三章四節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 歩き回ることになんら二の足を踏ませない快晴からは連日の荒れ模様はまるで見えてこない。

 開発地区である見滝原市は僅か数年で国内の名高い大都市に迫る勢いで道が複雑になりまだまだ((旺盛|おうせい))に広さを増していたが、すでに順応した各種交通機関の運行と時刻には利用者を苦に導く点はさほどなかった。巴マミ構想の移動経路も不備にはさせずどころか外出後一時間の進度は実地においてズレが生じている。

 長距離の徒歩も何度か交えてだったため各所で特別慌て乗車せずとも幾分か予定は繰り上がりを起こしていた。地域の人間とはいえ滅多に足を運ばない場所もある故のゆとりを持たせた計画にしてあったといえども、微塵も狂わせずに済んだ運の良さと迷いのない歩調が少なからず表れた結果だ。

 天候の回復そして午前中というのもあり市中心部から外れても喧騒は((忙|せわ))しなく……それは道順を((拵|こしら))えた者が思い描く通りのこの街の姿であった。数多の老若男女に限らず飛翔する野鳥や隠れ住む昆虫でさえ複雑に絡む一部とする活気の権化。雑な手筈なら直ちに翻弄されこうも何一つ((疎|おろそ))かにせずなど出来はしない。

 こんなにも歩くのは速かっただろうか。ずいぶんと昼まで開きがある中でマミは現状の好ましさをより有効に使いたい気分だった。

 といって――断じて誰かを待つわけではなく、たまたま見つけた野外設置の長椅子にハンカチを敷き腰かけているのは、鞄から出し膝上に広げた地図の再確認ついでにそうした((逸|はや))る気持ちを静めたかったからだ。((些末|さまつ))を眼中に入れず時計の針を加速させても大成する人間はいるが、自分がその類ではないと分析くらいはしている。

 郊外に流れる河。沿って構えられた休憩用の座席からの視界は膨大で豊かな水量が大半を占めている。((遡航|そこう))する((曳船|えいせん))を((悠々|ゆうゆう))とさせる水底の深さは、整備された堤防の狭間で朝日に照らされ目まぐるしく光り輝く水面に今はより一層隠されていた。

 手元の縮図だと変化のほぼないこの河幅は随分と続くらしく横切る((橋梁|きょうりょう))の数も多い。そうした自然に抗える長大な構造物を設けてようやく踏めるという対岸の景色をマミは眺め見比べていた。

 後から赤い丸が数ヶ所書き加えられた地図上の見滝原市。この一帯は工場地帯と緑化をめりはりを付け両立しようという開発の意図が一目で読み取れる。座る周囲は……無造作なようでどこか整然と樹木が並ぶ林を有した半ば公園である複合商業施設の敷地内、そして川を区切りとするように岸の向こうには乱れそびえる煙突の群れ。

 遠目でも分かる重たい外観をした製造所や保管施設の多さは近づくだけより威容に圧倒されるのは間違いない。此処よりも遥かに巨大な場所に暁美ほむらは((赴|おもむ))いた――事前に写真で確認はしていたが、とはいえマミにはいまいち明確に想像が出来そうになかった。

 工場の集まりのさらに遠くには堂々と横切る高速道路が隙間から薄っすらと見えている。巨万が投じられたほぼ途切れのない遮音壁に囲まれた車道は片や中心市街地へと続き、反対方向には進む程に次第に自然との混合が深くなる未再開発地帯と更なる外へと誘うトンネル――ひと山越えた先には高級保養地の建設計画もあるという。

"そういえばあの高速を遡って行ったところで暁美さんと初めて会ったのよね……"

 すでに頭に浮かんでいたせいかマミには風景からそんな連想がすぐに出てきた。断片的な回想もだ。まだ一ヶ月も経過していないというのにもう随分と昔のことだったように感じる。

「マミさん、飲み物持ってきたんですけれど良かったらどうですか?」

 取り留めの無い記憶に束の間であっても巴マミがほうけた姿は、問いかけながら覗き込むように視線を合わせてきた者には頃合いに映ったのかもしれない。マミの隣に同じく腰かけていたもう一人の少女『鹿目まどか』は身体を元の位置まで引き戻すと小柄な体型には少々大き目の持参の鞄をあさり始めた。

