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新地球歴二九年 一一月二日 一九二一時
ノイエントランス
ノイエントランス。それは地球へ移民した惑星Zi人が開拓した都市の一つであった。
帝国の領地に属するその都市は河口の三角州を中核としている。そして輸送手段が限られた新地球歴の文明において、河川交易と沿岸輸送の拠点としての役目を持った。
国力に劣る帝国の財産として、この都市にも小規模だが防衛部隊が配備されている。そのはずであった。だが――。
夕闇の中に黒煙を上げる都市があった。
Y字に分かれる河の中州でありながら、橋を落としたその街こそノイエントランスである。
厳密には中州の外、河の両側にも外縁部が存在するのだが、すでにそこは蹂躙され尽くしている。残る中州上の中心部も、沿岸からの砲撃で建物の倒壊が目立つ始末だ。
今上がっている黒煙も、つい先程まで続いていた砲撃の被害である。そして砲弾が止んだ今、身を潜めていたノイエントランスの守備隊が姿を現し始める。
『エウロパ隊長! 敵軍が渡河を開始しようとしています!』
『迎撃……開始っ!』
廃墟に身を隠していたゾイド部隊に指示を飛ばすのは、中州の中央に立てられた市庁舎に陣取る守備隊司令部だ。持ち込まれた通信機器に囲まれつつ、周囲を見渡せる時計台から守備隊の隊長であるエウロパ少尉が声を飛ばす。
まだ若い、20代にも満たないのではないかという顔立ち。彼女が見下ろす廃墟の前線では守備隊のゾイドが動き出す。
『ホイラー了解、アンキロックス小隊は敵上陸が予想される地点に展開』
『テレンス了解! パキケドス小隊は敵の展開に即応します!』
出現するのは二種類の中型ゾイドだ。
甲羅を背負い尾の先がハンマー状になったアンキロックス。
二足歩行恐竜様の姿を持ち、頭部に分厚い頭蓋を持ったパキケドス。
それぞれ武装も施された二種類のゾイド部隊は、分析装備も装備していた。その情報は司令部と、後方に備える部隊にも転送されている。
『アルブ隊、測距情報を受信。ガノンタス全機、砲撃を開始します』
ノイエントランス中央部に陣地を敷き、甲殻を解放したゾイドの集団がいた。ゾイド自身が備える砲機関を展開したそれは、守備隊ゾイド部隊最後の一隊であるガノンタス隊だ。
砲撃はすぐさま始まり、破壊された橋の跡へ破壊力が降り注ぐ。その炸裂は橋脚基部を伝ってノイエントランス中央部へと渡ろうとしていた小型ゾイド達の姿を照らし出し、すぐさま吹き飛ばしていった。
接近してくるのはヴェロキラプトル種の小型ゾイド達だが、その陣容はバイザーを装備した帝国軍仕様のラプトールや、全身に格闘戦用のエッジを備えた共和国仕様のラプトリアが入り交じっている。そしてどの機体も川の流れに洗われながら、薄汚れた姿を隠しきれない。
バルバロス。それがいまノイエントランスを襲っている組織の名だ。
彼らを構成するのは今地球に存在する二つの国から生じた脱走軍人達であり、彼らの武装は脱走時に「失敬」された資材だ。ゾイドもその中に含まれる。
世界の広さに対して国家が及ぼし得る力の不足から、自ら未開の世界へ向かった者達。しかし今彼らの一派が、生きる糧と安住の地を求めてこのノイエントランスに押し寄せてきている。
外縁部が落とされた今、ノイエントランス守備隊と避難した市民は中州に立てこもっている。対するバルバロス達は外縁部の食糧などを駆使して時間をかけて中州を落とそうとしていた。
この状況を解決する手段はエウロパ達守備隊が反撃に打って出るか、あるいは増援の帝国軍が来るか。
そして現状はどちらでもない。
『テレンスよりアルブ隊、敵ゾイド接近。砲撃は河の中央に集中されたし。これより水際では阻止戦闘を開始する』
降り注ぐ爆風を抜けて、ラプトールやラプトリアが中州に迫っている。さらにバルバロスを乗せたトレーラーを牽引したガブリゲーターも何機か爆風を抜けていた。
橋を落とすと同時に、中州沿岸には倒壊した建造物や割れた舗装を駆使して障害物が設置されている。そしてそれを盾に守備隊は迎撃を開始した。
二足歩行し射撃姿勢に余裕があるパキケドスと、守備隊の歩兵部隊がバルバロスの接近に対して攻撃を開始する。だが籠城し補給の見通しも立たない彼らの攻撃は散発的なものにならざるを得なかった。
「エウロパ、エウロパ! こちらスレッシュ。歩兵隊は目標を捉え交戦を開始する」
ゾイド部隊と共に展開した歩兵部隊の隊長が司令部へ報告を飛ばし、交戦を開始する。
指令を下すエウロパとのその補佐、パキケドス部隊、アンキロックス部隊、ガノンタス部隊、歩兵部隊ら各小隊。彼らが守備隊の全容だ。
一個中隊。だが指揮を下すエウロパも、各小隊長も若い。そしてなによりこの状況にもかかわらず彼らしか戦力はいないのだ。
上陸を迎撃する戦闘の中で、バルバロスはゾイドを前に立てて銃撃戦の中を押し進む。水中行動が出来るガブリゲーターは彼らにとっても貴重なのか退避に入り、歩兵を降ろしたトレーラーをラプトールが防壁として二体がかりで掲げて盾とした。バルバロスの頭を押さえようとする射撃はトレーラーに弾かれるばかりだ。
歩兵部隊は対ゾイド火器も装備していたが、それはより強力なゾイドに用いたい装備でもある。やむなくパキケドス隊が前に出た。
『お前達ぃ! やるよぉ!』
