機械道ドリームパニック |
私は、私を殺そうとするその大顎に魅せられていた。
機械虫モーター・パニッシャーが、バルクアームのコックピットへと喰らいついている。
その身体は、すでに頭部しか残っていない。
弓なりに曲がったハサミがきしむ。自身の力に耐えきれず、すこしずつ崩壊していく。
それでもまだ、喰らいつくことをやめない。
(私も、こんなふうになりたい)
恐怖は感じなかった。ただ、身が焼けるような羨望だけがあった。
その日から、私は望みをかなえることしか考えられなくなった。
***
「またいそがしい仕事だな。」
モーター・パニッシャーは、戦場のなんでも屋だ。
主戦力であるボルトレックス級の僚機、偵察や警備、果てはタクシーまで。
使い勝手のよさから、どこへでも連れていかれるし、なんでもやらされる。
「偵察して仮拠点を設立。基地へもどってエクスアーマーを輸送。
その後、正面から突撃するロード・インパルス部隊と合流ってひとりで何役だ?」
「べつにことわってもいい。きみは働きすぎだし、えらぶ仕事も過酷だ。」
ハイブの言葉に、ビートルは首を横にふった。
「やるに決まってるだろ。かなり危険そうな仕事だしな。金を払ってでもやりたい。
つーかさ、文句を言ったわけじゃないってわかってるだろ、ハイブ。」
ビートルは、いつもの日常が流れていると思っていた。
穏やかな空気。仕事の確認をしながら、軽口を叩き合っているだけ。
しかし、ちがった。ハイブの心には、もう限界がきていた。
「きみが心配なんだ。もう引退して平和にすごさないか、レナ。」
ビートルが望んで捨てた名を、ハイブが口にする。
それを聞いたビートルは突然、それまでの穏やかな態度を一変させた。
舌打ちし、つまらなさそうに濁った眼でハイブを射抜く。
「あ?」
ビートルの声色には、思いやりが一切ない。むきだしの殺気がハイブへと刺さっていた。
「ビートルだっつってんだろ?
もしかして頭がねえのか?
じゃあ首の上についてるソレ蹴っても大丈夫だよな?
頭じゃねえもんな?」
「このまま無茶な戦いをつづければ、きみは死ぬ。
それも普通の死にかたじゃない。暴力と苦痛にまみれた死だ。
社長であるぼくが死ねば、他の社員たちが黙っていない。
きみは大勢のヘキサギアにおそわれ、死ぬことになるな?」
殺気をうけてなお、ハイブは謝らない。それどころか、ビートルを脅してくる。
ビートルとおなじように、ハイブの眼も濁っていた。
二人とも、もう相手の心に寄り添うつもりがないのだった。
ただ、みずからの望みだけをかなえようとしている。
「俺はな、戦いたいんだよ、ハイブ。
いいぜ?テメーがふざけたことを言いつづけてくれるのなら、それだけイラつきが増す。
そんなにイラつくヤツに喰らいついて死ぬのは・・・きっと気分がいい。」
ハイブが、うちのめされたような顔になる。
ビートルの言葉は本気だった。本気で死んでもいいと思っている。
幼いころからビートルを知るハイブには、それがよくわかった。
「ぼくは両親からきみを託された。守りたいんだよ、レナ。」
「死ね。」
ハイブの頭めがけて、ビートルの脚が鎌のようにふるわれる。
横なぎの一閃は、剣によって止められた。
バイブレーションソード。振動によって敵を削り斬るポーンA1の主力装備のひとつ。
「お戯れがすぎますね、レナ様。」
剣を手にあらわれたのは、ライトアーマーをまとった騎士。
バイブレーションソードが起動し、ビートルの脚が斬りおとされる。
つづけざまにくりだされる剣によって、またたく間にビートルは四肢を失くした。
「・・・ルシア。テメェ、どこに隠れてやがった。」
「いつだってそばにいますよ?主君をお守りするのは、騎士のつとめですから。」
ビートルに痛みはなかった。四肢の断面にみえるのは、壊れた機械部品だけ。