 差し出されたこれといって形も内容も珍しくないペットボトルの側面には紅茶と印刷されている。

「あっ、他にもあるんですよ。遠慮せずに言ってくださいね」

 続けてまどかは二個三個と異なる飲料を取り出してみせる。他にもまだまだ入っていそうな様子であり、今日"行動を共にしてきて"まったく感じられなかったマミには手品か何かのようにさえ思え少々意表を突かれた。

「じゃぁ最初のを頂くわ。ありがとう」

 実のところマミは水筒を持ってきてはいた。とはいえこのくらいの好意なら((無下|むげ))にせずとも良いだろう。

 なにより素直に心遣いが嬉しいのもある。

「あとで返すわね」

 受け取るついでに申し出るとまどかはとんでもないと首を横に振る。

「そんなぁ。わたしが勝手に持ってきたんですから気にしないでください」

「気持ちは嬉しいけれど、あんまり借りばかり作らせないでよ。まだあなたへのお礼は全部返し終えてないんだから」

 そう今に限っては大半冗談程度のつもりでおどけて口にし……その返しにまどかは僅かに逡巡して間を空け、そして困り顔ながらもどこか緩みのない表情をした。

「じゃぁ……ちょっとだけ時間有りますか?」

「んー? じゃあこのお茶は時間を作るための賄賂って訳?」

「……えっ? えっえーとその…そうなるんでしょうかね。えぇと……」

「ごめんごめん。本気にしないで。からかってみただけよ」

 ――茶化すのはこの時までだろう。これ以上は客観的にはまるで己がその先を聴きたくないかのようではないか。そんな風な人物になることもそんな風な人物と思われることもマミの目指すものでは無い。報告が好ましいか否かを感じ取れたとしてマミには話を終わらせない理由がなかった。

 秒も掛からぬ内に成された魔法での『探知』は周囲に特別な反応が無いことをマミに告げる。傍受も対策済み。この会話が如何なる方向に行こうと聞かれる心配も無い。

「そうね。予定よりも早く来れたからあと長くても二十分はここにいるつもりよ」

 これは昨日の延長だ。"どうしても言いたいことがあるが考えがまとまらないから明日にしてほしい"――昨日の帰り際に今日同行することを求めたまどかに、何故かとマミが聞き返してみたところ返ってきた答えである。

 他の日程を進めてもどうにかならないかとまどかは持ち掛けてきた。時間は取らせないようにするし予定に狂いが生じるならそれこそ話の途中であっても置いて行ってかまわないと付け加えて。

 これが迎撃まで含めて徹頭徹尾マミ単独の計画ならばまどかの頼みも迷わず聞いていた。がこれは暁美ほむらとの共同作戦の下調べだ。地理的条件を見て回るだけの事柄でしかなくとも構想が確かな力に変わるのなら互いのためにも軽んじられない行いであり精神の集中が散漫になるようなことはしでかしたくはない。ほむらからの信用にも関わる。

 少し考えた後、昨日の時点でマミはまどかの同伴を条件付きで許可した。まどかは頃合いだと判断した時にその保留した考えを口にすれば良い――ただしマミはまどかが付いてくることまで含めて気を利かせるつもりは一切無い、というものだ。

 言葉通りマミは動いた。朝からこの場所まで殆ど会話も無くただ付き従うだけのまどかの姿はよくよく観察する者がいたとすれば異様にも映ったかもしれない。歩幅を合わせる気も無ければ当然体力が続かないのであれば置いて行く腹積もりもある。

 これでは話を聞く気が無いも同然だが……何もただただまどかを無視するつもりは毛頭無い。電話での確認も許せば、((予|あらかじ))め((大凡|おおよそ))どの時刻にどこにいるかを事細かく伝え一日中一緒にいる必要が無いようにもしてある。

