三章六節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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「んー? ほむらぁそれぇ何?」

 本日最後の授業が終わり帰宅への準備中、かばんに入れようとした一枚の広告が美樹さやかの目に留まったようだ。

「今朝家を急いで出ようとして、ポストにあったのをそのまま入れてきてしまったの」

 暁美ほむらは"そういうこと"にしておいた。

 広告には新しいオートバイ専門店が見滝原市の傍に近日オープンすることが幾つかの写真と共に派手に宣伝されている。開店記念に珍しい国産車や外車を数十台集めたイベントも開催するらしい。市も一枚噛んでいるという公然の噂もある。

「ほぅ。てっきり興味あるのかと思ってびっくりしちゃったよ。でー今日は暇?」

 イメージが特に繋がらなかったのか幸いなことに鵜呑みにした様子のさやかが話題を長引かせることはなかった。

「ごめんなさい美樹さん。今日は寄る所があって」

「あらら。フラれちゃいましたか。あぁ良い良いよ気にしないで。さてと仁美もお稽古事だし、まどかも先に帰っちゃうし、今日はフリーかぁ」

 ほむらもまどかと仁美が先に教室を出て行ったことは既に把握していた。良好な関係を構築できているであろうと感じられてはいるがあまりべたべたし過ぎるのも何かの引き金となるやもしれぬ。不安とはいえ今日くらいはあと十数分間を置いてからまどかが辿るいつもの家路を密かに追いかけても良いだろう。

「最近まどかさぁ心配なんだよねぇ」

「えっ?」

「いやさぁ。どことなく前と雰囲気が変わったっていうか。先に帰った理由は言ってたけれどもなーんかこう一緒に帰んなくても良かったのかなぁって、もやっとするっていうかね。最近なんでも願い事が叶うなら何が良いとか妙な質問までしてきたし。仁美もされたとか言ってたじゃん?」

「私は……それ知らないわ」

「えっ? マジっ?」

「……」

 思わず正直に返してしまいほむらは失敗の二文字を胸の奥に浮かばせた。それなりに心配を共感した内容で良かったのだ。

「美樹さん気にしないで。仲間内でも言わないことがあるなんて普通でしょ。むしろ言い過ぎてもそれはそれで変じゃない?」

「いやまぁ。そりゃあそうなんだけれども……ね」

 すぐに取り繕ったとはいえ――本当は返事の内容への後悔であるが――ほむらの表情がさやかにはどう映ったのか、歯切れの悪い言葉が出てくる。

 仁美でも見習いもう無理矢理でも話題自体を変えてしまうべきだろう。ほむらはなるべく明るく別れられそうな続きの文句を考えながらかばんをしっかり閉じた。

「私さ、昔、犬を飼ってたんだよね」

「――?」

 いざさよならを伝えようとして……急な話題にほむらは黙った。まだ心にしぶとくある人の良さが、疑問の答えに耳を傾けよとした形だ。

「えっと……犬?」

「そう、犬。名前はロッキーって言ってね。あぁ皆言うけれどもお菓子じゃないよ。読み方が一緒なだけであっちの方がたぶん後に出たから」

「……それで?」

「んあぁメンゴ。でさ、他がどうかはよく知らないんだけれども、犬だからっていうか、単純というか純粋というか、そういう生き物だからかな。子供の頃の私が嬉しがってたら一緒に喜んでくれたし、逆に悲しいことがあった時にはけっこう悲しい顔してくれたんだよね。今よりも自分ばっかだったあの頃よりかはもっとそう思うよ」

「……」

「そういうの、うまい言い方が思い付かないけれども、救われてたみたいな感じなのかもね。こういうとこ、実際に出来てるのは、優しいって言って良いと思う。でも私等って人間じゃん? ちょっと複雑すぎるのかもね。言わなきゃいけないことでもタイミングが悪いだけで言わずにいたり言えなかったり色々あると思うんだよ」

「そうね……」

「だからまどかが相談みたいなのしてないのも気にしないであげてね。あの子さぁ引っ込み思案なとこあるから、言ってないのはたぶんタイミングが悪いとかでたまたまなんだよ。そこは私が保証するよ」

 巡り巡ってようやく話の行き着く先が見えてきたことにほむらはため息が混じりながらも頬を少し綻ばせ一笑した。何を勘違いしたのか、あるいはさせてしまったのか、ただ評価を早めないでくれの一言を出すまでに前置きが必要だとさやかは思ったらしい。

