「憧れ」
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3年に及ぶドイツでのリハビリを終え、見事なカムバックを果たした風祭将。

現在はジュビロ磐田のサブとして、そして次代を担うエースの一人として周囲の期待を集めている。

U−19日本代表への選出も、そのあらわれと言えよう。

将にとって、日本における代表デビューとなった試合を終えて数日後、彼は久方振りに桜上水市に帰っていた。

桜上水中サッカー部の仲間であった高井と森長が音頭を取り、かつての仲間たちを集めて「同窓会を開こう」と言う事になったからだ。

幹事役の二人が皆を出迎える形で続々と集まり、誰もが楽しみにしていたのか、すでにチームの主力として活躍している水野とシゲの二人も参加し、一人の遅刻者も欠席者もなく定刻通りに全員が勢揃いした。

 

再会の挨拶もそこそこに、ボールとゴールがあったら、居ても経ってもいられないサッカーバカ大勢。

いつしか全員入り乱れてのミニゲームが始められていた。

そこここで声が上げられ、打ち合わせも何もなしに、自然とパスやドリブルが行われる。

その中でも目立つのは、勿論U−19にも選ばれている4人。

水野、シゲ、不破、そして将だ。

国立で復帰した彼のプレイを見たが、実際に一緒にやってみて、自分達との明らかな差に誰もが驚きを隠せない。

一足早く休憩に入っていた高井の元に、息を弾ませた有希が近づいてくる。

タオルを差し出すと、「アリガト」と受け取り、額の汗を拭う。

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「まったく、嫌になっちゃうわ」

「ホントに。これが『再起不能』とまでいわれたヤツのプレイかよ」

呆れつつも、二人の表情は明るい。

風祭が居なければ、高井は今ほどにサッカーに打ち込めてはいなかった。

おそらく、レギュラーの座も掴めず、不完全燃焼で辞めてしまっていただろう。

有希も、アメリカに留学するなどと、思い切った決断は出来なかったであろう。

背の低い事と女子であること。理由は違えど、「満足にサッカーが出来ない」と言う点では一致していた二人。鬱屈した気持ちを八つ当たりでしか晴らそうとしなかった有希にとって、水野に指摘された「それならば自ら動いて望む結果を得ようとした」風祭の行動は、ひどく眩しく映った事だろう。

そんな、ある意味で自分たちの「恩人」とも言える大切な仲間の復帰は、他のチームメイトたちとはまた一味違った感慨があった。

「ドリンクもどうですか」

そう言ってペットボトルを差し出したのは、栗毛のふわふわした髪が印象的な少女。

「ああ、桜井さん。ありがとう」

「みゆきちゃんはやらないの? 手紙なら届いてたけど、カザと直接会うのは3年ぶりでしょ?」

ドリンクを口に含みつつ、イジワルな笑みを浮かべ、尋ねる。

と、途端に顔を赤らめ、口篭ってしまう。

相も変らずの初心な反応が、何とも微笑ましい。

「も〜、みゆきちゃんったら、相変わらず可愛いんだからっ!!」

「えっ、ちょっ、有希センパイ〜」

突然、強く抱き締められ、ますます頬を赤らめる。

「おいおい、小島〜。桜井さんをイジメるのも、いい加減にしろよ。それとも、アメリカに行ってソッチの方に目覚めちまったってか?」

高井のその言葉に「ギョッ」とした表情で固まるみゆき。

「えと、私はそういう趣味は、ちょっと……」

「バ、バカねぇ、そんな分けないでしょ! コラ、高井! アンタが変なコト言うから、みゆきちゃんが誤解しちゃったじゃない!!」

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「何をやっているんだ、アイツらは……」

いつしかボールを止め、みゆきを挟んで言い合う高井と有希を眺める、元部員たち。

「まぁ、ええやんか。オレらも休憩しよ」

そう言って、二人を無視してさっさとみゆきを救い出し、ドリンクを受け取るシゲ。

それに吊られて、他の部員たちも続々と休憩に入っていった。

 

