真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版29
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第二十九章〜その希望、守るために〜

 

 

 

洛陽で一刀と左慈が激闘を繰り広げていた時と同じくして。

場所は変わり、洛陽より東方に位置する泰山。

その泰山の麓には、洛陽から出立し、更に国内ほぼ全ての戦力を結集させた魏軍が到着していた。

泰山への道を塞ぐように、麓には城塞が建造されており、

今の所、その城塞を抜けていく他に頂上へと辿りつく事は出来なかった。

しかし、問題はそれだけではなかった。

空を見上げれば、そこには別次元の世界が広がっていた。

偵察より戻った桂花の報告は正しかったのだと、思い知らされる光景が広がっていた。

今日の天気は快晴で、青空が広がっているはずだが、泰山周囲の空は真白だった。

その白は雲などによるものではなく、空が裂かれ、そこから見える景色そのものであった。

これは空想ではなく、現実に起きている現象。この世界の外側の、ただ真白の世界がそこに存在していた。

「華琳様!全軍、進軍の準備が完了しました!!」

魏軍本陣内。

春蘭が報告を終えると、華琳は軽く頷く。

そして王座から立ち上がると、全兵士の前に出ていく。

「聞け!曹魏の勇敢なる兵達よっ―――!!!」

魏王としての風貌を背負った華琳は整列する兵士達に言葉を掛ける。

「我等が命を賭して、ようやく手にする事が出来た平穏を破り、

再びこの大陸に動乱を巻き起こした愚かな者達の根城が泰山の頂上にある!!

奪われた平穏、この戦にて取り戻すのだっ!!!」

「「「「「「応ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」」」」」」

華琳の言葉に兵士達は武器を掲げ、大声を上げる。

その声は空気を震わせ、皮膚にひしひしと刺激する。

「勇ましく、猛々しく戦え!我等曹魏、そしてこの大陸に生きる者全てに、仇を為した事が如何な愚行であったか、

骨の髄まで叩き込めっ!!!」

その雄叫びに呼応するかのように、華琳の声も大きく、より遠くへと響き渡る。

「これより、魏武の大号令を発す!!その命を燃やし、敵を焼き尽くせ!!全軍構えっ!!!」

そして兵士達は武器を一斉に構える。その矛先は目の前に立ち塞がる城塞。

「突撃ぃぃいいいいいいっ!!」

兵士達が華琳の号令と同時に動き出す。

行く先は泰山の頂上に存在する道教の神殿。

城塞に突撃をかけた魏軍の兵士達。

このまま進めば城塞を突破し、泰山の上り道を駆け上がるだけである。

しかし、そんな都合の良い話などあるはずもなく、それに合わせるかのように城塞の門が開き、そこより黒い影が現れる。

影の正体は語るまでもなく、例の傀儡兵達が群れをなして魏軍に突撃していった。

 

そんな華琳達、魏軍を遠くから見下ろす様に見ている。

その瞳に生の輝きは無く、虚の輝き。

その瞳で一体何を見ているのだろうか。

「・・・これで、いいんですよね?」

確認の意味で尋ねる。

声に出さず、代わりに笑みで返す。

その笑みを見ると、再び華琳達を見る。

彼女達の為そうとしている事が、その少女には・・・理解出来なかった。

 

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「突撃!突撃ぃぃいいいっ!!!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」

剣を振り上げ、叫ぶ春蘭。

そして雄叫びをあげながら、敵へと突撃していく曹魏の兵士達。

「はぁあああっ!!!」

春蘭の渾身の一撃が一体の傀儡兵の胴体を切り裂く。

「ふんっ!芸の無い連中だ!」

春蘭の部隊を筆頭に、外史喰らいの傀儡兵を次々に倒していく。

今まで苦戦を強いられてきた相手に臆する事無く立ち向かっていく。

戦力はほぼ均一し、魏軍の方が押している状況であった。

「・・・・・・」

最前線から少し離れた後曲から、華琳はこの現状を把握していた。

「華琳様、夏侯惇隊が軍の先頭に立つ形で向こうの軍を押している様です」

華琳の横で、稟が前線の状況を逐一報告していた。

「今のところは都合の良い程に、こちらが優勢のようね」

「やはり華琳様もまだ向こうに何か手を隠していると?」

「籠城戦を展開せず、こちらに合わせて突出してきたわ。連中のこと、奥の手を必ず隠しているはず。

稟、張遼隊と李典隊を左翼右翼まで前進、夏侯惇隊と進軍に合わせて陣を展開させるよう指示を出しなさい!」

「御意っ!」

稟は一人の伝令兵に指示を送ると、その兵士は稟に一礼する。

兵士は複数の仲間を連れ、本陣から飛び出していく。

「向こうの戦力がこの程度では無いはず、必ず何処かで現れるはず。

・・・私達の方は、まだ来そうにないわね」

 

 

「弓兵構え・・・、撃てぇっ!!!」

秋蘭の掛け声に合わせて、弓兵達が傀儡兵達に向かって一斉に矢を放つ。

「姉者の隊がいささか突出しているようだな」

今、魏軍の陣形は春蘭の隊が他の隊を引っ張っていく形で展開されている。

今の流れを考えれば、それも悪い形ではないだろう。

秋欄は敵陣を見渡す。その中に、例の兵士がいない事を確認した。

「・・・どうやら、今回もあの巨漢兵はいないようだな」

だが、このまま終わるわけがない。

華林と同様に、秋欄も外史喰らいの次の一手を警戒していた。

 

 

「押せ押せぇぇええっ!!我が曹魏の恐ろしさ、奴らに思い知らせてやるのだぁっ!!」

「ちょい春蘭様ぁ!待ってくださいなぁ!」

「ほんまやで春蘭!出過ぎるんもほどほどにしぃや!!」

軍の先頭に立って進む春蘭に、稟の指示に従って後ろからようやく追いつく霞と真桜。

「霞!真桜!お前達も来たのか!?」

「来たのかって・・・!春蘭様達が飛び出し過ぎなんですって!!」

「真桜の言う通りや!もうちぃっと周りに合わせなぁっ!!」

「ふん!ならば、お前達が我々に合わせればいいだけの事だろう!気合が足りんぞ!!」

「「・・・・・・」」

文句を言いたいのはこちらだというのに、逆切れする春蘭に二人は言葉を失う。

「とにかくこのまま押し切りさえすれば・・・」

「押し切る?何を言うとんねん!あれをよう見てみぃ!」

「ん・・・?」

霞に言われ、開いた城門に目をやる春蘭。

開かれた城門からは無限に、尽きる事なく出現する傀儡兵達。

更に城門からでは足りんと言わんばかりに、城壁の上から壁を伝いながら下へと降りて行く。

黒尽くめの傀儡兵によって城塞の壁は黒く塗りつぶされていた。

「な、何っ!まだこれだけの兵を隠していたのか!?!?」

「そんなん、最初から分かりきったことやないか!」

「せやけど、姐さん!この数は半端やない!さっきの倍以上はおるでぇ!!」

「それがどうした!先程の倍以上にいるならば先程の倍以上に叩き切ればいいだけの事だ!!」

「なんやねん!!その春蘭理論は!?!?」

「言うとることは分かるんですけど、それは無茶ってもんやでぇ!?」

「だぁああ!!四の五の言っておる暇があるならば、手を動かせ!!来るぞ!!」

「しゃーない!誰か後曲の秋蘭達を連れて来てくれへんかぁ!!!」

 

