「それぞれの休暇」 |
「ヴァル・ファクス」の尖兵として送られて来たネフューリア。
『黒き月』のロストテクノロジーを取り込んで、人類に戦いを挑んできた彼女を退けたのは、『英雄』タクト・マイヤーズ率いるエンジェル隊。
トランスバール皇国は、先のエオニアの反乱に続き今回もまた、一隻の旗艦と六機の紋章機によって救われた。
その功績を認められたエンジェル隊の面々は、一ヶ月もの長期有給休暇と特別ボーナスを与えられ、思い思いに久方振りの休みを謳歌していた。
<タクト、ミルフィーユの場合>
「はい、タクトさん。あ〜ん♪」
「あ〜ん♪」
「お味はどうですか?」
「もちろん美味しいに決まってるさ!!何と言っても、ミルフィーがオレのために作ってくれたお弁当なんだからさ」
「ありがとうございます、タクトさん!!そう言ってもらえると、私、もぉ〜っと頑張っちゃう気になっちゃいます」
「……ミルフィー」
「……タクトさん」
見詰め合う二人。触れ合う唇。
二人きりの世界が広がっている。
<ランファの場合>
「……とうとう来たのね、この日が」
「ええ……思えば長い道のりだったわ」
「それも全てはこの日のため。行きましょう、ランファさん」
「ええ、クレータ班長。いえ、『リッキー君ファンクラブ』エルシオール支部長!!」
「用意は整ってるわね、皆!!」
「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」(整備班の皆さん)
最早何も言うまい……何も。
<ミントの場合>
(クスッ)
(クスクスッ)
先ほどから、耳が震える度に人知れず笑みを零しているミント。
端から見れば異様な事この上ない。
「あ、あらやだ、ワタクシとしたことが」
呟いてそそくさとその場を後にする。
「ふぅ。恥ずかしいですわ。でも……」
独り言を呟きながら大きく目立つ、動物のような形の耳に触れる。
(最近ではこの「テレパス・ウォッチング」。すっかりとハマってしまいましたわ♪)
ず、随分と腹黒な趣味だな、ヲイ。
<フォルテの場合>
ダァン!ダァン!!
絶え間無く鳴り響く、今ではもう珍しい火薬銃の練習場にいる、燃え立つような赤い髪が印象的な一人の美女。
銃を構え、人間に似せた的の急所部分を正確に射貫いてゆく。
その手応えに満足したのか、玉を打ち尽くしたあとの表情は晴れやかだ。
先ほどまで銃をぶっ放していたのと同一人物とは、とても思えないような色香がある。
「どうです、フォルテさん。新しく入荷した『イェーガーS78』の手応えは」
「ああ、マスター。いや、最高だね。何より撃ったあとに手に響く衝撃は堪らないねぇ」
「それは良かった。いや、そう言っていただけると信じてましたよ」
「全く……。でも、実際の所それ以外に言いようが無いからね。衝撃に見合っただけの威力がある。そのワリに照準にズレはほとんど無い。まぁ、詰め込める弾の上限が少ないのは仕方ないとしても、コイツは充分アタシの理想に一致しているよ」
「気に入ったのでしたら、いつものように?」
「全く人が悪いよ、マスター。こんなイイ子を、このアタシが撃ったあとで手放せるわけないだろ? 当然、商談に入らせてもらうよ」
「ふふ、毎度ありがとうございます」
その後、値切るフォルテの怒鳴り声とマスターの半泣きでの悲鳴が鳴り響いたが、近隣住民は慣れたもので、誰一人として関わり合おうというものはいない。
ちなみに、最近ではマスターに「そっちのケ」があるのではないかと、まことしやかな噂が流れている。
合掌。
<ヴァニラの場合>
「…………………」
『パォ――――ン!!』
「…………………」
『ヒヒィ――――――ン!!』
「…………………」
『ウッホウッホ!!』
「…………………」
『ガルルルルルルゥ!!』
「………………♪」
「よく来るね、お嬢ちゃん」
「………あなたは?」
「私はこの『宇宙動物園』の園長だよ。それよりも君、ここの所毎日来てくれているね」
「はい……」
「動物が好きなのかね?」
「はい」
「どうかな。どうせならこれから一緒に餌やりにでも行かんかね?」
「……え? よろしいのですか?」
「ああ、いいとも。動物の好きな子に悪い子はおらん。それに、どうやらこいつらも君の事を気に入っているようだしな」
見渡す園長の言葉を肯定するかのように、動物たちが楽しげな声を上げる。
