鈍色 にびいろ
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鈍色 にびいろ

 

 

 

 朝から降り続いている雨は止みそうもなく、執務に飽いた私は、濡れることもかまわず庭に降り立つ。

「もう夏だものなぁ」

 冷たいだろうと思っていた雨垂れは暑気を含んで温かい。

 天を仰げば降りしきる雨は留まることをしらないようで飽きる事なく降り続ける。

 傘も持たず、覆うこともせずに庭に立つから、着物はしとどに濡れて纏わり付くような重みを持ちはじめた。

「……殿っ」

「…ああ、孔明か」

 怒気か、いや心配か。私に向けられた心は暖かい。

「はやく中へ」

「かまわぬだろ。こうしているとお前の匂いが濃いのだ」

 むせ返るようでどこか清廉な土の香。

「なにを馬鹿なことを…!」

 温かいと思っていた雨も濡れつづければ、熱を奪うらしい。

 後れ毛を伝って頬を伝い落ちた雫はひんやりとしていた。

「雨は止まぬのか?」

 身を責める冷えに震えながら、近くて遠い瞳を見る。

 勝手に惚れて、執拗に尋ねた。

「抱きしめてはくれぬのか?」

 天候さえ自在に操る賢く美しい龍。

 気持ちよさそうに眠っていたのを気配で起こした…

 起こしてしまった。

「私は間違えたのか?」

 水気に満ちた空気の重さにたえられず膝をつく。

あんなに美しかった龍は返り血を浴びて炎に照らされ紅に染まってしまった。

「なにも間違ってなどおりませんよ」

 背に感じる軽やかな温みに熱を持った一筋が頬を流れ落ちる。

「選んだのは私です」

 時々えもいわれぬ不安に囚われる。

「決めたのも私です」

 私は雲を与え、行先の自由を奪ったのではないかと…

「独り寝は寂しいですから」

 その寂しさに付け込んで心を捕らえようとしているのではないかと…

「孔明…」

 それでも、

 わかっていても…

「ありがとう…」

 私の命脈が尽きても…

 離してやることが出来ないのだろう。

 

「さあ中へ。風邪を引きます」

 

 折り重なる雲が割れて光が降りてくる。

 立ち上がり振り返れば、光を浴びた美しい龍が居る。

 

 

 例え私の命脈が尽きても…

 

 龍は私の傍らで…

 

 

 

おしまい

説明
雨に打たれながら劉備は諸葛亮の事を思う。
直接的な表現は出てきませんが、少し腐向けな臭いがしますので、苦手な方はご注意ください。
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タグ
諸葛亮 劉備 水魚 三国志 創作 

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