  

「敵さんは増援を出してきたようですね〜」

秋蘭と同伴していた風がいち早く戦況の変化を察知する。

「そのようだな。もっとも、数で言えば先程の倍以上か」

「・・・ですが、春蘭ちゃんも頑張ってますねぇ。

あの傀儡の兵士さんの正体が分かっていながら・・・ひょっとして、もう忘れているとか〜?」

「・・・そうでない。と言えないのが、なんとも物悲しいところだな」

外史喰らいの傀儡兵。

その正体は、女渦の手によって生み出された『影篭』と呼ばれる、生物兵器によって作り変えられた、

この外史に存在する人間達の成れの果てである。先の涼州での戦いにおいて発覚した事実である。

つまり、傀儡兵を殺すという事は、すなわち民達を殺す事になるのである。

故に、この事実は春蘭達、一部の将にしか知らされておらず、末端の兵士達はその事実は知らないのである。

「しかし、その方がかえって良いかもしれないな」

「ものは良い様ですねぇ」

「・・・そう言ってやらないでくれ」

風の容赦ない突込みに、秋欄はたまらず辟易してしまう。

「それはともかく、こちらも先の戦闘で戦力を消費していますから、

その倍以上が増援で来るのはこちらとしては少しよろしくないですね〜。

秋欄様、華琳様に状況を報告して、本隊を動かしてもらった方がよろしいかと。

風達も前線の春蘭ちゃん達と合流しましょう」

「うむ、それが妥当だな。誰かあるか!」

 

 

「はぁあああああっ!!!」

「でぇやぁあああっ!!!」

「でぇえいいいいっ!!!」

片端から傀儡兵達を薙ぎ倒していく春蘭、霞、真桜の三人。

しかし、一向にして敵の戦力が削がれる様子がまるで無かった。

魏領内の全戦力を集結させてこの戦いに臨んだ。

最初はこちらが押していたものの、無尽蔵に増えていく傀儡兵達の数は春蘭達が倒した数を凌駕し、

気づけば、戦場の大部分が黒く塗りつぶされていたのだ。

既に魏の大軍勢以上の数の傀儡兵達が、まさに数の暴力によって華琳達を追いつめていた。

「華琳様、後曲の風から報告です。

敵軍の増援により前線が押され始めているのとの事。本隊を前線まで動かして欲しいとの事です」

風から新たに入った報告を華琳に説明する稟。

それを聞いた華琳は案の定という顔をする。

「そう、向こうは数の暴力で私達を潰す気のようね」

「現在、敵の兵数はこちらの全兵数を超えようとしています。

一兵当たりの平均戦力がこちらを上回っている事を考えると、これ以上増加されては・・・」

少し考え込む華琳。

そしてすぐに考えを固めると、王座から立ち上がる。

「本隊を動かしましょう。本隊は私自らが率いていくわ!

稟、あなたは風と合流し各将達に全戦力を前線に注ぐよう伝えなさい!」

「御意っ!」

華琳に一礼すると、稟は近くに待機させていた自分の馬にまたがり後曲へと向かっていった。

 

 

外史喰らいにとって、この戦いに大した意味など無い。

華琳達が何をしようが、結局は無意味なのだ。

そしてあと数日もすれば一刀は勝手に死ぬ。

そうなれば、後はこの外史を消せば、こちらの勝ち・・・全ては無に還元される。

外史喰らいからすれば、この戦いは戯れにしか過ぎなかった。

 

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後曲、本隊が前線に出るという状況にも関わらず、戦況を再び覆す事は出来なかった。

傀儡兵の数に押され、魏軍は前進するどころか後退する一方であった。

「ちょりゃああああああっ!!!」

「おぉりゃああああああっ!!!」

季衣と流琉が同時に放った一撃が周囲の傀儡兵達を薙ぎ倒す。

しかし、その攻撃を掻い潜った一体の傀儡兵が二人の横をすり抜け、その後方にいた華琳に襲い掛かった。

「はぁあっ!!」

だが、その一人も華琳の一撃に斬り捨てられる。

「前線が突破され始めたようね」

華琳の言う通り、傀儡兵が前線を突破し、華琳の所に到達する回数は増えていた。

今回の戦において、傀儡兵は今までの攻撃を一度当てたら離脱するという戦法を捨て、

総大将である華琳を殺さんと総突撃を繰り返す。

無限に出現する、数の暴力をもって、魏軍を正面より攻め続けているのだ。

「さっすが華琳さま♪」

傀儡兵を一撃で倒した華琳に感心する季衣。

「華琳さま、このままだと陣形が持ちません!」

「華琳様。流琉の言う通り、確かにこのままでは陣形が崩壊しかねません」

「えぇ、前線を固める必要があるわね。私達も前線まで出るわよ!

皆、我に続けぇえええっ!!!」

しかし、そんな華琳の号令に稟は待ったをかける。

「お待ちください、華琳様!

あの傀儡兵達は明らかに華琳様を狙っております。

もし華琳様が前線に出れば、格好の的となってしまいます!!」

稟は華琳に後方で待機するよう説得するが、華林はこの提案を棄却した。

「覚悟の上よ。私達は前に進む他に生きる道は残されていない。

後ろに逃げる、という選択は初めから存在しないわ!さぁ、行くぞ!!!」

「「「応ぉぉぉおおおおおおっっっ!!!」」」

その時、城塞の上を一つの影が過ぎる。

その影は優雅で、兇器な二枚の翼を大きく開き、羽ばたかせる。

華奢で小さな身体、だがその姿は時折、鷹の如き猛々しさを見せる。

そして戦場へと舞い降りた。

 

「はぁっ、・・・でやぁ!」

春蘭は傀儡兵が装着していた籠手より伸びる二本の爪を太刀で叩き折る。

防御の態勢をとっていた傀儡兵は爪を折られた事で体勢を崩した。

「もらったぁ!!」

春蘭はとどめと言わんばかりの一撃を傀儡兵に放とうとした瞬間だった。

傀儡兵の背後から何かが近づいて来る。

春蘭がその存在に気付いた時には、すでに太刀を振り下ろしていた後であった。

近づいて来たそれは傀儡兵の首をあっさりと跳ね飛ばし、春蘭が振り下ろした太刀を打ち返した。

ガギィイッ!!

