四章四節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜
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 戦禍の舞台より離れ彼方。暁美ほむらの奮闘は当然ながら巴マミも捉えていた。

 今から十秒弱前。『ワルプルギスの夜』が操る炎に飲まれまいとしながら地上近い低空飛行をほむらは敵近辺で継続していたが、熱風の衰え切るまで((躱|かわ))したところで無数の使い魔たちによる集中砲火を浴び五○メートルの高さから広がる商業地区に向けてバイクごと落下したのを最後に反応が途絶えた。

 落ちる魔法少女の身を救出しようと"リボンの道"を馳せさせようにも矢継ぎ早に起こされた混乱と続く使い魔による妨害そして直線でも約二○○○メートルの距離の壁は秒の中の出来事とはいえ妨げる要因として大きい。結果、刃に転じ振り回された残り少ないリボンによって敵を数体((屠|ほふ))ったのみに止まり目標を見失う運びとなってしまった。

"魔力の反応は……駄目……。探知に力を使わないとたぶん分からない……でも。気配……消し

ているのかしら……?"

 風切り音を絶えず響かせる完成間近の四○階建て高層マンション屋上からの眺め。近隣に肩を並べていると豪語させられるだけの高さの建築は無く、上層部に入居すれば広がる景色を我が物顔で眺めることも出来たであろう。今、巴マミが目にしている世界を、大枚をはたいてまで特等席で見続けたいと思う人間が果たしてこの世にどれだけいることか。

 確保された広い視野と魔法付与の双眼鏡越しにも探るがすでに戦場において致命的といえる空白をさらに重ねるばかり。強化され加速させたマミの感覚には秒を刻む針はとても遅く、それ故に残酷だ。

 なにより『ワルプルギスの夜』はほぼ無傷と言える状態。損壊が表面に出難いのか、それとも本当にあれだけしか傷を負わせられなかったのか……いずれにせよその上使い魔までいるとなれば一人で相手取るにはより魂を賭け骨を折るのを覚悟せねばなるまい。

 マミのソウルジェムに絡み付く形で長く伸びた細い((帯|リボン))。時折結び止められ連結の態を成しているのは十数のグリーフシードだ。現状に至るまでの膨大な魔力と浄化のやり取りを自動的に行わせる仕組みである。末端から消費され限界が近づけばすぐさま一時的な孵化抑制の封印が行われていく。未使用を五つ残し、成果がこの景色だ。

 これから先の戦闘を如何に構築し直すか。思考から不確定を除きたいならばテレパシーを解禁すれば良い。安否の確認はそれだけで分かる。だがマミは躊躇していた。最たる理由は、そうせぬことでまだ期待が形になるかもしれないからだ。

 算段を過らせながら見続けていた遠方。魔女が宙に吹き出すけばけばしい色合いの炎が数多の火球となって列を作るや水滴のように落とされていく。一粒に極大の破壊力を有して、地に密集する再開発商業地域に向け((雨霰|あめあられ))と。

「まさか!」

 電車一両ならば軽く焼き払える炎の柱が並ぶ。その攻撃の数々は、無差別な破壊にしてはまるで何かを追い立てるような意図を感じさせる。望みを込めて巴マミは炎の塊が投下される先に目を向けた。

"いた――"

 米粒大の何かが――電線の上――。さらに拡大する頃にはすでに飛び移り、商店の屋根を次々と踏みながら走り去っていく。バイクを操る暁美ほむらの姿があった。

"やっぱり生きてたのね"

 帯の作る路面と魔法により接着されていたタイヤ。その関係が切れる状況は様々にあるが、答えの中にはほむら自身が望んで魔法を解除した場合も含まれている。

 もしも集中が途絶えたりなどして落ちたのではないとすれば、そう思わせることに意味があるはず。やられたように見せかけ、効率の悪くなった空中戦闘法を放棄すると共に衝撃を分散させながら垂直落下で着地、魔法によって気配を消すことで距離を取る。マミが己ならばこうすると踏んでいた方法の一つをおそらくほむらも実践したのだろう。

 あの状態では本当に被弾でもしたのかどうか疑わしかったが、魔力を使った通信によってほむらの策を台無しせずに済んだようだ。

 だが早々に魔法の気配の感知を許させなかったおかげで着地時の隙をなくせたであろうとはいえ、炎はすぐ後ろに迫り振り切る速度を出すには足場も悪い。流石は強大な力を有する魔女と言ったところか。忌々しいが小細工は長く通じない。

