真・恋姫†無双〜黒の御使いと鬼子の少女〜 70 |
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早朝。まだ日も昇らぬ時間。
「すぅ、すぅ……」
「雪華」
「んぅ〜」
「起きろっ!」
「ひゃう!?」
いつもとは聞きなれない俺の大声に跳び起きた雪華に罪悪感を抱きつつも、その心に蓋をして口調を崩さぬように話しかける。
「行くぞ。時間がないすぐに支度をしろ」
「げ、玄輝?」
「武を学ぶんだろうが。もう忘れたのか」
「……でも、まだ夜だよ?」
「それがどうした? 敵は夜だろうが待ってくれない。それはお前もよく知っているはずだ。それに、それが白装束であれば尚更だ」
その言葉に彼女は寝ぼけた頭を思いっきり振って目を覚まそうとする。
「よし、早く服を着替えろ」
「う、うんっ!」
わたわたとしてはいたが、彼女なりの最速で着替え終えると俺は二人で中庭に行く。
「さて、お前の望み通り今日よりお前に“武”を教える。もう一度聞くが、覚悟はいいか?」
「う、うん」
そう、俺は旅立つまでの間に雪華に武術を教えることになったのだ。まぁ、俺自身も護身できる程度に教えるつもりではあったのだが、彼女はそれ以上を望んできたのだ。
“私、戦いたい。鈴々ちゃんみたいに、までは無理かもしれないけど、白蓮さまぐらいまでにはなりたい!”
彼女の覚悟に応えるべく俺は彼女に教え始める。
「では、まずはこれを渡す」
そう言って俺は釘十手を彼女に渡した。
「え、でもこれ」
「それが今からお前の戦友であり、相棒であり、そして命を預けるものだ」
俺の言葉に彼女は息を飲んでその重さを確かめるようにしっかりと握った。
「時間もないから早速始める。まずはそれを順手で持て」
「じゅ、順手って何?」
「順手っつうのは刃の部分を上になるように武器を持つことだ。つまりこういうことだ」
そう言って俺は刀を抜いてどうすればいいのかを見せる。
「でだ、その釘十手を順手で持ってここからあそこの木まで走って50往復だ」
「え?」
「始めろ」
「う、うん」
言われて雪華はちょこちょこと走り始めるが、それではだめだ。
「全力で走れっ! 敵から逃げるつもりでっ!」
「っ!」
思わず体が跳ねるが、言われたように彼女は走る速度を上げる。
「そうだそれでいい! それで50往復だ!」
「は、はいっ」
だが、まだ幼い雪華の体力は低く、10往復を過ぎたころからほとんど歩くような速度に変わっていた。
「どうしたっ! それで終わりか! まだ半分すらいってないぞっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どうにか顔を上げて走る意思を見せようとするが、足はその意思に反してもつれ地面に倒れ込んだ。
「う、うぅ」
「立て」
「……ぐすっ」
「敵は待ってくれないぞ」
「うぅ、うぅぅ……」
「立てっ! 雪華っ!」
「うぅぅ!」
彼女は、泣きべそをかきながらも立ってもう一度歩き始める。
「そうだっ! 足を止めるなっ! 動き続けろ!」
「うぅううううう!」
涙は止まらない。でも、一緒に足も動き続ける。20往復を過ぎると腕が上がらないのか、だらんと下がって、釘十手は地面を削っている。
「ひっく、ひっく」
でも、足は止めない。
30往復を過ぎた。涙は止まり、声も出なくなった。
「ひゅ、ひゅう、ひゅう……」
でも、足は止めない。
40往復を過ぎた。残りは一桁だが、彼女に限界が見え始める。
(ここらが限界か)
目は虚ろで、足も引きずるようにしか前に出せていない。
俺は彼女を止めるために近づいてその肩に手を置こうとした。
「ま、だ……」
「っ!?」
雪華の力強い言葉に手が止まる。
体力はなく、まさしく疲労困憊という状況にも関わらず彼女の声は力を持っていた。
「……そうか」
俺は伸ばした手を引っ込めてその背中を見守る。それを知ってか知らずか、彼女の歩きに生気が戻ったように感じた。
(……雪華)
牛歩より遅い歩み。だがそれでも一歩一歩前へ進む。
8………7…………6……………
(がんばれ)
5………………4…………………3……………………
(残り2っ!)
