ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第17話 |
最近の俺の放課後は、アイドル研究部とμ’sファンクラブを一日ごとに行ったり来たりしている。
もちろん毎日ではなく仕事に差し支えない頻度で、一日、二日空けてということもざらだけど。
それでもある程度仕事にも慣れてきた最近では、特別何か用事が入らない限りは、大抵どちらかには参加している。
そして今日は、μ’sファンクラブの方に参加する日。
とうとう明日がアキバでのライブ当日なこともあり、今日はいつものμ’s談義よりも明日の打ち合わせメインのようだ。
とはいえ、やること自体はすでに前々から話し合ってきたため、本当に最低限の確認のみ。
それが終われば、余った時間はいつものように適当にお喋りが始まる。
内容はもちろんμ’sのこと。
(……それにしても、この子達も本当にμ’sが好きだよなぁ)
今まで感じていたことだけど改めて俺はそう思った。
俺とは違い彼女達は学校以外でもちょくちょく話してるみたいだし、よく話のネタが尽きないものだ。
最初はただの勢いでファンクラブに入って、今では一緒に話に混ざったりしてるけど、彼女達がμ’sを本気で応援しているのがひしひしと伝わってくる。
……だからこそ、俺の中にちょっとした疑問が湧いてきていた。
「……あのさ、そんなにμ’sが好きなら、皆もアイドル研究部に入ったらいいんじゃないか?」
そして気が付けば、俺はその疑問を彼女たちにぶつけていた。
実際、これまで色々と協力してきたのだし、皆だって3人がアイドル研究部に入部したいといったら喜んで迎えてくれると思う。
「「「……」」」
そう考えていたのだけど俺の言葉を聞いた瞬間、3人はいきなり話を中断して黙り込んでしまう。
「あ、あれ? なに、どうかした?」
さっきまではあんなに笑顔で話していたというのに、今はその表情を曇らせていてなんというか少し気まずい雰囲気が漂っているように感じる。
俺は何か変なことでも口にしてしまったのかと、不安が押し寄せてくる。
「マっさん、それはできないよ」
「……できない?」
沈黙を破ったのはヒデコちゃんだった。
「できないって……もしかして、3人ともダンスが苦手とか?」
「いや、そういうんじゃなくて」
「それじゃあ、歌が苦手とか? 三人とも、いい声してると思うけど」
「い、いい声って……いや、そう言ってもらえるのはうれしいけどね? でも、それも違うから」
褒められて照れたのか、少し頬を赤くする。
しかし、これも違うと言われてしまった。
「じゃあ、どうしてなんだ? 別に一緒になってライブに参加とかはなしにしても、ファンクラブの活動だって一緒に行動してた方が色々とやりやすいんじゃないか?」
少し気まずい雰囲気が流れる中で聞くのは憚られるが、こんなにμ’sのことを考えている彼女達がアイドル研究部に入ることに否定的な理由も気になってあえて聞いてみた。
すでに一つのユニットとして完成しているμ’sに入れと言われたら、確かにそういう反応になるのも分からなくはないけど、俺が言ってるのはあくまでアイドル研究部にだ。
確かに一般的にアイドルとファンクラブが一緒になって活動はしないだろうけど、俺たちはμ'sの活動のバックアップもやってるわけで、この時点で普通のアイドルとファンクラブと同じ位置関係ではないだろう。
俺達はいうなれば部活で活躍する選手たちをサポートする、マネージャー的な位置にいるのだから。
それを考えればわざわざ分けて作業するより、一つに統合したほうが色々とやりやすくなるはずだ。
それなのに、彼女たちはそれをできないと言っている。
俺も今では彼女達と同様に、μ’sファンクラブの一員。
そして同時にアイドル研究部の顧問でもあるわけだし、彼女達のいう理由とやらを聞く権利は俺にもあるはずだ。
俺の問いに3人は顔を見合わせる。
そして俺が聞こえないように、こそこそと3人で顔を寄せ合って内緒話が開かれる。
(なにか事情があるってことなのか? ……しっかし、目の前でこそこそ話されると、余計気になるんだけどなぁ)
とはいえ、話したくないのなら別にそれはそれでいいと思っているのが本音だ。
話してくれればうれしいが、話してくれなくてもそれはそれで仕方ないだろう。
彼女達にも事情はあるのだろうし、話してくれなくても「仲間外れだ!」などと騒ぐほど子供ではない。
