連載小説66?70 |
結局、自分が何をしたいのかも分からないまま、
私は文芸部に入り浸ってしまった。
そんなこんなで、今はもう金曜日の放課後。
「結局、何か決まったの?」
「えぇと…まだです」
文芸部は、正直居心地がいい。みんなはよくしてくれるし、
部長さんや木谷さんは才能あるって言ってくれるし。
「じゃあ、やっぱりここに決まりね」
「う〜ん、そうなりそうです」
ホントにいいの? という心の声は確かにある。もちろん、ここにいて、
それなりにちゃんと活動できてるわけだから、一つの道だろうな。
「まだ葛藤を抱えてる様子ね」
「うーん、でも、だからと言って何が? という感じで」
しっくり来る答えが自分の中にないんだよなぁ〜。
「悩んでるなら、このまま文芸部でいればいいわ」
「へ?」
それって…
「この学校、転部は自由だし、心にスポッとはまる方向性が見いだせたら、
その時に相談してくれればいいから」
「先輩は、それでいいんですか?」
それだと、先輩にはあんまりメリットがなさそうだけど…
「んー、私? そうねぇ…」
人差し指で口元を突きながら、先輩は考え込んでいる。
「確かに部員が減るのは寂しい事だけど、それで倉橋さんが何かしら、
そう、何かしらの才能を発揮するのなら、私はそれはそれで嬉しいのよ」
「そういうものなんですか…」
私には分からんなぁ。というか!
「部員がギリギリなんじゃなかったんですか?」
「そうね、そういえば、そうだったわ。気にも留めなかった。あら、
どうしましょ。二年後の部長候補である木谷さん、アイディアない?」
「え、私ですか? しかも部長候補って…そうですね…」
うぬ、木谷さん、真剣に悩んでる?
「えっと、私の為にそんなに悩まなくても…」
「倉橋さんのためだけじゃないわ」
え?
「この部活の為でもあるのよ。それに、みんなにとって、倉橋さんはもう、
小さな存在じゃないの」
「えぇぇぇ!」
「木谷さん、いい事言ったわね。貴重な部員、ていう側面はもちろんあるけど、
倉橋さんの人物も大事なのよ」
人物か。買いかぶられたもんだ…と思ったら、失礼かな。
「私の人物かぁ…」
「とりあえず、週明けまでにはアイディア出しておくわ。だから、一応でも、
来週からは私と一緒に文芸部に正式入部すればいいわ」
ふむ。
「それでいいのかな」
「言ったでしょ? 転部は自由だって。部長と顧問の許可があればね」
そっか。
「そして、私はそういう申請を拒んだりはしない」
「す、すみません。私が悩んでるばっかりに」
ホント、申し訳ないなぁ。せめて、いる間はがんばろうっと。
「気にしないで。何はともあれ、これからよろしくね」
「はいっ!」
とりあえずだけど、私の方向性が一旦決まった。
さて、週末だ!