パキケドス隊を率いるテレンスは女だてらに鬨の声を上げ、トレーラーを掲げたラプトールに突っ込んだ。力任せにトレーラーを押し倒すテレンス機を、部下の二機が護衛して射撃を振りまく。
しかし数と敏捷性で勝るラプトールとラプトリアはすぐにトレーラーを廃棄してパキケドスを包囲。囲う側である彼らはアタックの回数に余裕がある。そして中型ゾイドであるパキケドスを減らすことが出来れば大金星だ。
「テレンス、トレーラーを排除できれば後は連携でどうにでもなる! 後退しホイラー隊と合流してくれ!」
『もちろんそうしたい……!』
飛びかかるラプトールを振り払い、三機のパキケドスは陣地に戻ろうとする。展開してはいないがバンプヘッドを叩きつけ、さらに蹴飛ばして敵を追い払いながら。
だがバルバロス側もパキケドスを撃破しようと、手近な機体は胴や脚に飛びついて動きを止めようとする。部隊に含まれるラプトリア型はエヴォブラストの刃を展開してパキケドスの動きが鈍るのを待っていた。
陣地に残っていたアンキロックスと歩兵部隊の支援を受けながら、パキケドス隊は周囲に牽制しつつ陣地に戻ってくる。だが最後尾となった3号機が脚に飛びつかれた。
『ぐわっ……!』
転倒するパキケドス3号機。そしてその機体の影にラプトールが隠れ、陣地からの射撃で排除できない。
『メッツェー! 敵を振り払え!』
陣地に戻ったテレンスが呼びかけるが、3号機の動作はおぼつかない。組み付いてきた敵に加え、周囲の相手へ尾を振りかざして牽制も続けなければならないからだ。
『くっそぉ――! 来るなぁぁぁ!』
3号機ライダーは叫ぶ。バルバロスの歩兵は陣地からの射撃で食い止められるがラプトリアは接近している。歩兵陣地では虎の子の対ゾイドロケットランチャーが用意され始めるが、
『ノイエントランスを攻撃する武装勢力に告ぐ。こちらは帝国軍』
突如響いた声はスピーカーで増強されたものであった。中州の横を流れる河の下流から、男の声と共に三つの影が遡上してきている。
『帝国臣民と資産への略奪ないし破壊行動を帝国軍が容認することは決して無い。大人しく投降するように。
なおこの警告を持って帝国軍は貴様らへの排除行動を開始するのであしからず』
形式的なようでどこか砕けた警告の後、遡上してくる影からは連続射撃が飛んだ。夜目にも鮮やかな光弾はラプトール達の装甲ではじけ飛び、骨格に突き刺さったものは赤熱をもって威力を示す。
速射レーザー兵器による掃射だ。帝国軍でもようやく地上に生産拠点を設けられた新造兵器である。
河の流れを切り裂いて接近してくるのは帝国軍の新鋭武装ゾイド、バズートルの小隊だった。レーザーは対空兵器として搭載されているものだが、小型ゾイド相手の掃射ならば十分に有効だ。
光弾が襲う上陸地点で、形勢不利と見たかバルバロスの軍勢は踵を返す。トレーラーを牽引するガブリゲーターは撤退してしまったため、歩兵達はラプトール達にしがみついて撤退するしかない。
「取り残された敵歩兵は確実に拘束しろ! 避難民を人質にでもされたら大事だ!」
追撃もそこそこに、歩兵部隊長のスレッシュは取り残された敵への注意を促す。そこへ、増援として現われたバズートル達が上陸してきた。
『お邪魔するぜ』
Z・Oバイザーの取り付けを前提とした角張った頭部装甲がスレッシュ達を真正面に見据える。武装を満載した甲羅の下から短い足を出して陸に上がるその姿は、物資を載せた輸送筒を尾で牽引していた。
『ノイエントランス守備隊、こちらは帝国軍本隊からの増援だ。
第五軍即応師団駆逐ゾイド大隊所属……1512小隊だ。ノイエントランス守備隊に合流し、支援と増援部隊との連絡仲介の任を受けている』
そう宣言しつつ、ライダーはバズートルを陣地に進めていく。その背後で取り残されたバルバロスの歩兵が隙を窺って逃走しようとするのが陣地からは見えるが、
『小隊長は俺、ダニエル・キリング曹長。これより守備隊の指揮下に入るので中隊長にお目にかかりたいが……と?』
背後の気配に気づいたか、声を上げるキリングのバズートルは身震いし輸送筒を振り回した。逃げ去ろうとしたバルバロス兵が直撃を受けて吹っ飛び、河の中程に着水する。
『――まあ見ての通り支援物資も持ってきている。早いとこ着任を済ましたいが、どう?』
堂々たる姿で陣地からの光に照らされる三体のバズートルに、守備隊からは様々な視線が送られる。大別して頼もしさと、頼りなさの二つが。
「守備隊長のエウロパ・オキュラス少尉です……。
こんな時ですが、ノイエントランスへようこそ」
ノイエントランス中央市庁舎の時計台の下……市庁舎ロビーに作られた守備隊司令部に中隊長エウロパの姿はあった。
ひどく疲労していたが、二〇代前半という少尉階級としても若い容姿がエウロパの姿だった。キリングと部下達、そして案内してきたスレッシュを前にしても怠さを取り繕うともしない姿は、籠城の過酷さと同時に人付き合いの経験の少なさを感じさせるものだ。
地球に移民した惑星Zi人は地球大気圏下で生まれた世代でなければ外気呼吸に機器の補助が必要となるため、現場の兵ほど階級に比べて若い者が起用される傾向はある。しかしすでにおかしな点はいくつかあった。
「よろしくどうぞ。
……しかし、少尉殿? 守備隊は中隊規模と伺ってますが?」
二〇代半ばから後半という容姿のキリングは握手をしつつ首を傾げていた。
