ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第18話 |
「……あぁ〜、涼しい。エアコン、最高だわ」
外での作業にひと段落付き、かいた汗を首にかけたタオルでぬぐいながら事務室に入る。
26度くらいに調節されてるからすごく涼しいわけではないのだが、30度を超える蒸し暑い外から帰ってきた身としては、ここはまさに天国のようだ。
「お疲れ様です、直樹君。暑かったでしょう? はい、冷たい麦茶ですよ」
「あぁ、ありがとうございます田中さん……んく……んく……ぷはぁ! おいしい」
「ふふ、それはよかったわ」
帰ってきた俺を見て田中さんはすぐに席を立ち、冷蔵庫で冷やしていた作り置きの麦茶を振舞ってくれた。
暑い日、汗をかいた時には冷たいものなら何でもおいしいけど、やはりこれだなと一気に飲み干した麦茶にそう感じる。
まぁ、家だったら断然ビールだけど。
「ただいま戻りましたぞ。おぉ、直樹君。お疲れ様。いやはや、この暑さは中々堪えますなぁ。あぁ、田中さん。儂にも一杯お願いします」
「はいはい、今注ぎますね」
俺のすぐ後に弦二郎さんも戻ってきた。
弦二郎さんも俺と同じく、首から下げたタオルで汗をぬぐいながら「今日も暑かったですなぁ」と、いつもと変わらない笑顔を浮かべながら言っている。
その表情と口調から本当に暑いと思ってるのか疑わしいが、しっかりと汗はかいてるのだから、暑いには違いないのだろうけど。
「弦二郎さん、お疲れ様です。今日って、これで大体やることは終わりでしたよね?」
「そうですなぁ。直樹君は、この後は部活の付き添いでしたかな?」
「はい、これからアキバまで行ってきます。なのですみませんが、お先に失礼しますね」
「わかりました、あとはお任せくだされ。おっと、ありがとうございます」
「ふふ。直樹君も顧問として、だいぶ板についてきたみたいね」
田中さんがコップに注いだ麦茶を、弦二郎さんに渡しながら言ってくる。
「用務員の仕事で疲れてると思うけど、顧問の方もどうか頑張ってね」
「もちろんです」
とはいえ、今日の俺は顧問としてよりも、μ'sファンクラブとしての方がやることは多い気はするけど。
田中さん達と話しながらも手早く帰り支度を済ませ、みんなが集まってる場所へ急いだ。
目的地についたのは、16時30分を少し過ぎたころ。
待ち合わせは45分で時間には十分余裕があるのだが、どうやら先に集まっていたみんなで機材の運搬や設置をすでに始めていたらしい。
というか、見た限りほぼ終わりといった様子だ。
「あ、マっさん! 荷物運び、先に始めてたよー!」
「あぁ、お疲れさん。早いなみんな、もう始めてるなんて」
近づいていく俺に最初に気付いたのは、音響機器の調整をしていたミカちゃん。
そして全体の確認をしていた海未ちゃんも、俺に気付いて小さく頭を下げる。
「時間に余裕を持って行動するのは当然ですから。時間に余裕があれば最後に不備が無いか確認もできますし、心に余裕をもって始めることもできます。なので、予定より少し早目に始めさせてもらいました」
「あー、うん。確かに海未ちゃんの言う通りだな。にしても、本番控えてるのに力仕事まで任せちゃって悪いなぁ。俺も手伝うつもりだったんだけど……」
「あ、いえ、直樹さんは気にしないでください。私達が勝手に始めただけですから。それにこれは私達のライブですし、私も含めて、みんな自分たちで準備したかったんです」
「そっか。それなら、いいんだけど」
女の子に力仕事を任せるなんて、などというほど俺はフェミニストではないが、元々本番前はライブの事に集中してほしいから、こういう力仕事は俺含めてファンクラブの皆でやる予定だったのだ。
毎度のことながら自主的に行動できる手のかからない良い子達なのだが、やる予定だった力仕事までこうも皆に任せきりだと、大人として少し無力感を感じてしまう。
