唐柿に付いた虫 3 |
広間の隣、いつもは食後に呑み助達が移動して、二次会を繰り広げているちょっとした座敷で、男が数人の式姫を前に話を終えた。
農夫の持ちこんできた異国の植物と、それについていた謎の白まんじゅうのような生き物。
「ふむ、その物でなくても似たような生き物位は見た事も有ろうかと思うたが……これは」
仙狸が、自分の知見の外に有る生き物を前に首をひねる。
「仙狸も知らんか」
「申し訳ないが、わっちも、斯様に面妖な生き物の事は」
とっかかりも無い、そう呟きながら首を振る仙狸の様子を見て、男は内心ため息を吐いた。
何かと見聞の広い彼女も知らないとなると、これはますます大変そうだ、他に集まって貰った見聞の広そうな式姫、鈴鹿、おゆき、狗賓、童子切、かやのひめ、戦乙女の顔にも似たような困惑した表情が浮かんでいる。
ついでのように、飯綱と白兎も好奇心いっぱいの顔で参加しているが、こちらも何も知らなそうではある。
「私もちょっと覚えがないですね」
狗賓が端整な顔に憂いを漂わせながら小首をかしげる。
主の語った内容と、この見た事も無い外見。
やまと言葉を解した時点で、少なくとも、まともな虫や獣では無かろうが、それ以上となると、全く見当も付かない。
「やれやれ、異国渡りの品と、それに付いて居った生き物の話の折に、軍師殿や吸血姫(どらきゅりあ)殿が不在なのは痛いのう」
仙狸が口にした、軍師殿というのは、大天狗の鞍馬。
様々な書籍を渉猟しており、自然界の事物にも造詣が深い。
こういった未知の存在に対して、何らかの知見が期待できる一人。
そして、今一人の吸血姫というのは、人の生き血を糧とする、異国の妖が式姫と化した存在である。
日の本の国から見れば、吸血姫も戦乙女も纏めて南蛮と称している地の出身ではあるが、二人の住んでいた地は、気候も言葉も全く異なる地であるそうな。
異国より来た、唐柿やこの白まんじゅうに対して、何らか、直接的な知見を期待できる数少ない存在となる。
だが、間の悪い事に、二人は現在、ちょっとした調査に出ていて不在。
吸血姫は、異国の細刃の剣を自在に操る華麗なる剣技に長け、夜間の隠密行動にも優れており、優秀な斥候ともなる、極秘での動きが要求される今回の任務では、何かと忙しくしているだろう。
「冬毛以外で真っ白ってのは変わってる生き物よね、それと、この翼は蝙蝠に似てる気がするけど?」
面白そうに、白まんじゅうを眺めていたおゆきがふと呟く、それに対して仙狸も頷いた。
「ふむ、おゆき殿の言うとおりじゃの、翼が黒い故、白子ではあるまい、であればこれが本来の体色であろうよ。 そして翼は紛れも無い、蝙蝠のそれによく似ておる」
仙狸の言葉に狗賓も頷く、それを聞いた男が、彼の膝の上で丸くなっている白まんじゅうの背と、そこから生えている翼をしげしげと眺めた。
「成程、これが蝙蝠の翼か」
男が成程、と、もう一度呟きながら、白まんじゅうの頭を撫でると、それは心地よさそうに身を捩った。
ううむ、このふかふかもちもちの感触、癖になる……。
「主殿は蝙蝠の翼を、ご存じなかったかの?」
比較的雑多な知識や学識に恵まれていると思っていた主の言葉に、意外そうな顔を向ける仙狸に、男は苦笑を返した。
「今までの人生で、蝙蝠をとっ捕まえて眺めた事も無かったんでな」
その主の言い種に、童子切が湯呑を傾けながら −中身は当然のように酒であるがー くくっと笑った。
「確かに、蝙蝠は食べる物でも、鳴き声を楽しむ物でもありませんからねー」
「虫を食ってくれるありがてぇ奴だしな、食う所も無さそうだし、とっ捕まえる理由が俺には無かったのさ」
そういってにやりと笑った男に、別の方から機嫌の悪そうな声が掛けられた。
「馬鹿な事言ってないで、そろそろ私を呼んだ理由である、唐柿とやらを見せて貰えないかしら?」
