四章七節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜 |
世界が暗い。
遠く。雨の降る音がした。
弾ける数多は水滴か。しとしとあるいはざあざあ――音の乱舞が周辺からしているのだとようやく結び付いた。
闇とするには僅かばかり明るさもある。だが、((瞼|まぶた))に遮られての色の無さだと次第に思い出していく少女、巴マミには、目を見開いてもひどく浮世から離れした感覚しか手に入れられなかった。
"ここは……"
おぼろげばかりで景色は一向に実像を映させない。暗さを押し退け飛び込んできたぼんやりとした光だけが最も強い。あたかも寝起きから突然視力が極端に低下したかのようだった。
のみならず身体は眼と左腕以外あるのを感じられなければ全身を打ち付けているはずの降雨さえ分からない。声を出そうにも肺から漏れるのは息ばかり。鼻呼吸は叶わず唾液の味さえも無し。気怠い。
それでもなんとか入ってくる情報を頭で整理していくと、近辺には所々何かが山の様に積まれている。曲がりくねった枯れ枝を思わせる天へと延びるモノも幾つか。おそらく普段はコンクリート内部にあるはずの鉄骨だろう。記憶からすればマミはそれを瓦礫と呼んでいたはずだ。
まだ自由の利きそうな左腕を持ち上げようとしてみる。ほんの少しだけ浮かせられた。が残った体力の乏しさから振り回し動かすまではいかず慎ましい水音を立て腕は落ちた。どうやら浅い水溜りの上で((仰臥|ぎょうが))しているらしい。
"あぁ。そういえば……"
ようやく温度さえも失われた世界で自分が魔法少女であることを自覚し直せるまで記憶を探った頃には、頭の中で散在していたものもほぼ全て纏まり出していた。
まるで波となって迫るのは土砂。敵である『ワルプルギスの夜』が放ったと考えてまず間違いない攻撃だった。
予めソウルジェムを硬化させ痛覚を遮断したのにも効果があったか。さらに重ねたのは咄嗟でも余力の限りを尽くした((絶対防御魔法|オアミスの鏡))。もし何もせず呑み込まれていれば、単に土塊をぶつけられたのならまだしも、瘴気が混じり魔力の塊にも似たモノと化したあの破壊に耐え切れずまず間違いなく即死していただろう。
何より、あれだけの極限状況の前に正面から立ちながらも反応自体は淡々と終え、尚且つこうして思い出しても恐怖や絶望を感じずにいるのは、最初から無味乾燥な精神状態となっていたことの恩恵でもあった。
おそろしい攻撃であり圧倒的な差でもある。だとしても、死に場所を求めていたも同然で未来に((邁進|まいしん))しようとしていた巴マミにとっては特に心を動かすことでもなかった。
それは今の己の状態も含めてだ。
"……やっぱりね"
服の一部がリボンへと変化しながら鈍重に動き……やがてマミのソウルジェムへと触れた。残ったグリーフシード全ても守りに使用したソウルジェムに破損の兆しは無い。だが小さな一点ならまだしも、身を襲った多大な衝撃は増加させた自己回復力と防御力を合わせても全身全てを対処することを不可能とさせていた。
ほんの少し集中が途切れただけでリボンの魔法が力無く解ける。既に魔力の消費――ソウルジェムの濁りは相当な量となっていた。濁りが進んでいるのを踏まえれば、もうこれまでのマスケット銃を一丁作り出せれば良い方しか余力は残っていない。
その態で治癒魔法が必要な箇所を治せるとは到底思えなかった。おそらく肉体は……第三者がいれば見るも無残な状態だと判断されていたことだろう。死んでいないだけ((僥倖|ぎょうこう))と思われていたかもしれない。
戦いはどうなったのだろうか。だがあの『ワルプルギスの夜』の記憶と己の状態からすれば、気にするだけ無駄であろう。無念さはあるが、((囚|とら))われるほどではない。
