【BL注意】少女漫画なキスしたい!?〜イニシャルYの学園事情〜
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この学校には、怖い人がいる。

玄関とか廊下とか、いつも人集りが出来てるからあの人がいる場所はすぐにわかる。

だから見つけ次第避けて別の廊下や階段を通るようにしている。理由は、メチャクチャ怖いから。

高校生だけどロックバンドを組んでて学校の外でも人気があって、なのにそれをちっとも何とも思ってないみたいに集まる女の子たちを軽く往なしてる。

だけど草薙先輩のこととなると、もう目の色を変えて突っ掛かってくるんだ。後輩のおれのことも良く思ってないみたいで、見つかったらすぐさま追い込まれて先輩の居場所を問い詰められてしまう。

あの人は怖すぎる。一体何を考えてるのか全然わからない。

先輩に相談しても自分で何とかしろ、って言われてしまう。確かにそれはそうなんだけど……。

 

幸い今日は出くわしてないし人集りも観測していない。そもそも登校してきてないのかもしれない、もう5限も終わるし今日は平和に追われそうだ。

次の生物の授業は実験室だから友達と移動しながらそんなことを考えていたら、副本を忘れたことに気がついて慌てて取りに戻る。

無事にロッカーからそれを見つけて足早に実験室に向かう、その途中だった。

特徴的な赤い髪……黒いヘッドフォンを首に掛けて階段を上がってくる。嘘だろ、今日はやり過ごせると思ったのに。

早く逃げないと、副本を抱えて目が合わぬように視線をそらしてダッシュしようとした、なのに。

ワイシャツの襟を、後ろからむんずと掴まれる。

誰に?誰にって、それは……この人しか、いないわけで。

「京の舎弟か」

階段の方までおれを引き寄せた怖い人、八神庵先輩はニヤリと非常に恐ろしい笑みを浮かべて顔を近付けてくる。

こ、怖い。彼に先んじて「草薙先輩の居場所なら知りません」と言いたくてもすぐに言葉が出てこない。

しかし今日の八神先輩は先輩の居場所を問うてくることはなかった。だけど代わりに、まるでおれを人身御供にでもするようなことを言って階段の下へ行くように促してきた。

「フン、貴様も少しは俺の役に立ってみせろ」

「えっ!?」

訳もわからず背中を押され、慌てて壁際を伝って踊り場まで降りざるを得なくなる。

混乱する間もなく目の前に迫ってきたのは、あの“人集り”だった。

「あれっ!?いおりんは〜!?」

「確かにこっちにいたのにぃ!!」

「ちょっと!アンタ1年!?いおりんがどこ行ったか知らない!?」

かしましい、とはこういうことか。学年入り雑じる女子の群れが八神先輩を探して血眼でおれを取り囲む。うわ、まるで草薙先輩を探してるときの八神先輩みたいだ……。

っていうか、役に立てって、もしかしてこの人たちを撒けってことか!?おれが!?

視線を上にやると、階段の上から八神先輩が『早くしろ』と睨んでいるから堪らない。怖い、どっちも怖い。でもどちらかと言えば……八神先輩が怖い!

「え、えーっと、あっち!あっちに行きました!!」

八神さんのいる方とは見当違いの方向を指差すと、女子の群れは夕暮れのムクドリの如く大移動を始めた。

「部室棟の方ね……軽音部の部室かしら!?」

「行ってみましょ!!」

騒がしい足音が遠くなっていく。た、助かった……いや、正確に言えば助かってないんだった。

「ほう、愚鈍な舎弟かと思ったがなかなか機転が利くじゃあないか」

何とか状況回避に成功したおれを笑いながら八神さんは近付いてくる。や、止めてください、近寄らないでください。

じりじりと距離を詰められて、いつの間にか壁際に追い詰められるいつものパターンに嵌まってしまったおれは額に冷や汗を浮かべて不敵な笑みの八神先輩から逃れようとした。

しかし先輩の手が思い切り壁に押し立てられて所謂壁ドン状態になると最早為す術もなく黙るしかない。いや、もう、本当に勘弁して…………

「今日のところは働きに免じて見逃してやる」

八神先輩の顔がぐっと近付いてきたから、恐怖にぎゅっと目を瞑る。

すると長い前髪が俺の頬に当たって、そして、唇に何かが触れた。

「……え」

思わず目を開ける、既に唇に触れていた何かはそこになく、ただ挑発的に笑う八神先輩だけが目の前にいる。これって、これって、もしかして!?