「ぐわぁっ!?」

鈍い金属音。太刀は何かで弾かれ、春蘭は体勢を崩し、その場で膝を折ってしまった。

一方で、首なしとなった傀儡兵は足元から崩れ、その場に倒れる。

「・・・何だ、今のは?」

春蘭は状況を把握するため周囲を見渡す。

そして自分の上を影が通り過ぎるのに気が付くと、それを目で追いかけた。

「な・・・!」

 何だあれは、とその影を右目で捉えた春蘭。

自分達の頭上のはるか上を旋回していたそれは、鳥にしては大きく、その姿は人間そのものだった。

「何だ、あれは・・・鳥・・・いや人間か?」

背中より生えた二枚の翼がまず目を引いた。翼に備えられた羽は一枚一枚が鋭利な刃物。

ゴムの様な黒色の肌に白色の鎧、それは今までに目撃された応龍達と同じ存在である事は明白であった。

その正体が分からない存在に呆気にとられる春蘭。

鳳凰は旋回を止め、くるりと横に一回転する。

ガチャ、と何かが外れるような音がする。

一回転した鳳凰は二枚の翼を大きく広げた。

二枚の翼に付属した鋭利な羽、数十枚が一斉に翼から離れ、四方八方へとまるで意思がある様に飛んでいく。

「ぎゃあああっ!!!」「・・・ッ!!!」「がぁあああっ!!!」「・・・ッ!!!」

数十枚の羽は、地に足を付けて戦っていた魏軍兵、そして仲間であるはずの傀儡兵も、見境無しに刺し貫いていった。

「な・・・、敵味方関係なくだと!」

向こう側の存在だと思っていた春蘭は、傀儡兵を殺す鳳凰の行動に驚愕する。

前線の兵士達を一通り殺害すると、数十枚の羽は再び鳳凰の翼へと自分から戻っていく。

その中に、魏軍兵を刺し貫いたまま戻ってきた羽があった。

鳳凰はその肉塊となった魏軍兵を、膝に備えられていた刃(やいば)で胴体を切り裂いた。

二つに分かたれた肉塊は重力に従って地面へと落下した。

「おのれぇ・・・!」

同胞の死体を無残にも切断した様を見せつけられた春蘭は怒りから下顎に力が入る。

だが、肝心の鳳凰は自分の頭上はるか上、太刀では届かない場所にいた。

「弓兵っ!あの敵に一斉発射!!」

秋蘭の掛け声に合わせ、鳳凰に向かって一斉に矢を放つ弓兵部隊。

大量の矢が鳳凰に向かっていく。

だが鳳凰は二枚の翼で自分の身を隠すと、矢はその翼に空しい金属音を立てながら次々と衝突する。

「くっ!」

矢程度では通用しない事に、焦りが生じる秋蘭。

今すぐ用意できる唯一の攻撃手段が通じないとなると、他にどんな手があるだろうか。

弩砲だろうか、投石器だろうか、秋欄は次の一手を思索しようとするが、そうさせまいと鳳凰が動き出した。

二枚の翼を広げながら、鳳凰は秋蘭達がいる場所へと急降下していく。

「お前達、この場から急いで離れろっ!!」

こちらに飛び込んでくる鳳凰から急ぎ逃げ出す弓兵達。

逃げ遅れた弓兵は鳳凰の二枚の翼にその体を切り刻まれ、肉塊が地面に転がる。

再び空へと急上昇していく鳳凰の翼は兵士達の血で濡れ、血の雫が滴り落ちる。

「秋蘭、大丈夫かっ!?」

秋蘭の元に春蘭が駆け付ける。

「あぁ・・・何とかな。しかし、困ったものだ」

そう言って、秋蘭は上空を優雅に旋回している鳳凰を見る。

「どうしたらいいんだ!空を飛んでいる奴など、私は相手にした事はないぞ!」

「それは、姉者だけに限ったことでは無いさ」

「春蘭様!」

「秋蘭様!」

と、そこに事の事態に気付いた凪と沙和が駆け付ける。

「凪、沙和。お前達も無事だったか」

「お二人もご無事のようで何よりです」

「でもぉ、すごく苦しいかもなの。敵さん達は増える一方だし、兵の皆も疲れ始めているのぉ〜」

「それとあれもな・・・」

そう言って、秋蘭は顎で鳳凰を指し示す。

「あの姿、それにあの外装・・・隊長が戦っていた怪物に似ていますね」

鳳凰の姿を見て、麒麟の事を思い出す凪。

「だけど、あの鳥さん・・・さっき味方の敵さん達も!」

「代わりはいくらでもいる、恐らくそう言う事なのだろう」

「しかし、まずいぞ秋蘭。早くあれを何とかしなければ、前線が崩れかねないぞ!」

春蘭の言う通り、ただでさえ疲弊している中での鳳凰の登場は、兵士達の士気を大きく削る事となった。

この状況を打破しなくては、前線が崩れるのも時間の問題となっていた。

「奴が移動を始めたぞ!」

何かを見つけたか、鳳凰は旋回を止めると、再び翼を大きく羽ばたかせ、春蘭達の上を過ぎていく。

「いかん!あの方向には華琳様が!」

「・・・っ!」

「大変なのっ!!」

「行くぞ、お前達!華琳様をお守りするぞ!!」

 

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「華琳さまに、近づくなぁあああっ!!!」

「おぉりゃああああああっ!!!」

華琳の元へ行かせまいと、周囲を傀儡兵達を懸命に倒し続ける流琉と季衣。

「大丈夫ですか、華琳さま!」

「えぇ、あなた達のおかげよ」

そう言って、季衣と流琉に微笑む華琳。しかし、その笑顔には余裕がなかった。

このままでは数で押し切られてしまうだろう。後もう少し、何とか持ち堪えさせないと。

華琳は待っていた。もうじき目を覚まし、必ずここに来るであろうその人物を。

だが、その一方で、来ないで欲しい、と思ってしまっている自分も存在していた。

ここに来れば、彼は死ぬかもしれない。だからといって、外史喰らいと対等に戦うには彼の力が必要だ。

彼を守るために、彼の力に頼るという、この明らかに矛盾した考え。

「あぁ、どうして。私はここまで来て、まだ迷っているの?」

覚悟は決めた。あの時、撫子に言った事に嘘はない。

しかし、それでも、この矛盾を抱えたまま、華琳はここに立っているのだ。

「・・・っ!?」

華琳は唐突に、目前に立っていた季衣と流琉を突き飛ばした。

「わわぁっ!?」「きゃぁっ!?」

季衣が流琉の上に乗りかかる形で地面に倒れる二人。

華琳の前方から、鳳凰が二枚の翼を広げ突進して来たのだ。

鳳凰の鋭利な翼が華琳に襲いかかった。

「くっ!」

間一髪、接触する寸前で華琳は避けた。

華琳を仕留め損ねた鳳凰は空へ急上昇し、上空より華琳の姿を再確認する。

先程の奇襲で、華琳は体勢を崩し、倒れていた。

鳳凰は次に、二枚の翼を横に広げると、翼から数十枚の羽を、華琳に狙いを定めて一斉に放った。

「・・・っ!!」

正面、左右横から飛んでくる羽達によって、華琳は逃げ場を完全に失う。

華琳は無駄だと分かっていても、鎌で防御を張ろうとした。

そこに、ようやく春蘭達が駆け付けた。

「「華琳さまぁ!」」

叫ぶ季衣と流琉。

「「華琳様っ!!」」

叫ぶ凪と沙和。

「「華琳様ぁあああっ!!!」」

叫ぶ春蘭と秋蘭。

そして・・・

「華琳ッ――――――!!!」

その瞬間、華琳に元に風が吹き抜けた。

それと同時に、華琳に放たれた数十枚の羽が、青い炎を纏った刃(じん)の一振りで宙に弾かれる。

羽とともに弾け飛んだ青い炎が周囲に漂い、瞬時に消えた。

「大丈夫か、華琳?」

「はぁ・・・、ようやく来たようね」

あまりにも遅い到着。来て欲しくないとも思っていた。

しかし、それでも、彼がここに来てくれた事に華琳は安堵した。

「一刀」

そして、彼の名を呼んだ。

「質問に答えてくれよ。まぁ、その様子なら大丈夫だな」

「か、華琳さまぁ〜〜〜っ!!!」

「きゃ!?ちょっと、春蘭っ!」

大粒の涙をぼろぼろと零しながら華琳の腰に抱きつく春蘭に華琳は思わず驚いてしまう。

「華琳さまぁ〜〜〜っ!!!」

そして季衣も満面の笑みで華琳の腰に抱きつく。

「な・・・ちょ!季衣、あなたまでっ!?」

「華琳さま〜♪華琳さま〜♪」

「良かった・・・、本当に良かったです!華琳さま〜〜〜!