 あの攻撃は本気か戯れか。いずれにせよ晒されているほむらはまだそこにいる。

 目指している先と思しき場所には高速道路が。あそこまで辿り着ければ魔力を解放し一気に安全圏まで距離を取ることも可能だろう。その場から無暗に角の多そうな地上に降りるよりもずっと生存率は高そうだ。無論上空から襲撃されているのだから、いずれ使い魔も参加し遠からず先回りされ逃走手段がじり貧となるまで回り道をさせられることも考えられる。

"……"

 "巴マミ"にとって決断の時でもあった。

 暁美ほむらという少女は今でもマミにとって『謎』に分別される存在である。危ういとして先を想うならば、いっそ高みの見物を決め込み、成り行きによって"処分"してもらう選択もありえた。

 当然ながらそれは見滝原市を見捨てることにも繋がりかねない。マミが崇めるあの少女の『輝き』もだ。

 きっとマミの教えを律儀に守り、その結果逃走の助言は意味を持たずこの街の一般人として真っ先に犠牲となるだろう。

 だとしてもマミはその輝きが一つでは無いと信じている。護り通せば今後の大きな自負になるであろうというだけで、((囚|とら))われるのはマミが目指すべきと定める姿とは言えない。

 残存リボンに魔力を大量に注げば瞬時に暁美ほむらの前に再度『道』を作り出せはするが……退路としては条件が悪過ぎる。それに非常時とはいえほむらは自ら関係を断ち切った。多少なりとも戦闘面での力量を評価している相手の判断だ。声無き声で助け舟を求めていたとしても耳を塞ぎ、最後のその時まで尊重させた方が無駄を重ねずに済むかもしれない。

 判断材料と時間が限られるこの瞬間、敵のあの状態からすればあからさまな囮がいるこの時にいっそ一人逃げる準備をするのが得策とも考えられる。たとえ魔女の現状が巧みな欺きでありほむらを犠牲にした先があと一押しだとしても、独りで虚勢の張り合いに付き合えるほどマミにも余裕は無いのだから。

"……却下ね"

 マミは、己の目指すものを拠り所として判断を賭けた。

 あの窮地でさえ暁美ほむらは自らの力だけで必ず切り抜ける。そんな予感が頭から離れなかった。

 どう見ても緊急事態だ。ならば何故テレパシーでも使って助けを((乞|こ))うて来ないのか。禁止を貫いているのを性格や単に焦りに忘れているだけとして良いとは思えなかった。それを余力の表れと考えるかが憶測を後押しする理由付けの足掛かりとなる。

 この嵐は放置してもいずれ自然と静まり次までの期間を長く有するだろうが……もしも見捨てたとなれば花開いた不安の種がマミに不利益となって付いて回ることも考えられなくもない。

 『ワルプルギスの夜』と戦いそして生き延びた。事実となれば戦利品だ。もう少しばかり戦果があればさらに良かったとはいえ、これで終わろうとも今後の動き方次第で巴マミにとって使える『話』になるのは間違いない。

 その土産話を活かす前に悪評を流されるのは困る。足並みを揃えてこの地から離れるならお互いの心証も大して変わらずこれまで通り背から見極める機会もあるはずだが、混乱に乗じ雲隠れされるとそれも叶わない。次に出会った時は風評のみならず徒党を組んで巴マミを排除しようとする先立ちとなっているかもしれないのだ。

 理由が付けられるのならば冷静でありそれが己にとっての真実となる。マミは気持ちの偏りをそう断じ振り払った。

 分かれ道の片方を決めれば、如何に進もうとマミがこれと決めた中間地点が既にどちらにもある。魔女の状態を抜けば戦闘継続は元より考慮済みだ。脇目を振らない思考の歩みは速い。曇り無きソウルジェムが煌めく。

 長期戦は覚悟せねばならない。まずは暁美ほむらを救出。そして合流し、『ワルプルギスの夜』を郊外へ誘導する。

 用意していたモデルガンの多くは失われ攻撃手段は少ない。ほむらは実銃や爆弾をまだ保有している可能性もあるが、大量でないならどう使おうと誘き寄せるのが精一杯と見ても間違いはないだろう。それでもまだ作戦の内だと殆ど想定していただけでしかない敵の健在具合に対し((嘯|うそぶ))くのなら、二人揃えばまだ戦術の幅も広がる。

