ロストミラー
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「飲みこみが早いどころではないな、すばらしい上達速度だ。」

 

 トロスが満足げに言った。彼のみつめる先には、工具をあやつるリトルの姿がある。

 リトルは回路を組みこみおわると、外装の蓋を閉じた。

 小さな犬のようなヘキサギア―シースが尻尾をふり、歩きだした。ウェポンラックとなる長い胴体を、短い手足が支えている。頭部のセンサーがリトルたちを察知して青く光った。

 

「驚いたな、一人前の技師のようだ。」

 

 ルシアも感嘆の声で褒める。

 リトルが恥ずかしげにうつむいた。うれしくて、自然と頬が赤くなる。

 

「なんか、ここにきてから色々楽しくて。前は、本当に何も感じなかったのに…。

助けてもらってから良いことだらけで、なんてお礼を言えばいいか。」

 

「気にするな、騎士として当然のことをしたまでだ。」

 

 ルシアが毅然とした態度でこたえる。

 一方、トロスは自慢げに腕をくんで2人をみた。

 

「ルシアはともかく、私の頭脳にはもっと感謝してもいいぞ。事に気づいたのも、治療をしたのも私だ。」

 

「…ふふ。トロスさんにも感謝してますよ。本当にありがとうございます。」

 

「…わかっているならいい。」

 

 リトルに素直に褒められて、こんどはトロスが照れた。彼はたしかに天才的な頭脳を持っているが、高慢な性格で他人からは嫌われている。…つまり、褒められ慣れていないのだった。

 リトルはトロスを褒めつづける。

 トロスは逃げるように話を変えた。シースの各機能をリトルへと解説しだす。

 

「ルシア卿、本部から連絡がきている。」

 

 LAのガバナーが、ルシアへと話しかけた。

 ルシアにとって、見知った顔だった。うなずき、ガバナーへとついていく。

 人気のない廊下。

 久しぶりの再会に花を咲かせようと、ルシアがあれこれ語りかける。しかし、隊員はうなずくばかりだった。なにもしゃべろうとしない。

 もの静かな隊員に対して、ルシアは違和感をおぼえた。

 

「具合が悪いようにみえるが、だいじょうぶか?」

 

「無用の心配だ、ついてこい。」

 

「…ほんとうか?こう言ってはなんだが、貴公が静かだと不気味だよ、ブランカ殿。」

 

 ブランカがなにも言わずに進んでいく。

 陽気な酒飲みであったブランカに、なにがあったのだろう?まるで別人のようだと、ルシアは思った。

 

***

 

「似合ってるわよ、オルフェ様?」

 

 武器商人ノーチェが笑う。歪んだ口元をドレスの裾でかくして、VFの楽師オルフェをみる。

 オルフェは、LAのガバナー…ブランカの姿をしていた。パラポーン・ミラー、人類社会への潜入捜査のため使われる、人体に酷似した義体。捕らえたブランカのデータを使って、2人で作ったものだった。

 かたわらには、抜け殻となったイグナイトが倒れている。

 

「なにがおかしい、完璧な模造のはずだ。」

 

「いえ、ただ、ただね。

主からもらった鎧を捨てて、敵の似姿になるだなんて。

敬愛するSANAT様は、いまのあなたをみたらどう思うの?」

 

「馬鹿にしないでもらおうか。ミラーもイグナイト同様、SANATに仕える誇り高き戦士だ。

それにイグナイトを捨てたわけではない。貴様との取引を終えれば、すぐ元に戻る。」

 

「取引。ええ、そうね。

騎士ルシアの首をとってきてもらえれば、赤き竜はあなたのもの。

アグニレイジを持ち帰れば、SANATもあなたの独断を許す。…いえ、むしろ褒めたたえるでしょうね。」

 

 ノーチェの声には、明らかな嘲笑が混じっていた。

 しかし、オルフェは全くそれに気づかない。眼下に眠るアグニレイジの残骸を、じっとみつめている。

 もう、SANATとともに竜を駆る自分の姿しか、みえていなかった。

 

「ブランカは私が処理するわ。あなたはルシアをお願いね、未来の竜騎士様?」

 