・・・北郷、恩に着る!本当にありがとう!」

「春蘭。泣いたり、礼を言ったりで・・・忙しいな」

「「隊長っ!!」」「兄様!」

そんな一刀の元に駆け寄る凪、沙和、流琉。

「凪、沙和、流琉。悪い、来るのが遅くなって」

「いえ、お待ちしておりました!」

「でもぉ、もうちょっと早く来てほしかったの〜」

「あー・・・、ちょっと野暮用でな」

「野暮、ですか?それって・・・」

「それは後で話す。まずは、あいつを何とかするのが先だ」

そう言って、一刀は弾かれた羽を全て回収し終えた鳳凰を見る。

鳳凰は一刀の登場に警戒し、こちらの様子を窺っていた。

「華琳・・・?」

一刀は華琳の方を見ると、ようやく季衣と春蘭から解放されていたようで、

両側のツインテールの巻きが崩れていないか確かめていた。

一刀の視線に気づき、華琳は気を取り直すために咳払いした。

「・・・おほん。一刀、あれはあなたに任せても良いかしら?」

「あぁ、任された。あ、でもその前に、誰か弓を貸してくれないか?」

「ふむ、それなら、私のを貸そう」

そう言って、秋欄は自身の弓を一刀の前に出す。

「・・・いいのか?」

それは秋欄がいつも戦で使っている大事な弓である。

さすがの一刀もそんな弓を借りていいものか躊躇ってしまう。

「それで、何とかなるのであればな」

「それは・・・いや、何とかして見せるよ!!」

秋欄が自分の弓を貸すという事は、それだけ一刀に期待しているという事である。

その期待に応えるためにも、一刀は秋欄の弓を受け取り、鳳凰との戦いに臨む。

 

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上空の鳳凰が右手を腰に回し、腰に下げていたものを右手に取る。

それは今でいう拳銃に近い代物。

その銃口を地上の一刀に向け、引き金を引く。

銃口から破裂音とともに数十pの鉄杭が放たれる。

「っ!」

一刀は鉄杭の軌道を読んで難なく回避する。鉄杭は一刀の横をすり抜け、地面に突き刺さる。

鳳凰は銃口を再び一刀に合わせ、引き金を引こうとした。

「させるか!」

一刀は手に持っていた秋欄の弓と一本の矢を取り出した。

一刀は以前、弓道部の知り合いを通じて弓の経験があった。

触った程度ではあったが、その時に知り合いより筋が良いと言われていた。

あの時に教わった事を思い出し、弓の弦に矢を乗せて、力の限り引いた。

今回は剣ではなく、矢に力を流し込み、狙いを鳳凰に定めて弦を離した。

ビュンッ!!!

