Lammtarra
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踊り子が王宮に招かれた、という話を聞いた。聞けば東の国で祭事を取り仕切る高名な神子様だという。神秘の力……『神の見えざる手』を持ち、どんな戦も勝利に導いてきたらしい。

きっと西の国との戦へ向かう戦士長の武運長久を祈るために王が呼んだのだろう、と馴染みの客は言った。神の見えざる手、なんて言い方、見えないものは全部神様の領分にしてしまうのは人間の悪いところだと思う。それに戦士長殿は神の奇跡に頼らなくたって十分にお強い方だ。

「お前さん、戦士長殿のお気に入りだろう?宮殿へは行かないのかい」

「草薙さんの無事を祈りたい気持ちはありますけど、神子様がいるなら不要でしょう。商人には神秘の力なんてないですから」

目利きにも使える力なら是非欲しいですけどね、なんて、冗談めかして返したら、その客と入れ替わるようにまた別の客がやってくる。

いらっしゃい、そう言う前に、男は外套のフードを取って並ぶ貴金属を一通り眺めおれに聞いてきた。

「……月を映す泉を持つオアシスがある」

「は、はい?」

「其処から流れてきたモノは無いか」

汗ひとつかくことなく、藍色の髪を乾いた風に揺らしているその男の目はとても厳しい。しかし凄まれたところで彼の言う『月を映す泉』なんて聞いたことがなくて、そもそもモノが何なのかハッキリしなければ探しようがない。聞こうにもそれきり何も言わないもので困っていたら、背後からまた別の男がやってきた。

「ヨミ、聞くならもっと分かりやすく言わないと」

ヨミ、と呼ばれた男が一歩下がって別の男がおれの前にやってくる。ゆっくりと外套を脱いで現れたのは、長い亜麻色の髪を揺らしてまるで神話に出てくるような眉目麗しさを持った人だった。彼は優しく微笑んで、胸元を彩る大きなサファイアを撫でながらおれに問うた。

「吟遊詩人を探していてね」

その一言で彼らが一体何を、誰を探しているのかようやく察しがつく。流れ者の吟遊詩人、おれが誰かを思い浮かべたのだと勘づいた男はサファイアに触れていた指先を今度はおれの耳飾りのガーネットへと伸べて囁く。

「彼の力を借りたいんだ」

やがてその指先は頬へ宛がわれ、首筋まで滑ってくる。彼の美しい相貌と冷たい指先から妙な緊張感、怖気、とも言い換えられるような感覚が与えられて背筋を寒くして、何も答えられずに黙っていたら更に彼はおれを問い詰めてくる。

「知っているよね?」

「えっ、と」

知っていると答えたらおれは、いや、あの人は一体どうなってしまうんだろう。そう考えたら何倍も怖くなって何も言えなかった。あの人を危険に曝すことなんて出来ない。

「胡散臭い手で、其れに触るな」

するとあの人の声がしたから、驚いてそちらを見てしまう。彼も声に気付いたのか視線を声がした方へと移し、そして其処に立っていた人物に不気味なほど優しげな微笑みを向けた。

「やっぱり此処に居たんだね……月の泉の精は猫みたいに気紛れでいけないな」

おれから指先を外した彼は、おれの元へ近付こうとした八神さんを制止する。背後にはあのヨミという男が立ち退路を塞いでしまった。

八神さん、思わず彼の名を呼んで身を乗り出したら厳しい視線で「来るな」と言われてしまう。何も出来ないもどかしさに汗ばむ掌を握り彼らを見つめて動向を伺った。

「僕と来てくれるね、庵」

「断る」

八神さんを探していた二人は、どうにかして彼をこの街から連れ出そうとしているらしかった。理由はわからないけれど、八神さんの険しい顔から察するに余り良くないことなのだろう。