ただ単に、俺が小心者なだけかもしれないけど
「……当たり前だけど、観客はまだ全然みたいだね」
「えぇ。元々今回は、宣伝もしていないゲリラライブですから。少しでも興味をもって、止まって聞いていただけるだけでも十分です」
周囲を見ると、何かイベントの準備をしてるのかと、止まって様子見している人が何人かいるくらい。
近くを通りすがる人でも、チラチラとこちらを窺っている感じだ。
すでに今回の衣装であるメイド服となっている皆が、機材の準備をしている所にも興味を引かれてるのかもしれない。
海未ちゃんが言った通り、今回のライブは事前告知のないゲリラライブ。
だから、これから何が始まるのかなんて通行人たちは知らない……とはいえ、本当の意味でのゲリラライブではないのだが。
流石にイベント事の多いアキバでも、相応の手順も踏まずにゲリラライブなんて出来ない。
基本、スクールアイドル達がこういうイベントを開く場合、みんなが登録しているラブライブのサイトで運営委員会に「こういうことがしたい」という要望を送り、運営がスクールアイドルに替わり関係各所に連絡を入れ、予定を立ててイベントを開くことになっている。
ちなみにイベントに必要な機器の貸し出しも、運営ではしているそうだ。
他にも様々なサポートがあって、基本的に料金はなんと0円! ラブライブ運営委員会、マジ太っ腹……とは言えないのが現実である。
運営がスクールアイドル活動のサポートに力を入れるのも、もちろん利益があるからだ。
スクールアイドルが人気になれば、そのグッズが欲しいというファンだってもちろん出てくる。
以前スクールアイドルショップに立ち寄った際に見たグッズの数々、実はあれはラブライブ運営委員会が主導で作成しているものだ。
スクールアイドルのグッズを作り、ショップで販売し、その売り上げの何割かが運営の元へ行き、その中から運営の維持費やスクールアイドルの活動をサポートする費用としているらしい。
とはいえ登録している全てのスクールアイドルのグッズを作るわけではなく、あくまで運営が人気が出るだろうと判断したスクールアイドルのみである。
せっかく作っても全く売れないのなら、ただの作り損でしかない。
人気の出るスクールアイドルの見極めには、運営も細心の注意を図っていることだろう。
だからこの道を歩く人たちの中には、μ’sのライブを見学に来ている運営の人もきっとどこかにいるはずだ。
事前告知もなく、その場の宣伝とパフォーマンスでどれくらいの観客を引き寄せることが出来るのか、そして集まった観客からμ'sというスクールアイドルへの興味をどれくらい引き出させることが出来るのか。
今回のライブでは観客へのアピールとともに、ラブライブ運営委員会へのアピールも兼ねているというわけだ。
「ところで、チラシの方はもう配ってもいいのか?」
「えっと……そうですね、設置もだいたい終わりのようですし。開始時間を考えると、今から始めてもいいかもしれませんね」
海未ちゃんは皆の様子を見た後、エプロンのポケットから携帯を取り出して時間を確認して頷いた。
「それでは皆にも伝えてきますので、直樹さんはチラシの準備をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろんだよ」
皆の方へ小走りに走っていく海未ちゃんを見送った後、ミカちゃんの方に目を向ける。
「それで、チラシはもちろん出来てるんだよな?」
「ふっふっふ、もっちろんだよ! たーっくさん持ってきたから、いっぱい配れるよ!」
得意げに笑みを浮かべながら、ミカちゃんは別のところで作業をしているフミコちゃんとヒデコちゃんのところへ駆けていき、どっしりと重そうな大きめの茶封筒を持って3人で戻ってきた。
「はい、お待たせ! これが私達、渾身の力作だよ!」
