たのは初めて会ったときの一回だけなんだ。色々あったんだけれど……カッコイイっていうのはすごくよく覚えてる。でもマミさんあんまり見せたくないみたいなんだ。私も……ちょっと色々あるし」

 ――前々から形を変えて口や態度に出るその"色々"とは何のことなのだろうか?

 があえて伏せているようならばほむらには言及するだけの積極性を持つ必要も無い。何の拍子に関係が崩れるか。そこから連鎖し巴マミとの関係まで及ぶか、分からないからだ。

「同じ魔法少女のほむらちゃんだったら私の知らないマミさんを知ってるんじゃないかなって。元気、ていうのは変かもしれないけど……辛そうだったりしない? こんなことほむらちゃんしか……ううんほむらちゃんだから聞きたいの」

 ほむらはいくつか思い出してみた。確かに違和感を持ったことがないわけではない。"記憶との合致"が時々ズレる以外でもだ。だが円滑を目指しあくまで表面的なものだけを列挙することにした。この会話が聞かれることがあったとして、今の巴マミならば、そう印象を持たせているという事実にまず喜びそうな気がする。

「特に問題はないと思うかな。迷いがあったら戦いに出るかもしれないけど、非効率なのは今まで感じたことないわ。それに不慣れな私にいつも優しく丁寧に教えてくれるから、余裕だってあるんじゃないかしら?」

「そう……。そっか、なら良かった」

 まどかは少しほっとしたような表情を浮かべた。

「たしかに鹿目さんの気持ちも分かるわ。一度でもあの魔女の空間を見たことがあったら、心配もするよね。完全に人間の頭では説明できない世界だしそれに魔女は強いし」

「うん。だけれど……そういうのだけじゃないんだ」

 言葉を慎重に選ぶようにまどかは口を開けた。

「わたしね。マミさんと出会って、それでマンションにいつでも出入りしていいって言われて。相談相手ぐらいにはなれたと思って……でも勝手な想いこみなんじゃないかってずっと思ってたの。わたしの知らないところではホントは見えない部分がもっとずっとボロボロなんじゃないかって」

 思い返せばほむらにも心当たりはあった。まどかが巴マミに向ける行いには時折壊れ物を扱うような雰囲気が混じり込むことがあったのを。あれは、そういった不安からくるものだったのかもしれない。

 まどかは苦笑に押し出されるようにして言葉を続けた。

「それにわたし魔法少女じゃないから、肝心なところ全然分からないっていうか。……辛くても人を守れるマミさんみたいなカッコイイ人なりたいって想いや、マミさんやほむらちゃんみたいな人達の考えをもっともっと分かりたいって気持ちはあるけど……それだけじゃなくて、たくさんの気持ちが混ぜこぜになってて……」

 やはりまどかは魔法少女に対して考えを持っていた。何故こんなにも後ろ向きな感情が渦巻いているかほむらは分からないが、何日か前に父である知久と話していた内容もそこからきたのだろうということは察しがつく。

「安全な場所にいるからかもしれないね。でも何かしなくちゃいけないって……私が素質とか力を持ってるからとかそういうんじゃなくて、知っちゃったから。それだけはずっと思ってるの」

 正直ほむらはその思考を咎めたかった。どれだけ考えようと結局は魔法少女というものに憧れ、もしくは誰かの苦しみを分散しようとするのがまどかだ。年相応に短絡的なところもある。

 ほむらは無難な返しを思いつかなかった。それが、少しだけ悔しい。

「……ほむらちゃん。お願いしていいかな」

「なに?」

「マミさんのこと。少しでいいから気にかけてあげて。もしもいつか、わたしがマミさんのことをもっと知れて、でも全部一人でささえられないかもしれない。でもほむらちゃんがいてくれれば……」

 その"いつか"には決して迎えてはならない形がある。だがそれを避けるための魔法の言葉を、ほむらはこの段階で持ち合わせてはいなかった。今はただ、表情を緩めてごまかすしかない。