それに今回話してくれなかったとしてもいつか話してくれるかもしれないし、俺としては気長に待つつもりである。
そして待つこと数分、どうやら内緒話は終わったようだ。
彼女達は元の場所に戻り、ヒデコちゃんからおずおずと口を開いた。
「……えっとね? マっさんは知ってるかどうかは知らないけど、穂乃果達ってスクールアイドル始める前からいろんな人に声を掛けてメンバー集めしてたんだ」
「あぁ、それは知ってるよ。前に皆にも聞いたことあるし」
生徒数が少ない音ノ木坂において部員の数が5人よりも少ないところもあるが、多いところでは10人以上いるところもある。
そんな部活でも新入部員の獲得に余念がない。
かくいうアイドル研究部も同じで、暫く前まではことりちゃん達も張り紙や呼び込みをして新入部員を募っていたみたいだ。
今でこそμ’sとしての活動に力を入れているため、新入部員の募集にそこまで積極的ではないそうだけど、それでも募集の張り紙はいまだに掲示されたままになっている。
「なら話は早いわ。実は私達もね、穂乃果に誘われたことがあったのよ」
「へぇ、そうだったんだ」
……と相槌を打ちはしたものの、ヒデコちゃんの言ったことは別に意外でも何でもなかった。
なにせ彼女達は、スクールアイドルを始めようと言い出した穂乃果ちゃんの友達なのだ。
人見知りや変な気負いもせずに真っ直ぐぶつかっていける穂乃果ちゃんとはいえど、やはり気心の知れた友達の方が気軽に声を掛けられるもの。
それならスクールアイドルを始めようと決めた段階で、友達であるこの3人に話を持っていったとしても何ら不思議ではない。
「でも、私達は穂乃果の話をまともに取り合わなかったの」
「取り合わなかった? 断った、じゃなくて?」
「そ、断る断らない以前の問題かな」
「穂乃果ってさ、何かを思いついたら、いても立ってもいられない子なの。今までもそうだったわ。皆で遊んでる時でも、ちょっとしたことですぐに横道に逸れちゃうし。課外授業とかでも集合時間に間に合わなくて、皆で先生に叱られたこともあったわ」
「まぁ、大抵はいつも一緒にいる海未ちゃんが手綱を握って、強引に引っ張ってくるんだけどねー」
「……うん、まぁ、そんな感じっぽいよな、穂乃果ちゃんって」
最初に会った時の印象としては、一生懸命で前向きな頑張り屋という感じだった。
それ自体間違いだとは今でも思わないけど、今まで見てきて計画性に欠けてたり、落ち着きが足りない子だという印象も感じるようになった
「良くも悪くも元気過ぎるんだよな、穂乃果ちゃんはさ」
「ふふ、そうね。それが穂乃果のいいところではあるんだけど……まぁ、だからその時もね、『あぁ、また穂乃果のいつもの思い付きが始まった』って思ったわけ」
「それで、穂乃果ちゃんの話をまともに取り合わなかったと」
そう聞くと、少し苦笑いを浮かべながら3人は頷く。
「だけどそれから少しして、私達が間違ってたんだってわかったわ。確かに思いつきから始めたことだったのかもしれないけど、それでも穂乃果は本気だった。
穂乃果は音ノ木坂を救いたいって、本気でそう思ってたんだ」
「そう感じたのは、穂乃果達が初ライブをした時だったかな」
「うん、私も」
「初ライブ、あの講堂でやったやつだな」
以前、部室で絵里ちゃんに見せてもらった映像を思い出す。
まだμ’sがことりちゃん、穂乃果ちゃん、海未ちゃんの3人しかいなかった時に行われた、あの最初のライブを。
「そう、それ。だけど……その時、講堂に見学に来たのってさ、私達を含めても5人くらいだったと思う」
「……は? あ、あの広い講堂にたった5人?」
一瞬聞き間違いか、そう思って聞き返したがヒデコちゃんは静かに頷く。
どうやら聞き間違いではないらしい。
「ちなみに私達は音響とかの調整で別の部屋にいたから、実質講堂に来てたのは2、3人くらいだったのかな?」
「影から見てたけど、練習もすごい頑張ってたもんね。そんなに頑張ってるなら、私達も少しくらいなら手伝おうかなって思って」
「放送部やってたり、趣味で動画の編集とかもしてたから、ちょっとした機械の操作は手伝えたからね。それでチラシも配ったんだけど、講堂の使用許可が出たのが結構遅い時間帯だったし。興味を持ってくれた子もいたけど、他に用事が出来てこれなかったり、自分たちの部活で忙しかったり、そもそも興味がない人もいて……ま、そんな感じで全然集まらなかったんだ」
