あなただけ見つめてる
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部活の連中から誘われて何となく登録したSNSで、八神先輩の写真を見つけた。

宿題の気分転換にと開いてみたその画面のせいで、計算式を解く手が完全に止まってしまう。

この学校は色々と有名人が多くて、他の先輩もよく登下校中や休み時間に隠し撮りをされては仲間内でシェアされてるらしい、というのは聞いたことがあった。芸能活動をしてる二階堂先輩はこういうのに結構厳しくて直接注意をしたりするんだけど、草薙先輩は「ほっとけよ、その内飽きるだろ」って、あんまり関わりたくない感じだった。

本当にあるんだな、こういうのって。対象が誰であろうと他人を隠し撮りして、しかもこうやって堂々とネットに上げるなんて非常識だなあと眉間に皺が寄る。自分には縁がない世界の話ではあるけど、それだけに猥雑な昼のワイドショーみたいで好きじゃない。

八神さんの写真は下校するところを撮られたみたいで、たくさんのファンの子たちを引き連れて不機嫌そうな横顔を写し取られていた。

《四天王よりいおりん》とか《G学チーム3B》なんてタグをたくさん貼り付けられて、まるで全然知らない人の写真に見えてくる。先輩の姿かたちは、おれの前に現れるときと何も変わらないはずなのに。

よせばいいのに、興味本位で先輩の名前のタグをタップしてしまう。

1秒も掛からず画面にずらっと出てくる、八神先輩の写真の数々。隠し撮りもあればライブの映像をスクショしたものもあって、あの人って本当に人気あるんだなと思うと同時に、胸のどこかがモヤモヤするのを感じた。

だけど画面をスクロールしていくと、有象無象の中の一枚に見覚えのある風景で撮られたものが出てきたから思わずスマホを落としそうになってしまう。

《1年の教室棟にいおりんいるんだけど!》と文言の添えられた八神先輩の写真。背景は教室棟の階段前で、彼の横で見切れているのは間違いなく……おれだった。

「おれと、先輩……」

投稿された日付には覚えがある、昼休み草薙先輩のところへ行こうとしたおれを、わざわざ1年棟にまで来て呼び止めた先輩を面倒だなあと思いながら追い払おうとしてたとき、のはずだ。

撮られてたんだ……!得も言われぬ怖気のようなものが背中を這う。

もちろんおれを撮ったんじゃない、だけど結果としておれが……まあおれとわかるような人はごく一部だろうけど、おれの写真がこうしてネットに上げられてしまっている。しかも八神先輩と一緒にいる所の写真が、だ。

勿論、彼から受けた数々の仕打ちについての写真なんかあろうはずもない。だけどこれをおれだと気付いた人間が、どうして八神先輩と一緒にいるのか、なんて調べ始めたら、どうなるだろうか。

……別にどうにもならない、どうにもなりゃしないよな、だって別におれと先輩はそういうんじゃないし。

胸のモヤモヤが大きくなっていく。おれはアプリを消してスマホを置いたら、大きく溜息を吐いてベッドに突っ伏した。

 

***

 

例の写真は相当数拡散されていたようだけど、誰一人として見切れる一年生に言及している様子はなかった。

そりゃあそうだ、目当ては八神先輩なわけで、どこの誰かもわからない生徒になんて興味もないだろう。それに、別に妙な事をされてたわけじゃない、何のことはない普通に会話してるところを撮られただけだ。

安心したはずなのに、モヤモヤは晴れていかない。結局、部活が終わるまでこの如何ともしがたいモヤモヤを抱えたまま一日を過ごしてしまった気疲れが今になって一気に体に圧し掛かってくる。こんな状況で八神先輩に出くわさなかったことだけが幸いだった。

おれは地区大会の予選種目について聞きに行くという同級生たちに「先帰るわ」と告げて、一人校舎を後にした。

 

校門を出てグラウンド横の歩道をぼんやりと歩いていたら、何か妙な気配を感じたので思わず立ち止まる。もしかして八神先輩、いやこの感じは違う。だけど周囲を見回しても誰もいない、勘違いかと吐息して再び歩き出した。しかし次の瞬間。

「……?」

今、何かスマホのシャッター音がした気がする。え、ウソだろ……?