中隊長を務める階級は中尉から大尉にかけてだ。さらにキリング達をここまで案内した歩兵小隊長のスレッシュも少尉だと名乗っている。
「――第二世代はどの分野でも人手不足ですから。地方の守備隊ともなればこんなものですよ」
「なるほど。お二人はもしかして同期で?」
「……そうだ。そして二人ともこのノイエントランス出身だ」
キリングに問われ、スレッシュも苦々しげに応じる。それを聞いてキリングは腕を組みしみじみと頷いた。
「なるほど、包囲下の守備隊と合流するなんてアクロバティックな命令が出るわけだ。
ま、現在うちの師団がバルバロスと名乗る集団をさらに包囲して殲滅しつつあるので皆々様はご安心して下さいませませ。我々のゾイドは強力だし、師団から物資の補給も定期的に行われる予定ですよと」
「新型のマシンブラスト完全対応型ゾイドが三機でしたか……。部下のお二人の名前は?」
「はっ、トランパ・コイル伍長であります」
キリングの部下のうち、一つ結びの長髪の女性が応じる。キリングに続くバズートル二号車のライダーだ。
「クラップ・ハイマン伍長でありまぁす」
眠たげな男の方はそう名乗った。バズートル三号車のライダーだ。
「……わかりました、支援に感謝します。以後は私達の守備隊の指揮下に入って下さい。
えー現在守備隊はノイエントランス中央部の治安維持のために現地警察組織なども指揮下に加えており臨時の指揮系を取っていますので、その辺りの把握はそこのホワイトボードを……」
息も絶え絶えなエウロパが指す会議用ホワイトボードには、司令部麾下の部隊や組織が木の根の様に記されている。主要なゾイド部隊と歩兵小隊は後から記されたもので、大部分は避難民の治安や衛生環境に類するものなどだ。
「物資班、調理班……。ゾイドの整備にあたる部署が無いようですが?」
「我が守備隊に常設の整備班は元々存在していません。ひとまず、ライダーが自分で面倒を見る方向でお願いします……」
「ははあ、いろんな部隊を回らなきゃならん整備部隊がいるとは聞いていたけれどそういうことか……」
エウロパ達の惨状に、キリングはなにか合点した様子だった。そして野戦服の胸元を叩き、
「ま、我が小隊の自己完結力は充分でありますので基本、お構いなく。
配置は現地部隊との相談で決めてよろし?」
「適当にやって下さい……」
げっそり、と言うほか無い様子でエウロパは地図や書類が広げられた折りたたみ机に突っ伏す。その様子に肩をすくめ、キリングは振り向いた。
「んじゃます手始めに、トランパ、クラップ、輸送筒を切り離して物資を守備隊に引き渡すぞ。
スレッシュ少尉、大方人員が一番多い歩兵小隊が物資の搬入先や管理を任されてるんでしょう? 弾薬と食糧それぞれありますんで指示よろしく」
「あ、ああ……慣れた感じだな?」
「うちの隊は国境地帯辺りでこういう武装組織事案にはよく関わるんで、ね。
お宅らはこういうのは初めて?」
「……そうだ」
階級では上ながら、エウロパ同様若いスレッシュは項垂れる。しかしキリングは気にした様子も無い。
「慣れてない方がフツーだから気にするこたない。
けれどどんな仕事でもキャリアを積みたいなら、嫌な思いをしたことが多い方がいいのがやんなることですな」
イタズラっぽく、しかし笑っていない目でキリングはスレッシュの肩を叩く。そしてその目をくしゃりと細め、
「物資第一弾は食い物重視だ。早く配れるように用意しましょうぜ――少尉殿」
付け加えるように呼びかけるキリングの笑みに、スレッシュは訝しげな目を向けながらも同意するしかない。
実際、キリング達が到着したことでバルバロスに相対するゾイド部隊に一つ余裕が生まれ、ローテーションを組むことが可能になった。アンキロックス隊のホイラーとパキケドス隊のテレンスはこれを喜んだ。
バズートルはガノンタスに似たカメ類のゾイドだが、
「バズートルは最大の火力を発揮するマシンブラスト時に操縦席が露出しない。非オープントップだ。
前線に近い位置で対ゾイド攻撃が可能だから格闘型ゾイドの代わりができるぜ。
逆にガノンタスみたいな曲射はできないけどな」
キリングは自信を込めてそう言って前衛のローテーションに加わっていった。
そしてその数時間後、スレッシュはあるものを目撃する。
避難民が集められた市庁舎ホールや市民体育館から離れたロータリー上。そこがゾイド部隊の駐機場所兼パイロット待機場所である。
市民の様子を見たスレッシュがそちらに寄ってみると、ホイラー達のアンキロックス隊がいる。ライダー三人の部隊だが、彼らはランタンを囲んで談笑していた。連日張り詰めた時間を過ごしてきたにも関わらず、すぐさま眠りもしていない。
「ホイラー軍曹、休めているか?」
スレッシュは呼びかける。ゾイド小隊の隊長達は尉官であるスレッシュよりは下の階級だが、年齢は高い。第二世代の範疇ではあるが。
「スレッシュ少尉! いやあ、ようやく一心地ついたって感じですよ」
ロータリーの縁石に腰掛けるホイラー達は手にした飲料缶を掲げた。それは帝国では著名なビールブランドのものだった。
しかし、アルコール類は分配上のトラブルや酩酊を避けて、籠城開始と同時に廃棄したはずのものだ。
「それは……」
「ああこれは……キリング曹長達が持ってきてくれたんです。そこの商店の冷蔵庫に電源を入れて、休憩中の隊員向けにって」
