連載小説61?65 |
欠席して、二日ぶりの学校。
一時間目の気まずさを乗り切って、今は部活の時間だ。
「倉橋さん、久しぶりね。風邪で休んだって聞いて、心配したのよ」
部長の山口先輩は、開口一番そう言ってくれた。
「ありがとうございます」
こんな、部活見学に来てるだけの新入生を心配してくれるなんて、
なんて優しい先輩なんだろう。
「あなたは貴重な金の卵。心配するのは当然じゃない」
「へ。えっと…それに、私が金の卵ですか? じゃあ、木谷さんは…」
私が新入部員になるかも知れない生徒だから心配した、ていう側面は、
まぁ予想内だった。けど、それはそれとしても、私が金の卵って?
「あの…買いかぶり過ぎじゃあ」
「まず、木谷さんはプラチナの卵よ。こんな逸材、そうはいないわ。
で、倉橋さん、あなたの事だけど、その才能、侮ってはダメよ」
ええええええ!
「私、才能あるんですか?」
「ええ、そうよ。というわけで、今日も部活、頑張りましょうね」
ぞくっ!
にこっと微笑んだ部長の顔は、清々しかった。
〜つづく〜
部活見学は今週と来週。
だから、まだ期日はある。
でも、部長さんは私の事を金の卵って言ってくれた。
正直買いかぶりだとは思うけど。
文芸部員としての才能より、部員としての頭数そのものに、
価値があるんだと思う。
いや、部長さんの言葉を解釈すると、比重がある、て言った方が正確かな。
「とにかく、倉橋さんは、木谷さんほどじゃないけど有望な人材なの。
その自覚を持って」
「は、はぁ」
だから、なんと言われようと、驚くか生返事をするか、しかない。
「さ、そういうわけで、今日の部活も始めましょ。一昨日の原稿、
当然残してあるから」
「はぁ、どうも」
ま、こっちとしても、せっかく作った原稿だし、処分されたら、
そりゃまぁ、悲しいけど。
「木谷さんなんて、昨日もすごかったんだから」
「先輩、すごいだなんて、そんな事はありません。先輩達にはとても及びませんよ」
うげ、なんとまぁ。謙遜というより、この先輩たちは、ホントに凄いんだろうなぁ。
「あら嬉しい。木谷さんほどの逸材に褒めてもらえたら、文芸部部長として
鼻が高いわ」
「いえ、当然の事ですって。それじゃ、原稿に入りますんで」
それが号令かのように、私達はいつもの席に着いた。
「はい、倉橋さん。これ、あなたの原稿」
「あ、ありがとうございます」
部長さんから原稿を受け取った私は、一昨日のように、その原稿と向き合った。
〜つづく〜
私が金の卵と形容されて数日、今日は月曜部活見学は今週いっぱい。
結局私は文芸部に入り浸っていた。
あれ? 私は他の部活も模索するんじゃなかったのか?
「いやー、木谷さんはもちろんだけど、倉橋さんもすっかりうちの子ねぇ」
「は、はぁ」
私は乾いた返事を返すばかりだった。
「あれ? 倉橋さん、何か思う所でも?」
「いやー、実は…」
どういう流れか、私は思う所を吐き出していた。
「え? 文芸部本決まりじゃなかったの?」
「実は…模索中でして…」
言っちゃマズいかな? とも思いつつ、私は素直に言う。というか、
言葉をごまかすのが、好きじゃない。
「ふむ…そっか。他の部活ねぇ。でも、やりたい事は見えないんでしょ?」
「ええ。まぁ…」
だからこその文芸部への体験入部なんだけど、微妙に抱えてるもやもや、
これは事実だった。
「で、何かできる事はあるの? 出来る事があるなら、やってみるのもいいかもね」
「出来る事、ですか…」
ふぅむ…何かあったかな。
「出来ると言えば…ピアノくらいです」
「お? それは意外。というか、急に出て来たね…」
とは木谷さんの弁。そりゃそうだ。最近は弾いてないし、部活に活かせるもんじゃない。
「ふむ。じゃあ、ちょっと弾いてもらいましょうか」
「え?」
い、一体どうしてそんな話に?
「えっと…?」
「さ、付いて来て。みんなも」
音楽室にでも行くのかな。部長さんは意気揚々と教室を出て行ったけど。
「音楽室か…」
「頑張ってね」
ひぃぃぃぃぃぃ!
わ、私はさらし者になるの?
〜つづく〜
うっかり「文芸部で本決まりじゃなくて、部活は模索中だった」
と言ってしまった私。
出来る事を問われて「ピアノ」と答えたがばっかりに、音楽室で披露するハメに。
「さ、着いたわ」
「は、はい」
音楽室、授業自体が週に二回しかないから、まだほとんど言った事はない。
「あの、吹奏楽部が使ってるんじゃ…」
「いいのよ。吹奏楽部はここじゃないから」
え?
