四章一節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜 |
「うん。学校からみんなにいったん帰るようにって……大丈夫。今公園のあたり。もうすぐだよ」
暗雲の群居に空模様は日の明るさを忘れていく。街の遥か彼方から轟く雷鳴は天が((瘧|おこり))の発作を起こしているかのようだ。
風に揺らされ電線が奏でる不協和音。世の終末を思わせる音の只中ではあるも……決して子供であっても立っていられない強風が吹き荒れている訳ではなかった。
妙にひやりとした気流が((梢|こずえ))を絶えず細やかに震撼させている。落ち葉は地面を這い進む。
にわか雨に危惧を抱く程度の景色だ。四方からさらに聞こえてくる警報と巡回中の幾つかの車両が呼びかける避難誘導の声はどこか場違いな雰囲気さえある。
だが公園の一角でそれらを聞く制服姿の子女が二人――"暁美ほむら"、そして傍で同じく周囲を静観している"巴マミ"には、裏切られてほしかったというだけで全て予想の範囲内だった。
歩み寄る少女がもう一人。携帯電話の電源を切りながら、呼び出しがあるほんの少し前にそうしていたように二人の輪の中に"鹿目まどか"は戻って来た。
「ママからでした。早く帰って来いって。避難所の体育館に行くそうです」
「そう……」
マミの落ち着き払った短い応答に、色眼鏡かほむらは難色を見た気がした。他ならぬ己がそうした感傷を抱いていたからかもしれない。
「でも今から無暗に郊外に出るよりは勧告に従った方が堅実よね」
時計を確認するマミは思い直した態だ。それがほむらとの歩みの違いであり、だとしても待ち人としての近さを持てるに至っているという自負は確かに胸に。"準備"は既に大方整えてある。
学校側の対応が迅速で自由になれる時間が早く舞い込んできたのも好ましい。今日に備え数日間仮病で通す案よりも、それまで校内に"魔法"をばら撒く方が賢明と踏んだ成果か。
『魔女の口づけ』の様に感情を揺さぶる魔法。が同じとするには余りに幼稚でかけた時間にしては人一人ましてや集団を想定通りに操れなどせず結果への結び付きに働いたのかさえ不明である。とはいえ吹けば飛ぶような魔力消費量からすれば効果はあったと思うだけで気休め程度にはなるだろう。
魔法を施したシールを各所に張り時々発する言葉にも念を含ませてもみて――少なくともほむらからすれば出入りする人間が少々暗鬱気味だったのと担任が身の上話に終末論まで絡ませていた珍しさしかなかったが、どうにせよ危機意識を呼び起こされたか全員が大人しく帰ったのだ。言うことなど何もない。
「さやかちゃんや仁美ちゃんたち……大丈夫かな……」
まどかの陰のある呟きが魔法の影響からではないのは、教えていた為か元来からの素質故か学内に使った暗示が効いていないようだったのを見ていたほむらには尚更感じられる。
時々僅かに浮き沈みがあったと思えた美樹さやかと周りの多くと同様に口数が減っていた志筑仁美はいつもの登下校風景とは異なり早々に別れる形となった。この事態を誰もが重く受け止めていることにまどかは安心を覚えたと話していたが、どうにも抱くのはそれだけだはなかったらしい。
おそらくこの気象状況のせいだけではないだろう。一時的とはいえ負の方面に傾いたさやかと仁美――学校の皆が気掛かりなのだ。二人の背中を見送った時よりもほむらは力を込めて言い直した。
「二人なら大丈夫。別の避難所で心配だろうけど、一日もすれば元気な皆にまた会えるわ」
「その為には、被害を最小で済まさないとね」
マミが((従容|しょうよう))と続ける。自信あり気な態度はそれが実現可能だという気持ちの表れだろうか。時折見せる年上だからというだけではない尊敬の眼差しからすれば、まどかにとっては最良とさえほむらには思えた。
「出来ますよ。私たちなら」
不安が無いと言えば嘘になる。"このマミ"と自身の経験から得た知識を合わせれば、悲願が成就するかもしれない。思いたい一方で過去は即座に否定してくるほど想像でもほむらに容赦をしたことがなかった。
それでも希望を見たのなら戦うしか他ないのだ。
「じゃあそろそろ行きましょうか」
ほむらが頷くのを待ってマミはまどかの顔を覗き込む。
「まず帰ってご家族を安心させてあげなさい。あと通じないかもしれないけれどさっき言ってたお友達にも何か連絡してあげて」
「……えっと」
「難しいことは後で。敵を倒すだけが戦いじゃない。身近な人を不安にさせないようにする。今はそれがあなたの最もすべき戦いよ」
「マミさんも私も、もう沢山安心させてもらったから。だから鹿目さん、ねっ?」
まどかは何かを言いたそうだったが、マミとほむらの言葉が遮る形となった。
頷き、それでも名残惜しそうに((吃|ども))り、そうしてその数秒の内に如何なる葛藤があったのか。まどかは笑顔に整え直した。
「そうでした。わたし待ち方を決めたんです。いっぱいいっぱい考えて」
これより始まる戦いにまどかは想像を挟む余地しかない。詳細は伏せ続け、おそらくマミもそうだったはず。瞳の奥に消えないものがあるのも当然だ。それでも声音にも表情にも抗う力強さがある。
「終わった後の打ち上げ会、楽しみにしています」
それは形は違えどほむらが常に眼差しを向ける未来にしかない光景だ。
だからたった小さな一言ではあったが、耳にすれば自然に嬉しさと力が湧き上がる。
黙しながらのまどかからの目配せにほむらもまた静かに伝わるものをしかと受け止めた。マミとは異なる対応は、もう自ら発する言葉にさえ臆病になっている身にはただただ有り難い。与える立場でありたかったのに貰い受けてばかりなのを不甲斐なく感じるも、それで終わることもまたなかった。
「行ってきます。マミさん。ほむらちゃん」
まどかが振り向いたのが合図だった。
ほむらとマミの制服に生じる変化。魔法が光を放ち走り強化を施された煌びやかな衣装として定着する。
この身を包む光こそが力であり、魂が絶やさぬ希望の具現なのだ。
家路につくまどかを背に、ほむらとマミは次第に瘴気の気配を帯びながら強さを増す風を切り裂くように疾駆する。
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