そう言ってホイラーと部下達が指さすのは、ロータリーそばの食料品店だった。すでに籠城のために食料品を徴発し引き払った店だが、缶飲料用のフリーザーが点灯しているのが外からでもわかる。
スレッシュが飛び込んでみれば、空になった店内で奥のフリーザーだけに輝くビール缶が並んでいる。それを見てスレッシュは直ちに敵を待ち受けるキリング隊の元に駆けつけた。
「キリング曹長! あのビールはなんだ! 搬入した物資の中にはあんなものは無かったぞ!」
それぞれのバズートル上から、通信端末で遠隔トランプゲームをしていたキリング達は駆けつけるスレッシュに視線を向ける。
「機体のトランクに分けて積んできたんだぜ!」
「だぜじゃない! あんなものを……酔って判断力を失ったら命取りだぞ!」
スレッシュはキリングのバズートルに詰め寄る。その足音にバズートルがちらと視線を向けるがキリングはさほど取り合わない。
「だから休憩スペースに置いたんだろ。ビールごときの度数なら一眠りする間に抜けるってもんだぜ」
「だがホイラー達は明らかに気が抜けていたぞ……」
「こんな状況だからってずーっとしかめっ面でいなきゃならない理由も無いだろう。ユーモアの無い奴ほどつまらない死に方をするぞ」
ケラケラと笑うキリングにスレッシュは歯噛みした。
「俺やエウロパの権限で取り上げることも出来るんだぞ……」
「もうホイラー隊は呑んじまったのに? 他の隊や……お前達の部下にがっかりされそうだな」
スレッシュの指摘もキリングは軽く躱して反撃してくる。言葉に詰まるスレッシュにキリングは視線を端末に戻しつつ、
「貰いもんなんだからありがたく受け取っておけばいいんだよ少尉殿。ちなみに弾薬の補給と合わせて後続も続々届く予定だ、お楽しみに。――あっ!」
気軽に言うキリングだが、突然緊迫した声を放った。スレッシュが目を向けると、キリングの部下である女性隊員がやはりバズートル上でガッツポーズしていた。
「ババかよそれ……。俺がドベだぁ」
落胆するキリング。その様子はすでにスレッシュとの会話を打ち切ったものだった。
キリングからの指摘を無視するわけにもいかないスレッシュは、無言のまま踵を返すしかない。部下達に酒があることも伝えなければ。
正直なところスレッシュはキリング達が持ち込んだ酒そのものへの問題はさほど感じていない。気になるのは……階級と役職で作られた指揮系統に、キリング達が物資を用いて割り込みはしないだろうかという一点だった。
新地球歴二九年 一一月三日 一一三一時
ノイエントランス市庁舎 臨時指揮所
守備隊指揮官エウロパの耳にも、キリング達の行動はすぐ聞こえてきた。総大将エウロパ、現場指揮官スレッシュという態勢のためであり、二人共この町で育った同輩だからでもあった。
部隊規模に見合わない軍人が、それも地元に配備されるような一段落ちた扱いがノイエントランス守備隊の実態だった。より大きな交易都市が存在するから、などの理由はエウロパ達も聞き及んでいる。
しかし、だからといって実際に軽んじたような扱いを受けて気持ちがいいわけもない。
「チクショー……司令部もバルバロスも舐めっぱなしにはさせねーわよ……」
レーションに入っていたコンビーフをかじってひとまずの昼食としながら、エウロパは一人管を巻く。だがそこへ外から爆音が飛び込んできた。
「何よまたなの!? スレッシュ!」
『敵からの砲撃だ! 渡河準備は見当たらない……。プレッシャーをかけてきてるんだろう』
「う〜……」
川岸のスレッシュからの報告に、エウロパも双眼鏡を手に対岸のバルバロス陣地を見た。
中州の自分達同様、建物越しに曲射砲を装備したゾイドがいるのだろう。砲煙がかすかに上がっているのが見える。
「プレッシャーね。確かに効いているわ……。アルブ隊ガノンタス、ワイルドブラストで反撃!」
コンビーフの残りを飲み下し、エウロパは無線に呼びかける。するとまだ回線が繋がっているスレッシュ達から何か話し声が混信しはじめていた。
「スレッシュ少尉、上申上申」
歩兵陣地の横で廃墟にバズートルを隠すキリングから、対岸を注視するスレッシュへ声が飛んだ。スレッシュが双眼鏡から視線を外すと、バズートルの装甲シェルが開きキリングがなにか端末を掲げている。
「部下が敵の砲撃布陣を割り出したぜ。バズートルのミサイルを精密誘導できる。俺達に攻撃させてくれ。
ワイルドブラスト砲撃を連続するとガノンタス隊に負荷がかかるぞ」
「ミサイル? ……そういえば装備していたか」
バズートルの側面装甲は二種類の異なるミサイルを運用できる武装ラックでもあった。
だがミサイルは有効な攻撃手段である一方で携行弾数が限られる。スレッシュはそれが気がかりだった。
「ミサイルは敵の渡河に対して使いたいが……」
「じゃあ撃たれっぱなしでいいってわけでもないだろ。迷ったなら指揮官殿に判断を仰いでくれ。俺達もそうしてるんだからさ」
スレッシュは言葉に詰まった。中州状にあるリソースの運用を最終的に決定できるのは指揮系統上エウロパなのは事実だ。キリングは至極真っ当なことを言っている。
どこか釈然としなかったが、スレッシュは再びエウロパとの回線に呼びかけた。
「……エウロパ、キリング隊が敵の砲撃の出所を割り出したと言っている。ミサイルで攻撃できるそうだがどうする?」