出来ることは今すぐ自害し、これが新たな願いだと定めた未来を自身で少しでも汚さない術を取ることだけだ。
魔法少女になる前、あるいは真実を知る以前ならば、ひょっとすればこの状況への至らなさに泣き喚いたのかもしれない。なのに今はもう涙腺が凍り付いていた。どころかその願望の為ならば、時に誰かが口にするその人間らしさは不必要だと、正も負も心に活力の火が宿る傍から((忽|たちま))ちに消されていく。
やはりただの人形に成り果てた先でしかなかったのだ。魔法で、感情を、精神を、魂の一部を変えただけでなく己自身が率先して意識が人から離れるように((改竄|かいざん))してしまっていた。巴マミという『人間』などもうどこにもいなかったのだ。
だからせめて最早真似事だろうとも、人に近い心を持って((殉|じゅん))ずれることを誇りに思うべきなのだ。
それが巴マミが他の魔法少女達に広め、そしていつか自身にしようとしていた救済の形なのだから。たまたま何も出来ず、自分がその最初であり最後の一人となるだけなのだ。
『――やぁ』
ソウルジェムに向かってマスケット銃を作り出そうとした矢先、突然脳裏に呼び掛けが響いた。億劫ながら視線をやると――瓦礫の上――白い何かが乗っていた。相変わらずぼやけてはいるが、マミはそのシルエットと何より声で正体を導き出した。
"キュゥ……べえ……"
『こうしてまともに話し合う機会は久々だね。マミ』
親しげに、だが平たい言葉が続く。かつて一人の少女の命を繋ぎ、そして((辱|はずかし))める運命の輪へと放り込んだ張本。だが今のマミには少し前にあった憎悪も、((謀|たばか))られた嘆きも、無かった。死を覚悟しそれ以外選択の余地が無いと突き付けられてみれば、これまでの((苦衷|くちゅう))が嘘のように軽い。
『残念だったね。君は尽力したが、実を結ぶことは無かった。戦いは続いているがもう君の出番は無いだろう』
"そう……"
暁美ほむらの姿が思い浮かぶ。最後まで何者かマミ自身の中でさえ定められずにいた少女。それでも魔女を倒す意思だけは本物だったらしい。だとしてもこうなっては共闘相手がどうなろうと知ったことでは無い。
『僕たちとしては魔法少女でありながらもそうした精神へと至った君がこの先どうなるか、とても観察したかったんだがね』
"そんなことを言う為に来たの……"
マミの漫然とした返しに、キュゥべえは尻尾を揺らめかせた。
『いや、前にも言ったがその魂の均衡が維持されたらどうなるか結論は出ていない。貴重なサンプルの一つとしてぜひ魔法少女から魔女に変化するまでの経過と情報を得たかった。最後になるならば、せめて君が捨てる可能性が如何に素晴らしいモノだったか伝えておくのも悪くないという総意だ』
キュゥべえがしれっと言い放った事実に、マミはどれほど翻弄されたことか。なのに今は、遠い。
"魔女、ね……"
なんともくだらぬ声掛けだ。一方で時間を稼ぎソウルジェムの穢れを進ませようとしている風でもなかった。それでもその世迷言を少しでも聞いて、尚且つ目の前で否定してやるのも((辞世|じせい))への慰めとしては悪くないかもしれない。穢れを気にかけながら、巴マミはそう思った。
"言ってみなさいよ。私が魔女になったら、どうなるのか"
『さぁね。完全な確定は言えない。ただつい先日君が目にした、魔法少女から魔女になった存在と同じく、此処に留まるようなことはせずどこかに行くと思うよ』
"そう……"
あの日、鹿目まどかと共に魔法少女の真実の一端を知った日から考えが離れずにいたマミには、予想外の返答では無かった。
『これまでの結果で言えば、魔女とは魔法少女の魂を色濃く反映している。言わば生前の行いや手に入れられなかった執着そのものと言って良いだろう。心を映す鏡だと考えた魔法少女もこれまで何人かいたかな。君だって魔女の作り出した空間を見てきただろ。思い出せるのなら、それが一番分かり易いんじゃないかな』
