【創作】晴れときどき幼女【spring】
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 昨日まで続いた憂うつな灰色の雨空は、雲ひとつない果てなき青へとその色を変えていた。

 

「まぶしい……」

 陽が天も半ばへと差し掛かった頃、トーヤはカーテンの隙間から射す陽光に眉を顰めながらゆうるりと身体を起こした。その周囲には紙と絵筆が乱雑に散らばり、書物は開かれたまま放られ、ブランケットは床へと落ちている。

 茫と瞬きもせず、そのままの体勢で左手を彷徨わせる。カツと当たったそれを手に取り耳に掛けた。レンズ越し、世界がクリアに広がる。瞬きを一つ、二つ。伸びを一つ。そうしてようやくトーヤは立ち上がった。

 

 部屋の南側、庭へと続くテラス窓を開く。春の香りを乗せた風がふうわりと頬を撫ぜた。

 皮靴を履き芝生を進む。鬱蒼と生い茂る森に囲まれ、この屋敷だけが切り取られたように存在していた。柵はない。どこまでが自身の土地であるのかも知らない。知る必要もなかった。トーヤの生涯は屋敷の中で始まり──そうして終わるのだから。

 茫と立ち止まり、瞼を閉じた。雨上がりの澄んだ空気を身体全体で感じるように大きく息を吸って、吐く。淀みきった心の中までも、肺の中の酸素のように入れ替えることが出来れば良いのに。そんな詮無いことを、思った。どうかしている。ゆるく首を振って、陽を浴びたせいなのだとため息を一つ。そうしてふと、空を仰いだ。

 

 雲ひとつない青い青い空を、白い影が力強く羽ばたいてゆく。羽音が耳に心地良く響いた。生き物の音だ。思えば、人と触れ合わなくなってどれだけの月日が経ったろうか。表情は忘れた。いつしか声も失ってゆくのだろう。どちらでも良かった。色を見る目と筆を握る腕さえあれば。

 

 トーヤは空を仰いだまま思考の沼に身を沈めていたが、高く風を切る音に目を瞬いた。醒めた視界の中黒い影が──落ちてくる。

 考える間などなかった。思わず両手を伸ばし抱き止める。勢いを殺せずそのまま背中から倒れ込んだものの、辛うじて頭を強打することは避けられたようだった。

 ケホ、と軽く咳き込むと、抱き止めた小さな『何か』が鋭く顔を上げた。

 

 真っ先に飛び込んできたのは──空の青。雨上がりの果てなく澄み渡った空のような、高く深い双眸がトーヤを射抜いた。それはまあるく見開かれ、くるりくるりと瞬いた。

 

「まぁ。あなただぁれ?」

 

 今日の天気は晴れ。

 ──のち、幼女。

説明
創作小説 『 spring 』 より、序章のようなもの。

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