『バズートル隊が? う〜んミサイルかぁ……』
エウロパの判断は一呼吸を挟む。新人士官かつストレス環境下だ。いずれは乗り越えねばならぬことだが。
「……ミサイルも順次補給される予定ですよ〜……」
わざとらしく口元に手を当て、キリングが呼びかけてくる。だが焦れているという様子ではないその余裕に、スレッシュが抱く感情は複雑になっていく。
『――わかりました。アルブ隊攻撃中止、キリング隊、誘導弾攻撃をお願いします!』
「よっしゃ。じゃあ我々は前進するんでね、スレッシュ少尉。
トランパ! クラップ! 四一〇口径用意。対象C1、C2を俺がやる。トランパはC3、クラップはC4を照準!」
装甲シェルを閉じながらキリングは部下に呼びかけていく。そして廃墟から這いずり出たバズートルはスレッシュ達歩兵部隊が見守る中、岸辺へと前進していった。
敵の上陸を待ち受け、バズートル三機は扇状に展開していた。それぞれの掩体壕から姿を現したバズートルは路上で側面パネルを展開し、大型ミサイルのランチャーを対岸へと向ける。
『二号車準備良し』
『三号車準備よーし』
『了解、攻撃開始』
直後、猛烈な噴出音と共に四発のミサイルが対岸めがけ発射された。放物線軌道から確実に角度を変えていく四発は、煙を曳き敵の砲撃とすれ違い、そして廃墟の奥へ。
ややあって対岸で爆風が上がると、さらに数秒を遅れて爆発音が中州を揺さぶる。
『砲撃評価ぁー。……つっても測距と違って無理か』
『でも砲撃止みましたね』
『まあただじゃ済まないでしょ』
言葉を交わしつつ、キリング隊はバズートルのパネルを閉鎖していく。そして敵の砲撃は沈黙し、スレッシュの部下達が陣地の端から辺りを窺い始めた。
「……キリング曹長、やったのか?」
『まあ見ての通り。敵の砲撃ゾイドに直撃したかは不明だけど、仮に無事でも修理なり瓦礫から掘り出すなりするまで砲撃は無いんじゃない?』
応じつつ、キリング隊はまたそれぞれの持ち場に戻ってくる。口を引き結んでこちらに歩いてくるバズートルに、スレッシュ隊の歩兵達は安堵の表情を向けていた。
バルバロスの砲撃ゾイドを攻撃できたからか、日が傾くにつれて現われる渡河攻撃の予兆は見えなかった。
そして日が沈んでも待機し続けるスレッシュは、陣地の隣で仮眠を取るキリングを見る。
彼はこの守備隊の指揮系統を尊重した。酒を持ってきたのも隊員をねぎらうためだと言う。
「信用していいんだろうか……」
キリングはまたバズートルの装甲シェルを開け、主砲上の操縦席で仰向けになっている。一応休憩時間ではないので寝ているべきではないのだが、彼らが上げた戦果からしてみれば相応のことか。
部下達は沈黙するバズートルの横顔を眺めている。気性の荒い種だというが、Z・Oバイザーを装着した機体はキリング同様静かに寝息を立てているようだった。
と、そこに異なる陣地から走ってくる人影があった。見慣れぬ女性兵士は、確かキリングの部下の一方だ。
「お邪魔しまーす。キリング隊のトランパですー。
……たいちょ、隊長! 本隊から通信来てますよ! 起きろ! えい!」
一つ結びを揺らすトランパはバズートルを見上げると、眠るキリングへ足下の空き缶を放り投げる。脱力するような音を立てて缶がキリングの頭で跳ね返ると、彼はふがふがと鼻を鳴らしながら目を覚ます。
「資源ゴミは水曜だぜ……」
「いい年して寝ぼけんなーたいちょーコラー」
「あんだよトランパうるせえなあ……」
だらだらとしたやりとりの果てに、キリングは通信コンソールに手を伸ばす。そしてその会話はスレッシュ達の使う回線に入ってこない別のチャンネルのものだ。
「……よろしくどーぞ。交信終わり」
何度か相槌を打って、キリングは短い通話を終える。そして視線を巡らせてスレッシュを見つけると、
「少尉、明朝補給物資の第一陣が来ることになった。河下からガブリゲーター隊が牽引してくるから収容の手筈を整えてくれ」
「ああ、まあそれはいいが……。今の通信はキリング曹長達の本隊から?」
「いかにも」
こともなげにキリングは頷く。そんな様子にスレッシュは小さく顔をしかめた。
「通信はエウロパのいる司令部に回してほしいな」
「外からの連絡に絶望的な情報が混じってたりして一気に心折られたりしたら困るってもんだ。情報の毒味はこっちに任せな」
「それは……いいのか?」
「良かないさ。けどこんな状況だからな。
酒と同じだよ。今のあんたらに必要なのは余裕ってことさ」
そう言ってキリングはまた横になり、トランパは元の陣地に戻っていく。
やはり自分達の中にいる別の意思の持ち主だと、スレッシュはかすかなズレを感じずにはいられない。
だが彼らの存在がこの膠着に変化をもたらしているのも事実だ。それもおそらくは良い方向へと。
違和感と予感とを比べ、見極められるようになりたいと若きスレッシュは一人考える。
新地球歴二九年 一一月四日 〇四三二時
ノイエントランス 港湾部
久々に静かな夜は更け、やがて明け方が来る。避難民も休憩班も眠りこける中、帝国軍の救援物資受け入れは始まった。
ノイエントランス中州の河口側には沿岸と河川交易との中継地となる港がある。そこに守備隊長のエウロパと、物資収容のためにテレンス軍曹らパキケドス隊の三機が集合していた。
『〇五三一時……発光信号を確認』