それも頭にずっと残っていた。あの悲鳴を上げて何処かへ飛び去って行った魔女は、おそらく居心地の悪い部屋で生まれたことに耐え切れなかったのだ。欲したものが紛い物だろうと安全に作り出せず残してもおけない他者の家がただただ不愉快だったのだろう。
そして『ワルプルギスの夜』のように既存のモノを壊して自らの安住を手にするよりも、傷付くことが果てしなく恐ろしいのだ。それはかつて傷を負ったことがある故だろうか。
『もしも確定してる範囲で言うならば、巴マミが生み出す魔女は結界の中に好きなもの……たとえばお茶やケーキを((所狭|ところせま))しと並べて、憧れだった普通の人間の形をした使い魔と一緒に楽しんでるようなものになるだろうというのが僕たちの回答だ』
"今の私は違う"
『確かにそうだ。今の君は魔女にならない。だが、魔女になる道を言うならばその魂への影響には、及ばないね』
"……"
『もし君が、本当にその為に生まれてきた英雄や救世主ならば違うかもしれない。それは生まれるという行為を含めてあらゆる行動が、それを成すために繋がっているからだ。可能性の減衰と言っても良いか。魔法少女の力の強さは、そういった人が運命や因果と呼ぶモノの結び付きの多さにより極端な差が出る。例外がいても長い目で見れば当て嵌まる。当然魔女になった時もより強力な魔女となる。ただそれはこれまでの情報からだ。
君があと百年もそうした精神のまま存在し、そして使命と定めたことを成していくのなら、もしかしたら君の魔力量でも強力な魔女になったかもしれない。長時間という拘束によって巴マミという人間性よりも、魔法少女としての巴マミの比率が大きく増大していくであろうからだ。
だから僕等の目的とは相反するが、粗末にはしてほしくなかったのは事実だったんだ。もちろん、こうなったのは予想通りの結末だし、君程度の魔女化した時のエネルギーに執着するほど僕たちはこの星での時間に限りがあるわけでもない。残りの時間は君がしたいようにすれば良いさ』
言われるまでも無かった。最後に話した相手がかつて信頼した相手であり、そして魔法少女にとっての最大の敵だとしても過言ではない存在だとは思ってもみなかったが、それが巴マミを揺らがせるには至らない。なおさら決意を固められたというものだ。
人ならざる姿と成り果てながらも、どこか人という((範疇|はんちゅう))に囚われ切ってしまってもいる気のする、魔女。あの破壊の化身である『ワルプルギスの夜』でさえ殆ど((屍|しかばね))となった身で自由に考えを巡らせてみればそんな気配もあったかもしれない。
今更キュゥべえに教えられずともこれまで数多の敵を滅ぼしてきたマミには思い当たることであった。そしてそのようなものは弱さだと、憎むべきものだと、決め定め、それによってこれからの世界も変えられるのだと、誇大な妄想をしてでも奮い立ったのが今の巴マミである。
魔法少女が増えることは止められない。世界中を渡り歩こうとキュゥべえを始末し切れないというだけでなく何かを求めるのが少なくともマミの見てきた人類だからだ。
ならばこれこそ魔法少女の有るべき姿と終わり方であると広められたのならば、((志|こころざし))を同じとする者達で集まれたのなら、僅かでも((塵世|じんせい))の悪しき循環を人間にとって都合の良いモノに変えられるのではないか。
新たな概念を構築すること。それがマミの新しい願いであった。
だから自分だけ例外でいようなどとは思ってもいない。きっとこの幕の引き方をすぐそこで眺めている者が((吹聴|ふいちょう))することはないだろう。そうだとしても、これこそが、望み。