音のした方へゆっくりと振り返ったら、電柱の陰に誰かが隠れたような気がして冷や汗が浮かんでくる。相変わらず辺りには誰もいなくて、もしあの電柱の陰から誰かに撮られているとしたらターゲットはおれしか、いない。

いや、何でおれなんだ?もしかして、あの八神先輩との写真から何かバレたとか……いやそんなわけない、だって別にアレは普通に会話してただけで、それに先輩が一方的にこっちに手を出してきただけでおれは別に先輩のことなんて何とも思ってな――……

「貴様」

今度は今来た校舎の方から、低く唸るような声がした。思わず目線をそっちへ移すと、立っていた赤髪の二年生がおれではない別の人間、おそらくは電柱の陰を険しい顔で睨みつけていた。

「八神、先輩……」

ここにきて満を持してと言わんばかりの登場に戸惑いを隠せない。今日は一日逃げ果せたと思ったのに。しかし八神先輩は相変わらずおれではなくあの電柱をじとっと見つめて距離を詰めていく。

すると八神先輩に気圧されたのか、小さく悲鳴を上げながら身を潜めていた物陰から堪らずに飛び出してきた人影があった。他校の制服をきた男、手にはスマホを持っているから、やっぱりあのシャッター音は間違いなく何かを……多分おれを撮っていたのだろう。

そのまま一目散に逃げ出そうとする男の首根っこをむんずと捕まえた先輩は、地面に引き摺り倒すと威圧感たっぷりに腕を組んで男を見下ろした。

「今其処の生徒を撮っていただろう」

ここで初めて、先輩がおれを見た。お前も気付いていたんだろう、と視線で同意を求められるが、確信を持てないまま先に先輩がこうやって出てきてしまったので「いや、まあ、はい」とぼんやりした返事しか出来ない。

しかし男の方は図星だったようで、慌てふためきながら地を這い首を横に振りたくる。

「い、いやっ、俺はただ頼まれただけで……!」

「ほう、その制服、東高か……陸上の強豪校だな、敵情視察に盗撮魔を遣うとは下劣な奴らだ」

「あああいだだだだだ!!!!」

アームロックを決められている男は苦悶に顔を歪めて必死にタップしている。盗撮されていたのはこちらとはいえ、流石に何もせず見ている訳にもいかず、おれは八神先輩に駆け寄ると「あの、放してあげてください」と一言告げる。先輩はしばらくおれを横目で見つめて、それから舌打ちの後で男を解放して地面に打ち捨てた。

「消えろ、此れ以上コイツに付き纏うようであれば……」

「わっ、わかりましたあっ!もうしません、もうG学には来ませんから!!」

「撮った写真も消していけ、今直ぐにだ」

「はいーっ!!」

八神先輩に前髪を引っ掴まれて面を上げさせられている男は、震える手でスマホを操作して画像を消していく。全てを削除し終わったことを確認した先輩は、「行け」と冷たく言い放って男を解放する。男は時折足を縺れさせながら前のめりに転がりそうになりつつ、どこか遠くへと走り去っていった。

「あの」

男の姿が完全に見えなくなったところで、おれは恐る恐る先輩に声を掛ける。

「ありがとうございました……」

不本意だけど、今回は先輩に助けられたとしか言えない。まさか自分を狙って盗撮する人間がいるなんて思いもしなかったししかも他校の生徒からなんてもっと考えの及ばないところだった。まさか陸上部ってだけでこんな目に遭うなんて。他の奴らや先輩たちにも気を付けるように言っておこう。

至らない自分を反省ばかりしていたら、八神先輩は男に向けていた恐ろしい表情を幾分か緩めておれの髪を一度そっと撫でつけた。

「ああいった卑劣な行いをする者は論外だが、貴様も少しは周囲の視線に対する自覚を持て」

「は、はあ」

「思っているより、貴様は他者から見られているということだ」

突然そんなことを言われても困る。それは八神先輩が学校内外で人気がある人だから言えることであって、おれみたいな普通の学生に周囲の視線云々なんて言われたって、そんなのすぐに想像できるわけないんだから。

あの写真が頭を過った。あれだって八神先輩のことが好きな人が撮ったらたまたまおれが見切れただけで、おれのことなんて誰も知らない。ましてやおれが先輩にどんな仕打ちを受けているかだって誰も気にも留めない。なのに、見られてる自覚がどうとか言われたって困るだけだ。

先輩の上から目線に腹が立ったおれは、ずり下がっていた部活鞄をよいしょと担ぎ直すと、先輩に向かって言ってやった。

「そんなにおれのこと見てる人なんか、先輩くらいですよ」

「……そう思うのか」

「そうですよ、絶対先輩だけです」

言ってしまってから、こんな言い方じゃ何かおかしな意味に聞こえるのではないかと気付いたけれど、わざわざ言い訳するのもヘンだし、黙ったままの先輩の顔を見るのも気まずかったから、おれは彼を置き去りにして家路を急ぐ。

どうしてだか、胸のモヤモヤは少しだけ軽くなったような気がしていた。

説明
G学庵真シリーズ。勝手に盗撮されたりする有名人の話、なのでG本編時空でもよかったんですけど、それだとちょっと生々しくなってくるのでG学の二人でやっていただきました。(追記:普通に高校生の盗撮の方が生々しくてだめだった……)盗撮ダメ、ゼッタイ。
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