朝日を背にして海上を見渡していたテレンスが機上から報告する。彼女のパキケドスの視線を辿れば、かすかな水面の反射に紛れてライトの点滅が見える。
「照明を点灯させて……」
エウロパがトランシーバーに呼びかければ、砲撃を警戒して落とされていた港湾部の照明が点けられる。搬入作業のためだが、その光によって水面に突き出された帝国軍の旗も明らかになった。
姿を現すのは武装を取り付けられたガブリゲーター。それも三機、キリング達のバズートル同様輸送筒を牽引している。
「バルバロスはスレッシュ達が見張っててくれるわ。搬入作業開始」
パキケドス側もサーチライトを点灯し、ガブリゲーターも民生ゾイド用のスロープへ向かう。上陸が始まると輸送筒がコンクリートを擦る音が辺りに響き渡った。
『物資お待ち遠さん。まず弾薬から陸揚げする』
ガブリゲーター隊の隊長がそう告げ、先に港に上がる部下を促していく。隊長機は最後まで残る流れだ。
しかしその時、バルバロスが展開する側の川岸から爆発音が響いた。反射的にエウロパは叫ぶ。
「敵襲――!」
咄嗟に部下が港湾の照明を落とす。そして続く爆発音は臨時司令部となっていた市庁舎の方角から響いた。
砲撃を避けるべく灯火管制を敷いていた時計塔が直撃を受けていた。倒壊が始まる中、スレッシュからの通信がエウロパに入る。
『エウロパ! 無事か!?』
「私は無事よ……物資受け取りに立ち会っていたから。
またバルバロスの砲撃ね? 敵の上陸の兆候は?」
崩れる時計塔を見上げながら、エウロパは敵と相対するスレッシュの視点を求める。時計塔を失ったことで今後はスレッシュと密な通信態勢が必要になるなと考えると、エウロパの表情は重苦しくなっていった。
『敵のガブリゲーターは動いているが、戦力を移動させる様子は無い。単独で……対岸に向かうようだ』
「あーそう来たかぁ……」
中州に存在するノイエントランス中央部にとって、両岸から包囲されることは致命的だ。当初は住民の避難と同時に付近の橋を破壊し、高所から監視で敵の渡河を警戒できたためこれは阻止できていた。
だが一方向からの攻撃を支えていた砲撃ゾイドに被害を受けたからだろうか。バルバロス達は川越しの戦闘で重要なガブリゲーターを危険にさらしてでも対岸を確保することにしたようだ。
「まずい……。キリング曹長! バズートルは水中戦も可能でしたね? 敵のガブリゲーターの行動を阻止できますか?」
『こちらキリング。可能ではあるが運動性では及ばないぞ。結局陸に上がるか浮上したところを射撃で叩くしかない』
『エウロパ隊長、対岸側に向かうならアンキロックス隊の方が若干早いです』
話を向けられたキリングが応じ、アンキロックス隊のホイラーが割り込む。さらに無線を傍受していたかガブリゲーター隊の隊長機も、
『我々は物資を引き渡したら撤収する。が……まあその最中に敵と鉢合わせしたら交戦せざるを得ないだろうな』
迂遠な言い方は、つまりは交戦する意志はあるということだ。エウロパは頭を下げる。
「すみません、よろしくお願いします……!
テレンス軍曹! 輸送筒の切り離しと仮搬入を急いで!
ホイラー隊は陣地転換! 敵ガブリゲーターが対岸に布陣するようなら阻止して!
正面陣地は引き続きキリング隊とスレッシュ隊が警戒を。テレンス隊は状況を見て移動させます!」
対応の大枠は定まり、エウロパの周囲で各部隊はすぐさま行動を開始していく。
しかし時計塔が崩れ去った空を見上げるエウロパの表情は、朝日が覗く天候とは逆に曇っている。
広い視界を失ってしまったのだ。新人士官であるエウロパにとってはあらゆる意味で手探りの指揮が始まる。
アンキロックス隊が移動していくのを見送りつつ、スレッシュは部隊と共に敵の正面からの攻撃を警戒し続けていた。隣にはやはりキリングのバズートルがいる。
「砲撃はあるが戦術を変えてきたということは、砲撃ゾイド自体は減っているのだな……?」
迂回しようとするガブリゲーターはスレッシュ達の陣地からは見えない。だがこの陣地には橋脚跡を伝って小型ゾイドも到達できるのだ。
現にスレッシュが横を見れば、バズートルのバイザーに走査線が走り暗視を行っている。首も巡らせ、そして、
『対岸に動きがある。小型ゾイドによる渡河を準備中だ。機種はラプトール系』
「……了解」
キリングからの報告を、スレッシュはさらにエウロパに伝える。そして同時にこの陣地での戦闘指揮の権限を得た。
『そっちは頼むわよスレッシュ! 迂回に対応した結果前が抜かれちゃシャレにならないわ』
指揮系統を再確立しながらエウロパはそう念を押してくる。神経質なエウロパの様子に、スレッシュは周りから見えないように小さく苦笑する。
しかしすぐに表情を引き締め、彼は指示を飛ばした。自分も笑っていられるのは今の内だ。
「キリング曹長、敵の渡河に対し攻撃を頼む」
『オーケイ少尉。トランパ、クラップ、対空レーザーで行くぞ』
スレッシュが見る前で、バズートルの装甲シェルに搭載されたA-Z対空レーザー砲が稼働する。
『敵が渡河を開始。こちらも射撃を開始する』
キリングの宣言と同時に、甲高いレーザー砲の連射音が響き渡った。そして薄明かりの中で橋脚跡に着弾の炎と煙が上がる。
しかし、一際明るく輝く着弾地点は吹き飛びもせずに留まり、さらにじりじりと前進しはじめた。
『……撃ち方やめ』
キリングの号令でレーザーの掃射が止まると、敵の姿は明らかとなる。
