ヘルプデスク |
ジリリリリリリリリ!
けたたましく、電話のベルがなった。また仕事の電話だろう。まったく、面倒臭いもんだ。
大体、今更黒電話も何もない。ここは昭和記念館じゃないんだぜ?
ここは・・・・・・。
*
空の色は真っ青なのに、何故こんなにも心はどんよりと曇ってるのだろう?
フェンスに手を添えて、私は外を覗く。
高層ビルの屋上って場所は、名前だけあってやっぱり高い。それはもう、「高層」なんだと思い知らされる。
私は空を見上げた。
真っ青な空。
空がこんなにも綺麗だから、これからやることが後ろめたくて、私の心は曇るのだろう。
素足の私の後ろには、靴が揃えて、ちょこんと置いてある。
この状況を見れば、もうわかるでしょう?
そう、自殺。
私は自殺をするのだ。
高層ビルから人知れず飛び降りて、人ごみの中で絶命するのだ。
誰か知らない人を巻き込むかもしれない。
でも別に、そんなことかまわない。
私は、私が死ななきゃいけないことになったことに、正直ムカついてるのだ。
私だって死ぬんだし、最期くらい当り散らしたってかまわないでしょ?
スーツの内ポケットから封筒を取り出し、片方の靴の中に入れる。
当然ながらそれは遺書だ。死ぬんだからって思って、昨日あわてて書いた。ビジネス街の一等地で自殺となれば、明日の新聞の一面は、多分独り占め。
なんて記事で載るんだろう?
「この世を儚んだOL、自社屋上から投身、とかかな?フフッ」
ボソっと呟いて、私は一人笑った。
この世を儚んで?
そんなの、一番遠い。
でもどうせ、私の内情を理解しないまま、記者は美談をさがすのだろう。
空は青いのに私の心は曇っていて、社会は曇りガラスの向こう側。
真実なんて見えてこないのだ。
「いい天気だな」
唐突に、後ろから声がした。
振り向くと、遊び人みたいな風体の男が空を見上げ、煙草をふかしている。
「誰?」
私は思わず聞いた。
屋上は立ち入り禁止で、いつも鍵がかかっている。
誰も来れるはずはなく、私が来たときも、誰もいなかった。私が屋上に来れたのは、守衛室から鍵を拝借して合鍵を作ったからだ。
男は守衛室から来たのだろうか?
どう見ても、マトモな職業についてるとは思えない格好をしてるのだけれど……。
「まぁ、誰だ、とかはどうでもいい。ヘルプデスクに電話があってな、それで来た」
男は頭をかき、煙草を捨てて踏み消した。このビルは禁煙だけど、屋上もそうだろうか?
「自殺だろう?アンタみたいなのが居ると、俺に電話が来るんだ。正直、迷惑なんだがな」
「ヘルプデスクって……社の人?」
私は恐る恐る聞いた。
ヘルプデスクはうちの会社にもある。
面倒ごとを処理する部署は、大きな会社ならどこでもあるものだ。
そこに「屋上に自殺希望者が居るぞ」と電話があったのだろうか?
「いいや、あんたの会社には関係ない。だが気にするな、これは俺の仕事だ」
男は訳のわからないことを言う。
「つまり・・・」
言って、男は私に近寄り、そろえられた靴から「遺書」を取り上げた。
「俺は自殺を止めに来た・・・そう言えばわかるか?」
遺書をムリヤリ私のスーツのポケットにねじ込み、男は言う。
そんなことされたくない。
私は自殺するために、この日を迎えたのだ。
6月8日。
結婚まで考えた男の誕生日。
こっ酷く私を振った男の誕生日だ。
ちなみに今日この日、このビルの一階のカフェで、二股かけてた女に結婚を申し込むのだと言っていた。
自分の誕生日にプロポーズ?どんなナルシストだ、バカヤロー。
きっと「誕生日プレゼントに君をくれないか」とか言うに違いない。キモチワルイ。
そうだ、いっそのこと、アイツが私の下敷きになればいい。アイツを殺せるなら、死ぬ甲斐もある。
「私はこの日のために生きてたのよ……」
「だから、それをやめろと言っている」
思いのたけを吐き出そうとして、男はそれを言葉で制した。
私は思わず口ごもる。
「クソみたいな男に騙されて、復讐のために死んで満足か?そうしなきゃ、復讐できないのか?」
男の言葉に、私は両手を握り締めた。
他に何が出来るっていうのか。
相手は一大企業の社長の一人息子。
女一人が何をしても、結局全部揉み消されて、そして私は損をすることになるだろう。
社内に「二股かけて女を捨てた」と噂を流しても、そんな事実はなかったとされて、結局私は男からも会社からも捨てられるのだ。
なかったことにされたくないから、私は死んで我を通す。
「他に何が出来るの?あなたが何を……」
何を知っているっていうの?そう言おうとして、私は言葉に詰まった。
この男、私が自殺する理由を、たった今さっき口にしなかったか?