風を切る音。

青い炎を纏った一本の矢が飛ぶ。

鳳凰はその矢に触れてはいけないと察知したのだろう。

攻撃をやめ、回避行動に移る。

しかし、追尾機能があるのだろう。

矢は自動的に軌道を修正し、動く鳳凰に狙いを定め続ける。

自身を追ってくる矢から逃げる鳳凰。

空を自由に、縦横無尽に駆ける。

だが、炎を纏った矢の飛ぶ力が衰える事はなく、鳳凰を追尾し続けていた。

何を思ったのか、鳳凰は地上へと急降下していく。当然、矢も追って急降下した。

「うわぁあっ!?」

敵味方が入り乱れる戦場から、一人の魏軍兵を拾い上げると再上昇する鳳凰。

そして、執拗に追尾する矢に向かって兵士を放り投げた。

「ぐぎゃぁっ!!」

一刀が放った矢は兵士の喉元に刺さり、空中で絶命する。

同士討ちという思わぬ展開に、一刀は驚くしかなかった。

動揺する一刀に、鳳凰はお返しと言わんばかりに、再び銃口を向けて二発、鉄杭を撃った。

「うおッ!?」

破裂音とともに二本の鉄杭が撃ち出され、鳳凰自身も地上へと急降下していく。

一刀は地面を蹴って後ろへと下がり、二本の鉄杭を避ける。

そんな一刀に今度は鳳凰の翼が襲いかかる。

一刀は咄嗟に右手で、鞘から刃を抜く。

逆手で抜いた刃の刀身で翼を受け止めるが、その突進を押し返す事が出来ず一刀は吹き飛んだ。

「うわぁあああッ!!!」

鳳凰は上空へと戻らず、吹き飛んでいった一刀に翼の羽を次々と飛ばした。

吹き飛んだ一刀。

地面を二転、三転と転がりながらも、受け身をとってすぐさま立ち上がる。

刃を持ち直すと、刀身に力を流し、炎を纏わせる。

そして、迫ってくる鋭利な羽に向かって刃を振り切った。

「でやぁあああ!!」

刀身から放たれる青い炎の刃(やいば)に羽は跳ね返され、くるくると回転しながら地面に突き刺さった。

一刀は刃(じん)を振り上げる。

「はぁああああああ―――ッ!!!」

気合いとともに刃から放たれる炎が大きくなる。

「うぉりゃあああッ!!!」

そして、刃を振り切る。

刀身より放たれた炎は衝撃波となって鳳凰に襲い掛かる。

しかし、鳳凰は空へと飛び、一刀の攻撃を難なくと回避した。

空へ上昇し、鳳凰は一刀に鉄杭を撃った。

大技を放った直後の硬直状態にあったが、一刀はぎりぎりのところで鉄杭を回避する。

銃身の下から鉄杭が空になったのだろう、杭倉が外れて落ちる。

鳳凰は左手を腰に回し、予備の杭倉を取り出すと銃身の下から杭倉を装填する。

「空の方に逃げられたら、こっちは手も足も出せない」

自分も空を飛べれば考えたが、飛ぶという事が今一つピンとこない一刀。

矢で撃ち落とすにしても、先程の事を考えると、下手な真似は出来なかった。

そんな彼の心情を察するかの様に鳳凰は銃口を向け、再び鉄杭を撃った。

「狙うのは・・・」

鉄杭を回避しつつ、一刀は考える。

「翼を広げた瞬間・・・!」

そして、攻撃の機会を待つ。

地上で逃げ回る一刀に、鳳凰は鉄杭を撃ち続けるも、一向に当たる気配はない。

自身に与えれた役割、第一の目標は北郷一刀の抹殺、第二目標は曹孟徳の抹殺。

第二目標は先程の様子からいつでも始末できるだろう。

しかし、第一目標は容易に倒せる対象ではない事は、このわずかな戦闘の間で十分に把握する事が出来た。

小手先の攻撃は通じない。鳳凰は最大の攻撃の準備を開始した。

「ん?」

一刀は鳳凰の様子に変化があった事に気づく。

鳳凰は拳銃に似た小型兵器の銃口を空に向け、一発の鉄杭を撃った。

鉄杭は空の彼方、この世界の外側、真白の世界へ飛んでいった。

それから数秒、真白の世界より一筋の、雷が鳳凰に落ちた。

落雷か、高らかに掲げられていた小型兵器に雷が落ち、眩い程の光が放たれる。

膨大なエネルギーが鳳凰の華奢な身体を駆け巡る。

駆け巡るエネルギーによって翼の羽も小刻みに震え、

過剰なエネルギーは腰から伸びる分銅状の避雷針より放出されていた。

そうしていると、銃口よりボール並みの大きさの光弾が出現した。

鳳凰は銃口を再び一刀に向ける、光弾はその形を維持したまま。

そして引き金を引いた。

一瞬、光弾が縮小し、そして弾け飛んだ。

その銃口先より、雷にも似た白色の光線が放たれる。

そして、一刀に直撃した。

一刀が立っていた周辺の地面が光線の衝撃によって砕け散る。

光線は放たれ続ける、外史喰らいの脅威となる存在を塵一つ残すまいと。

「・・・大したこと、ないな」

それはどこから聞こえただろうか。

鳳凰の放った光線の中、塵どころか、全くの無傷で一刀は立ち続けていた。

秋欄の弓を構え、一本の矢に力を籠め、今一度弦を力一杯に引いた。

「あいつの一撃に比べれば、・・・全然弱いッ!」

一刀はこれ以上の攻撃を知っていた。

怒りと憎しみが込められた左慈の渾身の蹴り。

それに比べれば、この程度の攻撃など何の問題もなかった。

「これで終わりだ!!」

一刀は弦を離した。

矢は炎を纏い、青白色の光の軌道を描く。

鳳凰が放つ光線を掻き消して、ただ真っ直ぐに飛ぶ。

鳳凰もまずいと思ったのだろう。翼の羽を片端から飛ばし、一刀が放った矢を叩き落さんとする。

ぶつかる矢と羽。競り勝ったのは一刀の矢。

矢は勢いが削がれる事はなく、逆に鳳凰の羽を叩き落とす。

そして、残り最後の羽が翼から離れた瞬間、矢が鳳凰の胸を貫いた。

鳳凰の小柄な体は一矢で容易く貫通する。

矢の先端が背中から飛び出すと、引き剥がされる様に、蛸の姿をした影篭が矢に貫かれた状態で現れた。

そして、影篭は瞬く間に青白い炎に包まれ、激しく燃え上がる。

その炎は鳳凰にも移り、鳳凰の体をも燃やす。

上空を飛んでいた鳳凰は力を失った事により地面へと落ちていく。

落ちていく最中、影篭の身体は黒い文字に姿を変え、宙に舞って消えていく。

ズドォオオオオオオン―――ッ!!!

地に落ちてもなお、しばらく燃え続ける鳳凰の体。

だが、消えるのは本当に一瞬であった。

そこに残ったのは、白銀の鎧と小柄な少女、音々音だけであった。

 

-6ページ-

 

 

「どうやら倒したようだな」

そこに現れたのは、丁度良く秋欄だった。

「ありがとう、秋蘭。これ、返すよ」

そう言って、一刀は弓を秋蘭に返す。

「ん?」

ふと、一刀が視線を下に落とすと、そこにあるものが落ちていた。

近づき、それを拾い上げた。

「これは・・・」

拾い上げたのは、鳳凰が所持していた武器だった。

よく見ても、現代の拳銃に似たそれは、鉄杭を撃ち出すための装置である。

鉄杭が充填された杭倉を外し、中身を確認すると、まだ杭は残っていた。

引き金を引いてみたが、故障している様子はなかった。どうやらまだ使えそうだ。

「北郷、体の方は大丈夫なのか?」

「おかげさまで。ちょっと危なかった所もあったけど、そこは・・・」

「そう言う意味で言ったのではない」

一刀の台詞が秋蘭の台詞に遮られる。

秋蘭の言おうとした事を違う意味で解釈していた事を一刀は理解した。

「・・・そういうこと、か」

そう言って一刀は自分の首を擦る。

以前は胸のところで止まっていたが、今は首筋のところまで皮膚が不自然に隆起し硬化していた。

「また、一段と死に近づいているようだな?」

「そう、だな・・・」

「・・・」

他にも言いたい事はあったが、秋欄は何も言わなかった。

「あ、そうだ。秋蘭、例の巻物は今持ってるか?」

「例の・・・、これの事か?」

一刀に言われ、懐から取り出したのは巻物。

以前、洛陽で回収され、一度は祝融の手に渡ったが、撫子の奇策で再び秋欄の元に戻った。

一刀もその内容を確認したのだが、文字化けしたような意味不明な文字が羅列するだけで

結局、その内容を理解する事が出来なかった。

「だが北郷、これが今更何だというのだ?」

巻物を一刀に手渡す秋欄。

一刀は巻物の紐を解き、改めてその中身を確認した。

「文字化けみたいになっていて、内容はさっぱり分からなかったけど、

于吉の話では、この中身はさほど重要じゃないみたいなんだ。大事なのは・・・この巻物自身なんだ」

「・・・どういう意味だ?」

「この巻物が、外史喰らいに行くための鍵なんだ」

 

-7ページ-

   

 