 言いたいことがあるならばわざわざ計画を崩さずとも休憩をとる各地点でそれなりの空き時間はあり――これが譲歩でないと不服を口にしたり、もしくは全く本題を切り出せないのなら、急を要して聞くような話では無い、仮に取り返しのつかないことであってもそう判じて良しとマミは自分に言い聞かせていた。

「じゃぁマミさん。話をさせてください」

 夕飯は外食で済ますつもりである。必要とあらばまどかの分くらいは負担するつもりでいた。予定では今日足を運ばねばならない箇所はその段階ではほぼ消化しきった後であり、そしてもっとも長く空きが作れる時間帯でもある。

 まどかはそこを選ばなかった。伝えたいことはもうすでにまとめた上で同行していたのかもしれない。

「わたし。願い事が決まりました」

 鹿目まどかの表情は、今の天気のように静かながらも晴れやかだった。

「……そう」

 今し方の言葉が自分達の置かれた状況からどういった意味になるのか、分からないマミではなかった。心を騒がす((霹靂|へきれき))とならなかったのは、明確な形を持っていなかっただけでどこか予期していたのかもしれない。

「良かったら、どういう望みなのか教えてもらっても良いかしら?」

「んーとえぇっと……具体的には……今は秘密にさせてください」

 まどかは申し訳なさそうに頭を下げる。てっきりそこから話が膨らむと思っていたマミの顔には本日最も分かりやすく疑問が出た。その面容を如何様に受け取ったか、どうにせよマミを再び見つめ様相の変わらぬまどかは仕切り直す。

「ずっと考えて、色々なことを聞いて、分かったんです。わたしの今一番叶えてほしい願い事はキュゥべえに実現してもらうんじゃダメだって。誰に何を言われても、それが良いんだってわがままを言えるモノ、もうとっくに持ってたんです」

 たどたどしい語調は言葉を選んでいるためだろう。であってもマミには聞き取りやすかった。強く集中していたからではない。芯があったからだ。

「それがあればきっと魔法少女であることも苦じゃない。もっと早く気付けていれば二人に少しでもちゃんとした力として加われたのかなって気持ちはあります。でもこうも思ったんです。今の自分だから出来ること、それが望みだからこその取り柄があるはずだって。だからマミさん――」

 語気を強めることは無く鹿目まどかの表情もそれは当たり前のことだと言わんばかりだった。

「マミさんに奇跡を託します。マミさんがわたしの願いをいつどうすれば良いか決めてください」

 ――巴マミは一瞬理解が追いつかず、及ぶと同時に息を呑んだ。

 あたかも己を『弾』として使えと言っているようなものではないか。

 感情抑制のこなれた魔法を使わずとも身が震えたり総毛立たなかったのは、単にマミがもうすでにそういう人間だったからに過ぎない。幾つかの感情が胸中で大きく渦を巻き始めた中で、少なくともこの鹿目まどかという少女が思っていた通りの人物であるのをマミは痛感していた。

「暁美さんには相談したの?」

 表情作りに迷ったマミはとにもかくにも冷静さを下地に疑問を顔に出すことにした。真っ先に頭に浮かんだ少女の姿は、気にせぬわけにはいかないだけあって名を口にすればさらに落ち着きを与えてくれる。

 まどかは静かに首を左右に振った。表情に……揺らぎはない。

「ずっと心のどこかで、街に来る大きな魔女が倒されたら魔法少女のことを知った時からある胸のもやもやも消えるんじゃないかってたぶん期待してたんです。

 二人が立てた作戦なら必ず成功する。やろうとしていることをあまり知らなくてもそうは思ってた。でも魔女の来る日を無事に超えても魔法少女にはもっと先があって……考えるのがつらいから先送りにしようとしてたんでしょうね。

 わたしなんかよりもマミさんやほむらちゃんの方が戦い以外でもずっと大変なことを背負い込んで……それでも歩き続けているのに。ならわたしも見習ってせめて近くにいる二人のことだけは目を逸らさずにいようって。