バルバロスはガノンタスの装甲シェルを二体がかりで掲げたラプトールで隊列を組み、半ば水に浸かりながら強行しつつある。
『なるほど対空レーザーじゃあれは抜けないわな。水に浸かってるから冷却もされるし……。スレッシュ少尉、攻撃をミサイルかワイルドブラストに切り替えたい』
「む……そうだな」
効果が無いならば仕方が無い。弾薬の補充もされた直後だ。出し惜しむ必要も無いだろうとスレッシュは考える。
「許可する。頼んだぞ、キリング曹長」
『どーも。キリング隊、ワイルドブラスト戦用意。全機マシンブラスト』
バズートルが動く。装甲シェルの前半分がヘッドギア状に頭部を覆うと背負っていた砲身が前方へ展開。三機が長大な砲を構えると、キリング機は射撃地点から移動を始めた。
『全機第二射撃地点より攻撃を開始。敵の盾を叩き割れ』
他の陣地に分散する二機も前進。そして低く身を構えたバズートルは改めて橋脚を伝う敵への攻撃を開始する。
大口径実弾砲の発砲はレーザーとは比べものにならない轟音と衝撃を伴った。一拍遅れて、敵のガノンタス装甲が爆発して飛び散る様にスレッシュの部下達は口笛と歓声を上げる。
浮き立つ部下に苦々しげな目を向けるスレッシュだが、この威力自体は感心するしかない。守備隊の直射砲は通常火器であり、これほどの直撃威力を発揮する武装はガノンタスのワイルドブラスト砲撃しかない。しかもそれは曲射砲撃なのだ。
爆煙を抜けさらなる盾持ちのラプトール隊が前進しようとしてくるが、キリング達は順に砲撃を繰り返し敵を前に出させない。やがて新たな盾が前に出ることはなくなり、
『撃ち方やめ。射撃態勢のまま警戒――』
キリングの指示が飛ぶ。しかしその途端、前進していたバズートル一機のそばで川面が破裂し、一機のガブリゲーターが飛び出してくる。
バイザーは無い。バルバロスの機体だ。
『こっちにも機体を残していたか。クラップ、今行く! トランパは橋脚を警戒し続けろ!』
「キリング曹長!」
ガブリゲーターもすでにワイルドブラスト状態だ。接近されたバズートル三号車が咆哮を上げて敵に向き直り、キリングのバズートル一号車もそちらへと突進していく。
この事件以来スレッシュ達は至近距離でのゾイド同士の格闘戦を何度も見てきた。だが最新型の、レーザーも含む武装を持ったゾイドの戦闘を間近に見るのは初めてのことだ。
甲高い叫びに、レーザーが弾ける火花。そしてその奥では敵への砲撃を再開するバズートル二号機。頼もしかったパワーも、目の前でこちらを巻き込みかねないままに振るわれれば恐れるしかない。
部下も首を竦めている。そしてガブリゲーターと二機のバズートルが吠えたける向こうで、ラプトールが残る装甲シェルを押し立てて押し寄せてきていた。
「き、キリング曹長! ラプトール共も来るぞ! トランパ伍長を下がらせて我々と連携を!」
『もちろんだがな! こっちもどうにかしねえと――』
キリングは応じながら、至近距離からのレーザーの連打と体当たりと食らいつきとでガブリゲーターを始末し川に投げ込んだ。そして徐々に後退してくるトランパ機と共に、三体共にスレッシュらの陣地前に集結。クラップ機は対空レーザーの一方を失っていた。
陣地の目前で始まる砲撃に、一度は盛り上がったスレッシュの部下達は怖じ気づくが、そんな中でスレッシュは檄を飛ばす。
「いつまで観客気分でいるつもりだ! 敵が来るぞ、攻撃準備!」
後退したバズートルはすでに砲身を折りたたみ、またレーザーの連射を放っている。その向こうからラプトールの群れは装甲シェルを押し立ててもうそこまで迫ってきていた。
「対ゾイドライフル班!」
一抱えはある巨大なライフルを手にした射撃手と観測手のペアが前に出る。レーザーの集中砲火で装甲シェルの裏に押しとどめられたラプトールが顔を出すのを待ち受ける構えだ。
『クラップ、レーザーを片方やられてるからお前がもう一度マシンブラストしろ。装甲シェルを突破するんだ』
『了解曹長』
スレッシュ達の眼前で再びバズートルの一機がマシンブラスト。装甲シェルを稼働させる金属音も間近なら、武装が定位置に収まり行われる排気も浴びるほどそばだ。
至近距離からの発砲。巻き上がる砂煙の彼方で装甲シェルが弾け飛ぶ。そして露わになるラプトール達へはレーザーの掃射が続き、スレッシュ隊の対ゾイドライフル班も攻撃に加わった。
完全に火力に向き合う形になったラプトール達だが、すでに中州に上陸したことで周囲の廃墟を遮蔽物に利用し始めていた。
『廃墟ごと吹っ飛ばすか……』
キリングはなにか過激なことを言い出している。しかしそこへ、スレッシュ達の背後からもゾイドの足音が接近していた。
『テレンス隊パキケドス、物資搬入を終え戦闘に参加します! 敵が接近しているようですが……』
「テレンス軍曹! 敵ラプトールはすでに中州上だ、パキケドスの格闘能力で敵を排除してくれ!」
駆けつけるテレンス隊に、スレッシュは振り向いた。そしてすぐさま指示を出せば、三機のパキケドスが陣地を飛び越えて前に出る。
火力に優れる分運動性の低いバズートルに対し、二足歩行のパキケドスは軽快だ。廃墟を飛び越え、体格の劣るラプトールに襲いかかる。
打突部として機能する頭部がパキケドスの最大の武装だ。さらにワイルドブラストによって強烈な打撃を放つことが出来る。