その時、不意に――。

「ショウ〜♪」

という、女性独特の美しいソプラノボイスが、皆の耳に届いた。

振り返ればそこには、キラキラと陽光に輝くブロンドの髪を揺らしながら、軽やかに駆け寄ってくる可愛らしい少女の姿があった。

『やぁ、イリィ。一人で来たの?』

『ううん、功と一緒。今、車を置きに行ってるわ』

最初は驚いた一同も、その少女が将が手紙で知らせて、尚且つ一緒に撮った写真の人物――イリオン・クリークである事に、すぐに気が付いた。

少しは日本語に慣れてきた彼女だが、まだまだ細かい単語やニュアンスを伝えるのは難しいらしく、将と話す時はドイツ語が中心だ。

その後、車を置いた功が姿を現し、時折ミニゲームをしながらも思い出話に花を咲かせた。

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和やかに過ごしながらも、時間は過ぎる。

空腹を覚えた一同は、河原にあるおやっさんのおでん屋に場所を移した。

「おう、よく来たな!」

変わらぬ、威勢のいい出迎えに、嬉しくなる将。

見れば、屋台の中には、たくさんの写真が貼り付けられていた。

「ワールドカップの期間中、屋台で日本横断してきたんだ」

幾つだかは知らないが、その変わらぬバイタリティには、脱帽せざるを得ない。

「それにしても、あのちっこかった将坊がこんなに大きくなるなんてな」

感慨深げに肯き、渡独前の絶望感に打ちひしがれた彼を知るおやっさんは、思わず涙ぐんだ。

それを誤魔化すように、「折角来てくれたのに、湿っぽくしちゃあな」と、皆にできたてのおでんを振舞ってくれた。

ちなみにここの会計は、同行した功と香取夕子の大人二人と、ちょうどそこに合流した松下の支払いとなっている。

カウンターには大人たちが席を占め、将とイリオンは、皆から引っ張りだこになっていた。

将は困ったように、イリオンは恥かしそうに頬を薄紅色に染めながら、それでも楽しげに笑っている。

そんな二人をみゆきは、周囲の輪より少し離れた位置から、淋しそうな、それでいて羨ましげな眼差しで見つめている。

それに気がついたのが、みゆきの姉貴分を自認する有希だった。

「やっほ〜、みゆきちゃん。食べてる〜?」

「あ、有希先輩。はい、いただいてます」

「そういう割には、あんまり箸が進んでないじゃない?」

有希の視線の先には、ほとんど手のつけられていない、すっかり冷めてしまったおでんの乗った皿があった。

「ま、気持ちは分かるけどね」

「あ、あはは。はぁ」

軽く落ち込んだように小さく溜息をつくみゆきの隣に腰かけ、有希もまた、仲間たちにからかわれる将とイリオンへと視線を向ける。

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正直なところ、有希としては複雑な心境だ。

みゆきの将への想いは痛いほどよく分かっているし、できれば応援してあげたいとも、その恋が叶ってほしいとも思っている。かといって、別にイリオンが嫌いと言うわけではない。むしろ、知り合って僅かな時間とは言え、聡明かつ周囲によく気の配れるイリオンの気質を、有希は非常に好ましく感じている。

将がドイツでリハビリをしていた時、彼から度々送られて来た手紙には、慣れない海外での生活でいかに彼女の明るさに支えられたかが綴られていた。何より、同じサッカー選手を兄に持つ妹同士、話が合う。

来日当初は将から「頼りになる」と紹介され、イリオンから嫉妬の篭った眼差しを向けられたりもしたが、将と有希の双方にそういった感情がないと知るや、異性にはできない悩みや相談を度々してくるようになった。

最近では「ショウのために、何かできる事は無いか」と相談を受け、リハビリ中の彼を支えた経験から、スポーツ医学の道を示した所、どうやら真剣にそちらの道に進むことを考えているようだ。

明るくて人懐っこくて献身的で、何よりルックスも性格も可愛らしい。

「ホンット、カザにはもったいないわね〜」と零した有希に、真っ赤になって照れていた姿は、思い出すだけで自分のほうが恥かしくなる。

しかも、どうやら将のほうもイリオンに対し、友人以上の感情を抱いている事は分かる。

例えばイリオンが自分たち女性陣と話している時、その輪の外から彼女の姿を追っていたり、他の男性から話しかけられて楽しそうにしていると、何となく面白く無さそうな表情をしたり、などなど。

ハッキリと彼女への想いを聞いた事は無いが、惹かれていると言う事は間違いないだろう。

だからこそ、みゆきの事を思うと、なんとも言えない居心地の悪さを感じてしまう。

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「あ〜、みゆきちゃんはみんなのとこ、行かないの?」

言った後で後悔した。

みんなとはつまり、今目の前で将とイリオンの二人をからかっている連中の事を指す。

そんな場所にみゆきを促したところで、彼女にとって辛いだけだ。

「え、と。みなさんとはさっき、いろいろとお話しましたから」

「あ、そ、そうなんだ」

それっきり会話が途切れ、さらに微妙な雰囲気になる。

視線を辺りに泳がせれば、高井や森長らは相変わらず将たちと一緒にいる。

その少し離れたところで、水野とシゲが、前者は苦笑を浮かべ、後者は面白そうに、その光景を眺めていた。と、その二人と目があい、どうにか助け舟をだすが、こちらの雰囲気まで伝わってしまったのか、あっさりと視線を逸らされる。

(頼りにならない連中ねっ!!)