人間を止めようと努めても届かなかった。至れたのは現在や未来への思いなど汲み取りもしない切り捨てたはずの過去の不要な積み重ねが限界と称して襲い掛かろうとするのを平然と払い除ける心情だけ。だが自分だけでも辿り着けたのならば、それは決して有り得ない夢物語では無かったのだと、思い込むことも出来た。
何者にでも成れたはずの魂は、可能性こそ多く用意されてはいるが、初めから大きな分岐点になどなれはしないのかもしれない。魔女へと反映させる鏡というのはとことん理不尽なのだ。それを受け入れながらも割る準備は整っている。
運命の用意した英雄や救世主というのは鹿目まどかのことを言うのだろう。薄れ行く未練を置き去りにし何もかも達観してみれば巴マミという人物の人生さえも決まり切った生を歩む者へのお膳立てでしかなかったのかもしれない。
力の無い人間を、魔法少女を、魔女の苦しみから遠ざけることなど、叶えたとしてもどこまでも奇跡の体現者の真似事でしかなかったのだろうか。だとしてもそれを児戯で無意味だと笑い飛ばさなければ、例えそこにいる者と似て個であるを失おうとも、きっと運命がこうだと見せる鏡を人として叩き割れるはず。
死の間際であっても遅くは無い。ずっと前からそう思っていたように――叶うならばもっと以前よりそのことを知り、そのことだけしか考えられない歩みをしたかった、というだけだ。
"――!"
その時マミは、一つ、閃くことがあった。
"そうか……そうよ。魔女が生前の((頓着|とんちゃく))に影響を受けるなら、それしか考えられないように……いいえ、本当にそれだけを求めることしか記憶共々ない魔法少女が魔女になったとしたら――"
それは死体同然の有り様であるなら尚更愚かな思い付きであったのかもしれない。確証など何もなかった。真似事かもしれぬと結論を出そうとしていたのは自分ではないか。もし失敗すれば、ただ((徒|いたずら))に自分が否定していた存在を自分自身で増やす羽目になる。
"でも……だけど!"
それでもマミは思い付きを可能性だと信じて賭けた。服の一部が再びリボンへと変わるやソウルジェムに振れ――その中へと溶けるように侵入させていく。
『マミ? 君は……何をして……?』
キュゥべえの声に((構|かま))わず巴マミは想像を走らせる。痛覚が麻痺していたのは好都合だった。集中力にだけ全てをやれる。これまでの抑圧の重しなどではない。創り出すべきはあらゆるものを切断し消滅させる概念の刀剣。
物質を超越した形状の刃と化したリボンの先端が、ソウルジェムの中の輝きに一閃を交える。
ソウルジェム。そこに放たれた最初の一撃は、マミの恐怖を感じる箇所を思い描いた通り消した。常に((傍|そば))にあろうとした暗さが瞬時にどこかへと失せ、代わりに急速に高揚感と愉悦が肥え太っていく。
それで終わりではない。恐怖心から解き放たれた二撃目はより鋭く素早く魂を切り裂いた。既に後戻りなど出来はしない。する必要も無かった。
痛みは無い。最早マミの指令から離れ魔力の限り刃は切り刻んでいく。既に空虚だと思っていた胸の内にさらなる虚ろが拡がっていくのが自覚出来ていた。残っていた肉体の感覚の全ても消えていく。
周囲の世界に変化が生じた。霧に包まれたように白くなっていく。瓦礫の山の作る陰影にだけ鮮やかな色が目まぐるしく変わっていた。
その色が光景であることも、どこかで自分が見たものであることにもマミは気付いた。それも刃のリボンが深い場所を掘り下げては消滅させて行く度にどのような場面であったか永遠に分からなくなっていく。
"――っ"
不意に、瓦礫の上に立つ新しい影の存在に気付いた。
人影のような紅い炎が揺れる。その火が次第に表情を形作っていく。ずっと思い出せずにいた顔が、鮮明にそこにあった。
(苦しくても走ったんだろ。百点満点の一等賞だよ)
"少女"がマミに微笑む。手にした黄金色の小さな果実を差し出しながら。
(頑張った子へのご褒美だ。食うかい?)