「その結果、観客のまったくいない初ライブってわけか。それはまた、なんとも……」
話を聞き、俺は何も言うことができなかった。
あの時見た動画からは、背景でそんなことがあった様子なんて微塵も感じられなかった。
講堂は音ノ木坂の生徒が今よりいた時代でも、ちゃんと座ることができたくらい広い場所だ。
それなのに5人前後、ヒデコちゃん達を抜けば2、3人しか観客のいない中でライブをすることを考えると、どうにもやるせない気持ちが湧いてくる。
もちろん観客の多さだけが重要ではないだろうが、それでも限度というものがあるだろう。
幕が上がった瞬間、ステージ上でまったく人の居ない講堂を見て、ことりちゃん達はどんな感情を抱いたのだろうか。
それまでにたくさんの努力をしてきたなら、そのライブにかけた想いも大きかっただろうに。
「でも、穂乃果達はちゃんとライブをしたんだよ?」
「すごかったよね。本当なら辛いはずなのに、悲しいはずなのに」
3人はそっと目を閉じる。
その時のことを思い出しているのか、少し目の端に涙が浮かんでいた。
「最後まで歌って、踊り切ったんだ。そして、これからも続けるんだって、穂乃果は言ってた。たとえ誰に見向きもされなくたって、応援なんてされなくたって。
それでもやってよかったって本気で思えたから、だから続けるんだって」
「……穂乃果ちゃんが、そんなことを」
「ほんと強いよ、穂乃果は。いつもは見てるこっちが心配になるくらいフラフラしてるのに、ここぞっていう時は自分で道を見つけて真っ直ぐに進むことが出来る」
「うん! もちろん、そんな穂乃果ちゃんと一緒に歩き始めたことりちゃんも、海未ちゃんも!」
「……その時に私達は思ったの。そんな本気で挑んでいる友達に、色々手伝いはしてたけど、内心ではどんな思いで接していたのかって」
目を開けたヒデコちゃんの表情には、少しだけ後悔の色が見えた気がする。
しかし次の瞬間にはそんなもの吹き飛ばすように、満面の笑みを浮かべていた。
「だから、私達は決めたの! 私達3人で穂乃果たちを、μ’sを応援しようって! 一生懸命頑張って、ステージの上でキラキラ輝いている皆を、私達が影からサポートしようって!」
「穂乃果は今でも、一緒にスクールアイドルをやらないかって誘ってくるんだけどね」
「でも、それは受け入れられないから。ううん、受け入れちゃいけないって思うから」
「……なぜ、って聞いてもいいかな?」
「だって私達はあの時、差し出された穂乃果の手を取らなかったんだよ? それなのに、今更どんな顔して穂乃果の手を取れっていうのよ」
「きっとさ、穂乃果ちゃんは気にしないと思うよ? もちろん、他のメンバーだって」
「そうでしょうね」
「うん」
「みんな優しいからね」
そんなこと言われなくてもわかっているというように、3人は俺の言ったことに肯定する。
そしてだからこそと、彼女達は言う。
「それじゃぁ、私の気が収まらない!」
「私が納得できない!」
「ここでその手を取っちゃったら、自分で自分を許せないって思うもん!」
だからスクールアイドルにはならないし、アイドル研究部にも入れない。
彼女たちと一線を引き、自分たちは一人のμ'sのファンとしてこれから皆を応援していくのだと、3人ははっきりそう言った。
「……そっか」
最後にもう一度くらい誘ってみようかと考えていたが、3人の話を聞いているうちにその気も失せてしまった。
彼女たちがそう決めているのなら、俺がこれ以上口を出すことではないだろう。
(……強いなぁ、みんな)
彼女達はことりちゃん達のことを強いと言った。
けれど、強い想いを秘めて真っ直ぐ歩いている皆は、ことりちゃん達と同じくらい強いと思えた。
「……っと、そろそろ時間だし、もう帰りますか」
「そ、そうだね!」
「うん!」
ヒデコちゃんは時計を見て話を切り上げる。
いつもより少し早い時間だけど、多分本音を話していて恥ずかしくなってきたのだろう。
帰る準備をしているヒデコちゃんも、他の二人もちょっとだけ頬が赤くなっている。
「それじゃ、マっさん。明日は期待してるよ? 力仕事もあることだし」
「まぁ、台車も借りれるし、4人もいれば簡単に済みそうだけど」
「でも結構重いのもあるから、大変なのは大変だよ。こういう時、やっぱり男の人がいると助かるよねー!」
「……あぁ、了解。なるべく早く仕事終わらせて合流するよ」
明日はライブ当日。
俺にとっても初めての生ライブ、出来るだけ頑張ってみよう。