〜つづく〜
待ちに待った週末。
いつになっても、土日って言うのはありがたいもんである。
「さてー、じゃ、言ってきまーす!」
「気をつけろよー」
「あんまり遅くなったらダメよー」
両親の声を背中に浴びながら、私は家を出る。今日は楓とお出かけだ。
「よっと!」
私は自転車にまたがり、颯爽と駆け出す。駅前の駐輪場は有料で、
普段は利用しないんだけど、こういう時は別だ。
「あぁ、気持ちいい空気だ!」
季節はまだまだ春。だから、刻一刻と、空気は暖かくなって行ってる。
私には、それが嬉しい。
「〜〜♪」
「さて、私の方が早かったかな」
待ち合わせは駅の改札。何分住んでる場所が駅を挟んで反対側だ、
どこへ行くのも待ち合わせは駅になる。
「おーい、えりかー」
「おお、楓。おはよ〜」
楓はすぐにやって来た。
「ごめん、待った?」
「一瞬だけね」
簡単な挨拶を交わすと、私達は改札を通った。こういう時、定期は便利だ。
「えりか、今日何買うか決めてるの?」
「まーね。夕べネットで情報収集したのです」
これは、寝る前の密かな楽しみだ。どのブランドにどんな新製品が、
なんて事を調べるのはたのしいもんである。
「そっか、えりかパソコン持ってるんだもんねー」
「えへへ〜。そんなにいい奴じゃないけどねー」
お金を出すのはお父さんだ、ピンク色がかわいかった奴の中で、
一番安い奴を買ってもらったに過ぎない。
ま、性能の事はうちの中じゃ誰もよく分からないんだけど。
「そういう楓は?」
「私? 私も、下調べはしてあるよ」
なんだ、楓もそれなりに準備してるんじゃん。
ホームで電車を待ちながら、会話は続いていた。
「クラスに、そっち方面詳しい子がいてねー。ほら、私どっちかって言ったら
疎いじゃん?」
「うん、そだねぇ。運動一直線、て感じだしねぇ」
しかしまぁ、クラスの子、か。
「クラスに友達で来たんだねえ」
「そりゃ、ね。でも、えりかほど親しくはないし、木谷さんほどでも、
ないかな〜」
ほほ〜。
「ま、あんまり仲良くすると、私が嫉妬するから気をつけるように」
「何それ。嬉しい事と取っておくわ」
あ、軽く受け流された。
「つれない…」
「何を言ってるんだか。どっちにしろ、えりかほどはフィーリング合わないよ」
そう、言ってくれるのか。嬉しいのぅ。
「さ、しょうもない事言ってないで、行きましょ」
ちょうど良く、会話の終わりに合わせて電車がやって来る。
「ん、土曜の朝だってのに、結構混んでるねえ」
「しゃーない。同じような目的の人がいっぱいいるからね」
とはいえ、座れないほどじゃなかった。私達は隣同士で座る事が出来た。
「さーて、寝るか! えりか、着いたら起こしてね」
「え、えぇ!」
なんですとぉ? 寝るだって?
〜つづく〜
電車に乗り込むや否や、眠りを決め込んでしまった楓。
全く、どうなってるんだ。
「…」
「スー、スー」
普段、朝一緒に電車乗ってる時はこんな事ないのに…
「…」
話したい事は山ほどあるのになぁ。といっても、くっだらない世間話中心だけど。
「……」
まぁ、下りてからでもいいか。とは思うんだけど、私は一体、何をすれば…
「はぁ…」
ケータイでも触るか。
「…」
と言っても、今自発的にメールを打つ事もないし、ニュース速報でも見るか。
そうして過ごす事十五分。
「お、次だ。起こさなきゃ…」
なんとか時間をつぶす事が出来た。
「楓、楓、次だよ。起きないと!」
隣で寝てる楓を揺すり起こす私。あぁ、なんでこんな事をしてるんだ?
「起きないと!」
あぁ〜、刻一刻と降りる駅が迫ってるよ〜。
「楓、楓!」
なんでこんなに激しく揺すってるのに起きないんだ?
「ちょっと、起きなてよ!」
がっくんがっくんなってる勢いで起こしてるのに〜〜〜っ!
「あぁ〜!」
『間もなく〜、菖蒲台〜。菖蒲台でございます』
ちょっと、マジでギリギリなんですけど…
「〜〜〜っ!!」
起きない楓をそのままにはしておけない。もちろん、担いで下りるなんて芸当も、無理。
『お降りになります方は、くれぐれもお手荷物をお忘れにならないよう…』
電車は駅に着いて、もうドアも開いてる。
「はっ!」
ドアが…閉まる!
あぁぁ…電車が出てしまった!
楓の奴〜〜〜〜っ!