「吹奏楽部は、専用の部室があるの。この学校、部活にお金かける学校だから」
「なんてリッチな」
「だから言ったでしょ? 部活に入らないと、損なのよ」
それは、精神論と金銭論、両方なんだろう。今なら、分かる。
「それに、自由主義なのか、放課後も解放してるしね。
幸い、今は誰も弾いていないようだし」
「みたい…ですね」
先輩がドアをガラリと開ける。
「さ、何を弾いてくれるのかしら。楽しみね」
入学四度目となる音楽室は、小学校中学校時代に入ったそれと、
何ら変わりなかった。
穴空きパンチな壁に、音楽家の肖像画、五線の入った黒板、それに、譜面台。
もちろん、中央に鎮座ましましているのは、グランドピアノ。
「さ、どうぞ」
「は、はい…」
おそるおそる布カバーを外し、蓋を開けて、天板も開ける。
「ごくり…」
それは、Yで始まる有名国産メーカーかと思ったら、Sで始まるメーカーのもの。
「お、恐れ多い…て、洗ったっけ…」
「まぁまぁ、構わず弾いちゃいなさい。生徒の権利よ」
と、とりあえず…鍵盤を一個弾いてみる。
ポーン………♪
「あ…音が違う…」
うちにあるのは平凡なアップライトピアノなんだから、当然と言えば当然。
だけど、子供の頃には感じなかった音の違い、音の良さが、今なら分かる。
「音の違いが分かるなんて、倉橋さん通ね」
「いえ、そんな。最近めっきり弾いてないんで、指だってガチガチですし」
それに…部長さん、木谷さん、それとその他の先輩全員。
これだけの大人数に囲まれてると…恐ろしく緊張する。
「音楽の先生って偉大だなぁって、今思いました」
「あはは、かもねぇ。ま、確かに私達は聴衆だけど、あんまり気にしないでいいから」
その気遣いはありがたいんです。でもでも、気にするなって言う方がむりなんです!
とはいえ、恥ずかしがってもいられない。緊張してばっかりもいられない。
「じゃ、ちょっと待ってくださいね。何を弾くか考えますんで」
「はいな」
椅子に座ったまま、暗譜してる曲を脳内検索する。
「何がいいかな…」
「なんでも」
一番困る返答。もちろん、弾けない曲をリクエストされても、困るけど。
「よし、これしかないか!」
私は、脳内にあった数少ない、まともに弾ける曲を一曲、セレクトした。
「では、倉橋えりか、行きます」
〜つづく〜
グランドピアノの前に座して、私は鍵盤を叩き始めた。
ブランクから指がガチガチで、しかも暗譜してる曲も、結構頭から飛んでる。
そんな中、数少ない弾ける曲を。
「いきます!」
選んだ曲は、中学三年の秋、最後の発表会で弾いた曲。
ショパンの「英雄ポロネーズ」だ。
正直、難易度は高い。指が上手く動かない今、この曲に挑むのは、
はなはだ無謀な気もする。
でも、まともに暗譜してたのが、この曲だったんだから、仕方ない。
「倉橋さん…」
「凄いわ…」
出だしから、とにかくテンポが速くて追いつけない。だけど、
練習中は大体つまずいてたから、少し遅めがちょうどいい。
とにかく、なんとしても無難に六分半を乗り切らなくては!
〜++**********++〜
「ふぅ…」
怒濤の六分半(だよね?)を乗り切って、一息つく。
「ど、どうでした?」
「下手な感想は、野暮ね」
「ますます倉橋さんをモデルに作品を書きたくなったわ!」
「私も!」
「友人として、鼻が高いわね、これは」
え、えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ?
「ちょ、皆さんそんなに持ち上げないでくださいよー。木谷さんも。
私なんて、大した事ないんですから!」
「あら、楽器の出来ない人間からしたら、十分よ?」
「ですねー。すごい才能だわ」
「やめちゃうのはもったいないわね」
これは、私を何かに乗せる作戦なんだろうか。果たして。あ、でも…
「あの、別にピアノはやめませんよ? 今はちょっと、学校に慣れるまで、
て事でレッスンお休みしてるだけで」
「あら、そうなの。じゃあ、部活には入れないんじゃないの?」
え、注目する所、そこ?
「いえ、それは、その日だけでいいんで」
「あら、そう。よかったわ」
ひえ〜。
「でも、この程度ならいっぱいいるんで、ホント大した事ないですから…」
「自分と他人じゃ、違って見えるものよ」
ああ言えばこう言う、て感じだな、こりゃ。
「で、あの、今の演奏で、私はなんの結論を出せばいいんですか?」
「それは、自分で決めればいいわ。今の所、その腕を活かせる部活はない。
でも、活かせそうな部活を立ち上げるもよし、文芸部で才能を発揮するも、
またよし。選択権は、あくまでも倉橋さんなんだから」
結局、そこなんだよな。
「じゃ、今週一週間、じっくり考えてみますね」
「ええ。そうするのがいいわね」
自分的には進展無し。ただ、みんなが感動してくれたらしいから、
それは大きな収穫。
さて、どうしよっかな…
〜つづく〜
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第61回から第65回 | ||
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