受け取って開けてみると、印刷してきたチラシがぎっしり詰まっていた。
俺達μ'sファンクラブが今日のために作ったチラシで、もちろんことりちゃん達にもこれでいいと了承を貰っている。
なお、俺達と言っておきながら、あくまで作ったのはヒデコちゃん達三人である。
俺にそこまでの絵心なんてないし、三人に任せた方がスクールアイドルっぽく可愛く良い出来に仕上がることは明らかだ。
俺がしたことといえば、チラシの内容にあれこれ意見を出したり、印刷用のお金を出した程度。
メンバーの一員として最低限の働きはしたのか我ながら微妙なところだが、とりあえず何もしてないわけではないのでよしとしておこう。
ちなみにチラシに書かれてるのは今日のライブの事と、μ’sメンバーそれぞれの簡単な紹介文。
表面だけに載せるのは流石に窮屈だったようで、表と裏の両面を使って作られている。
紹介文はメンバーそれぞれの写真付きで、さらに両面ともカラー印刷。
力作と胸を張って言うのもわかる、中々豪華そうな仕上がりだ。
「それにしても、ずいぶん多く刷ってきたな。いったい何枚あるんだ?」
「200枚だよ? 皆で配るんだし、一人20枚くらい配れば配り切れるよね!」
「……あー、そうだな」
見る限り人通りは多いが、誰も彼もが受け取ってくれるわけでもないだろうし、時間もそこまであるわけでもない。
多分、全部配り切るのは難しいだろう。
そうこうしているうちに、ことりちゃん達も集まってきた。
皆に適当にチラシを分配していく。
「よーし、みんなチラシは持ったね? それじゃあ、チラシ配り始めよう!」
『おー!』
穂乃果ちゃんの号令により、チラシ配りが始まった。
「さて、せめて自分の分くらいは配り切らないとな」
チラシ配りを始めて30分ほど。
そろそろライブの準備をするということで、一端チラシ配りは終わりとなった。
皆の成果はことりちゃん、穂乃果ちゃん、絵里ちゃん、希ちゃんは全部配れたようだ。
その他は5、6枚ほど残ってるように見える。
……ちなみに俺はというと、15枚残り。ダントツのビリである。
「……まぁ、わかってたけどね」
そもそも男から配られるのと、可愛いメイド服の女の子に配られるのではどちらがいいかなんて、わかり切ってることだ。
しかも同じチラシを配ってるなら、断然女の子だろう。
むしろ5人も俺から貰ってくれる人がいたことに驚きだ、俺的には1枚も貰ってもらえないと思ってたくらいだし。
それはさておき、そろそろライブが始まる。
ことりちゃん達はそれぞれマイクを持ち、所定の位置についている。
ちなみにμ’sファンクラブはというと、集まった観客をライブや歩行者の邪魔にならない位置に誘導をした後は、各々が持参してきたビデオカメラを周囲に設置して、フミコちゃんとミカちゃんが音響担当で設置場所に張り付いている。
ヒデコちゃんと俺はカメラの管理兼観客として、他の観客と同じ位置で応援の構えだ。
初めての生ライブに、始まる前から少しドキドキしている。
「観客の入りは……そこそこか? いや、結構集まった方なのかな」
「そうですねぇ。あ、あっちに音ノ木坂の生徒もいますよ!」
観客を見れば、確かに音ノ木の制服を着てる子も何人かいる。
この辺りは学校から遠いわけでもなく、生徒達の帰り道にもなっているから、帰宅途中に見つけて寄ってくれているんだろう。
ついでにざっと観客の数を数えてみると、30人ちょっとの人数だった。
チラシを配った枚数からすれば少なく見えるが、むしろまだ駆け出しスクールアイドルグループのゲリラライブで、これだけ集まってくれたのだから十分じゃないだろうか。
いや、基準がどれくらいかはよくわからないけど。
しかし開始前でこれなのだ、ライブが始まったらもう少しは興味本位でも足を止めてくれる人はいるだろう。
「さて、始まりますよ。マっさん、準備はいい?」