 ほむらの表情を読み違えただけでないとすればそれほど最近のまどかの様子と問い掛けは幼馴染のさやかにしてみれば異様に感じていたのもあるということだろう。

「本当に気にしてないわ」

「ありゃ? 気にし過ぎてたの私だけ? うそぉー」

「それにしても、どうしてその、ロッキーの話から?」

「聞いたんだよね。恥ずかしいっていうか、話し相手も分かってくれそうな自分の昔話みたいなのも一緒に話すと、ググーッと近づけるとかどうとか」

「それ恋人がどうとかじゃなくて?」

「おっ?」

「言ったの鹿目さんの親御さんでしょ?」

「おぉ! ほむらも分かって来てるじゃん!」

 ちょっとした"会話"に一段落が付いたところで、さやかは事の始まりを思い出したらしく突如軽く慌て出した。

「引き止めたみたいになっちゃったね。さやかちゃんの悪い癖だ。じゃあ今日はお開きってことで。まだユウカとかならいるかもしれないし、そっち誘いますかな。なんか今日の配給にはね、ガチで教会から女の子が来てるらしくてさ。噂になるくらいの私らくらいの子の修道着姿とかやっぱ見たいじゃん。あとは、ゲーセンかな。じゃ明日の報告楽しみにしててよねー」

「うん。またね」

 腕ごと手を振りながらさやかが離れていく。気疲れは確かにあったが、忘れ物が無いのを確認し終えた時のほむらの心境は今日の授業が全て終わった頃と比べ不思議と晴れやかだった。

 さやかはまどかと向いている足先が完全に一致しているとは思えなかったが、それでも幼馴染であったことはまどかにとって幸せであったのだろう。

 教室の扉が開いて閉まってさやかの姿はそれっきり。壁の向こうを見遣る。空模様は清々しいまでの青。街の遠景はいつも通りひっくり返された挙句の横倒し。飛び交う数千を超す無数のヘリコプターの音がやかましいくらいしか今日のさやかの歩みを邪魔するものは無いはず。

『――!――――!』

「えぇさようなら」

 傍にある机の下から生えた木の根のようなものが赤熱を発しながら脈動する。その上で髪と一体になった指先の((付け爪|ネイル))にせっせと着色中の小柄なクラスメイトがする別れの挨拶にほむらは笑顔で返した。

 出口まで数歩。いざ扉を開けたところでほむらは立ち止まった。どうということは無い。廊下があると思い込んでいたが単純に道が狭まっていたのだ。正確には道らしきもの以外は漆黒であり無である。

 よく目を凝らせば足場は正確には独立したマス目だった。水切りの石の如く上を飛び跳ねて行けば良い。数は十九。どれもに見たことも無い記号で同じ文字らしきものが書いてある。そしてほむらは字であることを認識し読めてもいた。

 ふと気付けば六面のサイコロが三つ手の中に。振った数だけ進めるらしい。絶対の法則だ。特に考えもせず従ったほむらは当たり前だと((賽|さい))を投げる。

 ころころと。転がり空中に止まった目は合計して六。ぴょんぴょんと。跳んだ先に止まると足元の記号が際立って思えた。

 『振り出しに戻る』

 そう事前に読んでいた通りなことを知った時にはもうマス目が崩れていた。

 突然の出来事ではあるが疑問は僅かで驚きは薄い。仮に頭蓋骨を開いて脳を直接観察しても頭の回転に合わせ怠慢にぐるぐると転がる((感嘆符|エクスクラメーション・マーク))ばかりだろう。闇の中をゆっくりと落ちていく。

 無なのは確かだが始めだけでもあり、遠くでは((那由他|なゆた))の奇妙な絵柄のコインやカードがどこからか振ってきてはほむら以上の高速で落下し続けている。

 下から足首のバッサリ失われたどことなく少女の姿をした人形がほむらを見上げた状態で現れて、顔を上げた姿勢を崩さずに一瞬すれ違うや上へ上へと昇っていく。

 ふと気付けばほむらはしっかりと立っていた。先程と同じく放課後の教室の出口に。扉の先も、後方も、掌にあるサイコロも、変わらない。

 コロコロと。転がし宙に静止した目は合計して十七。ピョンピョンと。跳ねた先にあるのは変わらぬあの文字。

 だからまた落ちていく。意味が無いのも知っている。けれども変わらずサイコロをな――げ――た――

"――くだらない"

 静かに目を開けたほむらは、少しだけ知っている暗い"天井"を見ながら、冴え過ぎている頭でまずそう思った。

 立ってなどいない。身体は低反発が自慢だというベッドに((仰臥|ぎょうが))している。着ているのは備品のパジャマ。眠る前と着衣の僅かな乱れ以外は変わらない。目の慣れの速さは、近くのカーテンを通り抜けた((仄|ほの))かな光による助力もあるのだろう。

 汗すらかいていなかった。毛布を捲って起き上がり指輪状態のソウルジェムにも目をやるが変化は見られない。

 少し視線を落とした先、今は"消している"――普段は腕に巻いてある"腕時計のようにしたもの"を思いながら手首を擦った。

 取るに足らず気にすることでは無いと断じはしたが、即座に再度の眠りにつける感じもしない。とりあえず思い付くや照明でそれなりの広さの今いる一室に薄明りを作り歯を磨き直し備え付けの小型冷蔵庫に並ぶ飲料水を取り出して喉の渇きを癒す。

 頭の回り具合からもどことなく分かってはいたが、枕元にある時計機能によれば布団を被っ

た大体の時刻からそれほど経過していなかった。

 今は必要無しと"腕時計"の使用をとりあえず止めたことは思っていたよりも心持ちを解放していたのかもしれない。逐一使うことでの残りの魔力量を気にする必要が無くなった、という単純なものとは異なるだろう。

