ハッピーハロウィン。うぃず姪
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  ハッピーハロウィン。うぃず姪

 

「ハッピーハロウィーン! お菓子くれなきゃ悪戯するよー!」

 扉を開けて、てんやわんやとうるさい姪っ子が面白おかしげに被り物をしている姿が目に入る。いわゆる、ネコミミ娘的な何かだろう。

 阿呆、ここは日本だ。墓地から彷徨い出てくる恐ろしい古今東西の幽霊に対抗するのに、そんな仮装じゃあいけないだろう。せめてもうちょっと、貞子っぽく。

「おーじーさん。聞いてるの? お菓子ちょーだい」

 今年十二歳になったばかりの姪は、そういってお菓子を寄越せと強請る。ああ嫌だ、どこでそんなよくないことを覚えてきたのやら。

 コタツの中から出る気分でもなく、コタツの上のキャンディを一つ摘み上げる。そして姪っ子に目掛けて放り投げる。顔面直撃を夢見て、全力で。

 だが若さゆえか何のその。姪っ子は顔面に目掛けて放り投げられたキャンディを見事にキャッチ。中学時代は野球部のピッチャーとして、一年生から活躍していた頃が懐かしい。まあ、捕手は三人くらいいたけど投手が俺一人だったから当たり前と言えば当たり前なんだが。いつも白熱していたのはセカンドの取り合いだった。ある意味泣けるね。もてていたのは捕手の江崎君だった。確かに美形ではあった。

 大学を卒業し、晴れて社会人となった今では、もう野球は続けていない。腕が鈍って当たり前か。時間の無情さをひしひしと感じる。

「ありー。おじさんテンション低くなーい? せっかく飛行機のりついで、かわいいかわいい姪っ子がこんな田舎まで来たのに」

「おーけい、次の飛行機の便のチケットを取っておいてやる。いますぐ帰れ」

「無理だって。おじさんだって知ってるでしょ。両親が子供おいて海外旅行中なんだって」

 我が愚姉はバツ一の子持ちシングルマザーだった。前の夫との間の子供が、この今目の前にいる姪っ子だ。熱心に取り組んだ婚活のお陰か、姉は再び結婚し、今は海外へ新婚旅行へ出掛けている。前の夫との邪魔な子供の介入もなく、ゆっくりと楽しんでいる事だろう。

 あんな家庭環境の中で、こうまで立派に育ってくれた事は、喜ぶべきか。

「……姉さんたちは、いつ帰って来るんだ?」

「さあ? 知らない。わたしも当日になるまで旅行に行くなんて事聞いてなかったし。もしかしたら、もうあっちに永住しちゃうかもね?」

「冗談じゃない」

「まあ冗談はさておき。しばらくはかわいい姪っ子の芽衣ちゃんと一緒に暮らしましょー」

 そう、この姪っ子の名前も或る意味素晴らしいセンスだろうと思う。姪の芽衣。俺からしたらもうギャグでつけたとしか思えないね、うん。

 ずっと突っ立っているのにも疲れたのか、姪の芽衣はのそのそとコタツの中に入ってくる。向かい側に座るのは良いが、せめてその被り物は外せ。耳がちらちらと動いて向こうのテレビが見えん。俺の天使、エリーちゃんが歌っているシーンなんだ。見逃してたまるか。

 

「今年ももうすぐ終わりかあ」

「まだぎりぎり十月だぞ。そういう台詞はせめて十二月になってからだろ」

「気持ちはいつでも旅立ってるものだよ」

 というかこいつはこの田舎にいる間、学業はどうしているんだ。姉も姉で、せめて芽衣が冬季休暇中に旅行に行ってこればいいものを。オーストラリアなら、その時期は夏だろうし。

「今度、国語の小テストがあるんだよねえ。休みたーい」

「どうせ受けても受けなくても同じだろうしな」

「その心は?」

「小テストごときで満点を取ったところで、お前の成績は底辺」

 我ながら、上手いこと言ったのではないかと自負する。だが姪っ子の表情は哀しいものだった。

「さむっ」

 え、感想一言っすか。しかも『さむっ』なの。

「うわー寒い。こたつの設定温度上げていい? マジ凍える」

「やめろ環境に悪い。それにそこまで寒くないだろ、ね、ね」

「誰の同意を求めておるのじゃよ」

「優しくて美人なお姉さん」

「本気でキモいぞ、応仁」

「黙れ」

 

 俺の名前は応仁。オウジンでもオウニンでもまたまたオウニでもなく、オウジと読む。歴史の授業で応仁の乱が出てくるたびに、笑われた回数はどれだけか。数えたことはないが、到底両手で収まるほどではないだろう。喧嘩をするたび応仁の乱が発生だー、なんて笑われてはスリッパを投げ――そんな日々が、ひどく懐かしい。