「引くなぁっ!!!全力死守ぅうううっ!!!」

「「「応ぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!」」」

鳳凰の介入により、瓦解寸前であった前線を、華琳達は何とか持ち直す事が出来た。

しかし、それでも劣勢に置かれている事には何ら変わりは無かった。

「うぅ〜、倒しても倒してもきりがないよ〜!!」

「弱音を吐くな、季衣!!弱音を吐く余裕があるならば、一人でも多く倒すのだ!!」

「相変わらずの無茶振りやなぁ!!春蘭ちゃんはぁ!!」

「無茶でも何でもやれ!そのために我等はここにいるのだっ!!」

「春蘭様の言う通りだよ、季衣!ここで諦めちゃ・・・今までしてきた事が無駄になっちゃう!」

戦いの中、互いに励まし合う春蘭達。そこに一刀と秋蘭が戻って来る。

「姉者、無事かっ!?」

「秋蘭!当たり前だ、私を誰だと思っておるのだ!!」

「そうだな、愚問だったな」

春蘭の返答に秋蘭はふふっと笑う。

「華琳、この傀儡兵達は倒しても意味がない!外史喰らいの本体を何とかしない限り・・・」

「でしょうね。私としても、先を急ぎたいのだけれど、向こうがそれを阻んでいるのよ」

「そうやで隊長。だからうちらも困り果ててんやで」

「そうだよなぁ・・・、だったら!」

俺が道を切り開く、と一刀は最前線へ飛び出そうとした。

しかし、それは秋欄の手によって止められてしまった。

「秋欄・・・?」

「お主が命を懸ける場所は、ここではないさ」

「だけど・・・、何か手があるのか?」

「・・・無いこともない」

少しの間を置いて、秋欄は答えた。

その間の置き方から、決して良い方法ではないのだろうと一刀は悟った。

そして、秋欄が振り返り、一刀と面と向かった時の彼女の顔で、確信に変わった。

「だが、それには・・・、お主も覚悟をしてもらう必要がある」

「覚悟なら、すでに出来ている」

一刀は秋蘭の顔をじっと見る。その目に迷いは無く、それを見た秋蘭は一人ふっと笑う。

「そうだな、では簡単に言う。我々で道を作る、お主は華琳様と一緒に行け」

本当に簡単な説明であった。

しかし、その説明に対して、実際に行動に移そうとなるとそれは極めて困難な策であった。

傀儡兵はこちらの兵数を超え、もうじき二倍の戦力差にまで拡がろうとしている。

実際、魏軍は後方を除き、傀儡兵の軍勢に包囲されており、その後方すらも包囲されようとしていた。

果たして、この状況の中、この包囲網を突破する事は可能なのだろうか。

秋欄の横に、太刀を肩に乗せた春蘭がやって来る。

「全員は無理でも、二人のための道を作るぐらいならば、何とか出来るだろう」

「春蘭、秋蘭・・・」

それ以上、何も言えなかった一刀。

自分の力を使えば、きっと全て解決するだろう。

だが、もしも、ここでそれを口にしたならば、この二人、皆の覚悟を無駄にしてしまうのではと、一刀は思った。 

「華琳・・・」

一刀は華琳の顔を見る。

華琳はちらっと一刀の方を見て、すぐに春蘭と秋蘭に目を向ける。

「あなた達に出来るかしら?」

「はい!」「無論です!」

華琳の質問に同時に答える二人。

「なら、やってみせて頂戴」

華琳はただそれだけを言う。

それだけで、春蘭と秋蘭は華琳の言わんとする事を全て理解した。

「良し、行くぞお前達!!!我々で道を作る!!その命、私に預けろぉおおおっ!!」

春蘭は兵士達に向かって叫ぶ。

「「「「「「応ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」」」」」」

そして兵士全員が大気を震わせる程の声を上げる。

「突撃!!突撃ぃぃいいいいいいっ!!!」

春蘭が声を上げれば、魏軍の兵士達は何の迷いもなく春蘭の後に続く。

春蘭が真っ先に敵陣へと切り込んでいくと、兵士達も遅れまいと続いた。

傀儡兵の陣形は城塞に向かって、みるみる二つに分断されていく。

「す、すごい・・・!」

劣勢な状況にあっても、まだこれだけの力が残っていた兵士達に、一刀は驚嘆した。

「ぎゃぁあああっ!!!」「うがぁあああっ!!!」「がぁあああっ!!!」

突撃の中で倒れていく兵士達。だが、それでも皆は臆する事無く突撃し続けていく。

「・・・っ」

次々と倒れていく兵士達の姿を見て、一刀は思わず目を逸らそうとした。

「駄目よ、一刀!!」

目を逸らそうとした一刀に怒る華琳。

「彼等はあなたと私、そしてこの世界のため、命を賭す覚悟を決めた。

あなたも覚悟を決めてここに来たのならば、彼等の覚悟から目を背けてはいけない!!」

「・・・っ!」

華琳の言う通りである。一刀は再び前を見る。

そんな彼の姿を見て、華琳は思う事があったのだろう。

口を開こうとしたが、先に口を開いたのは一刀の方であった。

「華琳」

「何?」

「桂花が言っていたんだけど、この戦に勝てないって分かっていたんだろ?」

「そうね」

「どうしてだ?どうして・・・」

勝てない戦に挑もうとしたんだ、と一刀は言おうとした。

華琳は勝てない戦はしない。勿論、一刀の途中参戦がある事を踏まえた上での戦ではあっただろう。

しかし、華琳はそんな不確定要素を策に組み込むような事は絶対にしない人間である。

華琳は一刀の言わんとする事を察したのだろう。彼が全てを言い切る前に答えた。

「あなたのためよ」

「俺のため?」

ぽかんとする一刀に、華琳は艶のある笑みを零した。

「愛するあなたを助けるため、と言えば、あなたは納得するかしら?」

「あ、愛ぃ・・・!?」

あの華琳の口から、まさかの単語が出た事に、一刀は驚きと照れ臭さから顔を赤くした。

愛、それは夜伽の最中ですら、滅多に言わない単語である。

しかも、こんな白昼堂々、目の前で戦が繰り広げられている中で聞く日が来るとは

さすがの一刀も予想する事が出来なかった。

「あら、不満かしら?」

「い、いや・・・そうじゃない、けどさ。

何というか、らしくないな、と思って・・・」

華琳は個人的な都合以外で、感情を表立たせて動く事はほとんどなかった。

あるとすれば、定軍山での一件だろうか。あの時の華琳は非常に動揺していた。

桂花の話から、自分のために戦っているのだと、一刀は知っていた。

だが、こうして面と向かって言われるまでは今一つ納得のいかないところであったのだ。

歴史において、非常に個人的な理由から国を巻き込んだ大戦争を起こした王様も実際にはいるが、

華琳は少なくとも、そういう類の王様ではないと認識していたからである。

「そう?私だって人間だもの。こんな風に自分の感情に従って動いても別に問題なくて?」

「まぁ、そうなんだろうけど。それで、他の皆は納得してくれたのか?」

ここで一刀が言っている皆とは、春蘭達以外の事を指していた。

兵士達、民達・・・、彼らがいくら華琳の命令であっても、自分一人のために戦をすると言われて、

すんなりと納得したのだろうか。反対する人間はいただろうし、この短期間でどうやってその人達を説得させたのだろう。

その疑問に、華琳は答えた。

「勿論、私も最初は反発する人間も現れるだろうって考えていたわ。けれど、実際は誰一人として現れなかった」

「そうなのか?」

「えぇ、私も知らなかったのだけれど、あなた・・・皆に慕われていたみたいね」

「・・・・・・」

そうだったのか、と一刀は心の中で呟く。

一刀自身も知らなかった事だが、自分もまだまだ捨てものではないとしみじみと感じていた。

「私からも一ついいかしら?」

「・・・何だ?」

華琳の一声は少し和んだ空気から一変し、二人の表情は固くなる。

「あなたは、どうしてここにいるの?」

「どうしてって・・・それは、桂花から話を聞いて、それで于吉にここまで運んでもらって・・・」

実のところ、左慈との激闘の直後、于吉の能力でここ、泰山まで運んで貰っていた。

一刀は質問に答えていたつもりであったが、華琳は呆れた顔で溜息を吐いた。

「そういう意味ではないわよ」

「え」

「桂花から話を聞いたから、それはここに来る理由にはならない。

ここに来て戦う、以外にも選択肢はあったはず。例えば・・・逃げる、という選択も」

あぁ、そういう意味か、と一刀は理解し、ばつの悪さから一刀は頭を掻いた。

しかし、一刀は既に迷いはなく、改めて解答した。

「その選択は、最初から無かったかな。

皆が頑張っているのに、自分一人が何もしないで逃げるわけにはいかないから。

それに・・・」

「それに?」

「・・・最初は理由なんてなかった。全ては押し付けられて始まったんだ。

もちろん、それに不満がなかった、と言えば嘘になると思う」

夢の中、南華老仙であった、もう一人の自分に対して、一刀は勝手で無責任だと責めた。

それは深層心理、つまり無意識の中で抱いていた感情であると指摘されていた。

「でも、『戦う』って決めたのは『俺』なんだ。

誰かに決められたわけじゃなく、俺が決めたことだったんだ。

自分が何を望んで、何がしたいのか。そう考えて選んだ答えがそれだったんだ。

それは今も変わっていなくて、だから俺はここに来たんだ」

果たしてこれが答えになっているのだろうか、と一刀は不安になる。

自分の中で上手くまとめられず、思った事をただ言葉にしただけであったからだ。

しかし、華琳は一刀の言葉を一字一句聞き逃さず、彼の言わんとする事は理解していた。

その上で、華琳は更に問う。

「その結果、死ぬ事になろうとも?」

「死なないさ」

一刀は即答した。

「どうしてそう言い切れるの?」

「君が俺を守ってくれるからさ」

「あなた・・・」

「そして君も死なない。何故なら・・・」

そこで一旦止める一刀。そして再び口を開いた。

「俺が君を必ず守るから」

一刀の言葉に、思わず心臓が鼓動が高鳴り、頬を赤らめる華琳。

 