適当に口裏を合わせるだけで、出てくるような言葉では、到底ない。
この男は、何で知ってるんだろう?
自殺をしようとしてることも、それに至る経緯も、この男は全部知っている。
何故だろう?
「あなた・・・なんで全部知ってるの?」
たずねると男は小さく笑い、
「言ったろ、ヘルプデスクからきたんだ」
そして言った。
ヘルプデスク。
どこのヘルプデスク?
そう思ったとき、男はポンと、私の肩を叩いた。
「人間社会の・・・かな?」
頭の中の質問に答え、男は笑う。
全部見透かされている。
「じゃあ、アナタは私を助けてくれるの・・・?」
ぼんやりと、私は聞いた。
人間社会のヘルプデスクなら、それで私の元に来たのなら、ならば助けてくれるのだろうか?
「当然そのために来たんだ」
「何をしてくれるの?アイツを殺してくれるとか?」
男の返答に、私は勢い込んで聞いた。復讐の代行というなら、それ位してくれるかもしれない。
「いやいや、そんなことはしない。それだとアンタが死ぬのと一緒だしな」
苦笑いで男は言った。
それなら、何をしてくれるのか?
こっ酷く振られたんだから、こっ酷い仕返しをして貰わないと割に合わない。
「ヤツは今、下のカフェに入ったな」
腕時計を見て、男は頷く。
私も携帯電話を取り出して時間を見る。正午過ぎ。昼休みに入った頃だ。
「今は客でごった返してるだろうな、店は」
男は一人でうんうんと頷く。
助けると言っておいて、男は何もしてくれない。
どのためのヘルプデスクなの?
「一体何をしてくれるのよ?」
私は男に詰め寄った。
男はただ笑って、そして言う。
「いや、アンタがするんだよ」
……は?
「助けてくれるって言ったじゃない!」
人の自殺を止めておいて、何もせずに「アンタがやれ」。そんなオチとは想像していなかった。
腹立ち紛れに、私は男を怒鳴り散らす。
「いやいや、俺が何したってアンタはすっきりしない。アンタがすっきりするには……」
一度言葉を区切り、男は握りこぶしを持ち上げて、力を込めた。
「コレが一番だろ?殴ってやればいいんだ、あんた自身が」
そして続けて男は言った。
殴ってやる。
たしかに、私にはそれが一番すっきりすることだろう。
私はどうしようもなく行動派で、振られた男は全員殴ってきた。
頭に来ると、口より手が出ちゃう女なのだ。
だけど……。
「それができないから、死ぬんじゃない」
小さく、私は呟く。
「うちの会社、大きいの。社長のバカ息子殴ったら、タダじゃすまないわ。もう既に脅されてるのよ、息子に何かしたら、一族を路頭に迷わせるぞ、って」
苦虫を噛み潰した顔っていうのは、一体どういう顔を言うのだろう?今の私の顔を鏡に映したら、きっとそれに近いのではないだろうか?
悔しかった。
私は悔しかった。
だから死んでやるのだ。
自社ビルで自殺が起きれば、会社イメージは転落だ。それを望んで私は死ぬのだ。
言う言葉があるのならば「クソクラエ」なのである。
「バカ息子ぐらい、思い切り殴ってやれよ。大丈夫、アンタはどうにもならないさ」
男はやけに自信満々に言い切り、そして、
「言ったろ、ヘルプデスクから来たんだ」
もう一度その言葉を言った。
「ヘルプデスクは全部フォローする。公衆の面前でバカをぶん殴って、今日は家に帰れ。そうすれば、いつも通りの明日が待ってるさ」
男は自信満々で、声には揺るぎがない。
ヘルプデスクとは、どれほど力を持ってるのだろう?