 地獄の底まで付き合い付き合わせるはめになるか。勿論巴マミとしてはこれからの戦いの中でほむらとまで我慢比べをする気は毛頭無い。だとしてもこの向かい風を前にして取れる術が全て無くなれば途中下車しようと共闘相手も納得するだろう。ほむらがどのような性格だとしても、それ以上は双方とも生き証人とはなれないのだから関係ない。

 希望を燃やし強まるソウルジェムの輝き。三つの連結グリーフシードに限界まで穢れを食わさせる。

 道としての役割を失い空に残留していた((帯|リボン))への供給を途絶えさせる寸前。放たれた下知により、消えゆく布は情報収集の触角同然として働き行使する者の脳裏に周囲の空間と位置関係をより正確に映し出させる。続けて在り在りと思い描くは魔法の有り様。魔力の消費を強めることで巴マミの魔法は距離を跳躍した。

 悪夢に汚染されていく世の理に((燦然|さんぜん))と突き付ける((瑞夢|ずいむ))が一つ。

 魔女に((纏|まと))わるかの如く現れ天を貫くは螺旋階段。万に至る一段一段を成すのは巴マミ愛用のマスケット銃だ。

 階段然としたのも束の間。下段から次々とそれ等の銃口が中心にいる魔女へと修正され攻撃的な本性を表していく。

「ティロ・ボレー!!」

 威力を極めさせるは結びの高唱。今か今かと壊れんばかりに引かれていた撃鉄に最早阻むもの無し。一斉に打ち付けられた((燧石|すいせき))の眩しさを合図に、銃内部より解き放たれた弾丸が敵を目指す。

 高速回転する銃弾が撃ち抜かんと巨大魔女の全身で甲高い摩擦の唸りを上げた。巻き込まれ燃え始める大気。その((烈々|れつれつ))たる攻めに、対して『ワルプルギスの夜』は見せ付けてきた"無力"の象徴の座を降りることは無かった。不動でありながら体表を削ることさえも叶わせず、火の玉によるほむらへの追撃も弱まることはない。

 だが巴マミの狙いはさらに先にもある。成果無く回転力が失われようと接触面から落ちることのない((銃弾|ティロ・ボレー))。かろうじてでもへばり付かせているのは魔法の力だ。魔法はまだ終わらない。ひび割れを広げる弾丸が、ついに"種"と化して芽吹いた。リボン製の菌糸のように細い根を((這|は))わせ伸ばし、鮮血の色をした造花の数々が花開く。

 見る見るうちに大輪へと咲き誇り――それでも成長は終わらない。魔法の花々が巨大魔女を花園へ、さらには歪で悪趣味な((花束|ブーケ))へと変えていく。

 ただの目晦ましや束縛ではない。誕生の瞬間からそれぞれの花の周囲が熱も無いのに淡く揺らめいている。

 微弱ながら強まる揺らぎの正体は『結界』だ。魔女が己の空間を形成するものと非常に近いものが各所で作られていく。

 魔女たちが扱う結界は空間を歪めることで出来ている。魔女が存在しなくなればすぐさま自己崩壊を起こすほど維持には膨大な力が必要だ。魔女にも((縄張り|テリトリー))意識があるのか結界が隣接して密集していることなどマミには覚えが無かったが、もしもその無理矢理歪まされた複数の空間が互いに制御もされず膨張を続け干渉し合えばどうなるか――

 あの花々は言わば一つ一つが簡易な魔女や使い魔。『ワルプルギスの夜』の抑えもせず身から溢れ出る邪気と瘴気、そしてほむらの空中戦により葬り去られるも残存する使い魔たちの怨念を栄養として吸い上げ肥大化していき、いずれは各々の結界の間で発生した力と元来からある次元の修繕力によって周囲の空間を捩じ切れさせながら消滅する。

 収束は一瞬ながら最低でも一キロ四方に渡るその崩壊に巻き添えとなれば物理的な手段で防げはしない。あの『ワルプルギスの夜』でさえ矮小とさせる結界による時限爆弾。

 だが致命的な欠点は幾ら養分が豊富とはいえ成長の速度がこの状況では遅過ぎることだった。そして元より、不安定な分成長し切る前にある程度の強い衝撃で簡単に壊れてしまう。

 本来は拘束技との併用と自らの魔力も使った成長促進でなんとか技としての体裁を保てるかどうかというものであった。それもあの巨大さと強大さを鑑みればたとえ魔力量が作戦実行前の豊富な状態であっても投入に踏み切れる域ではない。