2………………………
(残り1っ!)
1………………………
「…………5,0」
やり遂げた彼女はその場で倒れ込むが、その体をやさしく抱き留めて頭を撫でる。
雪華は荒い息をしながら体をこちらに預けていたが、その内呼吸がゆっくりとしたものに変わり、眠りについてしまった。
「……頑張ったな」
そのまま頭を撫で続けて地平を照らし始めた朝日に顔を向ける。
「さてと」
俺はこの先の雪華の修行について思考をめぐらせる。
(雪華の意思は思った以上に強い。だが、如何せん体力が足りんな)
まぁ、今まで血生臭いこととは無縁だったのだ。むしろここまでやり切ったこと自体、上出来と言えるだろう。
(しかし、戦い方は最低限も行けるかどうか……)
体力だけはこの短い期間でどうにか最低限以上は持っていけるかもしれんが、そこから戦い方を、となると時間が足りなさすぎる。
(いっそ、実戦形式で叩きこむって方法もなくはないが)
それはおそらく教えられる時間を短くするだけで対して効果は薄いだろう。
(雪華の現状の体力を考えれば途中で体を壊しかねん)
……もう少し、基礎体力を上げて耐えられそうになったら一度やってみるか。
「まぁ、できるところまで叩き込むしかあるまい」
どうなるかは神のみぞ知るってやつだ。なら、できるところまで行くのが今決められる大まかな指針であることに変わりはない。
「さて、じゃあ朝飯でも用意してやるか」
鍛錬は食事も含む。鍛えるならばそれ相応の食事を食べなければならない。
(幸い、ここは中国だ)
武術が盛んなこの国でそういった食材はわんさかある。日本とも交流があるなら、日本でも使っていた薬草やら何やらも手に入れることはできるだろうさ。
(とりあえず、食材の買い出しは警邏ついでにやるとするか)
さて、となると今回は城にあるもので賄うとしよう。俺は雪華を両手で抱え一度自室に戻り、彼女を横たわらせると炊事場へと向かう。
(さて、久方ぶりの修行料理だ)
調理手順や料理を思い出しながら俺はどの料理を喰わせるか、それだけを考えて足を進めていく。と、そんな時に雛里と朱里の姿が見える。両手で大きな袋を抱えているように見える。
「よっ、二人ともどうしたんだそんなもん抱えて」
「あ、玄輝さん」
「あ、あわっ!?」
「っと」
俺に呼びかけられたからか、雛里は驚いて抱えていたものを落としかけるが、それが落ちるのを左手でどうにか抑え込む。
「すまん」
「い、いえ」
彼女は両手が塞がっていて顔を隠すことができないので帽子のつばだけで顔色を隠そうとするが、土台無理な話である。
(ここは、顔色には触れないでおくか)
なんというか、長くなりそうだし。一応時間は惜しい。
「で、こいつは? 見たところ……」
ちらと見えた中身は、香草の類だ。
「料理でも作るのか?」
「いえ、雛里ちゃんとお菓子を作ろうと思って」
「ほぉ」
(そういや、北郷がうまいって言ってたな)
いつぞ軍師二人から菓子を振舞われたって話をしていたな。やけにうまそうな顔をして話していたから、それほどかと思っていたのだが、
(うーむ、できれば食べてみたくはある)
しかし、今はそれより雪華の飯だ。炊事場を借りる以上は二人と噛み合わないようにしなければ。
「てことは、二人とも行先は炊事場だよな?」
「はい。仕込むのに時間のかかるものもあるので。そう言う玄輝さんは?」
「実は、俺もちょいと炊事場に用があってな」
「……つまみ食いはやめてほしいのですけど」
ジトーッと軍師殿に睨まれるが、それをきっぱりと否定する。
「違うっての。雪華と俺の朝飯を作ろうと思ってな」
「玄輝さんが?」
これには朱里だけでなく雛里も目をくりっと見開いた。
