巴マミは奥歯を噛み締めた。

　白い地面に飛び散る紅い液体。足の怪我の回復はあと少しで終わるが、目前から迫る瘴気の反応に上手く回避に移れるか脳裏を不安が過る。

　接近する瘴気を((伴|ともな))う存在の正体は、十数メートルはあろう法衣を着た、顔の無いの巨人の群れだった。

　鋭い爪がある訳でも、踏み潰せる具現した足を有する訳でも無い。だがその身から放たれる音速を超える((怪光線|レーザー))が何よりの脅威として膝を付いている巴マミを焦燥させていく。

　もしもあと数秒避けるのが遅ければ、傍の地面同様に足は巴マミの身体から切断されていたことだろう。

　その巨体が二○体はいる。正しく通り名の『魔獣』が相応しい。

　強力な攻撃を有する敵に対しマミの残りの魔力量は明らかに足りていなかった。これでも粗方倒してはいたが、切り抜けられるかどうか。

　敵の作る白一色の結界空間も厄介だった。分断させられた二人の仲間は今頃中型の魔獣と戦っているであろうが、連絡さえ取れない。素早く滅せられる実力はあると太鼓判を押せはしても次の瞬間合流出来るかは別だ。

　握ったマスケット銃が、己が修練の果てに会得し命を託してきた得物が、急に頼もしさを失っていく。

「万事休す、ね――！？」

　仰ぐのが早いか否か。突如、遥か頭上から降り注いだ光の矢が魔獣達の前に突き刺さるや嵐と変わり爆炎の障壁を作り出した。

　巻き込まれた魔獣が数体、焼き尽くされていく。

「あれは……」

　始めマミは、虚空から静かに魔獣達の前に降り立ったソレを――その姿を――天の使いかと見紛った。背に生やした煌々とした翼や、その手に持つ光の矢が生まれる弓が、まさにどこかで見た夢物語のそれだったからだ。

　印象でしかないのは察知した魔力の反応が告げる。

"女の子……？"

　後退した生き残りの魔獣達が((帳|とばり))が晴れるや拡散レーザーを撃ち出す。分散しているとはいえ肉体を易々貫通し致命傷を与え得るものだ。

　魔法で作られた翼で再び舞い上がりながら少女は天を駆ける。軽やかに空間全体を飛翔し、時に欺き誘い込む動きは、あたかも晴れやかに踊っているかのようでもあった。

　なびく黒髪と、小さなピンクのリボンの残像が、マミの眼を離さない。

『間に合って良かったよ。マミ』

　声に気付くと、隣には白い獣が柔らかく尾を振っていた。希望を対価にこの世の((歪|ゆが))みが生み出す邪悪――魔獣と戦う為の力を((授|さず))ける、天上の魔法の使者。

「キュゥべえ！　じゃあ、あれは――」

『そうさ。僕が呼んだ助っ人だよ』

　巴マミは思わず見惚れた。

　なんと優雅な戦い方であり、理に適った体捌きであろうか。攻撃は先の炎も含めどこか派手さよりも慎ましさが大きいが、その身の((熟|こな))しの美しさは魔法少女として描く理想そのものであった。

『暁美ほむら。最近契約したことになっている子なんだが、見ての通りまるで幾つも経験してきたかのように洗練した戦い方をしている。この状況を、きっとひっくり返してくれるはずさ』

　契約し立ての魔法少女。キュゥべえの言葉に息を呑み驚嘆していたところに、そうさせた張本人が目の前に翼を折り畳みながら音も無く着地する。

　何匹も消滅させられ、意思が有るのかは定かでは無いが魔獣側には明らかに行動の変更があったことが察せられた。

　暁美ほむらと呼ばれた少女に向けて明確にレーザーが照射される。が射られた矢が変化した幾枚もの光の盾が自在に動きながら主人を守り脇を((掠|かす))めさせられるばかりだ。

　その間で弦を引きながら、暁美ほむらは巴マミへと視線を向ける。

　固く、暗い、それでも優しい瞳だった。

「お願い。数が多過ぎる。手伝ってほしいの。協力して」

　暁美ほむら。それ以上この少女が何者であるか巴マミには分からない。

　だが何故だろうか。心の奥底でとても、この状況を打破するのとは異なる感情で、力を貸してあげたくなってきていた。

　回復を終えた足で立ち上がる。

"え――？"

　ふと巴マミは何かを感じ取った気がした。

　周囲には自身とほむら、キュゥべえ、そして魔獣以外いないはずである。

　だがどうしてか。マミのすぐ傍で誰かが……おそらく、小さな女の子が、嬉しそうに微笑んでいる気がしたのだ。

　その感覚には何も意味など無い。戦場でなら特に精神の不調さえ考えられる。だが――マミは、胸に湧き出てくるどこか懐かしい熱さを自然と受け止めていた。

　その熱情を勇気に変え、押し出されるようにほむらの横に並び立つ。

　構えられた二つの魔法が、同時に異なる閃光を放った。

<了>