「あぁ、カメラはちゃんと見てるよ。あとやる事っていうと……あ、あれは? あの光る棒みたいなやつ」
「あー、サイリウムのことですね。いや、今回はサイリウムは無しで」
「無し? まぁ、準備なんてしてなかったから、どうせ出せないんだけどさ。ヒデコちゃんとかは持ってきてないのか? なんか普通に持ってそうだけど」
「持ってるっていうか、私達は常に9色のサイリウムは常備してますよ? あ、マっさんの分もちゃんとあるんで、そこら辺はご心配なく」
「……俺のもあるんだ」
「どうせ持ってないと思いまして、使う時になったら渡すつもりでしたから。あ、とはいえ最初だけですよ? これ数揃えると結構お高いんで、以降はご自分で買ってきてください」
ヒデコちゃんは持っていたバッグを開いて中を見せてくる。
その中には布教用か、以前貰ったμ'sの曲の入ったCDと同じやつが何枚かに加え、サイリウムがごそっと何本も入っていた。
というか学校関係のが何も入ってないと思ってたらこのバッグ、μ's応援用って刺繍してある。
他の二人も、やっぱりこういう専用のバッグを持っているのだろうか。
「いや、次やる時までには、ちゃんと買っとくから。それは自分で使ってくれ。学生に奢ってもらうのは、流石にかっこ悪いからな」
「そうですか? なら、後でおすすめのショップ教えますね。よくセールやってて安く買える時もあるから、その日に行けば大分お得ですよ。
で、です。今回はゲリラライブってことで、私達以外持ってない人も多いでしょうからね。私達だけサイリウムなんて振ってたら、下手すればμ'sより目立っちゃいますよ」
「……あー、うん。それは駄目だな」
目立つというか、ただの悪目立ちというか。
観客が主役である彼女達より目立つなんて、流石に問題外だということくらいは俺にもわかる。
「まぁ、そういうライブだってあるし、気にし過ぎと言えばそれまでなんですけどねぇ。とはいえ新規の人には少しでもライブの方に集中してほしいですし、今回に関してはカメラを気にしつつ、他の観客と同じようにライブを楽しむ感じで行きましょう。
あと気が付いた時でいいんで、ライブ中に新しく来た人に残ったチラシ配りもお願いします。なるべく他の人の迷惑にならないように、静かにですよ?」
「あぁ、わかった」
さっきのチラシ配りで残ったチラシはちゃんと持っている。
初ライブに現を抜かさず、さっきの目標通り自分の分くらいは渡し切るつもりで行こう。
間もなくして、アキバでのゲリラライブが幕を開けた。
メイド服姿ということもあって激しい振り付けのダンスではなく、どちらかというと歌メインの曲といった感じだろうか。
それでも盛り上がる部分ではそこそこ大きな動きも入れていて、観客の目をしっかり引けていると思う。
(やっぱりいい声してるよなぁ、ことりちゃん。ミカちゃんは、“脳トロボイス”とかって言ってたっけ。正直それはよくわからないけど、癒される声ではあるな)
今歌っているのはμ'sの新曲“Wonder zone”、ことりちゃんがこのアキバをイメージして作った曲だ。
他の皆も所々入ってくるけど、この曲はことりちゃんメインの曲らしく、大部分はことりちゃんが歌っている。
「〜〜〜♪ 〜〜〜♪ ……?」
ライブに集中していると、一瞬ことりちゃんと目が合った。
「……(ニコッ) 〜〜〜♪」
(お、おいおい)
良い笑顔を向けられ、呆れ混じりに苦笑いになる。
ほんの一瞬の出来事で次の瞬間には視線は外れていたけど、ライブ中に何てことしてるのだと。
俺の前の方にいる観客が、自分に微笑まれたと思ってちょっとどよめいてるじゃないか。
(……ん? いや、本当に俺の前にことりちゃんの知り合いがいて、そっちの方に笑顔を向けてた可能性もあるのか? でも、確かに俺と目が合ったような気もしたし……ど、どっちだ?)
