四章二節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜 |
脳裏に過り続けるのは刻み込まれた見滝原市の地図と数日前に確認した実際の場景。
一端共闘相手と別れた巴マミは一人中心市街地へと足を進めていた。迷路を作り立ち塞がるであろう建造物の密集具合でも、高さがほぼ変わらぬのなら見晴らしの良好な場所もある。正常に頭の中の情報が機能しているのを逐一感じながら、強化された身体能力で近道のために各屋上を利用し移動していた。
普段なら雨の日だろうと多数の人間でごった返しているが、横目で見てきた交差点や((商店街|アーケード))付近にも人っ子一人いない。店舗も((悉|ことごと))くシャッターが下り固く閉ざされている。
"これなら思いっきりやってもいける……!"
育った街の見知らぬ景色に戸惑う段階はとうの昔に過ぎている。あらゆる意味で街に気を使うのも同様だ。
歩き回ってみて素人目でも監視カメラの類だと映るモノと屋外への設置の多さには改めて関心が向いた。結界外で大立ち回りを演じることになるならもし姿が映り込んでも大事の前の小事と割り切るべきか――
そうした危惧からふと試しに変身後の自分を撮影してみた。魔女や使い魔同様とまではいかなかったがそれでも写真や動画内のマミの姿は水に溶け薄まったかのように非常にぼやけ、判別は不可能としても過言ではない。
無意識に魔法をかけぬよう次は変身前も撮ってみた。既に魔法無しで生きられないのからすれば案の定だ。たまに話す同級生が写真機能で撮影してきた時に二人揃ってはっきりと写っていたのは心構えがあったからだろう。
街の巡回に際し監視カメラになるべく捉えられない道順をこれまで少しとはいえ考えていたがどちらかと言えばこうした無意識でも機能していた恩恵の方が大きかったのかもしれない。映像は一つの要素に過ぎないが、年若い女子が一人で夜中まで歩き回っていても特に誰にも注意されたことがなかったのに今更少し納得がいった。
そこで妙なものを覚えたのがさらに前に何気なく目にしたテレビの報道。"本人"は証拠が残らないように魔法を使ったと語りマミも特に興味が無くもう記憶も断片的だが、今思えば不審な点は多かったと思える。
――これまで得られた情報を総合すれば、あるいは嘘を見抜き真実に繋がる仮説を立てられるのではないか。
だとしても。これもまたとうの昔に過ぎている話だった。来る魔女への対処が済み掘り起こす瞬間さえ見誤らなければ良いとしたのは他ならないマミ自身だ。どれもこれも等しく昔の話である。
人知れぬ戦いが始まりそして終わる。初の魔女との結界外戦闘になろうとそこに違いがないのなら今は頓着無い。
"見えた――"
直線で移動出来る分、加えて魔法で身体を軽くし((膂力|りょりょく))を上げた分、目的への到達は予定と比べてもほぼ狂いはない。次第に高低差を増していく高層建築に今度は足の底に『吸着』の魔法をかけ総ガラス張りの壁面を走ることで対応していく。
駆ける最中頭に浮かびやがて視野に入れ続けられる距離まで迫ったのは街を横切る高速道路。跳躍し弾かれるような勢いで飛び上ったマミは、空中で華麗に回転、姿勢を正すや車道の側にある照明柱の一つに着地した。
すでに街中同様、高速道路を走行する車は一台も無い。避難勧告が発令され一時間余り。封鎖は完了しているようだ。
魔女が街の中心で実体化あるいは瞬間移動を仮にしようとも火事場泥棒は捨て置くとして安易に負傷者が出る事態は避けられそうである。
さらには突如マミ達以外の魔法少女が手柄欲しさに介入してくることはずっと念頭にあり対処法も((孕句|はらみく))に織り込み済みだったが、どうやらその様子も無い。((僥倖|ぎょうこう))に僥倖が重なっている。あとはこの流れの良さをどれだけ無下にしないかだ。
マミはリボンを手に取ると鞭よろしく振るった。見る見るうちに長さを増すと、風に逆らい虚空を泳ぐや近くの長大な遮音壁の一ヶ所に狙いを定める。伸びる先端が亀裂や隙間に潜り込み瞬く間に壁の一部を縛り上げた。
リボンから伝播する巴マミの魔力そして魔法。遮音壁がリボンを巻き込みながら急激に歪み……次の瞬間融合は完了した。
今やリボンと同色に染まったその個所に硬質さは皆無。横断幕と言ってしまっても問題ない存在に変化させられた壁は絹のような薄さと柔軟さを吹き付ける風で揺らしていた。飛ばされたり落ちてしまわないのは布化された部分以外の両端はまだ元来の状態を保っているためだ。
その両端との結合箇所が泡立ちキチキチと不気味な音を鳴らし始める。じわじわと捕食されでもしているかのような音は、まだ魔法が終わりでないことを示していた。
"順調ね。あとは……"
小さな収納魔法ならば自分も使える。変身と同時に仕舞い込まれていた携帯電話を取り出しマミは眼をやった。通話はまだ充分に可能であると表示されている。即座に共闘相手――暁美ほむらの番号を打ち込む。
「――暁美さん。こっちはもうすぐ完了よ」
『分かりました。最初の確認地点に反応はありません。次に移るのでそこでもう一度連絡します』
了承し電話を切る。街へは確実に淀んだ空気が運ばれてきているが、電波まで侵されるのはまだ先だろう。
ほむらが連絡時にいた((大方|おおかた))の地点は高層建築の隙間からかろうじてマミにも見えた。この近辺よりも厚く暗い雲に覆われているようだが、どうやらハズレだったようだ。やはり魔女というべきかもしれない。如何に大物であろうと外見と居場所が一致するとは限らないか。
マミは携帯電話を仕舞う。代わりに手中にあるのは『((魔女の卵|グリーフシード))』だ。これまで獲得してきた全てを必要数暁美ほむらと分け合った。これはその一つ――
もぞり、と硬さを忘れた"魔法の壁面"が動いた。
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