行かないで欲しい、危険な場所になんて彼を連れていかないで欲しい。

彼の不在を怖れて唇を噛むおれに、ふとあの美しい人の視線が注がれていることに気付く。美しい人はあの微笑みを讃えたままで八神さんの頬を撫でてからおれを指差した。

「来てくれたら、そうだなあ……そちらの可愛い商人さんと永久の縁を結んであげてもいい」

一体何を言い出すんだ、何の権利があってそんなことを、驚いて目をぱちくりさせていたら、追い討ちを掛ける言葉をおれに投げ掛けてくる。

「君も、この気紛れな男が他所で誰かのものになってしまうのは嫌だろう?彼を僕に渡してくれたら、無事君のところへ帰るようにしてあげる」

まるで心を読んだかのように嗤われて、願いを言い当てられたことに動揺して視線が泳ぐ。

「そ、それは……でも……」

急におれと縁を結ぶだなんてことを条件にされても、突飛過ぎて困る。それにこの街から彼が出ていくことには変わりがないし、この男が言うことだって定かじゃない。

おれは自分の力で彼と添い遂げたい。今はまだ、そんなこと言えないけど……でも必ずいつか、おれが立派な商人になって街で盤石な商いが出来るようになったらきちんと自分で言うんだ、ずっとおれの傍に居てください、って……だから……

「不要だ」

彼の声が、男の甘言とおれの動揺を消し去ろうと刃のように鋭く差し込まれる。

八神さんは男の肩を押し退けおれの前に出ると、肩を引き寄せ両腕の中におれを閉じ込めてしまった。冷えた汗が心地よくて、ドキドキして堪らないのに離れられない。彼の表情を伺ったら、一度視線を合わせてくれた後できつくおれを抱き締める。

「そんなものに縛られなくとも、俺は此れを手放すつもりは無いんでな」

「え、っ」

男たちだけではなくて、バザールを行き交う人々みんなに宣言するみたいに声を張って言うものだから、衆目を集め始める彼に抱き締められたおれは慌てて腕から抜け出そうとする。でも、彼は一向におれを放してなんかくれない。めちゃくちゃ恥ずかしいけど……でも、嬉しかった。

そのうちに男たちは諦めたようで、長い髪に纏わりつく砂を払うようにかきあげた美しい人は、溜息混じりに捨て台詞を吐いてバザールから去っていく。

「残念だよ庵……仕方ない、祝詞の謳い手は他を当たろうか」

「はい」

人混みから遠ざかっていく不思議な二人組を見送ってから、おれはまだおれを抱き締めたままの八神さんに遠慮がちに声を掛ける。

「あ、あのー……」

放して欲しいけど放して欲しくない、でも「流石に恥ずかしいです」と小声で言ったら、彼はようやくおれを解放してくれた。

彼の汗ばんだ肌の感触が身体に残ってる。ドキドキが止まらないのを誤魔化したくて、おれはわざとらしく笑いながら彼に言う。

「う、売り言葉に買い言葉、ってやつですよね、ねっ?あはは……」

だけど彼は真剣な顔をしたままで、茶化す素振りのおれの頬を両手で包んでくれる。綺麗な赤い髪と綺麗な瞳、視線が釘付けになっていたらそのまま一瞬唇が重なったのを信じられずに鼓動だけがまた大きく騒ぎ出す。

「……嫌か」

「え」

「俺はお前を手放すつもりは無い、未来永劫な」

ああ、その言葉はまさかおれに起きた奇跡だとでもいうのだろうか。いやきっと違う、奇跡よりももっと確実なおれたちふたりの大切な気持ちだ。頭の中をぐるぐる回る彼の声に、やっとおれは返事をする。

「嫌じゃ、ないです……」

彼の唇がもう一度触れようとしてきたから、おれは慌てて店の棚の裏に彼を引き込んで、今度はもっと深くまで、乾いた唇を潤すような口づけを交わした。

 

……

…………

 

宮殿へ向かう道すがら、ヨミは表情こそ変えないが明らかに呆れている口ぶりでお節介な主人に物申す。

「あのように回りくどいことをしなくても良かったのではないですか」

「ダメだよ、神の奇跡を信じない商人のような人間には自らの手でそれを掴んで貰わなくては」

片やナギときたら人助けをしたという高揚で浮かれているのか、砂漠に咲かぬ花を足跡にぽんぽんと咲かせているから困ったものだ。戦勝祈願の舞を捧げに行くというのに、これでは戦どころか豊かな泉まで沸き出しそうではないか。

「神の見えざる手より、愛しい者の手に触れている方が、余程奇跡なんだからね」

何かに感じ入るように自らの手を薄暮の空に掲げたナギを、ヨミはただ静かに見守り「そうですね」と答えてその手に自分の掌を重ねた。

説明
G庵真、吟遊詩人とアラビアン商人のパロディです。
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