 竜騎士。心をふるわす響きを胸に、暗殺用のガンナイフを腰を携える。

 LAの紋章をつけたロードインパルスを駆り、オルフェはルシアの暗殺へむかった。

 

***

 

 LA基地内。

 ルシアへと引き抜かれたオルフェのガンナイフは、間一髪というところで防がれた。

 同じ顔をした2人が、刃を合わせてむかい合っている。銃剣と刀、2つの刃がなんどもぶつかり合い、交差する。

 オルフェに相対しているのは、捕らえられているはずの本人…ブランカだった。

 武器こそちがうが、まったく同じ姿の2人にルシアがとまどう。

 

「おいルシア!呆けてねえでさっさと手伝え!」

 

「くっ…ルシア卿!加勢を!」

 

 どちらに加勢すべきか、まったくわからない。ルシアが抜いた剣は、行く先をうしなっていた。

 片方が偽物ならば、もう片方は本人なのだ。一歩間違えば、仲間の命を奪うことになる。

 

 獣の咆哮が聞こえた。小さな胴長の犬機―シースが、戦場にむかって駆けていく。

 シースの頭部センサーが赤く光った。パラポーンの内部…巧妙に隠された機械の鼓動を嗅ぎとる。

 

 ルシアは、シースのしめした道につづいた。

 

「御免!」

 

 碑晶質の刀身が、腕を斬り落とした。落とされた断面にみえたのは、パラポーンの機械回路。

 正体を看破されたオルフェが、怨嗟の声をあげる。

 

「っ、おのれ!」

 

 ブランカがつづく、片足が落ちる。流れるようなルシアの剣、ガンナイフが飛ぶ。ブランカがカカトを思いきりふり落とす、2本目の腕が折れた。

 四肢をくだかれ、オルフェが動けなくなる。決着だった。

 

「リトルに助けられたな。」

 

 警戒の声をあげつづける犬機を、ルシアがやさしく撫でた。

 騒ぎをききつけたLAの隊員たちが駆けつけてくる。

 死線をくぐりぬけたルシアとブランカは気の抜けた息をはいた。

 

 しかし、犬機シースはいまだに吼えつづける。さっきよりも強く、駆けつけてくるLAの職員にむかって。

 

「おいおい、嘘だろ?」

 

 ブランカが刀をかまえなおした。ルシアもまた、剣をかまえなおす。

 LAの職員たちが、いっせいに武器をとりだした。2人にむかって射撃する。みな、パラポーンミラーだった。オルフェを救うために、駆けつけたのだ。

 ルシアたちは、近くの部屋へとはいって射撃から逃れた。

 

「アホみたいに数が多い。ここはずらかる。」

 

「いや、全員倒すしかない!内側から攻められれば、基地が落とされる。」

 

 言うが早いが、射撃の切れ目をねらってルシアが廊下へ駆けもどる。

 肩の盾をまえにして、パラポーンたちへとむかっていった。シースがあとにつづく。

 

「しかたねえな。俺の隣で自爆だけはするなよ、ルシア!」

 

 ブランカは廊下へ転がりでるとガンナイフを拾った。でたらめに乱射する。

 数の多いミラーたちは、恰好の的だった。狙わなくても、次々と弾丸が命中していく。

 一方、巧みな体術をみせるルシアと姿勢の低いシースには、ブランカの銃は当たらない。

 乱戦となったことで、ミラーたちは射撃に集中できなくなった。くわえて、数に反して狭すぎる廊下。

 数的優位をうまく活かせず、ミラーたちは徐々に押されていった。

 

「全員引け!ここで戦うな、指令室をおさえて立てこもる!」

 

 ミラーの1人が後退指示をだす。オルフェをかかえて、逃げ去っていく。

 ルシアが追いかけようとするが、数人が壁となってそれを阻んだ。

 ミラーたちが剣をうけることを覚悟で、死兵となってルシアへと組みかかる。

 

「なぜ、なぜ私を助けた?」

 

 オルフェは困惑していた。

 自分と魔女の取引は内密のもの、VFが知るはずもない。知っていても、増援をよこしはしないはず…。

 

「なにを言っているのです!指揮官をうしなうわけにはいきません!