肉体はもうほとんど残っていない。望んだものになるために、そう変えてきた。
もはや機械化は最後の一線・・・情報体になるか、ならないかというところまで進んでいる。
「レナ。きみはガバナーとなり、崩壊した会社を救ってくれた。
けど、もういいんだ。ぼくらのビーハイブ社には、ルシアのような優秀なガバナーがたくさんいる。
ビートルからレナにもどる時がきたんだよ。」
四肢を失くしたビートルは、なおもハイブに喰らいつこうともがく。
しかし、届かない。むしろ、反動で遠ざかっていく。
ハイブの宣告を、ただ聞きつづけることしかできなかった。
「この仕事が最後だ。終わったら、きみの身体は非戦闘用のものへと換装する。
きみが戦いを望んでいることはわかるよ。それでも・・・家族として、これ以上死に急ぐことは許さない。」
***
身体を修理されたビートルは、第一格納庫へと歩いていた。
一定の間合いをたもって、ルシアがついてくる。あからさまな監視だった。
ビートルがなにか不審なことをたくらめば、さきほどのように止めるつもりだろう。
次にむかう戦場にも、もう手が回されているだろう。最後の仕事は、きっと安全でつまらないものになる。
広大な格納庫には、ビーハイブ社のヘキサギアたちがいた。
有象無象。ヘテロドックスらしいふざけた機体だらけだった。かたわらには、換装用の武装が置かれている。
そのなかの一機、モーター・パニッシャーが瞳のランプを灯した。
鋭利な四脚で、ビートルへと寄り添ってくる。
ビートルの愛機。ホープと名づけられたモーター・パニッシャーだ。
『だいじょうぶ?ビートル、なんだかつらそうだよ。』
「平気じゃない。ホープ、直接つなげてくれ。」
『・・・わかった、すこし待ってね。』
耳障りな機械音をたて、ホープの頭部が回転する。背面の操作端末が、ビートルへと向けられた。
ビートルの義手がコネクターへと変形し、端末へと突き刺される。
ぐらりと世界が揺れるような感覚がして、ビートルとホープの思考がつながった。
(ハイブが裏切った。ルシアもふくめて、ビーハイブ社は敵だ。
全員が、俺を閉じこめて飼い殺そうとしてる。)
(ほんとうにつらい状況だね。
それで、どうするつもりなの?)
(逃げて終わるとは思えねー。
ハイブはどこまでも追ってきて、俺を邪魔するだろう。
ヤツのことは嫌いじゃない。しかし、俺から望みを奪うというのなら。)
ビートルがコネクターを引きぬき、ホープとの接続を断った。
ホープがまた頭部を回転させる。もとの位置へもどすような動作だが、ちがった。
頭部は回りつづける。そうして、大顎のグレネードランチャーがルシアへとむけられた。
「・・・消えてもらうしかねーな、この世から。」
グレネードは即座に発射された。床にぶつかって、大きな爆発が起こる。
***
(こんなに早く、ろくに準備もせずにしかけてくるか。)
ルシアは、爆発をかわしていた。
ケツァールに連なる強化兵士であるルシアには、すぐれた感知能力がある。
いちはやくホープが射撃をこころみていることに気づき、回避動作をとっていたのだった。
爆炎にかくれ、ルシアがヘキサギアへと乗りこむ。
コッカジョー。レイブレードとブースターを複数そなえた高速格闘機体。
コストと汎用性を度外視し作られた、敵を斬るためだけのスーパービルド。
その戦闘能力はモーター・パニッシャーをはるかに上回る。
ルシアはすぐさまスモークミサイルをばらまいた。格納庫に白煙が充満していき、視界が奪われる。
(わたしは、他の鶏騎士とはちがう。正々堂々とした馬鹿な戦いはしない。
どんなに汚い手を使おうとも、主君の望みをかなえるだけ。
・・・戦士ビートル。殺しはしないが、二度と戦えない体になってもらう!)