だけれど、不思議とその言葉は受け入れられた。
男が私を全て見透かしてるからなのか、男が自信たっぷりだからなのか、理由はわからない。だけれど、私は「何をしても大丈夫」な気がしてきた。
殴ってやれ。
殴ってやれ!!
心の中で、自殺に向けていたフラストレーションが暴力衝動に傾いていく。
殴ってやれ!
よぅし、殴ってやろう!
馬鹿な女の、一世一代の見せ場だ!
カフェは人でいっぱいだった。
おあつらえ向きだと、私は思う。
「お客様、ただいま満席でして」
席待ちの人間を置き去りにして店に入ると、店員が駆けつけて言った。
私は無視をする。
探す必要もなく、アイツはすぐに見つかった。
店の真ん中の、視線の集まる席に座っている。そんなに目立ちたいのか、バカヤロー。
アイツの前には、バラの花束と指輪を渡されて、目を潤ませる女性が。
大和撫子という形容がぴったりの、私とは正反対の可愛らしい女の子だ。年齢だって、随分若いようだ。ひょっとして新入社員か?
女子高生に手を出す変態親父かよ、全く。
私になびかないのも当然だわね。
ツカツカと、私はアイツに近づく。
「ん?君は・・・?」
私に気付いたらしく、バカ息子は顔を上げる。
私はにっこりと笑って、陰で拳を固めた。
死を覚悟した女の一撃、ラクなもんだと思うなよ?
胸中で告げて、私は拳を振りあげる。
「何を……」
するんだ、って?
遅い遅い。
口で言う前に体を動かしなさい、文科系が。
でないとーー
ゴン
ほら、避け切れなかった。
ガシャーンと大きな音を立て、バカ息子は椅子とテーブルを巻き込んで倒れる。殴った音が地味だったからか、その後の破壊音がやけに耳に付いた。
バカ息子は目を白黒させて私を見た。
私は大和撫子を一瞥する。
大和撫子は体を一瞬硬くした。ううん、あなたは悪くないのよ、ごめんなさいね。胸中で一言詫びて、私の視線は再びバカ息子に。
「他に何人いるのかしらね?」
大きな声で言って、私はカフェを出る。
これだけのことをしでかしたというのに、誰も私を咎めない。堂々としてると、誰も何も出来ないのかしら?
背後では、大和撫子がアイツに食って掛かる声が聞こえてくる。
ははぁ、時にはやるもんね、大和撫子も。
晴天の下に出て、私は空を見上げる。
真っ青な空。澄んだ色。私の心は、今や同じ色だ。
なんとスッキリしたもんか!
翌朝。
新聞を見て私は驚いた。
―白昼の暴行、犯人は行方知れず
地方面の片隅の、小さな小さな記事。
私が起こした事件だ。なのに、容疑者は不明で、逃亡したまま捕まらないのだそうだ。
私はここにいるのだけれど。
社に出れば、昨日私は会社に居なかったことになっているらしく、無断欠勤を怒られた。
そして噂によれば、結婚話はご破談になったようだ。
ザマーミロ、である。
一族は路頭に迷うこともなく・・・。
私は仕事用のパソコンに届いていたメールを開いた。
件名も差出人も書いてないありえないメールで、ただ、
「ぜひともこのことは内密に。 ヘルプデスク」
とだけ書いてあった。
たいしたもんだ、ヘルプデスク!
*
ジリリリリリリリリ!
けたたましく、電話のベルがなった。また仕事の電話だろう。まったく、面倒臭いもんだ。
大体、今更黒電話も何もない。
ここは昭和記念館じゃないんだぜ?
ここは……ヘルプデスクだ。
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こんなんあったらオモロいなー って話 って感じ |
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読んでいて、ぐいぐいと引っ張られました。面白かったです。(華詩) | ||
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