険の有る声音と物言いではあるが、別にこれは怒っている訳では無く、毎度の事である、ご尤もと口の中だけで呟いて、男はかやのひめの方に顔を向けた。
かやのひめは植物を司る神、この白まんじゅうはともかく、唐柿の方に関しては、何らかの知見が一番期待できそうな式姫として、参加して貰っていた。
「確かにその通りだ、すまん、こっちに置いてある」
ちょいと窮屈かもしれんが、勘弁しろよ、と男が白まんじゅうを膝から持ち上げて懐に入れると、それは一瞬だけ薄目を開けたが、気にした様子も無く、心地よさそうに体を丸めると、再びすよすよと寝息を立てだした。
それを見て、男は立ち上がって縁側に面した戸障子に手を掛ける、その背に向かって鈴鹿が声を掛けた。
「私が付いて行っても仕方なさそうですし、料理の仕込みに戻りますね、貴方、後で濃茶を差し入れに伺いますわ」
彼女はそう言って背を向けた、それに同調するように戦乙女も傍らの槍を手にして立ち上がった。
「私は既に唐柿を見ており、知見が無い事は召喚師殿にお伝えしてありますので、お供する益は無いでしょう、夜回りに向かいます」
「そうか、二人とも忙しい中ありがとうな、何か新しく判ったら個別に伝えるよ。 さて、唐柿はこっちだ」
縁側に出た一同を、冴えた二十三夜の月が照らす。
歩き出した男の背に、かやのひめが愛想の無い声を掛けた。
「異国渡りの物と言ったわね」
「これを持ち込んだおっさんはそう言ってたが、さてどんな国から来たのかは」
まるで判らん、そう肩を竦める男を見て、かやのひめは僅かに眉間に皺を寄せた。
「ふぅん……そう」
「何か気になる事でもおありですか? お嬢様」
当然のように彼女の半歩後ろに控えている狗賓から、柔らかい声が掛かる。
「何処から来た子なのか、というのが気になるのよ、ここの気候や土が合っているのか、ちゃんと育っているのか、諸々ね」
男に対するより、その声音が柔らかい。 この主従の信頼関係が垣間見えるやり取りに目を細めながら、男はかやのひめの方を軽く振り返りながら口をはさんだ。
「かやのひめは、唐柿を見た事は無いんだよな?」
「無いわね、でも、調べる上で、それほど困る事は無いと思うわ」
異国の物と言っても、その土地の温度や空気の湿り気、日の当たり具合に応じて、姿形をそれに合せた物に変じているだけで、大きい括りで眺めれば、この大地に生育する物と同種の物である事も多い、自分が見れば、得る物もあろう。
「それは助かる、正直手繰る糸が少なすぎてなぁ……おっと、こいつだ」
月明かりの下、鉢植えの朝顔を並べた一隅に、唐柿の鉢が置かれている。
「確かにこれは、この国に生えている植物では無いわね」
一目でそう喝破したかやのひめが、興味をそそられた様子で唐柿の葉や実を仔細に調べ出す、その後ろから、彼女の邪魔をしないように、おゆきと仙狸が、肩越しに見なれぬ植物を眺める。
中々綺麗な朱の色ね、氷漬けにしちゃおうかしら、という、おゆきの不穏な呟きがふと聞こえる。
山神にして雪女たるおゆきは、気に入った存在を氷漬けにして手元で永遠に愛でるという、ある意味光栄ではあるが、当事者からすると迷惑極まる趣味を持っている。
自身も氷漬けにされそうになった事のある男には、最前の発言が冗談でも何でもない事は良く判る。 若干うそ寒そうな表情を浮かべた男の後ろから、飄然とした声が聞こえた。
「皆さん好奇心が旺盛ですねー」
後ろで茶碗酒片手に、見知らぬ植物よりは人を見ている方が面白いという顔を一団に向けていた童子切の声。
「童子切は、こういうのは興味ないか?」
「あの実が、美味なお酒のアテになるか、役に立つ薬効でもあれば覚えて置こうかな、程度ですねー」
あっはっはーと笑う童子切に、男は苦笑した。