じきにVFのヘキサギア部隊がこの基地に駆けつけるのでしょう?

内と外で連携をとるため、あなたのことは失えません!」 

 

 返ってくる答えを聞いて、オルフェは取り返しのつかないことをしてしまったことを知った。

 おそらく、この基地を内と外から襲撃する作戦が、秘密裏に行われていたのだろう。近々、それは決行される。

 だが、いまではない。VFのヘキサギア部隊は、まだここに来ない。

 自分の引き起こした騒ぎが、偽りの合図となってしまった。

 内と外の波状攻撃でなければ、意味がない。じきにミラーたちは制圧されるだろう。情報体であるミラーが死ぬことはないが、耐え忍んだ潜入の苦労は、すべて水の泡となる。

 

「…すまない…すまない…。」

 

 オルフェは青ざめた顔で詫びた。顔をおおってしまいたかったが、そのための腕はない。

 オルフェを抱えていたミラーがたおれた。

 通路の排気口から、紫色の回路が伸びている。電子戦ヘキサギア―ハイドストームの触手だった。拡張されたそれが通気口をはい、ミラーを襲ったのだった。

 

「失敗しちゃったんだ、未来の竜騎士様?」

 

 触手から聞こえてきたのは、武器商人ノーチェの声。

 その嘲りに、オルフェはようやく気付いた。目が覚めた。

 

「ノーチェ、貴様がブランカを逃がしたのか。私の暗殺がわざと失敗するようにした。

なぜこんなことを!?私やVFを傷つけて、貴様に何の益があるというのだ!」

 

「決まっているでしょう、あなたが私の楽しみを邪魔したからよ。」

 

「な、なに…?」

 

「騎士ルシアと遊ぶのが、あの人の苦しむ顔をみるのが私の唯一の生き甲斐なの。

だからいつも入念に準備するのよ?ルシアが苦しむように、たくさんの手間とお金をかけるの。

でも、あなたが邪魔をした。

最後の最後、囚われの姫を助けだしたルシアが安堵した瞬間、そのすべてを叩き潰そうとしたのに!

救おうとした少年と、戦友の無残な姿をルシアにみせたかったのに!

あなたが一番おいしいところをかっさっていった!!私の、私の生きる理由をつぶしたの!!

だから、私もあなたの生きる理由を奪う!!聞け!!」

 

 ハイドストームの触手から、ノーチェとは別の声がした。

 

『イグナイト・オルフェ。私はあなたに、魔女とは取引するなと命じました。』

 

 それはオルフェの敬愛する主、SANATの声だった。

 かよわい子供のように、オルフェが嗚咽をあげる。頭をこすりつけて平伏する。

 

『命令違反、イグナイトの喪失、ミラーの全滅。なによりも、すべてを私に隠そうとした背信。

もはや、VFにあなたの席はありません。ジェネレーターシャフトから登録を抹消します。

次に会うときは、始末されるときだと思いなさい。』

 

 触手がオルフェの頭部をもぎとった。排気口をつたい、その場から去っていく。

 残ったミラーも、なにかに操られるように消えた。

 

***

 

 VF基地。モーターパニッシャー、ボルトレックス、デモリッションブルート…大量のヘキサギアが、基地前に整列していた。指揮官である巨大ヘキサギアから、SANATの声が響く。

 

『勇敢なるVFの兵士たちよ。我らの守護竜、アグニレイジがとうとう見つかりました。

しかし、それは魔女の手中にある。インペリアルフレイムは、外道がふるっていい力ではありません。

 

第40基地、全軍出撃。武器商人ノーチェを殺しなさい。』

 

 機械の軍勢が雄叫びをあげる。大量のノイズが空気を震わせ、どこまでも響きわたった。

説明
ルシアとトロスとリトル。3人は小型犬ヘキサギア<シース>を作り、おだやかな時間を過ごす。
 
暗躍するノーチェとオルフェは、捕らえたブランカのデータから精巧な偽物を作った。
イグナイトを捨てミラーとなったオルフェは、ルシアを殺すためLA基地へ潜入する

※コトブキヤ様のコンテンツ『ヘキサギア』の二次創作です
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ヘキサギア SS 二次創作 

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