「……俺、そんなに料理しないように見えるか?」
「……正直に言えば」
「あー、……」
まぁ、それも致し方ないか。
「これでも、雪華と旅していた時は俺が全部用意してたんだがな」
「そうなんですか……?」
「まぁ、宿に泊まれなかった時だけだがな」
“おぉ”と二人から感嘆の小声を聞いたところで本題に入る。
「でだ、一応かまどを一つ使おうと思っていたんだが、二人はどうだ?」
ここの炊事場はそこまで大きくない。彼女たちが仕込みから始めるという事であれば足りなくなるかもしれん。
「いえ、一つくらいであれば問題ありません」
おお、即答か。
(心配しすぎたか)
まぁ、これで心残りはなくなった。思う存分作ってやれる。
「でも、食材は大丈夫なんですか?」
「今回は炊事場の物を使わせてもらおうと考えてる」
正直、引っ越し準備で買い出しに行く余裕がなかったし。
「使ったやつはあとで補充しておくよ」
「いえ、二人分ぐらいであれば構いませんけど、何を作るつもりなんですか?」
「ん? まぁ、そうだな……」
とりあえず、炊事場にある食材から俺が覚えている修行料理を話していくと、二人の顔がどんどん青ざめていく。
「……とまぁ、こんな料理を」
「“却下です!!!!!!!!!”」
「な、なんですと!?」
「雪華ちゃんになんてものを食べさせようとしているんですかっ!」
「そ、そんなの天が許しても、私たちが許しません!!!!」
「い、いや、言っておくがこれは修行の……」
「修行も研鑽もへったくれもありません!」
「言語道断です!」
「肉体を使った後には……」
「でしたら私たちが作ります!!!」
「です!」
「いや、しかし」
「“しかしもかかしもありません!”」
こうして俺は軍師二人に押し切られ、今日の間、炊事場に立つことを禁止されてしまった。ただ、それ以上に気にかかったのは俺が調理下手と思われてしまったことだ。
(俺、修行料理だって言ったんだけどなぁ……)
俺は炊事場の近くにある空いた空間に座って空を眺めながら“どうしてこうなった”と小さくつぶやいていた。
後に、他の面々にもこの修行料理について聞いて見たが一様に顔が青ざめ、俺がそれを食べて修行していたと言ったら一人残らず肩に手を置いて同情されたのは別の話。
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「……ん?」
無心で空を見つめること半刻、いい匂いがしてきたので魂を空から肉体に戻す。
こっそり炊事場をのぞくと軍師二人がてきぱきと調理を進めていた。
「雛里ちゃん、そろそろ焼きあがるから、仕上げの調味料を準備しておいて」
「うん、それと汁物ももう少しで沸騰すると思うから気を付けてね」
「そうだね。これと一緒にかまどから上げちゃうか」
「それでいいと思う」
おお、まさしく阿吽の呼吸。感心して見ている内に二人分の料理が出来上がった。
「ふぅ、できあがり」
「じゃあ、玄輝さんを、あわわっ!?」
「……すまん、いい匂いがしたもんで」
扉から覗いていたことに最初は驚いたものの、彼女達は“雪華ちゃんを呼んできてください”と俺に頼んで自分たちの菓子の仕込みを始めた。
「さて、雪華姫はどうしてるか」
部屋に戻って扉を開けると雪華はまだぐっすり寝ていた。
「おい、雪華」
その体をゆすって起こそうとするがよほど深く眠っているのか、まったく目を覚ます気配がない。
「……しゃあない」
俺は彼女をおぶって炊事場へと向かう。すると、炊事場に近づくにつれ雪華の目が覚めていくのを背中越しに感じる。
「……………ごはん?」
「目、覚めたか?」
「……………ごはん」
「寝ぼけか、てっ、痛たたたた! 俺を喰うな!」