接近を果たしたパキケドスはラプトールを廃墟の陰から蹴り出し、陣地からの攻撃に晒させる。スレッシュの部下達は姿を現す敵に執拗に攻撃を浴びせていった。
「よし、戦力が噛み合ってきた……。このまま削りきれる」
『敵後続としてラプトリアが渡河してきます!』
声を上げたのはキリング隊のトランパだった。ガブリゲーター襲撃の際から橋脚跡を注視してきた隊員だ。
ラプトリアは共和国軍で採用されており、ラプトールよりも攻撃的に器官を進化させたヴェロキラプトル種だ。すでにエヴォブラストを起動し全身を鋭利な刃で武装した一部隊が、ラプトールの後ろを回ってパキケドスへと突進している。
『接近戦型のゾイドが出るのを待ってたなこいつらぁ!』
射撃を続けながらキリングが唸る。その言葉通り、ラプトリアは脇目も振らずにテレンス達のパキケドスを襲っていた。大回りしてきた彼らは、ラプトールへ攻撃をしていたテレンス隊の背後に出ている。
『うわあああなにこいつら!』
「テレンス軍曹!」
不意を打たれたテレンス隊は抵抗するが、振りかざす尾が刃に弾かれるばかりだ。向き合ってバンプヘッドを叩きつけようとしてもラプトリアは横飛びを駆使し、パキケドスの正面には立とうとしない。
『く、くそっこいつら……。ぐわあ』
部下を庇おうとするテレンス隊のパキケドスに対し、横様にラプトリアが突っ込む。複数の切っ先が脚部の付け根に突き刺さり、関節キャップがねじ切られていた。
『いかんですよキリング隊長。援護に向かいます!』
『よし突っ込めクラップ。援護するぜ』
めまぐるしく変化していく状況にスレッシュが狼狽えていると、キリングの部下がテレンス隊のもとに向かう。ラプトール側からの反撃も意に介さず咆哮を上げるバズートルにラプトリア達も気づくが、ガノンタスに似た姿を見間違えたか迎え撃つ構えだ。
凄惨な白兵戦が演じられた。掃射しながら接近したバズートルがラプトリアの脚に食らいつき噛み千切る。周囲の機体が刃を突き立てようとすればテレンス隊は体勢を立て直し、バズートルに向かう敵の土手っ腹にバンプヘッドを叩き込んだ。そのまま戦いは入り乱れ――、
『収容をお願いしまぁす!』
残った対空レーザーと、間合いは短いが鋭い噛みつき、そして力任せの体当たりを駆使してクラップはラプトリアを弾き飛ばしていた。そして倒れ伏したパキケドスを引きずって後退し、スレッシュ達の陣地の後方まで連れて行く。
『ライダーもゾイド自身も無事です。敵の迎撃を続けて!』
クラップの言葉にスレッシュ隊もテレンス隊もかすかに息を吐く。そして長引く接近戦の末に、ラプトールもラプトリアも数を減らしていた。
「もう一息か……」
スレッシュも思わず呟く。そして無傷のラプトールがいなくなった時、
『……対岸に再び動きが』
トランパの声だ。そして朝日に照らされる対岸の廃墟の中を、遠目にも巨大な影が移動しているのを誰もが見た。
「グラキオサウルス級……」
通常配備されるゾイドの中では最大の体躯を持つゾイドの姿がそこにはあった。雑多な火器と司令塔が増設されており、数度の被弾による煤汚れと補修跡が窺える。
「あれが奴らの砲撃ゾイドで……同時に旗艦ってわけだ!」
雑多な武装も、キリング達によるミサイル攻撃の被害を補修したのだろう。そして今グラキオサウルスは河へと歩みを進めている。
『攻撃を開始するぜ。あとガノンタス隊にも支援を……いや、まずい』
キリング機が再度のマシンブラスト形態を取るが、キリングは言い淀んだ。
『ガノンタス隊の位置がバレている! 砲撃するつもりだ! スレッシュ少尉、退避の指示を!』
「な……ガノンタス隊をか?」
『ああ、急ぐんだ。避難民が近くにいるなら彼らも――』
やりとりが終わるのをグラキオサウルスは待たなかった。
仰角を持って砲撃が行われ、スレッシュ達の頭上を何か圧が通過していく。その直後に、中州の中央側で大爆発が起こった。
『次はこっちに撃ってくるぞ! 全員陣地転換だ!』
「じ……陣地転換! 総員退避――!」
グラキオサウルスの武装は仰角を下げ、中州外周のスレッシュ達を狙おうとしている。
スレッシュが声を上げ、陣地のスレッシュ隊はすぐさま後方へと飛び出す。テレンス隊もダメージを受けた機体を抱え、キリング隊もしんがりを務める余裕も無くバズートルを全速退避させ始めていた。
そこへ追いすがるようにグラキオサウルスの砲撃が始まる。連続する着弾は中州上のあらゆる音を塗りつぶし、爆煙が景色の大部分を覆い隠した。
籠城開始から数日。ノイエントランス守備隊はバルバロスに反撃を続け充分な成果を上げていた。
だがバルバロスが中州への侵攻のために前進させたグラキオサウルスの砲撃によって、中州外縁の陣地は大ダメージを受ける。防衛隊は中州中央に全員が移動し、さらにグラキオサウルスの砲撃を避けるべく分散を余儀なくされた。
その状態で、彼らの籠城は続く。すでに一週間近くが経とうとしていても――。
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またしてもゾイゼロ二次創作です。 これまで50ページは超えずに来ていたのがつい我慢できず100ページ超となってしまったので、今回は分割投稿です。 |
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