「わかったわ。だからあなたも一人で気負うようなことしないで。私は、いつでも相談に乗るから。マミさんだって、ね」

 まどかは何も言わずに頷く。憑き物が落ちたかのように晴れやかさが戻ったのが、ほむらにとって幸いだった。

"巴マミにお礼を言うべきかしら……"

 何がまどかを混迷させ決断を足踏みさせているのかは未だ定かではないが。こうまで巴マミが気掛かりとされていることは、ほむらにとっても別の意味で好ましい状況ではあった。

 真っ当な形ではなさそうとはいえ、今のまどかにとって巴マミは魔法少女という点における太陽なのだ。消える不安が濃くなればまどか自らが炎を再燃させる贄となり、そしてたとえ虚勢でも光が続く限りは安易な決断に踏み切らない。

 何が原因でこうなっているかは分からないではあるも、まどかは己の魔法少女としての価値を理解しているようでもあった。

 魔法少女としての事情だけでも単に戦力が増えることは、たとえ良好な協力関係を築こうとも恩恵ばかり得られはしないものだ。あるいはまどかの戸惑いはそれを含めた"その先"にあるのかもしれない。

 図りがあってのことか否か。いずれにせよ危うい均衡の上とはいえすでにその悩みを与えているのが巴マミだった。

 ことの進み様からすれば、成就のためにこうした影響を自ら与えることも視野に入れなければならないのが暁美ほむらの新たな願いだ。だとしてもそんな細やかな事象を叶えることですら不安定なのもまた今のほむらである。

 良し悪し――どちらにせよ思い通りに至らせるための本当に欲しかった策は、どれだけ"個"を捨て己自身が"夢"と化しても必ずしも手に入らなかったのを、誰よりもほむらは知っていた。

 たとえ運命がぬか喜びをさせているだけだとしても、こうしてまどかを誘導しやすい相談相手としての地位も手に入れられたのだ。ほむらにとっては、ひとまず心の中で感謝するだけの理由にはなった。

『――結論が出ていないにせよ、そうやって自分以外の何かの未来について模索するのは君たちの思考形態からすれば褒められることじゃないかな』

 巡る考えの狭間に投げ込まれた、突然脳裏に響く声。方向というのも変だが、感覚がした位置にまどかとほむらはほぼ同時に首を仰がせた。

 木の上。太い枝の一角。木漏れ日の遮光に輪郭を浮き上がらせた小動物の如き姿。こちらを見つめ返す紅い光源が二つと、おそらくはもっと白いであろう体表がそこにいた。

「何をしに来たの?」

 ほむらは"視線"を睨み返し不安げなまどかの前に陣取った。人語を解する白い獣――『キュゥべえ』のことは知っているであろうに何故まどかはこのような反応で仰ぎ見るのか。気にはしたがとりあえず頭の隅にやることにした。

『おや? 僕達からしたら面識はなかったはずだが君は僕を邪見にするのかい? 暁美ほむら』

「のみならず撃ってもかまわないのよ」

 ほむらは手元の指輪を擦った。変身せずとも力さえ込めれば効率は悪いが殺傷能力がある光線くらいは指先から飛ばせる。

 だがキュゥべえに変化なかった。

「あの……ほむらちゃん?」

『やれやれ。暁美ほむら、君とも話そうと思っていたがどうやら無駄のようだね』

 揺らす尾は危険とは無縁の緩やかさだった。たとえこの場が穏やかな日常の一コマであったとしても、そのあらゆる事象と断絶しているかのような((泰然|たいぜん))とした具合は見る者に不自然に映ったであろう。

『だが撃たないところを見ると、もしかして君は僕に撃ってもしょうがないと分かってるんじゃないかい?』

 不意にした気配にほむらは――遅れてまどかも後ろに目をやる。"何か"が道を横切り、そして色濃い草むらの中へとがさがさ音を立てながら消えていったのだ。一瞬であった為に、猫かどうかも判断出来なかった。