内心で憤りを覚えつつも、シゲはともかく、水野は恋愛に関しては非常に淡白だ。

直接的な助けにはならんだろうと思うようにして、心を鎮めることに成功する。

「? あの、有希先輩。どうかしましたか?」

「えっ、あぁ、いや、なんでもないなんでもない」

「そう、ですか」

どこか不自然な様子に釈然をしないものを覚えつつも、根が素直で思慮深いみゆきはそれ以上の追及をしてこない。

「でも、本当によかったですよね」

「えっ!?」

「風祭先輩が、また、自由にサッカーができるようになって」

「あ、ああ。そっちのほうね。ま、確かにね」

先ほどまで、将とイリオンとみゆきの三角関係について考えていたために、どうにも思考が恋愛へと傾いていたようだ。が、将が再びピッチに立てる事を純粋に喜んでいるみゆきの笑顔で、少しだけいつもの自分に軌道修正できた。

「梅雨や寒い時期になると少し痛むらしいけど、それは仕方ないわね。また立って歩けるようになっただけでも奇跡なのに、その上サッカー選手としても再起出来たんだから。これ以上何かを望んだら、それこそバチが当たるわよ」

「はい。痛いのは嫌でしょうけど、風祭先輩にとっては、サッカーが出来ない方が、きっと痛くて苦しいでしょうから……」

小さく囁くように「心が」と言うみゆきの言葉に、「そうね」と返す有希。

不意に訪れた無言の時。だが、今度は先ほどのような居心地の悪さは感じなかった。

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「あ、そうだ。小島先輩にお伝えしておかなきゃいけないことがあったんです」

「ん、何?」

「実は私、風祭先輩に告白したんです」

「へぇ〜、告白……って、告白っ!!!?」

「ちょっ、声が大きいですよ先輩っ!!」

完全に予想の範囲の斜め上の更に外から降って湧いた内容に、思わず吹き出し声を荒げてしまった。

みゆきに注意され、何とか表面上だけでも気持ちを落ち着ける。幸い、周囲で聞いている者はいなかった。

「コホン、で、あ〜……一体何時?」

「あ、今日です。今日の夕方、その、学校で……」

恥かしいのか、どんどん尻すぼみになる声を逃さず聞きとめ、そういえば後片付けの時、いつの間にか二人の姿が見えなかった事を思い出し、「なるほど、あの時か」と合点がいった。

「で、結果は聞いてもいいの、かな?」

「あ、はい。むしろ是非。小島先輩には中学の時から、いろいろと相談に乗ってもらったりしましたから、きちんと知っていて欲しかったんです」

相変わらず義理堅い、優等生発言のみゆきだが、これが嫌味にならないのは彼女の美徳だろう。

興味津々と言ってしまえは聞こえは悪いが、有希自身、年頃の女の子。目下、現在の所は現役Jリーガーの兄一筋だが、その手の話題は気にならない筈も無い。

「結果から言ってしまえば、ふられちゃったんですけどね」

そう言って力なく微笑むみゆきだったが、発せられた言葉にはどこかスッキリしたようなニュアンスが感じられた。

その事を有希が指摘すると、「自分でもちょっと驚いてます」と、みゆきは素直にそれを認めた。

「なんとなくなんですけど、私の風祭先輩への気持ちは、確かに好きって想いはありましたが、でもそれはどちらかと言うと『憧れ』に近い好きだったんじゃないかって思うんです。私なんて、ちっちゃくて、特に勉強やスポーツが出来るわけでもない、本当に平凡な女の子じゃないですか」

「そんなことはない」と言おうとして、有希はやめた。今は議論の場ではなく、彼女の話を聞く場面であったからだ。

有希が続きを促すと、みゆきは小さくコクリと肯く。

「そんな私にとって、何事にも一所懸命で、常に前だけを向いて走り続ける先輩の姿はとても輝いていました。水野先輩のようにスマートでもなければ、佐藤……じゃなかった、藤村先輩のように派手でもない。でも、だからこそ憧れたんです。諦めず努力すれば、きっと夢は叶うんだって」