「割り切ってるな、お前さんは」
「余分な知が力になるよりは、それが枷になる事が多い生でしたのでねー」
そう呟いた口元を、酒を満たした茶碗が隠す。 それを見た男は、なるほど、とだけ口にして彼女の傍らを離れ、唐柿を観察する一団に足を向けた。
それに気づいた仙狸が、彼の方に歩いてくる。
「仙狸はどうだった、唐柿って言われてるあれ、見覚えあったりしないか?」
「ふむ、いや、わっちも見た事の無い植物としか言えぬのう」
かやのひめの結論待ちじゃな、そう肩を竦める仙狸に、男も似たような顔を返した。
「という事は唐の国の物でも無さそうか?」
仙狸は唐の国で生まれた存在。
だが、男の言葉に、仙狸は渋い顔で首を横に振った。
「先程から、わっちを買い被り過ぎじゃよ、唐の国だけでも広大無辺で、わっちはかれこれ数百年ほど前に、その中の幾ばくかを踏破し、多少の事物を見聞きしたのみじゃ」
唐の国を出でれば、北には騎馬の民が駆ける大平原、更に北には氷雪の国。
西に進めば死の砂漠が拡がり、それを乗り越えた先には天竺が待ち、さらに歩を進めれば、波斯、大秦国と史書に記された地が拡がり、さらに進めば、吸血姫や戦乙女の故地に至るという。
この世界、わっちの見聞程度は及ばぬ事だらけよ。
彼の知らぬ世界を見はるかすように紡がれた、その仙狸の言葉に、男がばつの悪そうな顔で頭を掻いた。
忘れがちだが、人より長い寿命と、それに伴う知識や経験はあれど、彼女らもまた、全知全能では無いのだ。
「そっか……そうだよな、すまん」
かやのひめを邪魔しない為に、低くそう詫びた男に、仙狸が穏やかに笑み返す。
「気にする事ではない、ただ覚えて置いて欲しいんじゃ、わっちら式姫とて、お主らと同じ、この世の事を、まだ何も知らぬ同士なんじゃよ」
だがな、お陰でどれほど生きて居っても退屈せぬで済む、良い事じゃよ。
そう低く呟いて、仙狸はくすくす笑いながら、こちらに歩み寄って来たかやのひめの方を指さした。
「ほれ、早速なにやら真新しい事が知れそうじゃぞ」
「落ち着いて説明したいから、一度座敷に戻るわよ、判った事を伝えるわ」
■仙狸、おゆき、童子切
■狗賓、かやのひめ
説明 | ||
式姫の庭の二次創作小説になります。 「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。 かやちゃ! |
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コメント | ||
なんと、そうでしたか。ここまでの小説内での描写のおかげで外見のイメージ(と、人なつこそうでいて気まぐれな性格)が脳内に出来上がっていたので、どのくらい正確にイメージ出来ていたかの答え合わせも兼ねてどんな外見なのかイラストを楽しみに待ちます。(OPAM) >>OPAMさん ありがとうございます、白まんじゅうは式姫固有の謎マスコットキャラみたいな物なので、他の伝承では存在しないんですよ、なので本当に純粋に式姫知識だけが頼りです(スミマセン 今度外見だけイラストで出しますね。(野良) 前々回のコメントの返信で、白まんじゅうの正体は式姫プレイヤーだと9割方バレバレだと教えてもらったのですが、知らない私には今の所ぜんぜん正体の想像がつかないですw外見は描写のおかげでイメージ出来るのですが(主にカルドの知識で)神話や伝承に似た存在が居たかなぁ・・・丸いもちもち肌で大きい耳が翼で(違・・・チョンチョンのことか。かやのひめがどんな事を話してくれるのか正体の手がかりが聞けるかもと、続きに期待しています。(OPAM) |
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