 さして気にした様子も無く見上げ直すと、ほむらは続ける。

「なんのことかしら?」

『どうにせよ、視覚情報から排除すれば存在が全て消えると思ってはいないくらいには、君という人間が稚拙でないことは分かったから良しとしよう』

「――消えなさい。これ以上鹿目さんを惑わせる言葉を吐くなら」

『ひどいなぁ。僕は単に鹿目まどかの思考を評価しただけなのに』

 その返しに含みがありそうなことに気付いたのはほむらだけではなかったらしい。

「それってどういうこと?」

 逡巡しながらもまどかは聞き直した。

 ほむらは口を出そうとしたが――思いつきに舌先が鈍ったのもあって――キュゥべえが先んじるのを許した。

『僕達は過去と未来――それらが拮抗した状態から導かれるものに従って現在の行動しているのさ。だからその類似を評価した。君たちの持つ感情というものを否定したりはしないが、この世界に関わる使命を成し遂げるだけでなくあらゆる事象から言える"未来"に奉仕するには、君達にとっても合理的な考え方だと思うんだが』

「そうやって大きな目標のためならなんでも犠牲にできるし、してきたのがお前たちよね」

 遅れを取り戻すように割って入ったほむらに、だとしてもキュゥべえは言葉を向けた人物が一切変わっていないも同然に話を途絶えさせない。

『僕等と違って人間というのは大部分が過去に比重を置いた上で未来に対して行動を起こす。自分という存在やその礎に掛けた時間に必要以上の重しを置きすぎている。まずは個体が存在し認識していることが条件だ。その割には行動に矛盾が多い』

「それが感情よ。それがあるからここにいるのに、それを否定しようだなんて笑いごとね」

『感情と個性を同一視していないかい? 僕等からすれば、何をしてきたで未来の結論を出すより、これから何ができるかでもっと未来を考えてもいいと思うんだけれどもね』

「過去を肯定し自己を確立するのが人間よ」

『君はミッション系というところにいたらしいが、その反論はそこでの学習からかい? それとも"過去"からの経験に基づく君の意見かい?』

「おまえに答える必要はないわ」

 論法を展開するとなれば如何に時間があっても不利に立たされることはほむらも分かりきっている。補わせ平行線まで持ち込むのは感情であり拒否の意思だ。

 相手が折れないとなれば、こちらも頑として折れはしないだけである。

『やれやれ。君がいるようでは鹿目まどかとろくに話も出来そうにない。僕達の決め事に従ってしばらくは顔を出さないことにしよう』

 交わるのは視線だけでしかない。先は無いことは明らかだ。判断が早いのも、またキュゥべえだからこそか。

 白い獣は枝から飛び降りると瞬く間に直下の茂みに吸い込まれていった。草が上からの質量に微かな音を立て揺れ動き……それだけだ。あとは気配だけが遠ざかり、消えた。

「……」

「ほむら……ちゃん……?」

「……ごめんなさい。自分でも妙に話しすぎて、びっくりしてる」

「えっと……あの……そうじゃなくて。ごめんね。何も出来なくて」

「気にしなくていいわ。知ってるかもしれないけど、あいつらは常に蜘蛛の糸を張っているようなもの。そして巣に絡まったら、もう戻れない。気にするならそっちよ」

「その……」

「さぁ帰りましょ」

「う、うん……」

 まごまごとした様子でいるまどかの考えがまとまらないうちにほむらは行動を促す。

 ――これで良い。

 ほむらは重い一息を吐いた。途端にいつの間にか全身に入っていた不要な力が抜けていく。

 問答無用という手もあったが、あえてキュゥべえとの話に乗ってやったのは傍にいたまどかに、より魔法少女に対して否定的な意見を持たせられるかもしれない期待があったからだ。異なる価値観が相容れないものと分かれば、それだけで少しでも躊躇する時間が生まれる。

「未来、か……」

 その時間を勝ち取れる布石となるのか否か。歩を進めようとしたときに耳にしたまどかの呟きが、果たしてどちらに傾いているために出たものなのかを確かめる術は、今も昔もほむらは持ってはいなかった。

 ただ、願うしかないのだ……。

説明
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【あらすじ】
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暁美ほむら 鹿目まどか キュゥべえ 魔法少女まどか☆マギカ 魔法少女まどかマギカ 

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