「どうかね?」と下手なウィンクで尋ねる園長にヴァニラは、透き通るような笑顔で返した。
後日。
「動物園なんて久し振りです〜♪」
「ミルフィーに喜んでもらえて、オレも嬉しいよ」
「わぁ〜、キリンさんです〜♪」
「はは、ホントだ」
「象さんだ〜、鼻が長いです〜♪」
「やっぱりでかいなぁ……」
「あ〜、あっちにはヴァニラがいる〜♪」
「へぇ、ヴァニラまでいるんだ」
沈黙
「「ええええええええええええええええっ!?」」
「あ、タクトさん。ミルフィーユさん。こんにちは」
「な、何やってるんだヴァニラ。こ、こんな所で」
「餌」
「は?」
「餌をあげているんです」
「餌……ですか。いいなぁ、私もあげた〜い」
「素人には危険です」
そんなこんなで三人が話をしていると、遠くからヴァニラを呼ぶ声が。
見れば動物園の職員が呼んでいる。
「まだお仕事が残っていますのでこれで」
「あ、ああ」
「頑張ってね、ヴァニラ」
「はい、それでは」
そう言って身を翻すヴァニラ。
呆気に取られるタクト。
羨ましそうなミルフィー。
<ちとせの場合>
現在、世間一般的に、エルシオールとムーンエンジェル隊は憧れの最先端だ。
自然と、同窓会の席でもそのメンバーであるちとせに話題は集中する。
誰もが驚いたのは、仕官学校時代には無かった彼女の、何となくだが柔和になった雰囲気であった。
本人にはあまり自覚がないのか、その事を告げてもきょとんとした表情を浮かべていた。それがまた、同窓生達には新鮮に映り、入れ代わり立ち代わりちとせを撫で回し、彼女を困惑させた。
「で、ちとせ。マイヤーズ司令って、実際はどんな方なの?」
「あ、それ、私も聞きたかったんだ。正直、映像で見ただけじゃ、なんていうか、あんまり冴えないって言うか……なんか『英雄』って言われてもピンと来ないのよね」
「そうですね。実際、私も最初はみなさんと同じで、『本当のこの人がタクト・マイヤーズなのか?』って思って、何度も反発したり腹を立てたりしていましたから。でも、そのお蔭で今の私があって、紋章機もその力を発揮してくれるようになったのですから、タクトさんの采配は間違っていなかった、と言うことなんでしょうね」
「ナルホド。つまり、ちとせが取っ付き易くなったのも、マイヤーズ司令のお蔭ってワケか。ホント、どんな人なのかますます知りたくなっちゃったわ」
エンジェル隊やレスターに比べ、タクトの知名度は非常に高い。が、その人とナリを知るものは意外に少ない。
レオニアの叛乱と黒き月との戦いの後、一時期軍から離れていた事もあって、それは更に顕著だ。
『皇国の英雄』という肩書きと共に、そのミステリアスさが、特に女性士官達の興味を煽る。
実際、ちとせもその一人であった。
ちなみに、この場にいた全員、ちとせの言葉なだけに信用する。彼女は真面目で時たまボケをかますが、嘘は吐かない。そんな彼女から聞いた、タクトの人間像は、色々な意味で凄かった。
レスターにすれば全てにおいて頭痛の種であるタクトの行動が、ちとせの目を通すと、例えば「楽に勝つ事に長けている」が「被害を最も負うことの無い戦術を立てることに長けている」と見えているなど、その行動一つ一つが神懸っていた。
「エルシオールのみなさんは、誰もがみな、タクトさんを信頼しています。あのルフト提督ですら、『自分にできない事ができるから、エルシオールの艦長を任せた』とまで仰っているのですから。しかも、タクトさんと同期で、士官学校を主席卒業されたクールダラス少佐を副官にしてまで、なんですから。まさに、その期待のあらわれではないでしょうか」
正確には、「軍人としてなら、タクトより優れた指揮官はいくらでもいる。タクトに期待しているのは、普通の軍人では想像もつかない柔軟かつ突拍子もない発想で、それに沿った指揮を執らせるために、自分の教え子の中で最も優秀だったレスターを副官にした」であり、レスター自身、「担がれるより、担ぐ方が性にあってる」ということなのだが、その辺りはちとせや同窓生にとってはどうでもいい事だった。
要は、タクトがどんだけ凄いかと言う事が分かればいいのだから。
「あのルフト提督がね〜。こりゃ今日は、いい話が聞けたわ」
「ホントホント。他の部署とのみんなとはよく会うんだけど、エンジェル隊ともなると、なかなか連絡が取れなくてね〜」
