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 黄金の麦畑に風が吹くと、ちぎれた穂や土くれが舞い上がった。

 夏の始まりを感じてしまうその風と、呼応し揺れる麦の音を、御姿が汚れるのにも気にかけず、彼女はただじっと静かに聴いている。

 風に遅れて髪が舞い上がった、彼岸花が咲くように。彼女は腰の前で手を重ねている。流れ落つる滝のような髪の毛は麦畑の中にたっぷりと沈み込み、麦のように気持ちよい重さがあるために、長いが毛先ばかりが風に舞うのだ。それが太陽に輝くのだから、季節はずれのくせ、やたらと彼岸花めいて見える。

 その風景の中、彼女はいつものように静けさを身にまとう。

 静けさに満ちた彼女の嬌姿が感じさせるは、柔らかさを有さない、氷刃のように研ぎすまされた綺麗さ。

 その冷たさと反するように彼女は黒一色であった。黄金色の海に対比するような黒色は、その風景にはあまりにも異端であった。喪服のような黒のドレスも、様々な趣向が凝らされた特級品であったが、近くで見なければそのきらびやかさは見られず、ただ彼女の美しさを際だたせるばかりだった。あの美しい長き黒髪も、たしかに六月の太陽の下で輝いていたが、黒い鉱石のような光があった。――単純に不釣り合いだった。その黒の中に白い顔が浮かんでいる。

 不釣り合いを象徴するように、彼女の左手には手袋がない。

 風が止んだ。

 髪の毛が落ちた。

 彼女は謐と瞼を開いた。

 右手を黄金の海に入れた。波を弾くように麦の穂たちをなでた。確かな感触が彼女の手に返ってくる。腕を通って全身へと伝わってゆく。

 そして振り返った。

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