 叔父の応仁。これまたギャグのようなネーミングセンスだ。親は子供に何を願ってこんな名前をつけたのやら。くわしく言えば、親ではなく祖父がつけた名前だが。

「あーあ。おじさんの子供だったら、良かったのにな」

「馬鹿言え、俺はまだぴっちぴちの二十代だぞ。お前は俺の何歳のときの子供だ」

「しかたないか……。おじさんカノジョいたことないし」

 子供は無邪気に心を抉ることに関しては超一流と言っても過言ではないだろう。人が気にしていることをよくも言いよって。そして冷たい足をくっつけてくるのを止めろ。冷え性をこれ以上冷えさせるな。冷え性にだって人権はあるぞ。

 何とか冷たい足を払いのけて、ゆったりとこたつを堪能する。大人と猫はコタツで丸くなるものだ。みかんも欠かせない。

 ふと姪っ子の顔を見たくなった。ちろ、と目を向ける。視線が合わなかった。俯いた姪っ子の顔が目に映る。まだ十二歳だというのに、ちらちらと白髪が目立っていた。若白髪は抜けば減るものだろうか。だったら、いくらでも抜いてやるのに。

「もうそのうち死んじゃいそうだよ。母さんはわたしのこと目の上のこぶのように思ってるし。新しいお父さんは、まあ言わずもがな」

 お墓には毎日蘭の花を供えてよー、と冗談でもないことを事も無さ気に話す。どう答えるべきか、迷いに迷う。だって、ねえ。相手は姪っ子なだけの、十二の子供な訳ですよ。本気で返答するべきか、誤魔化すべきか。

 誤魔化すという選択肢がある辺りに、大人のせこさが身にしみる。子供のままではいられない。覚悟していても、こんなシーンでは溜め息を吐かずにはいられない。白髪の数は、苦労の証だろう。子供なのに、こんな苦労をさせてしまっているのは他でもない我が血筋なのだ。申し訳なくて堪らない。もう一つ、溜め息が出た。

「どしたの、溜め息なんて吐いて」

「いやいや、学校でのお前の成績を思って、どうしたものかと」

「仕方ないじゃん。お父さんに逃げられた馬鹿なお母さんの子供だよー? そしてなおかつ、おじさんの血まで流れている」

 なんという言い草か。これでも超有名高校に補欠合格したくらいの頭だぞ。上等だとは思わないかね。

 まあ、有名だからと言って賢いとは限らないわけですが。

 雑談ににっこりと笑った姪っ子の顔を見て、少しだけ安心した。

「お前、将来どうするつもりだ? 今の時点であんな成績じゃ、いい高校には入れそうにないぞ」

「いいよ、興味ないし。商業高校にでも行って、大学に行かずに就職するから。早いところ家からも離れたいし、ね」

 最後のほうに、少し寂しげな感情が含まれているように感じたのは、きっと気のせいではないだろう。なんといっても、相手はまだ十二歳の姪っ子だ。感情を押し殺して生きていくには、まだ早い。

 そんなことを考えて、けれども彼女は同情なんて真っ平ごめんだろうなあとも思う。同情されて喜ぶ人間も珍しいだろうとも思うが、俺は特に気にしない主義だ。のらりくらり、そうやって生きていくほうが楽だ。

「就職してすぐに家が出られるわけじゃないぞ。家を借りるのにも時間とお金がかかるし」

「うーん、じゃあおじさんの家にしばらく居候しようかなあ」

 おいまてやコラ。料理もろくにしない姪っ子を家に置く義理は一切合切ないぞ。

 そんな心の叫びを知ってか知らずか、姪っ子芽衣は話をどんどん進めていく。家の主の許可くらい考えろや。

「うん、いいね! 高校卒業したらお世話になるよ、応仁!」

「いや勝手に進めるな。俺は嫌だぞ、つか年上への敬いの呼称ではないよねその呼び方明らかに」

「大丈夫。たかるのはハロウィンだけにしてあげるから」

「いや良くねえよ。たかんな」

 

 そんなこんなで、将来的に姪っ子がうちに居候してくるようです。

 何だかんだでいつもこの姪っ子に弱いなあと思ってしまう、叔父なのでした。

 まあ、本当に着たら応仁の乱でも起こして追い払おうか、と考えておく。頭の隅にメモをして、しばらく引き出しの奥にしまっておこう。彼女がそんな年になるまで、まだ多少時間はある。

 それまでに、彼女に任せる仕事でも考えておくことにしよう。嗚呼哀しきかな、麗しの女性との出逢いは当分なさそうである。どうせなら、老後の介護もまかせてしまえ。

 今年のハロウィンは彼女の仮装のお陰か、幽霊は我が家にやってこなかったらしい。いつかの未来に、成長した可愛い姪っ子猫娘がやってくるようではあるが。

 たくさんお菓子を用意しておくことにしよう。そうすれば、きっとお化けすらも怖くなんかないさ。

 

説明
ハロウィン短編。
姪っ子が遊びに来ているようです。
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創作 オリジナル 短編 小説 ハロウィン 

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