―――ならもう少し強くおなりなさい。女を守ってやれるぐらいにね

「・・・そう。なら安心ね」

二年前に比べ、いつしか背中を預けられる程に頼もしくなった少年の横顔を見て、華琳はほくそ笑んだ。

「行こう、華琳。君は俺を守ってくれるんだろう?」

そう言って、一刀は華琳に手を差し伸べる。

「えぇ」

華琳は一刀の手をぎゅっと握り締める。

そして、二人は春蘭達が作った道を突き進んでいった。

その道は一人、二人がぎりぎり通れる程度の道。

傀儡兵が二人に襲い掛かろうと、人間の壁を乗り越えようとする。

しかし、それは一人の兵士の犠牲によって防がれる。

二人は互いの手を握り締め、この血に濡れた道を駆け抜けていく。

もうすぐ、この道は抜ける。春蘭と秋蘭の横を二人が過ぎようとした。

「北郷!」 「華琳様!」

春蘭は一刀に、秋蘭は華琳に声を掛ける。

「華琳様を!」 「北郷を!」

二人はそれぞれ自分の思いを伝える。

「頼んだぞ!」 「頼みます!」

二人は一刀と華琳の背中を見送る。

だが、城塞の城門から更に傀儡兵が現れ、二人の前に立ちはだかる。

「華琳、飛ぶぞ!!」

一刀は華琳の後ろに回ると、彼女を両腕で抱き抱える。

そして、華琳を抱き抱えたまま、傀儡兵達の頭上高く跳躍し、そのまま城塞内へ侵入する事に成功したのであった。

 

-8ページ-

 

ガッゴォオッ!!!

「ぐわぁっ!!」

太刀を弾かれ、地面に倒れる春蘭。

傀儡兵の数の暴力によって、すでに道は無くなっていた。

「ぐ、くそぉ・・・、ここ、までなのか」

太刀を杖代わりに立ち上がろうとする春蘭。

だが、足が言う事を聞かない。そんな彼女に容赦なく傀儡兵達が襲いかかった。

「・・・っ!」

春蘭は目をギュッと閉じ、顔を俯く。

一体の傀儡兵が春蘭に剣を振り下ろした。

ザシュッ!!!

肉が裂かれる音。

地面に倒れていたのは、傀儡兵の方であった。

「あらら、何だか随分と手こずっていたようね?」

「ふっ、夏侯惇とあろう者がこの程度で根を上げようとは少々情けないぞ」

「・・・な、何?」

聞き覚えのある声。目を開き、春蘭は顔を上げた。

そこには傀儡兵の亡骸と、雪蓮と愛紗の姿があった。

「お、お前達・・・、助けに来るなら、もう少し早く助けに来い!!」

そう言って、先程まで震えていた足で、春蘭は力強く立ち上がる。

「えぇ〜折角、助けに来てあげたって言うのに、全く相変わらずの物言いね」

「だが、それでこそ春蘭だ。そうではないだろうか、雪蓮殿」

この戦に応援で駆け付けたのはこの二人だけではなかった。

秋欄達の後方より、大量の矢が飛び、傀儡兵達を次々に討ち取っていく。

「大丈夫ですか、秋蘭さん!」

「紫苑、お主も来てくれたのか」

現れたのは蜀の紫苑であった。

かつて定軍山の戦いで自分を殺そうした相手に救われるとは、何という因果であろうか。

しかし、その因果に今は感謝する秋欄。

「助けに来てやったのだ、ちびっ子!!」

「何だと、ちびっ子!?お前の助けなんか必要ないやい!!」

「ちょっと季衣!喧嘩している場合ではないでしょう!」

相も変らぬ好敵手の登場によって、失われた戦意を取り戻す季衣。

そして、いがみ合う季衣と鈴々を仲裁する流琉。

「真桜!凪!沙和!助けに来たぞ!」

「翠ぃ!」

「翠、来てくれたのか!」

「蒲公英も、ここにいるぞーっ!!」

「ありがとう、蒲公英ちゃん!」

涼州での戦いは全て無かった事にされた。

しかし、あの時の思いと感情は、今も翠と蒲公英の心の中に消える事なく残っていた。

「星ちゃん、あなたも来てくれたのですねぇ〜」

「ふふっ、当然だ。女渦といい、奴らにはまだ貸しがあるのでな。

それに、これ程の大舞台を前にして、山奥で燻っているような私ではあるまい?」

「相変わらずの自信家のようで」

「だが、それでこそ私というものであろう、稟?」

「・・・違いありません」

かつて共に旅をしていた三人。

女渦に囚われ、外史喰らいの尖兵となったと聞いていた友が、

変わらぬ姿で再び出会えた事に喜ぶ稟と風。

「霞、助けに来た」

「恋!体の方は大丈夫なんか!?」

「もう、大丈夫。私を・・・、音々も、助けてくれた。あの人に、恩返し・・・」

恋の背中には毛布に包まれた音々音の姿。

恋は、自分達を救ってくれた一刀のためにここまで来たのであった。

そんな彼女の姿を見て、自分も敗けられないと思う霞。

「へへっ、なんやなんやぁ?戦いはまだまだこれからっちゅうことかいな?」

「そう言う事だ、霞。折角我々が来たと言うのに、勝手に幕を降ろされてはかなわん!」

「そうよね。私達も楽しませてもらわないと!」

「良く言ったお前達!ならば、遅れた分しっかりと戦ってもらうぞ!!!」

 

-9ページ-

 

無事に城塞内を突破した一刀と華琳。

泰山の頂上までの道中、外史喰らいの妨害はいくつもあったものの、

それを潜り抜け、頂上に建造された神殿の前に辿り着いていた。

「これが、泰山の?」

「えぇ、ここは東岳大帝と碧霞元君といった道教の神々が祀られ、始皇帝の時代から封禅の儀式が行われてきた場所」

二人の眼前には道教の教えに則った特徴的な神殿があった。

決して大きい建造物ではなかったが、真白の空と合わさって、心なしか異様な存在感を一刀は感じていた。

「行くわよ」

「ああ」

先を行くのは華琳。その後を一刀はついていく、

「先ほど通ってきた城塞も、正式には岱廟と言って泰山で祀られる神々を祀った場所でもあるの。

本来、立ち入る事が許されるのはあそこまでとなっているのよ」

「え?でも、俺達は普通にここまで来ているけど・・・」

「頂上に登るには朝廷に登山申請を出して許可を得る必要があるわ」

「その許可は?」

「そもそも申請なんてしていないわよ」

「えぇ!?それって良いのかよ」

「申請してから許可が出るまで、早くても三ヵ月。一年以上待たされることなんてざらにあるのよ。

許可を得られた頃には、もうこの世界は存在していないでしょうよ」

「えぇ・・・」

困惑しながらも、一刀は華琳の後を付いていく。

神殿前の石畳の階段を登るため、華琳が足を上げようとした。

「駄目だ、華琳!!」

突然の大声に、華琳は反射的に足を止めた。

その足はまだ階段に乗っていない。

「一刀?」

一刀は何も言わず、華琳の前に出る。

そして、恐る恐る開いた右手を前に伸ばした。

バチィッ!!!