 夢……後半はともかく内容は少しとはいえ記憶にあるつい最近の出来事に近かった。やり取りからすれば置いてくることになったまどかへの恐れがどこかで繋がり形となって表れでもしたのかもしれない。

 だからといって何だというのか。夢は完全な記憶の再現であろうと夢でしかない。心に意味不明の思案と想像の迷宮をもたらすなら、魔女と変わりないのだ。

 現実を再確認するために、あえてほむらは窓際のカーテンを開け放つ。二十階――ビジネスホテルの客室最上階からの光景は、この時間でも各所から人工の光を放つ傍に壁となって並ぶ高層ビルにより絶景とは言い難いが、それでも単調な理解の及ぶ分かり易さしかないのは((護符|ごふ))としての効力もどこか胸中に抱かせる。

 ようやくこの日まで来た。手に入れるべき大量の標的は、明日の深夜に頃合いを見計らって、という予定だ。それが取り入った巴マミを節目の終わりまで動かす最後の一手となってくれるであろう。

 旅立ちの日に見た報道のように、広く問題となるには早くても少々時間を要するはず。その頃には実行者は遠くへとすでに帰宅し、再び学校生活へと戻っている。

 渡された"魔法の鈴"の効果は抜群だった。高級とするには幾分も縁遠い宿にしたのもあってか、街中とはいえ((受け付け|フロント))で怪しまれることもなくこうして一部屋が用意されている。

 目線が最期まで合わなかったことから担当者達には長身の人物に見えていたのであろうし、監視カメラ等の記録も聞いていた通り誤魔化せたのだろう。渡すモノも渡せばあとは変わらぬ営業用の笑顔で二つ返事だ。

 勿論『魔女の口づけ』の再現と応用により消費量からそこそこの能力は持たせられたようだが、才能が足りていないなりの誤魔化しであるのに変わりはない。回数制限有りの消耗品同然ならば一度も外出どころか扉を開ける必要の無い配慮でようやく万全と言える。

"……大丈夫かしら?"

 夢は時に現実の再認識でもあり怯えでもある。長い経験を重ねてみればそんな気さえしていた。((愚昧|ぐまい))な夢は事実という護符に弾かれてもまだ残る。何故なら余りは今立っている場所に元からあるものだからだ。故にもう得るモノは無いと、ほむらはカーテンを元に戻した。

 ほむらを冷静でいさせながらも脅かす一つは未だにこの場での巴マミという存在を把握出来ていないことだ。

 今頃何をしているか知れたものでは無い。偽装に片付けはし、玄関などの数ヶ所に痕跡を重視した魔法を掛け、出しなに扉の隙間へとヘアピンを差し込む気休めの陳腐も試してある。家主不在の家に忍び込もうとも、ほむらの方が情報としては得るモノが大きいはず。

 とはいえ本当のところはあくまで念のためという程度での行いに過ぎなかった。さらには、最も知られては不味いであろう一つ、腕時計――"小型化"への魔法に関しては、真実が此処にあるのならば((殊更|ことさら))分かるわけも無い。曲がりなりにも信頼しているのもあってか、そうしたことなどよりも遥かにまどかに急接近をし、あるいは危害さえ与えていないかが気掛かりである。

 だが"この時"での巴マミへの感情は、世界を牛耳る見えない流れとさえ合わさり、奇妙にバランスを保ってしまっていた。ならば個人は万事でしかなく、期待を持ちながらも心を乱さないための試練でしかない。

 思い付く通り部屋の一角、荷物と共に置いていたビニール袋に手を伸ばす。袋の内には道中購入した腹持ちの良さそうで消費期限の長い缶詰等の加工食品と数点の菓子類が入っていた。

 その中から握り締める手と同程度の長さの棒状の焼き菓子を取り出す。手頃な価格から人気商品としての地位もある。

 袋を破いた。このような時間に菓子を食べるなどしたこともない。

 一方でそうしたことを平気でしそうな人物にも心当たりがあった。かつて幾度も見せた粗暴ともいえそうな思想。だとしてもほむらには勇気付けられるほどの強さだと映るものもあった。

 あれを得られたのならばもっとずっと心を震わさずにいられるだろう。やりそうなことを真似し――ただの一齧りで、もう元に戻れない代わりにその強さを得られるのかもしれない。

"そんなわけ……ないじゃない……"

 それでもそれだけが待ち受ける真実への残り少ない抵抗でしかなかった。

 暁美ほむらはただただ変わりたかったのだ。味がどこか遠く感じるのが、過ぎた時間の多さの証明でもあった。

 "その者"で印象深い((林檎|リンゴ))を齧らなかったのは、極まった末の変わりなさを知りたくない弱さの表れ――だろうとも――

 その変化と余地を感じる限りは、まだきっとソウルジェムに収められた"魂"の輝きが、失われることも無い。

説明
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【あらすじ】
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