ルシアには、標的の位置がわかっていた。耳にざらつく機械音。ビートルとホープでまちがいない。
煙にかくれて、コッカジョーが忍び寄る。
ブースターとブレードを起動し、不意討とうとしたその時、
――トンッ。トントントントントントントントントンッ。
と、空気のぬけるような音がした。
ルシアには、それがグレネードの発射音だとすぐわかった。しかし、数が尋常ではない。
(馬鹿な。モーター・パニッシャーの砲門はふたつ、これだけの連射は数が合わない。
い、いや、そうではない!!すぐに回避しなくては!音で軌道はわかる、このまま前へ抜けて・・・!)
ルシアの操作技術は巧みだった。弾幕のわずかな隙間へと、コッカジョーをすべりこませる。
だが、それがまずかった。すぐれた能力が、逆にルシアを敗北へとみちびいた。
隣をぬけていくグレネードから、カチリという音がした。つづいて響く、いくつもの爆発音。
いっせいにひろがった爆炎が、ルシアたちを焼きつくした。
***
煙が晴れる。
あらわれたのは、重厚な鎧をまとったモーター・パニッシャー。
数多のグレネードランチャーと装甲が、コックピットを覆うようにつけられている。
煙に乗じて行動していたのは、ルシアだけではなかった。ビートルもまた、ホープの姿をかえていたのだ。
かわったのは、連射力だけではない。はなたれた弾丸も、初撃とはちがうものだ。
モーター・パニッシャーの弾倉には、何種類もの弾丸を装填しておくことができる。
一発目は、着弾によって爆発する着発式を。二発目以降は、電子制御で空中爆発するエアバースト弾を。
二つの姿をつかって、ビートルはルシアを罠にはめたのだった。
勝利したが、まだ終わっていない。騒ぎをききつけて、すぐに他の社員がやってくるだろう。
新たなる敵に対応するべく、ビートルはまたホープの姿をかえていった。
次に戦うヘキサギアがなんなのか、ビートルには予測がついている。
会社にいるヘキサギアのことは、すべて把握している。
それぞれがどんな風に戦ってきたのか。なにが好きで、なにが嫌いなのか、深く知っている。
みな、ビートルの戦友だった。
***
「きみはほんとうにすごいね、レナ。」
こわれきった街。その中心にビートルとハイブはいた。
すでに決着はついていた。
ホープのグラップルブレードが、ハイブを押さえていた。すこしでも力を強めれば殺せる。
「テメーは甘かったな、ハイブ。
最初に俺をたおしたとき、そのまま閉じこめちまうべきだった。」
「できなかったんだよ。いざとなると、決心がにぶった。」
「・・・テメーの甘さにひかれて、大勢があつまってきた。だから、ビーハイブ社は大きく育った。
テメーのやりかたは、これまで最善の結果をもたらしてきた。
だが、その甘さを俺にだけはふりかざすべきじゃなかった。
俺のことだけは、ほうっておくべきだった。
ほうっておいてほしかったんだよ、ハイブ。」
ビートルが合図をおくると、グラップルブレードが動いた。急所をきれいに一突きする。
苦しむ間もなく、ハイブは死んだ。
ビートルは、しばらく立ちつくしていた。眼には、赤く染まったハイブがうつっている。
ホープには、ビートルが平気でないことがわかった。傷つき、苦しんでいるのだろうと感じた。
しかし同時に、またひとつ望みに近づいたのだろうとも思った。
敵意に満ちた戦いこそが、ビートルのすべてなのだ。
これからも望みをかなえるために、ビートルは望んで多くのものを失くしていく。
その苛烈な生についていける人は、きっと誰もいない。
ビートルがおぼつかない足取りで歩きだす。
モーター・パニッシャーは、寄り添うようにビートルへとついていった。
ビートルが心を失くし、誰とも手を繋げなくっても、この機械は主のそばに立つのだろう。
機械たちだけが、人でない道を歩むビートルへとついていけるのだった。
エアフローターの駆動音が響く。一人と一機の姿は、すぐに雲にかくれてみえなくなった。
?Machine road dream panic? closed.
説明 | ||
レナは、戦う機械になりたかった。 あたたかな絆を引き殺して、血濡れた夢がつき進む。 たとえすべてを失くしても、望むことは止められない。 ※コトブキヤ様のコンテンツ『ヘキサギア』の二次創作です。 |
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