一刀の右手から突然火花が散り、電流のような光が走る。

普通の人間であれば、その火花で焼け焦げてしまうだろうが、一刀の右手は青い炎のおかげで守られていた。

バチバチと火花が散り、次第にその正体が見えてくる。

「これは・・・壁?」

その正体は壁だった。

二人の行く道を阻むのように、見えない壁がそこに存在していたのだ。

一刀は右手を引く。

「大丈夫?」

華琳は一刀の右手を確認する。

幸い、火傷と思われる傷害は見られなかった。

「ここから先は外史喰らいの領域。外史の住人である俺達が入っていくことはできないんだ」

「なら、どうすればいいの?」

「ここから先に進むには・・・鍵が必要なんだ」

一刀はポケットから先程、秋蘭から受け取った例の巻物を取り出す。

「その巻物は・・・」

「これは巻物じゃないんだ」

そう言って、一刀は紐を解くと巻物を勢いよく広げた。

すると、巻物に書かれた文字が光りだす。

光った文字が浮かび上がり、文字化けしていたそれらは数字に変換されていく。

その数字の羅列に何の意味があるのか、一刀には分からない。

しかし、変換された数字から新たな文字が浮かび上がった。

それは『開錠』という二文字。

そして、その二文字から手の形が浮かび上がった。

一刀は浮かび上がった手の形に自分の手を重ね合わせる。

重ね合わせた瞬間、一刀と華琳は光に包まれる。

それはあまりにも眩く、二人はたまらず目を閉じてしまった。

 

-10ページ-

 

気が遠くなりそうな感覚に襲われながらも、ようやく光から解放される。

一刀と華琳はゆっくりと目を開いた。

「・・・っ!?」

「ここが・・・」

自分達がいる場所にただ驚くしかなかった華琳と一刀。

空と大地の境界線など存在せず、遠近距離に関係なく、白色に覆い尽くされた。

地に足がついているのか定かでない中、華琳は周囲を確かめるべくその場から動き出した。

「不思議な場所ね。これが私達の世界の『外側』。

外史喰らいという、世界を成立させるための概念的体系の具現・・・」

一刀をよそに、華琳は一人語りしながら歩いていると華琳の目の前を文字達が通り過ぎていく。

特に理由はなかった。華琳は無意識に、その文字に触れてしまった。

 

 

―――後方より敵軍が突っ込んできます!華琳様このままでは戦線が崩壊してしまいます!

 

―――くっ・・・、しかしこれ以上、奴等の勢いを止める事が出来ない!

 

―――・・・もはやこれまで。そういう事でしょう

 

―――これはもはや、天命が私から去ったと見るべきでしょう

 

―――天は覇王では無く、均衡を求めた。そう言う事でしょうか?

 

―――春蘭

 

―――は、はいっ!

 

―――この戦場を放棄し撤退する。可能な限り兵をまとめ、一点突破で戦場を脱出するわよ

 

―――えっ!?本城に戻らないのですかっ!?

 

―――我等はこの大陸を脱し、新しき天が広がる大地を目指す

 

―――新しい天の土地・・・新天地ですか

 

―――えぇ・・・、天は大陸だけにあらず。

 

―――西方、東方・・・天は果てを知らず、よ

 

―――ではわしが先導仕ろう。貴君を新たな外史の礎とするために―――

 

 

「く・・・っ!」

「華琳っ!?」

倒れそうになった華琳の体を受け止める一刀。

「大丈夫か!?」

額から大量の脂汗を流し、目の焦点が合っていない華琳を見て心配する一刀。

「今のは、一体・・・?」

華琳は先程、自分の頭の中に入り込んできた映像を思い返す。

赤壁の戦いのものである事は何となくは理解出来たが、華琳自身その映像に思い当たる節が無かった。

「それは、君ではない『君』の最後の記憶・・・」

何処からともなく聞こえてくるのは男の声。

一刀は声の主を探すも声の主は見つけられない。

「正史の想念と『君』が結びつくことで新たな外史が産み落とされた」

華琳は一刀の腕から離れる。まだ足元がおぼつかないが、額の汗を拭い、自身の足で立つ。

膨大な情報に脳を侵され、吐き気やめまいを訴えるが、気迫で自分を奮い立たせた。

「そうやって外史、物語は紡がれる。ここはある意味で本質に最も近い場所とも言える」

空間に響く、発信元の不明な声。

しかし、姿は見えずとも、確かに感じ取れる存在感。

「しかし・・・」

揚々と語ってたはずの声は一段低くなる。

「ここはボク達の領域(テリトリー)。

外史の登場人物に過ぎない君達が存在して良い場所では・・・ない」

「「!!」」

二人はようやく声の主を捉える。いや、直感的に理解した。

いつからそこに立っていたのか。背後に、忽然と存在していた。

背筋に悪寒、全身から血の気が一気に引く感覚。

ほぼ同時に、後ろを振り返りながら距離をとった二人。

お互いに自身の得物に手をかけ、瞬時に臨戦態勢をとる。

「あれが、外史喰らいの中枢・・・?」

ようやく姿をその目でとらえた華琳は訝し気な顔をする。

全身白装束の男。恐らく男なのだろう。男の声色、その体躯から男で間違いないだろう。

だが、確信が出来ない。そもそも『人間』に分類できない、自分達とは明らかに異なモノは

白装束で顔を覆い、口元しかみえていなかった。

その口の端がわずかに上がっているのが、華琳にはひどく不愉快に感じた。

そんな彼女を他所に男は一刀の方に顔を向けると一刀は反射的に身構える。

「く・・・!」

一刀は見覚えがあった。

これまで二度、会っていた。一度目は聖フランチェスカ学園、二度目は洛陽の人混みの中。

「これで3度目・・・か。

嫌々全く、まさかここまで来てしまうなんて。

結局、『作られた』ボク達が敵う道理は無かった、・・・ということかな」

「・・・・・・」

どういう意味なのだろう。ここで対峙することを想定していなかったのか。

当の昔に死んでいるものと高を括っていたような物言い。

「でも、それもこれまでの話・・・、ここからは」

男は深く顔を隠していたフードに手を掛け、そして顔を露出させた。

 

『僕が君になり代わる』

 

「な・・・っ!?」

その顔を見た華琳は驚きのあまり言葉を失う。

対して、一刀はどこか予感はしていたのかもしれない。

これまでの事を考えれば、決してあり得ない可能性ではなかった。

向かい合う、二人の北郷一刀。

 

 

・・・物語は終端へと確実に向かっていた―――。

 

 

 

説明
こんばんわ、アンドレカンドレです。

ここ最近は雨が降る日ばかりですね。
ただでさえ憂鬱になることばかりな世の中だというのに、
一層滅入る日を過ごしています。

さて、前回の激闘から物語は進みます。
久しぶりに華琳さんを描いてみましたが、やはりあのツインテールは
描きにくいですね笑

それでは、真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版 第二十九章
「その希望、守るために」をどうぞ!!

※2024/6/30、内容の一部を修正。
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