「え、え……えぇーーーー!?!!?!」

抱えた副本がばさりと落ちる。真実を確かめる前に先輩はどこかへ行ってしまった。消えない、柔らかな感触だけを唇に残して。

間違いない、おれ、おれは八神先輩に……

「キス、されたーーーーーー!?!!!!?!」

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***

 

眠れなかった。唇から広がった熱っぽさが全身に回ってしまって、おれの安眠と心の安寧は一度のキスで完全に奪われてしまったのだ。

キス、それもファーストキスだったのに。

いつか好きな人とロマンチックなシチュエーションでするはずだったおれの初めてのキスは、あんな特別教室棟の階段の踊り場で訳もわからずに訳のわからない奴に持っていかれた。

許せない、許せるはずがない……なのに、どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう。

「だあああああもう!!!!」

丑三つ時にベッドの中で悶々とした気持ちを枕と一緒に抱え込む。

持っていかれたのは、唇だけか?

ドキドキの中に、ほんの少しだけ針の先でつつかれるみたいな痛みを見つける。だけどおれはそれに気付かないふりをして枕をぎゅうと抱き締めた。

 

***

 

「おはよーございまひゅしぇんぱい……」

「おう……って、お前どうしたんだそのツラ」

朝の通学路で草薙先輩を見つけたおれはふらつく足で駆け寄った。先輩は物凄いクマをこさえているおれの顔にぎょっとして距離を取ってくる。いや、ちょっとは労ってくれても……と思えど、まさかこのクマの理由が八神先輩にあるとも言えずにおれは草薙先輩の後ろを少し離れて歩いた。

……背後から、女子たちが騒ぐ声が聞こえる。

背筋がさあっと寒くなるのを感じて、嫌な汗が一瞬で毛穴から噴き出しワイシャツの脇に染みていく。

「うげ……何だよアイツ珍しく朝から来やがって」

草薙先輩も、その女子に取り囲まれている赤い髪を見つけた瞬間に眉間に皺寄せてごちる。

でも、今のおれは昨日のあの出来事までのおれと明らかに違う心持ちだった。

草薙さんの敵であり……今やおれ自身の敵ですらある。立ち向かわなくてはならない、あんな理不尽はもうたくさんだ。

「ねえいおりん、今週末のライブのあとご飯しに行こうよぉ」

「ちょっと抜けがけしないでよね!いおりんはみんなのいおりんでしょ?」

みんなのいおりん。そんな風に持て囃されて大勢に囲まれて。

無責任だと思った。誰にだって触れることのできる距離から、わざわざおれを揶揄うためにあんなことをしてきたのだと思ったらはらわたが煮えくり返るくらい腹が立つ。この人にとって、キスなんて最早愛情表現ですらないんだろう。

嫌味の一言でも何か言ってやろうと思ったけれど、先に草薙さんがすれ違い様の赤い髪に舌打ちをして言い放つ。

「テメーがこんな時間から登校するなんて、随分と優等生じゃねーか」

「ほう」

足を止めた八神先輩は、周囲で騒がしく声を上げている女子のことなどそっちのけで眼差し鋭くこちらに向かってきた。勿論狙いは草薙先輩だろう、おれも隣で拳を握る。

「……えっ」

しかし、彼は草薙先輩に一瞥くれて「黙っていろ、後で殺す」と一言告げたと思ったら、手を伸ばして横にいたおれの首根っこを掴んできた。

「来い」

驚きに声を上げる間もなく、おれはそのまま大股歩きで引き摺られ彼に何処かへ連れていかれてしまう。

草薙先輩と八神先輩の取り巻き女子たちが何が起きたのか全く理解ができない様子で立ち尽くしていて、そんな皆さんがどんどん遠くなる。

「ちょっと、ちょっと八神先輩!!やがみせんぱいっっ!!」

やっと声を出したおれを振り返りニヤリと笑う顔はまるで悪魔のようだったから、これから自分の身にどんな凶事が振り掛かるのかとおれは半泣きになりながらされるがままになるしかなかった……

 

***

 

不本意な登校の仕方により、おれは今八神先輩と二人で部室棟にいた。

八神先輩が一応籍を置いているという軽音部の部室ではなく、今は使われていない空き部屋。埃っぽい上に日当たりが悪くて朝だというのに薄暗いのが目の前の彼と相まってとても不気味だ。

部屋に放り込まれたところでようやく解放されたおれは、シャツで締め付けられていた首をさすりながら咳き込む。八神先輩は、さして悪びれる様子もなくポケットに手を突っ込んでおれを眺めている。