これが漫画とかなら、頭の上で?マークが飛び交っている所だろう。
答えのわからない疑問に悩み続け、俺まで前でどよめいている観客の一員になってしまったようだ。
「……なんか人だかり出来てるけど、何かやってんのか?」
「メイド? どっかのメイド喫茶の宣伝か?」
(っと、こっちもちゃんと仕事しないとな)
周囲に響くライブの音に引き寄せられ、歩行者が何人か立ち止まってライブに目を向けている。
見るとヒデコちゃんは、俺とは反対の方でチラシ配りを開始していた。
俺の視線に気づき、持ってるチラシをひらひらと振ってくる。
ちゃんと仕事しろと言いたいのだろう。
今日は力仕事もさっきやったチラシ配りもろくに活躍できなかったんだ、ここでくらい仕事はしないとな。
「あの、よければこれ貰って下さい」
「え?」
大学生くらいだろうか、今来たばかりらしい男性2人にチラシを向ける。
「音ノ木坂のスクールアイドル、μ’sをよろしくお願いします」
「みゅーず?」
「あぁ、これスクールアイドルのライブだったんだ」
2人は少し戸惑いながらも、どこか納得したようにチラシを受け取ってくれた。
これで早速2枚消費、幸先は悪くない。
他にもライブを見ている人はいる、どんどん配っていこう。
18時近くなり空も大分暗くなってきた時間帯に、μ’sのゲリラライブは幕を下ろした。
観客の数も時間が経つにつれてどんどん増えていき、ここらにちょっとした人だかりが出来ていた。
混雑し過ぎて数えることは出来なかったけど、多分100人近くはいたんじゃないだろうか。
おかげで余っていたチラシも、全部配りきることが出来た。
というか全然足りなくて、後から来た人に配れなかったのが残念だ。
「200枚なんて、絶対余るだろって思ってたのになぁ。これがメイド効果ってやつか? ……いや、皆の実力があってこそだよな」
ライブが終わった今では人も捌けてきたが、同じ音ノ木坂の生徒から労われている彼女達を遠巻きから見ている人もいる。
男性ばかりでなく女性も何人もいて、おそらく新しくμ’sに興味を持ってくれた人たちなのだろう。
あの人たちは、あわよくばμ'sの子達と話しでも出来ないかと残ってるのだろうか?
だとしたら残念だが、もうお開きの時間である。
「みんな、お疲れさん」
「あ、マっさんもいたんだ」
「気付かなかった〜」
「俺は後ろの方で撮影とかしてたからな。それより時間も時間だ、そろそろ帰る準備に取り掛かってくれ」
まだ話しているみんなのところに割って入り、帰る準備を促す。
すると、あからさまに嫌そうな顔で文句を言ってきた。
「えぇ〜、まだ大丈夫でしょ? この後打ち上げとかもしたいんだけど」
「そうだよ! せっかくライブも成功させたんだし、ここはお祝いでパーっと行こうよ!」
「そうだそうだー!」
応援してくれていた生徒達が言い出したことだが、それはことりちゃん達も同じ気持ちらしい。
中でもμ'sの元気っ子である穂乃果ちゃん、凛ちゃんが加わってぶーぶー文句を言い始める。
ライブ後でテンションが上がってるのもあるのだろう、このままどこかで打ち上げをして騒ぎたいという気持ちもわからなくはない。
しかし俺も顧問だ、生徒達の帰宅があまり遅くなるのを見逃すことは出来ない。
「残念だが却下だ。もう暗くなってきてるんだから、それはまた今度にしてくれ。それにこの後は、着替えも片付けもしないとなんだし」
「えー、せっかく盛り上がってたのにー!」
「どうせだし、マっさんも一緒に行こうよ!」
「……はぁ、あのなぁ」
不満そうにしている彼女たちを説得するために口を開こうとした時、海未ちゃんと絵里ちゃんが援護に入ってくれた。
「みなさん、直樹さんの言う通りですよ。遅くなっては、ご家族も心配するはずです」
「えぇ、そうね。名残惜しいとは思うけど、打ち上げはまた今度にしましょう?」
「えぇー……んー、二人がそういうなら」
「ざんねーん」
二人も他のメンバー同様に若干物足りなそうな雰囲気を感じるけど、根が真面目な二人だからか大人の俺がいるからか、ここは説得に回ってくれたらしい。
生徒会長でもある絵里ちゃんのおかげもあってか、みんな渋々ながらも帰宅することに納得してくれた。
出来れば俺が言った時に素直に聞いてくれたら嬉しかったのだが、どうにも俺には年上としての威厳が足りてないらしい。
前々からわかってたけど、少しだけ悔しい。
「それじゃ、また明日ねー!」