果実の煌めきにも様々な景色が見えていた。
マミは嬉しく思いながらも――心の中で首を横に振る。
"あとちょっとだけ……頑張らせて"
マミの思いに、"少女"は笑顔で返す。底抜けに明るい、それでも眼差しだけはどこか悲しい、そんな笑みだった。その表情に覚えは無い。だからあれは、自分がしてほしい顔なのだろう。
あの果実は、未練だ。食べればきっと今の行いなど関係無くマミは人としてその生を終わらせられた。だろうとも、あの"知恵"はもうマミが望むものではなくなっている。
寂しげな笑顔で人影が消えていく。果実が――槍が――クマのぬいぐるみが――その場に落ちてようやく思い出せた名前と共に泡となって消えていった。
もしも願いを叶え続けていれば、巴マミの未来はあの過去を踏み付け汚すかもしれないものだ。大きな使命の為には過去とはただただ邪魔なものだと思い到っていた。
だが本当にあの少女と再会した時に足蹴になど出来たのだろうか――出来たのだとしても、何も感じないことなどあったのだろうか――それほど深い記憶を今でさえ傷付けることを恐れて、暁美ほむらにも同じことが行えたのだろうか――
『まさ――か――キミ……は――』
誰かの声が聞こえた。何かひどく心を痛めたことがあった気がする。とても、その声の主が大事だった気もした。思い出せない。思い出す、必要さえ感じられなかった。甘くもどこかで求めていた許しは、こうまでしてやっと目の前に。
長身の影が二つ離れていくのが見える。他にも離れていく数多の影よりも一際色濃く残っていた。その一歩の度に温かさが消えていく。ずっと昔に感じたこの温もりを、自分は誰かに分け与えたいと思ったことも、あったのかもしれない。
もうそれさえも、見えなくなった。
"バイバイ。よくばってごめんなさい。やっとね……わたし……じぶんかってじゃなくなれるよ……"
人の形をしていたはずの胸の穴二つは、無くなっていた。最後まで振り向いてくれなかったことが、もう取り戻せはしない弱さだ。
ただただ今のマミには、作り変えられていく精神には、思い出を掘り起し消滅させていく作業を眺めることが楽しくて仕方が無い。本当の意味で少女は、未来だけを手に入れようとしていた。
"あぁ……そっか。こうまでして気づくなんて、本当にどうしようもなかったのね……"
魔法は止まらない。その一撃の度にソウルジェムは濁りをより濃くしていく。
いびつな変質も始まっていた。危険域は超えている。もう魔法少女としては助からない。自覚出来ていようとも、反して真実に自棄となり命を投げ出そうとした時とは比べものにならない程にマミの心はひどく軽かった。
白に染まる世界に、見慣れたテーブルが。そこに巴マミがいた……鹿目まどかがいた……暁美ほむらが、いた。
皆でケーキを突き微妙な表情から苦笑いへと変わっていく。
あれは偽りの日々だ。巴マミという少女は嘘を吐き、そして暁美ほむらも何かを偽っていたのは間違いない。だからいつか踏破すべきものだったはず。
だが少女をこの状況へと駆り立てたのはあの程度の光景だった。あれを守り抜けるならば、もう何も怖いものなどないのもまた少女にとっての事実だったのだ。
今、内から((澎湃|ほうはい))と溢れ出る涙があるのを知り、少女はようやく気付かされた。例え偽りの中だったとしても、あの日々は確かに、幸せであったのだと。
精神、そして記憶と呼べるものは僅かしかない。それをも手放していく。それでも少女は、失われていく自我で、垣間見えた懐かしさのある青空に向かい、確信していた。
自分はまだ選べない人形では無かったのだと――
まだ、過去に、これほどまでに泣くことができたのだから――
願わくは、この最期の想いが、信じた愛と勇気に、少しでも、力を貸せますように……
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