 だって。二人と出会ったことにちっとも後悔は湧かなかったから。とっくに願いが決まってたのを自覚したらそんな当たり前のことに、やっと確信が持てました。

 ならもう持っているだけになってしまった大きな力をどうするかも、そこからわたしがどうなるのかも、託してもかまわないと思ったんです。わたしにとっては結果に繋がってもそのものじゃなくなったから。

 ……本当はマミさんとほむらちゃん、両方いる時に話すべきだったのかもしれません。

 だけどほむらちゃん優しいから、喋ったらわたしが見て感じたほむらちゃんなら怒ってくれるんじゃないかなぁ。

 マミさんもそうじゃないかなって考えもしました。深く関わるの((快|こころよ))く思ってないの知ってます。

 それでも一番良い結果を導くにはこういうことからでも自分で選んでいかないといけないんじゃないかって。二人に決める権利を渡すのが平等だと思うけれど……この考えが大きな魔女を倒す時も倒した後も悪い意味として知った人の心に残るかもしれないなら、それを先に減らすこともわたしはしないといけないのかもしれない。

 わたしはずっと二人みたいになりたかった。魔法少女としても人としても。まだたくさん分からないところはあるけれど……関係がある限り、わたしが考えるのを止めない限り、いつかちょっとは近づけるかもしれない。思っていることと同じことを思い付けるようになるかもしれない。

 そんな中で、ただの直感だけれども、わたしはほむらちゃんにはまだすぐになれて、マミさんになるには少しだけ時間が必要だと思ったんです。その少しっていうのは契約が結べなくなるまでの間じゃ足りないと思う。

 だからわたしは今すぐどちらかにならマミさんじゃないかなって。自分に思い付けないことをいっぱい思い付けて、それでいて考え抜いて自分が心から願いを託せる人なら、きっと皆の為に繋がる願いにしてくれるから」

 慣れないことだったか語るのを続けたまどかの顔には僅かな疲れが見えた。だが価値はあったという顔もしている。

 マミはこの場で不適合となる表情や声音を作ることが頭に浮かぶことさえなかった。

「誰かの嘘に踊らされてるんじゃない? 買いかぶり過ぎよ。例えば、そう、ごちそうとケーキが食べたいから出してってあなたに言うかもしれないわよ。それも今すぐ。それでも良いの?」

 言ったところで、冷や水を浴びせられないのはマミには見えていて……返ってくる答えもどことなく掴めていた。

「マミさんを信じます。きっと考えがあるんだって。だってマミさんですから」

「……」

 口にする前マミには同学年の『暁美ほむら』の名前を出せばあるいは己より都合の良い話の矛先や強い逡巡の種になってくれるのではという気持ちがあった。儚い思いでしかなかったのは聞いた今となってはよくよく感じている。

 きっとまどかの決意を((有耶無耶|うやむや))にする切り口は幾らでもあるだろう。そこからやり込めることも造作無いはず。だとしてそこに深く意味が出るのは"あの白い獣"くらいだ。これは人間での話。仮にマミが申し出を断ってもいざとなればまどかは己で祈り身を捧げるのだ。"皆"を助けてと。あやふやでも。

 この『鹿目まどか』という少女は未来の夢や希望といったものまで含めて己の価値を譲り渡せるのだ。

 救われた頃からまどかの言葉はマミの描く"今ある理想"そのものであったし((天啓|てんけい))に等しかった。だとしても決断の為にその背を直接押すのはマミの許すところではない。外に表れぬ胸の内は相も変わらずただ一つコレだと言い切れるもので支配されていなかった。

「私はあなたが魔法少女になったら、たぶん許さない」

 喉の震わせ具合もマミのそうなってしまった現在を表すように平時と変わらない。上辺は固さを増しながら凍りついていき――とはいえそこを抜けた選び抜かれたはずの情念までも冷え切っているとは限らなかった。

「あなたが考えて出したのなら聞き入れてあげたいし、自分のことを二の次に出来ることを尊いとも思う。契約に私の意思が入っても無くても、その後も力になりたい。それでも、どれだけ突然危ない目にあったとしても……ね」