 これまで通り棒立ちしていることに期待するしかないが――本能的に察したか、魔女を中心として突如吹き荒れた暴風が竜巻となって『ワルプルギスの夜』自身を包み込む。

 蜃気楼のように竜巻全体が揺らめいたのも僅か。全身で咲き乱れていた花々が次々と散らされ根ごと砕けていく。

 時を同じくしてほむらに向かい落とされていた天に残留する無数の火球が一斉に降り注いだ。が先程とは異なり指向性の欠片も無い落とされ方は直下の街を粗雑に焼くばかりでしかない。

 隙に乗じ既に暁美ほむらは新たに作られた極細のリボンに半ば掬い上げられる形で乗り上げ、一瞬以上の迷い無く道とすることで高速道路までの最短距離を導かれていた。その細さ故に乗る者乗られる者両者の魔法に繊細さが要求され足場としては扱い難く空中戦時の自由度は失われてはいるが、この程度の簡易な補助ならばまだ容易さも残る。

 目的地に乗り移ったバイクが魔力の燃焼を得て早々と視界の隅へと消え行くのは、マミに距離を超えた高らかな((摩擦|スキール))音を幻聴させる程であった。

"成功ね"

 数多の火球が空中に固定され攻撃として誘導されていたのは当然ながら『ワルプルギスの夜』による影響を受けていたからである。

 ならば((操演|そうえん))を((担|にな))えない場所に押し込めてしまえば関係も断ち切れるはず。空間への作用を強めながら成長途中にあった花々の作る結界は、無理やり((摧滅|さいめつ))させられたことを引き金に周囲に激しい反発による乱れを生じさせ通常空間への復旧を一時的とはいえ酷く阻害した。

 波打って繰り返す時空再構築時の揺らぎとうねりは歴戦の魔法少女なら感じ慣れた状態のほんの少しの延長でしかなく破壊力こそ皆無ではあったが、現世より遮断された場を形成するには不足無い。

 結界の内と外――双方の性質を持ちながらいずれにも属さぬ異空間の把握は、特化した能力でもなければ((勃然|ぼつぜん))も合わさり殊更不可能だ。少なくとも敵が未だその能力を有していないのは火球の顛末からも明らかである。

 攻撃手段との繋がりを見失い制御権を無くしたのみならず、おそらく感覚としても防御のつもりか竜巻に包まれている巨大魔女はまだこの場にいる魔法少女たちの姿を捉えられずにいるはず。

 だがこの空の下にはまだ魔女の眷属がいる。魔女の眼となり耳となる存在たちは、すぐさま親へと仇なす者たちの((大凡|おおよそ))の位置を耳打ちするだろう。

 大規模な攻撃魔法を使ったからにはいくら気配を希薄にもしているからとはいえマミの立つ場所も最早使い魔の知るところと考えて間違いは無い。しもべとの関係はこれまでからして忌々しいが良好、先ほどほむらを襲った火炎旋風のような速度と射程を持つ風を使った攻撃も敵は有している。しかも力は徐々にとはいえ増すばかり。

 だとしても流石にマミの目前に瞬間移動してくるようなことは起こり得ても低いはず。霧の掛かった感覚で相手が攻撃の正確さを欠くというならば、この距離の差を地の利として活かさぬ手はない。自らに狙いを定められたも同然といった心情で、巴マミは持ち場を放棄する為に((縁|へり))へと走り出そうとした。

"――?"

 一歩。また一歩と。進むマミの身体は魔法によって命じられた通りに動く。雑念は介入しない。肉体を((傀儡|くぐつ))とすることで少女は肌に当たる空気を即時に感じながらもどこか遠い所から周辺を眺めている気分であった。

 脅威足る外因を見逃し知り得ぬ道理は無し。((落下傘|らっかさん))を真似て飛び降り、壁面に向け刃状にした帯を使い減速、必要ならば着地時に衝撃吸収用の魔法も行使する。場合によればほむら同様建物自体を盾にしても良い。それで安全かつ迅速に地上まで辿り着けるはず。

 ――巴マミは、眼球からの情報を超え、心で感じ取った。

 未だ竜巻の中心にいる『ワルプルギスの夜』。風はより激しさを増しその姿は影さえもおぼろげにしか見えなくなっていたが、目ばかりに頼らずとも放たれる反応を捉え続ければ違いはあれど鮮明に敵情は知れた。そのマミの意識の中で作られた巨大魔女の像が((忽|たちま))ち歪んでいく。