「そ、その事に関しましては、大変心苦しく思っております」
「ああ、気にしないで。別にちとせを責めているワケじゃないんだから。むしろ、普通じゃ知ることのできないマイヤーズ司令のお話が聞けて、同僚にいい土産話ができたわ」
「あ、私もそう。みんながどんな顔をするか、今から楽しみ〜」
そう言って和やかな雰囲気に囲まれつつ、ちとせは懐かしい顔触れと楽しい時間を過ごした。
余談ではあるがここに集まった同窓会メンバーは、さすがにちとせと轡を並べて互いに切磋琢磨しただけあって、大小はあれどもみなエリートだ。
そんな彼らが身を置く部署は当然、より軍部の中枢に近い所になる。
結果、何気ない噂が尾びれ背びれ腹びれをつけて大海を泳ぎまわる事となる。
数日後、エルシオール艦橋にて。
「なぁ、レスター」
「あ?」
「休暇中に何かあったか?」
「オレが知るか。そんな事より、とっとと報告書に目を通してくれ。仕事は幾らでもあるんだぞ!」
「分かってるさ。ちょっと気になっただけだよ。さぁ〜て、仕事仕事」
そう言ってブリッジから姿を消したタクトと入れ代わるようにして入ってきたのは、エンジェル隊のちとせだ。手にはディスクと紙の束を持っている。
「失礼します、クールダラス副指令。先日発見いたしましたロストテクノロジーの解明報告書をお持ちしました」
「ん、どれどれ……。相変わらず正確で無駄のない報告書だな、ちとせ」
「き、恐縮です」
「全く……タクトのヤツにもお前の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」
「そ、そんな!! 私如きがタクトさんと比べられるなど、なんてもったいない……」
「ん、なんだ。お前も聞いたのか、例の噂を」
「噂、ですか?」
「ああ、実はな……」
そう言ってレスターは、ここ数日の間に聞くようになったある噂を話して見せた。その内容とは、「一睨みで敵の司令官を脅え竦ませ、その一挙手一投足はまさに神業の如き指揮を繰り出す。人心掌握に長け、仲間に向ける眼差しは人の心を掴んで離さない。未だかつて、そして今後現れることのない英雄中の英雄。タクト・マイヤーズ」といった、普段の彼を知るものからすれば、一人歩きもいいところの内容であった。
「――と、言うわけだ」
「なるほど。つまり、ようやくマイヤーズ司令の本当の実力が、人々の間で浸透し始めた。と、そういうわけなんですね」
「…………は? ちとせ、お前何を言って」
「仰りたい事は分かっております、副指令。それでは、不肖この烏丸ちとせ。マイヤーズ司令のお顔に泥を塗らぬよう、より一層の精進を持って、訓練と任務に当たる次第にございます。それでは失礼いたします」
「あ、ああ。頑張れ」
「はっ!!」
力なく返したレスターの激励に、ビシッと理想的な敬礼をしてブリッジを後にするちとせ。
その背中を見送り、彼は深く深く息を吐いた。
「し、心中お察し申し上げます」
「ああ。それで、一体どこから出たんだ、その噂は?」
「私たちだって知りませんよ。でも、軍部じゃ相当広まってますよ、この噂」
「ええ、私も聞きました。最近では雑誌や書籍でも様々な特集を組まれるようになり、民間にも伝わってるとか。でも、あまりにも普段のマイヤーズ指令とのギャップが大きくて……」
だが、レスターやココ、アルモたちは知らない。
その噂の出所が、意外にも隊内で最も真面目な少女と、その同窓生達によって無自覚の内に発信されたと言うことを……。
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ゲームソフト『GALAXY ANGEL Moonlit Lovers』の後日談を描いた二次創作です。 全キャラクリア直後の、『Eternal Lovers』発売前の作品のため、矛盾や違和感を感じる場合もあると思いますが、その辺りは皆様の「優しさ」でカバーしてあげて下さい。 登場キャラは、敵味方含めてみな気に入っておりますが、作者にとってのメインヒロインは「ミルフィー」です。 このカップリングがどうしても受け入れられないという方は、申し訳ありません。 |
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