 一つ語り終えた者を前に、語らせるに至らせたと思わずにいられなかったマミはどこか懺悔のような心境に動かされていた。押し出され、吐き出す。

 前提とした条件からすればまどかの話は単なる独白とこの場でなら切って捨てることも可能だった。なのに自分も何か応えねばならない気がしたのだ。

 こんな前置きとさせた心に意味などない。((慎|つつ))ましく、尚うしろめたいことなどなんら無いといった態度で静かに受け止める少女がマミにとっては証拠だった。自分などよりもっとまどかの死生観を尊重するものだけ言ってれば良かったのだ。((教唆|きょうさ))であってもうまく道を選ばせたいとずっと考えていたではないか。けれでも……

「だから私はあなたのその頼もしい心構えにここでただウンと頷く訳にはいかないの。待ち方だって他にあるのを余計なお世話でも教えなきゃ。どうにせよ待っているのは後悔でしょうけど、少しでも減らせそうにするのが……たぶん良いのよ。だって、また変わらず顔を合わせたいもの」

 持ってきた鞄に手をかける。内から取り出したのは、先ほど貰ったペットボトルの半分ほどの大きさの何も入っていない蓋付きの小瓶だ。

「その為にこれを、あなたにあげる」

 胸元近くで虚空を掴むように広げたマミの両手。その狭間に、指にはめたソウルジェムの指輪が微かに煌めくと時を同じくして変化が生じた。

 光だ――そして淡く温かい眩さは秒も経たずに鈍く暗い硬質な輝きに移り行き見た目相応の重さを得ていく。

「マミさん!? ソレって――」

 歪過ぎる箇所が幾つもあるだけで、大まかな形状のみならば『グリーフシード』と捉えても誤りはない。

 鹿目まどかも見覚えがありそれと繋がったのであろう。マミの記憶にもある。忘れもしない――少女が目の前のその黒い物体に近いものを初めて目撃したのは少なくとも二人が出会った日だ。まどかの複雑な驚きの表情はこの物体が魔法少女にとってどういうものであるかあの時から余さず理解しているが故だろう。当然それが何を生む物であるかも。

「大丈夫。これは無精卵。魔女が孵化しないグリーフシードもどきよ」

 ようやく重力を思い出したかのようにそれでも緩やかに落ちるその"グリーフシードもどき"を、マミは蓋を開けた小瓶で受け止める。困惑するまどかをよそに中に納まると軽い音を立て――それだけだった。

「でも人の負の感情を吸収するところは同じ。ただ数人程度だけだと反応しないし、何も生まれないから感情がたくさんあってもずっとは溜め込まずに一時間もあれば自然と薄くなってしまうけれど」

 マミの言葉通りこれ自体に異常に恐れなければならない脅威は魔法少女にも人間にも無かった。魔女化を含めて再現は全く遠いと言い切って構わない代物である。たとえソウルジェムの浄化まで能力に備わっていたとしても、生成に消費した魔力分につり合う働きはまるで期待出来ないであろう。まさしく粗悪品の類似品だった。

「――それで、この幾つかマークしてあるところが魔女の出現予定地」

 "無精卵"の説明をされ疑問はともかく緊張を次第に解いていくまどかにマミは先ほどまで使っていた地図を見えるように寄せるとその上で人差し指を((這|は))わせる。

「だけれどもどこに出現しても侵攻方向はおそらく限られてくる。それは避難所に指定されている場所だと私たちは考えているわ。どれだけ強大でも、行動原理は同じなはず。違うのは普通の人でも分かるような強い風や雨で不安をあおって、それをより莫大な恐怖や絶望に還元するために直接攻めてくるだろうってこと」

 百戦錬磨のマミでも暁美ほむらがもたらした『ワルプルギスの夜』の情報を鵜呑みにするなら結界外に現出するという相手と戦ったことはない。他と極端に異なる動きをしないとは限らぬ。影響からの気象変化とその度合いも実の所推測止まり。がだろうとして敵が魔女であることに変わりはなく経験を活かせる部分もあるはずだ。