 押し寄せる違和感。敵の魔の力がまるで天井を突き破るかのように膨れていくことだけではない。連鎖し消えていく己にとっての非常識が、反して胸を騒がせる。

 マミは……((屹立|きつりつ))した人型の絵を描けと言われたならばそうすることが殆どであった。地には足を、天に向かい頭を。だが変わらずそこにいるはずの敵の姿と、脳裏に浮かび上がっていく形との不一致は、どちらを正しくそして誤りであるとするか断じる適切な言葉を自分本位なものでさえマミの内から生ませはしなかった。

"『ワルプルギスの夜』が……反転した!?"

 ただただそうとしかマミには表せられなかった。想像された姿が風を隔てた向こうの現実と重なって見え出す。単に頭の中でこれまでと逆になっただけだというのに、天へとそびえる形となった悪しき幻覚は壇上で一人照明を浴びる主役としての威厳を有しているかのようであった。

 見えないはずの顔がマミの方を向く確信が駆け抜ける。切れ込みの笑みと、びっしりと揃った歯が、想像を支配した。

"え――"

 大人しく標的とならないだけの動きは既にしてある。この心象はすぐに現実を侵す。それは暁美ほむらからもたらされた情報から思い描いていた甚だしい"敵本来の力"よりも開きがあるものだ。

 身体はきっと次なる戦場へと運んでくれるはず。意思さえ蹴落とされなければ活路を見落とすことも無い。事実マミはかつてなく研ぎ澄ました精神の元、離脱する為の自身の行える全てを無駄なく体現出来てはいた。

 故に突如総身に妙な"寒気"がし出したのは状況把握を僅かでも怠り危機を直感として得たか

らではない。周辺の気温自体が急激に低下しているのだ。

 見遣れば――視界の端から端、それが巨大魔女に至るまでの範囲で、一段階差の付いた寒暖の異なりによってマミの眼に映る遠景は徐々に歪み始めていた。どこか"結界内"のようであり、隔離された"道"とも感じられ、あるいは……"印"。

 そこからの事象をマミは見続けていたにも関わらず多くをすぐさま理解出来なかった。

 敵を包み込む暴風。それに重苦しさを与え出したのは、その上空に先程まで無かったぶ厚い黒雲が、魔女の図体を超すまさしく山となって出来上がっていたことだ。まだ足らぬと、吸い寄せられ巻き込まれた周りの雲がさらに巨大さを増させていく。

 妖雲が奥底で放つ稲光。危険を告げる情報の数々が先んじ洪水となりマミの中に雪崩れ込んでくる。だとしても、導かれる数秒先の予見は、変わり行く光景を前に最早精査の一つ許されない。

 瘴気混じりの雲の直下が大規模に爆砕する。直後"見えないも同じの何か"がマミのいるマンションの方角までおそろしいほどの速さで一直線に迫って来た。産声の破壊によって穿った穴から、生皮を剥ぐかの如く次々土地を広く捲り上げていき――すぐさま後ろに引き連れてきた

のは、今や高層建築にさえ届く土の津波。マミの視野全てを土石流にも似た壁が覆い尽くさんとする。

 見えぬ脅威の正体は、言ってしまえばただの風であった。ガストフロント。積乱雲から発生し放射状に吹く強い風だ。

 この現象には木々を押し倒す力こそあれ、扇状に拡散する為それ以上を起こすことは非常に稀である。が拡がるものを集約させ、あまつさえ通常を比べモノとさせない何らかの作用があれば、解き放った存在にとって都合の良い滅びが残されることだろう。

 ひょっとすれば、わずかでも長く生きる気でいた身、ふとした拍子にマミは迫る現象の名を知る機会があったのかもしれなかった。そうした"いつか"は――もう来ることは無い。

 魔法少女巴マミは巨人と戦うこともあった。人知を超えた能力の((化生|けしょう))を撃ち滅ぼしたことも数知れず。だが自然そのもの同然を相手にしたことなど、一度も無かった。

 遅れてやってきた轟音を((纏|まと))めてようやく耳にする。聞き終えることさえ許されず叩き付ける風圧に吹き飛ばされたマミは、粉々になっていく建築物の残骸と等しく((土塊|つちくれ))の波に飲み込まれた。

説明
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【あらすじ】
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