「また近いうちに打ち上げしよ!」
「マっさん、ばいばーい」
「あぁ。みんな、気を付けて帰れよ」
そう言って、手を振って帰っていく生徒たちを見送った。
その後、俺達μ’sファンクラブやことりちゃん達は着替えや借りてきた音響機器を返すため、荷物をまとめてメイド喫茶に向かう。
「……ふぁ……あぁ、にしても、今日は疲れたなぁ」
最後尾で重い荷物を載せた台車を押しながら歩いていると、初めてのライブで緊張したのか、どっと疲れが出て少し眠くなってきた。
良い感じの疲労感で、なんだか今日はいつもよりよく眠れそうだ。
欠伸を噛み殺しながら、前を歩く皆を眺める。
ライブで疲れているはずなのに、みんなそれを感じさせない足取りで、近くの子と今日のライブについて語り合っていた。
元気なものだと思いながら眺めていると、何やら歩くペースを落としてことりちゃんが俺の隣にやってきた。
「ねぇ、直樹お兄さん。今日のライブ、どうだった?」
「ライブ? ……んー、そうだな。初めての生で見たライブだったけど、すごくよかったって思うよ」
いきなりどうしたのかと思ったが、ことりちゃんの質問に少し考える。
そしてあまりにも語彙力の低さに恥ずかしくなるが、それでも俺の思ったままを口にした。
彼女たちの過去のライブは映像では何度も見たけど、やはり実際にこの目で見ると映像とは違った迫力があり、そして感動があった。
それこそ俺もこの後みんなと一緒に打ち上げに参加して、今日のライブの事で盛り上がりたいと思ってしまうくらいには。
年甲斐もないとは思うし、顧問として失格かもしれないけど、それくらい良い出来だと思った。
「それじゃぁ、ことりは? ちゃんと出来てたかな?」
「もちろんだよ。これと言ってミスもなかったし、今までの練習の成果がちゃんと出せたと思うよ。むしろ今までで、一番いい出来だったんじゃないか? 俺なんて撮影してるのも忘れて、ライブに目が釘付けになっちゃってたしな」
「ほんと!?」
「あぁ、ほんとだ」
「そっかぁ、えへへ♪」
褒められたのがよほど嬉しかったのか、上機嫌になって鼻歌を歌いながら前を進んでいく。
小さい頃から見てきたことりちゃんだが、ここまで機嫌がいいのも久しぶりに見た気がする。
「……ねぇ、直樹お兄さん」
心地いい鼻歌に耳を傾けながら歩いていると、俺から数歩ほど前に進んでことりちゃんがくるっと振り返ってきた。
「ん? ……ッ!」
メイド服のスカートがふわっと舞い、長い髪が風に揺れる。
彼方に消えていく夕日をバックに満開の笑顔を浮かべることりちゃんの姿は、まるで高名な画家の描いた一枚の絵画のように見えた。
綺麗だと、素直にそう思った。
それこそ息をのみ、言葉が出ないほどに。
「ことりの事、これからもずっと応援してくださいね? 直樹お兄さん♪」
「……あ、あぁ」
俺はやっとの思いで、それだけを口から絞り出した。
(あとがき)
長く時間が空いてしまいましたねぇ。
その間にちょこちょこ書いてきたのを一気に投稿しました。
うーん、やっぱりどうにも最近筆が乗らない。いい案が出てこない。本当にこの内容でいいのか躊躇して、中々投稿できない悪循環……。
せめてアキバライブまでくらいは! その思いで書ききりました。
今後の投稿はまた不明瞭(汗
ラブライブ運営委員会、彼らっていつから活動し、どんな活動をしてるのかなぁと思って今回出してみました。
なおこの作品内ではラブライブ運営委員会の活動としては、作中に出てきたようなスクールアイドルと関係各所との仲立ち、機材の貸し出し、グッズの販売の他、大きなイベントが行われる時におすすめなスクールアイドルを紹介したり、本当のアイドルになりたいスクールアイドルのアドバイスとかもしている、ということにしています。
まぁ、特に作中に活かされない蛇足的な設定ですが。
ちなみにサイリウムって調べてみたら、今ではペンライトなんて一本で何色も変えられるものがあるんですねぇ、便利なものです。
アニメ見ると、ラブライブ無印だとサイリウムで、サンシャインに入ってペンライトになってる感じですか。
とりあえずここではアニメに倣って、サイリウムで行こうと思います。
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本日3回目投下。 18話目です。 |
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