こんな場所に八神先輩と二人きりだなんて恐ろしい、なのに、また胸の奥がちくちくする。

……唇が痺れてくる。あの感触が、彼の唇が重なった感触が甦る。

思わず唇に触れてしまうと、先輩は愉快そうに口角を上げておれに近づいてくる。そしておれの頬から顎までを長い指ですうっと撫でて、そのまま顎を掬い上げてきた。

「……ッ!!」

また、されてしまう。おれは慌てて彼の手を撥ね退けて、えいやっとその身体を押し退けて叫んだ。

「こ、こういうの、良くないですよ!!」

「こういうの、とは何だ」

おれの反抗すら折り込み済みだったとでも言いたげにくつくつ笑う八神先輩は、余裕を崩さず眼を細めておれを見つめる。だめだ、ここで怯んじゃだめだ。拳を握ったおれは下唇を噛んでキスの感覚に飲み込まれないように痛みで上書きしてから顔を上げて彼に言ってやった。

「人気があるから……ちょっとモテてるからって、軽率過ぎます!!」

そうだ、自分は人気者なのだから慰め代わりにくれてやるキスぐらい何ともない、そんな驕りが腹立たしい。

おれのファーストキスなんて、きっと彼の何万回ものキスのうちのひとつに過ぎないんだろう。悔しい、そして平然とそれをしようとしてきたその余裕が本当に悔しくて堪らない。

苦々しさに顔を歪めるおれと違って、彼ときたら涼しい顔をして腕を組んでいる。

「責任を取れとでも?」

「責任っていうか、ってか、その……」

責任だとか、そういう話じゃない。

でも、だとしたらおれは彼に何をして欲しいんだろうか。

謝って欲しい、それは勿論ある。だけど謝られたところで……キスされた事実は変わらなくて、多分この胸の痛みだって消えない。

それならおれは一体彼にどうして欲しいんだ?

「矢吹」

「なっ、ンンッ!?」

唇を塞がれる。不意打ちに奪われて、拒めなかった。っていうか、おれの名前……。

頬に彼の掌が触れる。少しかさついた指先、シルバーの指輪の感触。

怖い、怖いのに、何でこんなに……あったかいんだろ……じゃなくて!!そうじゃなくて!!

「っ、く、やめっ、やめてください!!」

ようやく我に返ったおれは、また思い切り八神先輩の体を押し返して不遜な口付けから逃れると、これ見よがしにシャツの袖で唇を何度も拭う。

それなのに八神先輩は懲りずにおれを捕まえようとするから、バタバタと腕を振ってとにかくこちらに近付けさせまいと抵抗した。これ以上好きにさせて堪るか。

溜息が聞こえた。ふと面を上げれば、先刻の愉悦でおれを見下すような表情ではなくてもっと別の、例えばそう、寂しそうな目をした八神先輩がいたから手が止まってしまった。

この人がそんな顔するなんて、考えたこともない。八神先輩はいつだってクールで周囲のことなんか気にも留めなくて怖くて……だから一瞬信じられなかった。こんな切なげにおれを見ている彼があの八神庵だなんて、信じられるわけがない。

「貴様は、俺が誰彼構わず手を出すような男だと思っているのか」

八神先輩がぽつりと溢した言葉は、もっと信じられない言葉だった。

「俺は貴様だから口付けをした、いけないか」

「いっ…………」

なんて、今、何て言った?

おれだからキスをした?何で?

つまり先輩は誰でもいいわけじゃなくて、おれだけにキスをしたくて、したってことか?

……何で!?

「いけないに決まってるじゃないですか!!」

混乱してきたおれは、段々こんがらがる思考から抜け出すために大声で叫んでやった。そうだ、そんなのダメだ、ダメすぎる。

「そんな自分勝手な理由で、きっ、キスするとか、あり得ないっす!!」

おれに睨まれた八神先輩は、先刻の表情が嘘みたいに険しくなってこちらを睨み返している。

そうだ、少し違う顔を見せたからってすぐに懐柔されると思ったら大間違いだ。おれはあの取り巻き女子たちと違う、先輩を、お前を無条件に受け入れたりなんかしない!

「先輩は……キスされる側の気持ちとか、そういうの、全然考えてないじゃないですか!!」

あの突然のキスでおれがどれだけ悩んだと思ってるんだ。戸惑いはすっかり怒りに変わり、おれは入り口で転がっていた自分の鞄を拾い上げるとさっさと部屋を出ていくことにする。彼は、引き留めなかった。

「失礼しますッ!!!!」

 

ぴしゃりと閉まる扉の向こう、遠くなる足音が聞こえなくなると、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。

庵は暫くその場に立ち尽くしそして肩を揺らして笑うと、一筋縄ではいきそうにないこの“恋”に唇を舐めた。

「……面白い奴だ」

 

説明
なんだこのタイトル!G学庵真です。
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