将を通じて、夢を持つ事の素晴らしさ。それを叶えるために努力する苦しさと充実感。そして、叶えたときの達成感を教えられたとみゆきは言う。

「いつしか、風祭先輩が好きって気持ちよりも、風祭先輩みたいになりたいと思うようになっていたんです。もちろん、好きって気持ちはありましたし、今でも持ってます。だから告白だってしたんですし。ふられちゃいましたけどね。でも、それ以上に今の私にとって先輩は、目標であり、尊敬できる存在なんです。だから断わられても、思ってたほどショックは受けませんでした。むしろ、きちんと想いを伝えた事で自分の気持ちに一区切りつける事が出来て、改めて『尊敬する先輩』という気持ちになれたんだと思います」

そう言って再び見せたみゆきの笑顔に有希は、先ほどまでは無かった憂いのようなものが込められており、測らずともドキリとさせられてしまった。

聞けば、みゆきの告白に将は、最初は驚きを隠せなかったものの、慌てず騒がず、それはそれは真摯かつ丁寧に対応したそうな。それを聞いた有希は、例え実らなかったにしても、みゆきがいい初恋を経験出来た事や、水野やシゲ、天城らといった友人に囲まれながら、一丁前の男としてきちんと大切な後輩に接する事が出来た将の姿に、何とも言えない充実感を得ていた。

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「じゃあ、みゆきちゃんもこれからは、もっともっと頑張らないとね」

「えっ、何をですか?」

「当然、カザがみゆきちゃんをフッた事を後悔するくらい、いい女になるためによ!!」

「ええっ!? そ、そんな、私は別に……。そ、それよりも、小島先輩のほうはどうなんですか?」

「へっ、あたし?」

「はい。とりあえず、私の方は一段落つきましたから。今までのお礼も込めて、私に出来る事があれば力になりますよ」

「ありがと。ま、今のところそういった話はないから、気持ちだけ受け取っておくわ」

その言葉にみゆきは、「そうですか」と少し残念そうに応えつつ、スッカリ冷たくなってしまったおでんを一気に頬張る。

そして「おかわりを貰ってきます」と言って立ち上がり、少し歩いたところで振り返った。

「でも、本当に遠慮なんてしないでくださいね。あと、藤代さんが浮気をしようものなら、すぐにご連絡いたしますので、安心してください」

「ちょっ!! みゆきちゃん、何をっ!?」

慌てて声をかけるが、時既に遅し。みゆきはおかわりを貰い、そのまま他の女子部員のところへと行ってしまった。

実は有希が日本を離れる際、武蔵野森の藤代から携帯電話のメールアドレスを交換してくれと言われ、ちょくちょく近況を交換し合っていた。

その事は誰にも伝えていなかったし、藤代自身にも厳重に釘を刺しておいた。

帰国してすぐ高井と森長に教えた所、とても驚いていた事から本当に知らなかったのだと言う事が分かる。

その後、二人には藤代同様に固く釘を刺しておいた。

中学時代、彼女とともにサッカー部で活動した高井と森長には、その有希を怒らせた時の恐ろしさは骨身に染みて分かっている。故に、それを漏らすなどと言う命知らずな真似はすまい。

水野やシゲは、知っていてもいちいち吹聴するような人間じゃないし、そもそも藤代とみゆきの繋がりが想像出来ない。

ちなみに有希自身は藤代に対し、「サッカーのうまい友人」以上の感情はまったくない。

げに怖ろしきは、女のカンとでも言うべきか。

「大人しい子に限って、無自覚に爆弾落としていくのよね……。ホント、何で知ってるのよ」

力なく呟いた有希の視線の先では、イリオンとともに朗らかに微笑むみゆきの姿があった。

そこにはもう、何ら複雑な感情は見られない。むしろ、将の方が居心地悪げにちらちらと二人の様子を窺っていた。

「恋する女の子って、強いわ〜」

何となく、女として後輩に置いて行かれた様な、嬉しくも切ないそんな声が、夕闇の迫った夜空に消えた。

説明
懐かしシリーズ、第五弾(笑)。
WJに掲載されていたサッカー漫画『ホイッスル!』の二次創作アフターストーリーです。
例の如く、本編終了後に勢いで書いて、最近になってコミック文庫を読み直して加筆修正した作品です。
作中の矛盾点は、うまく脳内保管してお読み下さい。

ヒロインの位置にいるのは「イリオン・クリーク」ですが、彼女の事は、コミック文庫で読む前から「いいな」って思ってました。
彼女を含めたお話を描いて下さった樋口大輔先生に、心よりの感謝を!

ただ個人的に、将にはドイツ・ブンデスのクラブチームに所属していて欲しかったなって思いました。
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