 今しがたまどかに語って聞かせた移動経路は単純であっても強く計画に組み込むのは当然であった。

「あなたの家からだと……この総合体育館かしら。地図のここ。そこに危害が加わるのは、たぶんこの範囲」

 総合体育館を中心にマミは小円を指で描く。ただし見滝原市全体を網羅した図上であり、実際であれば半径五○○メートル圏内の街中であった。一方で先に示した出現予定地からは最寄りでも十二○○○メートルは離れている。

「でも私があの『キュゥべえ』なら、この危ない範囲に来る前から魔女のことをあなたに逐一報告するわ。絶好のチャンスだと考えるもの。機会を逃さないようにずっと傍にもいる。でも、あなたが聞かせてくれた思いは知らない。でしょ? だからそうして状況を教えてくれることを利用させてもらうわ」

 マミは地図の出現予定地の近くに再び指で小さく透明な丸印を足す。

「戦闘は出現地点からこの範囲。ほぼ同地点ですることになるわ。ここからが大事、もし仮に魔女の力が強すぎて倒せないと判断しても、それで終わりじゃない。作戦はもう一個用意してあるの」

「もう一つ?」

「そう。撃滅が無理の場合は撃退に切り替えるの。この見滝原市を横切る高速を利用しながら魔女を煽る攻撃を繰り返して、人のいない市外に誘導して実体化が維持出来なくなるまで戦闘を長引かせる手筈よ」

 わざわざ今になって盛大に姿を現すのはこれまでどこかで同じような方法で一挙に蓄えた魔女にとっての活力源が少なくなってきたからではないか。

 餓死した魔女など見たことも聞いたこともないが、倒した相手が再びグリーフシードとなるのは魔法少女ならば知っている。最初の戦闘で手傷を負わせられると考えれば、そこから勝負を決められずとも回復を断つことで大型故の燃費から近い内にグリーフシード化による休眠、あるいは弱体しながら敗走するとマミ達は踏んでいた。

 再度攻撃目標にされようとそれは万全でなくとも数年後であろう。場合によっては工場地帯の燃料貯蔵施設等も利用するつもりではあるが――まどかの好みそうでなさそうなことを一意直倒に告げる必要はないとマミは省いた。

「そしてそのときのルートの一つがこうなる」

 マミが地図でなぞった直線は、先程体育館を中央にして指差した圏内との境目から僅かに離れた場所も通っていた。

「もしあなたがなにかをしたいのなら。このグリーフシードもどきを使って避難所でみんなの負の感情を集めておきなさい。それで、もしも私たちが第一作戦で負けたら今話した高速道路近くの街中まで来る。そしてこの無精卵を思いっきり地面にたたきつけなさい」

「そしたら、どうなるんですか?」

「壊れて、溜めこんでいた負の感情が溢れ出す。けど一時的に避難所よりも強烈な感情がそこで渦巻くわ。街中が避難所と思い込んだ魔女はそっちに、惹き付けられる」

 生み出した当人でありこれまで試してきたことだ。誤作動もせず壊れた時は間違いなくそう作用を及ぼす。

「出来れば街中にある地下鉄の入り口付近でしなさい。あそこは地下街とも通じてるし、中に入れば耐震強度もかなり高いから安全よ。あとは複雑な所もあるけど五郷駅方面まで走っていけばそのうち安全圏まで出られるわ」

 市の象徴となるキャラクターの意匠など信頼を置き難い面も爆発的な華やかさの陰で見え隠れしているが、といって付与される彩りではない根幹となる部分までもそうではないとはこの街で育ったマミなりに思ってはいた。まどかの歩幅と体力でも急げば余裕を持って逃げ切れる程度には頑強さも地下街には備わっているだろう。

「あとは念の為にこれも渡しておくわね。今から作るのは"魔法の鍵"。もしも閉まっている扉やシャッターがあってもコレを押し当てるだけで十回なら開けられるわ」

 "グリーフシードもどき"と見た目にはほぼ同じ手順から作り出されたのは、前の黒さとは反するような黄金の鍵。それもまた小瓶に入れそして封をし直す。重ねて瓶全体にかけた魔法はその魔法自体の気配を消すものだ。これで蓋を開けたぐらいでは魔法に通じていてもよほど念入りに調べでもしなければ中の二つさえただの小物にしか映らない。