〜つづく〜
電車の中で睡眠を決め込んだ楓。
あろう事か、降りるべき駅に着いても、起きる気配を見せなかった。
私が全力で起こしたのにも関わらず、だ。
「あぁ〜もぅ! 乗り過ごしちゃったじゃんか!」
とは、次の駅のホームでの私の言葉。
とりあえず、電車が動き出してから少しして、楓は起きてくれた。
一分遅いよ。
「わざわざ反対側のホームに行って待つこのむなしさったら」
「だから〜、悪かったって言ってるじゃんか〜。パフェおごるから、許して!」
拝まれるみたいにして謝られると、さすがに怒ろうっていう気は減る。
「まぁ、急いでないし、予定がつまってるわけじゃないからいいけどさぁ、
なねあんなに起こしても起きないの? 私、修学旅行でも楓と同じ班だったし、
泊まりに行った事もあるから、何度かは寝食を共にしてるけど、こんなだった?」
「いやー、面目ない」
面目ないって、そういう問題だろうか…
「それに、電車の中で寝る子だったっけ」
「普段は起きてるよ。朝だって、毎日起きてるでしょ? でもさー、
昨日部活がすっごいハードで、疲れが溜まり過ぎてたんだよね〜」
楓が言うには、グッス寝ても寝足りず、私が一緒なのを利用して、
電車の中でも爆睡を決め込んだ、という事だ。でも、どうも納得できないし、
話が合わない。
「楓が部活で疲れたのは分かるよ。寝ても寝足りない、これもわかるよ。
でもさ、私を目覚ましに使おうってところまでしか、分からなかったよ」
「ん、それはどういう事かね? えりか君」
はぁ。私はため息一つ。
「それにしたって、あんなに起こしても起きない理由にはならない」
「そればっかりは、寝てたからなんとも。我が事ながらコメントできん」
くっそー。
「じゃ、今からさっきの再現をしてあげようか?」
「んー、遠慮しとく。すごそうだし」
なんだ、分かってるじゃないか。
「分かってるならいいよ。でもね、あれだけ起こしても起きないのは、
むしろ心配になった、とだけ言っておくよ」
「それはありがたい忠告だ。っと、電車そろそろ来るよ」
腕時計を見ながら、楓が言う。
「今度は、ちゃんと起きててよね」
「分かってるよ。それに、一駅だしね」
一応私は釘を刺す。楓もそれに応じる。
私は、楓の挙動に用心しながら電車に乗り込んだ。
〜つづく〜
なんとか菖蒲台の駅で降りる事の出来た私達二人。
全く、本当ならもう10分早く着いてたのに。
「んじゃ、どこから行く?」
「そうだなぁ〜。フロイラインスポーツ、行ってもいい?」
フロイラインスポーツ? なんじゃ? その大げさな名前のスポーツ店。
「そこ、女の子向けの品揃えがいいんだよねー」
「ふむふむ。ま、いいでしょう」
なんだかんだ言っても、楓はスポーツ少女だからなぁ。
「あ、私、結局バスケ部に入る事にしたから」
「へ? あぁ、そうなんだ。てっきり、お助け専門するのかと」
中学時代の楓は、一つの部活に所属する事はしないで、
呼ばれたらその部活に行って試合で活躍、という、とんでもない事をしてた。
「ちょっと意外」
「なんて言うのかな、バスケ部が一番融通が利いたから。助っ人のね」
な、なるほど…
「とはいえさ、あんま助っ人してると、その部の人から妬まれない?」
「あぁ、それ、あると思うでしょ。だから、余計な諍いを避ける為に、
私は毎回勝負をして、勝ったら引き受ける事にしているのだ」
そ、それもすごいな…
「負けたら当然、その話はなかった事になる。でも、勝てないなら、
助っ人に立っても役立てないだろうし、円満に済むでしょ?」
「なるほどねー」
意外と考えてるんだなぁ。思わず感心。
「ところで、私達はどこへ向かってるの?」
「フロイラインスポーツ」
なっ。
「そ、それは分かるよ。そうじゃなくて、方面の話。話してたから、
てのもあるけど、どっち方面に進んでるのか、あんまり記憶にないんだけど」
「それは大丈夫でしょ。私が覚えてるから」
た、頼っていいのか? それ。
「さっきまで寝てた娘に頼って、大丈夫?」
「む。失礼な。大丈夫だって。何度も来てるんだから」
はぁ、こりゃ、信じるしかないか。
「ほら、そこ」
「ほお、これか」
そこに見えるは小さなスポーツ用品店。周りの大きなビルと比べると、
古めかしいし、建物自体が小さい。
ちょっと、心配。
「こんにちはー」
慣れた様子で入って行く楓に続いて、私も中へと入って行った。
〜つづく〜
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