と、噛まれては引き離しを繰り返すこと三度。ようやっと炊事場に着いた。
雪華もここまで来ると寝ぼけ眼ではあるが目を覚ましたようで、目をこすりながら自分が今どこにいるのかを把握してきたようだ。
「……どうして炊事場?」
「朝飯食ってないからな」
その時、まるで見計らったかのように腹の虫が鳴いた。
「さて、食うのも修行だしっかり食えよ」
「……ん〜」
足で器用に炊事場の扉を開けると二人はまだ仕込みを続けていた。
「朱里、雛里、連れてきたぞ」
「朱里おねぇちゃん? 雛里おねぇちゃん?」
「“おはよう雪華ちゃん”」
二人の息の合った朝の挨拶に背中で眠そうに頭を下げるが、炊事場に漂う匂いを嗅ぐとため息を漏らした。
「……おいしそうなにおい」
「二人が作ってくれたんだよ。冷めちまう前に食うぞ」
俺は炊事場の近くにある一休み用の椅子を二脚並べて片方に雪華を座らせ、作ってもらった料理を口にしていく。
「むっ」
うまい……
(……俺が予想していた味より遥かに旨いんだが)
俺があの時食べていた料理はなんだったんだ……。雪華は目をキラキラさせてバクバク食ってるし。
「玄輝、おいしい!」
「……うん、うまいな」
俺は何とも言えない虚しさを抱えながら料理を食べていたのだが、ふと雪華を見るとすでに食べ終わっていた。
「…………」
ただ、いつもの彼女には物足りなかったようで、少ししょんぼりしているように思える。
「ほれ」
「ふぇ?」
「食べな。足りんだろ」
「でも」
「気にすんな。今のお前はたくさん食ってしっかり体を作れ」
そう言われて最初は気が引けていたようだが、改めて差し出すと一目確認して嬉しそうに食べだした。よほどお気に召したらしい。
(まぁ、空腹ってのもあるだろうが)
その様子を見守っていると、視線を感じた。元を辿ると軍師二人が微笑みながら見ていた。
「どうした?」
「いえ、おいしそうだなぁって」
「まぁ、実際旨かったよ。俺が食べていたのとは別物だった」
「……正直、そこは一番苦労しました」
「……だろうな」
「そして、そんな料理を食べ続けた玄輝さんを心底尊敬します」
「…………そうか」
朱里と互いに何もない虚空を見上げる。何のことかさっぱり分からない雪華は一度だけ首をかしげるが、すぐに食事に没頭する。そんな雪華を雛里は優しく撫でていた。
はいどうもおはこんばんにゃにゃにゃちわ。作者の風猫です。
いやはや、お盆休みはまさしく灼熱地獄でしたが、皆さんは大丈夫でしたか?
クーラーの聞いた部屋にずっといるのはどうもな、と思い外に何回か出ましたが肌の焼けるような暑さは勘弁してほしかったです。
しばらくはこんな暑さが続くとのことなので水分補給と適度な休憩を忘れないようにしてください。
では、また次回お会いいたしましょう。
誤字脱字等がありましたらコメントの方にお願いいたします。
説明 | ||
白髪の鬼子と黒の御使いの、守るために戦い抜いたお話 オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話です。 大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。 ちゃんとオリジナルの話もありますよ?(´・ω・) |
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コメント | ||
おお、そうですね。ご指摘ありがとうございます! 修正しました!(風猫) まだ日も昇らぬ時間 じゃないかな?(ken) |
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