「暁美さんに心配をかけたくないなら、同じ様にこのことは秘密よ。まずはこれで思いを叶えてみなさい」

 差し出された小瓶――受け取りながらもまどかの瞳には逡巡が宿っていた。

「……わたしがそれをすることで、マミさんやほむらちゃんは助かるんですか?」

「正直ね。魔女が攻撃だけに反応してくれるかは分からない。だから餌は多い方が都合が良いの。私たちは直前まで用意があるから感情を集めてられないけれど、それはあなただからこそ出来ることよ」

 ……実際は、マミの語った誘導経路は考慮され方向こそは合ってはいるも、全体のあくまで一つでしかなく最も有力としているのはそこから三倍以上遠方だった。必定、教えを順守したところでそれが魔女に影響を与えることも少なければ、行動したまどかへの危険も避難所にいる時とさほど変わりはしない。

「それでも足りなかった時に、そう思い続けてくれた時に、あなたのその考えを受け入れるわ」

 嘘だった。少なくとも"この戦い"だけなら鹿目まどかの助力は必要ないであろう。まどかが信じる人物に決意を託すのが望みとなったならば、その価値観を少しでも長く続かせるのが今のマミの信仰だった。

 この独断が僅かでも伝われば暁美ほむらとの関係がどう転ぶか。例えほむらも似た様にまどかの契約を快く思っていなかったとしても、戦場に近づく案を出したことは実質安全かどうかは関係無く重大な線を越えた取られても仕方はない。どころかまどかの頼みを明確に拒否もしなかった。何を起こされようと不思議ではない。

 だがマミには((赦|ゆる))しをもらう気が元から無かった。『ワルプルギスの夜』を超える道半ばであろうと、その先であろうと、死に瀕しても、決して己で美しいと思ったものを穢しはしない――それだけ残せるのならば、夢想するだけで後にどれだけ悲惨な末路があろうとマミには救いなのだから。

「あなたは私に生きることを選ばせてくれた。いつかが今じゃないことを教えてくれた。あなたが私たちになりたかったのなら、私はあなたになりたかった。……きっと暁美さんも。……あなたは私たちの希望よ」

「え? そ、そんな――」

 ((大仰|おおぎょう))に聞こえたのか困惑するまどかに、マミは構わなかった。

「だから私たちの代わりにいっぱい悩んで。それは私たちがもう出来なくなったことだから。そんなあなたが傍にいてくれることが、勇気になって、力になって、魔法になるのよ」

 親愛なる友人でありたかった者の((眼|まなこ))から迷いが消え去ることは無かった。それでも薄まったようにマミには思えたのは表情の硬さが和らいでいたからだ。

 今はこれで良い。願わくは初めて出会った時に見たまどかの明るさを取り戻したかった。そんな才能が自分にはなかったとしても。

「そろそろ時間ね。お昼までまだ頑張らないと」

 立ち上がるマミの横でまどかは我に返った様な表情を見せるや急いで整理を済まし追従する。

「……言いたかったこと伝えたんでしょ? ここから先は自由行動で良いのよ?」

「えっとその……今日は、これで良いんです。今日は一緒に街を回って、この街がどんなところかもっと知ろうと思ってたんです」

「……そう。あぁそうだ。今日は何もしてあげられないけれど、今度埋め合わせさせてちょうだい。どこか行きたいところあるかしら?」

「行きたいとこですか? 急に言われると……うぅん……」

「急に聞かれたら、困るわよね。……あぁ。もしよければつい最近オープンした大きな輸入雑貨のお店に行ってみない? フルーツパフェの香りがするトリートメントなんていう変わったのもあって」

「パフェ?」

「そうなの。置いてあった見本からすっごく良い香りがしてね。他にも色々と揃えていてまとめて買おうと思ってたんだけれど、よければ一緒にどうかしら? 暁美さんも誘って。繁華街だから途中で行っても良いし」

「そうですね。うん。行きましょう! 三人で! 絶対!」

 

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